盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編88 綱渡りのスレット

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王都編88  綱渡りのスレット

 日中がっつり休んだ俺は陽が落ちた頃に起き出した。
 これ以上は本格的に体内リズムが狂いそうだからな。かわりに朝からのしかかっていた疲労感や熱はすっかり失せたようだ。
 大きく伸びをして、オルテガの部屋のライティングデスクを借りていよいよ昼間に渡された封筒へと取り掛かる。
 分厚い封筒にはそれぞれ大量の書類が入っているが、こんなのは断罪する為のとっかかりで極一部だ。精査すればもっと悪さが一杯出てくるだろうが、そこまでやっているとキリがない。断罪が済んだら然るべき機関が根刮ぎ調べ上げてくれる筈だ。
 それにしても、だ。
「……良くもまあこんな好き放題に出来たな」
 ルファスから渡された各貴族の不正の記録を見るだけで頭が痛くなって来た。今回のセイアッド追放が成功していたら、ローライツ王国は凋落の一途を辿った事だろう。未然に防げて良かった。
 そう思うとゲームシナリオのまま、セイアッドが追いやられ、ステラが…というよりその背後にいるミナルチークが中枢に食い込むような事態になっていたらこの国はどうなっていたのだろう。
 一時的には良いかもしれない。悪評に塗れた宰相を追いやり、真実の愛を貫いた高位貴族と元平民の聖女。そんな至高の恋愛劇はきっと人々の心を掴むだろう。だが、その後は?
 タイミング的にこの冬には黒斑病が流行る。それも徐々に範囲が広がっているから今回はかつてない規模での流行になるかもしれない。その対策が彼等に出来るのか。
 セイアッドがいたからこそ、隣国であるラソワとの戦は終わり、新たに友誼を結べた。されど、この世界ではセイアッド追放に憤ったグラシアールが突撃してきた。先に俺の所に来たからまだ被害を最小限に抑えられたが、真っ先に王都へ行かれていたらと思うと背筋が冷える。
 そう思うと割と綱渡り状態だったかもしれない。こんな調子ではステラがゲームのような性格だったとしても、ラソワとの関係は間違い無く拗れていただろう。その影響はきっと他の国々にも波及したに違いない。
 他の細々とした政務もそうだ。全体で把握しているのがほぼセイアッド一人だった。これではまずいと他の者に仕事を振るようにしているし、モーリスにも協力してもらっているのが現状な訳で。いきなり引き継ぎもなく国政が出来る者がいるものか。
 …考えていて思ったんだが、ゲームシナリオのままだったら遅かれ早かれローライツ王国は滅亡していたのでは……?
 ダメだ、たらればの話は考えるのをやめよう。自分が関わったゲームシナリオがお先真っ暗だったとか、今更自分が歩んできた道のりが結構な綱渡りだったなんて気が付きたくない。
 とりあえず、ミナルチーク派の国乗っ取りによる滅亡コースは免れそうで良かった。あとの懸念は朱凰と黒斑病と遠からず起こるであろう魔物の氾濫か。まだまだ忙しいのは終わりそうにない。思わず深い溜め息が零れる。しかし、立ち止まっている時間はないのだ。
 書類をめくりながら内容を頭に叩き込む。既に糾弾し、罰を下した家も多いがそれでもまだまだ対象の貴族はいる。中にはキーナン子爵家のように借金を理由に嫌々従って来た者もいて、彼等に対する救済も同時進行で進めていた。それでも今回の余波で大きく貴族の勢力図が書き換わりそうだな。
 増え過ぎた宮廷貴族達が減る事で彼等の給料にあたる貴族年金も減らせる。王都の治安維持権も騎士団に取り戻せそうだ。予算が浮けば、その分他の事にお金が使えるからその運用も考えなければ。
 歓楽街の方も捜査は進んでいる。雄山羊の剣亭で保護した青年にはやはり違法の奴隷契約が施されていた。本人から話が聞ければ良いが、シンユエの予想通り予後は芳しくないようだ。ぼんやりしていて話を出来る状態ではないらしい。生き証人であったグビッシュ伯爵を死なせてしまったのが痛いな。代わりに屋敷からは証拠品を処分される前に押収出来ているのは幸いか。
 更に禁製品の薬物については元締めには逃げられてしまった。売人は幾人か捕らえたが、彼等が口を揃えて証言した「白銀の短髪に真紅の眼をした男」は煙のように消えて足取りも追えぬまま。正直、対朱凰は何もかもが後手に回ってしまっているのが現状だ。やはりどこかの貴族に匿われていると見るべきだろう。
「問題はどこのどいつが匿っているか、か……」
 トントンと指先でデスクを叩きながら考えてみるが、思い当たる家が見つからないのだ。そもそもの話、ミナルチーク派の貴族達は自分達の事で精一杯だろう。そんな中で薬物の売人を匿うなんてリスクを負う者がいるようには思えない。
 となると、今度疑うべきは中立寄りの連中やセイアッド派の者達だ。獅子身中の虫、なんて状況だと思うとまた頭が痛くなってくる。
「あーもう、考えるのが面倒になってきた」
 こめかみを揉みながら一人で文句を零す。いっそ誰かに丸投げしてしまいたい。それこそ涼介やヘドヴィカは少しくらい何か心当たりはないんだろうか。しかし、前にヘドヴィカに訊ねた時、ゲームシナリオで朱凰について語られたのはセイアッドルートでダーランを説明する際に名前が出たくらいだと言っていた。涼介の方も心当たりがあれば教えてくれるだろう。
 考えれば考える程、朱凰の異様さが増していく。
 初めはこの大陸を侵略するための足掛かりを作っているのだと思った。実際、別の小国では既に乗っ取りが発生しているし、そこから更に大きな国に手を出そうとしているのだと。しかし、それだけではない気がしてならない。
 何故なら彼等が撤退している様子が見えないからだ。グビッシュ伯爵から売人に朱凰人が関わっている事は既に露見している。彼等もそれに気が付いている筈だ。それなのに、逃げた様子が見られない。見つかれば処罰を受けるのは確実、そんな状況で危険を犯してまで国内に留まる理由は?
「何が目的なんだ……?」
 シンユエとの交流が出来た事で多少なりとも朱凰人の考え方や野心についても理解が出来てきたが、彼等の行動理念からも外れている気がする。ダーランやシンユエに聞いてみてもイマイチよく分からないといった返答が返ってきたので、実際読めない行動をしているのだろう。
 それが、朱凰の国としての思惑なのか、はたまた第三皇子の個人的な行動なのかすら判断が出来ない。もう少し手掛かりが欲しい所なんだが…今は難しいか。
 兎にも角にもミナルチークを潰す事に今は注力したい。この判断が合っているのかどうか不安で仕方がないんだが、とにかく手を付けられるところから片付けていくしかないな。
 深い溜め息を零してから次に手に取るのはヘドヴィカからのものだ。
 どうやらステラとは上手く話せたようだ。その上、驚いた事に前世では顔見知りだったらしい。同封されていた手紙に日本語で軽くだが書いてあった。
 ヘドヴィカの前世…双葉が入院していた病院にステラが看護師として勤めていたそうだ。幾度か入退院している時に世話になったようで、ステラも双葉が話していた事を思い出して「オトサク」をプレイしてハマったらしい。
 これが偶然なのか、必然なのか、俺には分からない。ただ、何となくだが、女神のはからいがあるような気はする。
 ステラは憧れて看護師になったが、職場での人間関係や夢と現実の乖離で病んでしまったと言っていた。しかし、その中でも嫌な事ばかりではなかったのだろう。双葉との関係がステラにとって良いものだったから、双葉が選ばれた。そんな気がする。どうやら我等が女神様は随分とお人好しなようだ。
 続いてはヘドヴィカが作ってくれたステラの供述書に目を通していく。内容は事前に打ち合わせしていた通りに纏めてくれたようだ。
 要約するなら「聖女となり、高位貴族を籠絡しろとミナルチーク伯爵に命令され、拒否すれば家族を殺すと脅されてました。しかし、聖女の資格があるとはいえ私は平民の娘。少しでも反抗しようと知り合いの商会を使って浪費したり、場にそぐわぬ暴言を吐いたりしました。結果的に多くの方にご迷惑を掛けてしまった事は猛省しております。処罰は如何様にもお与えください」といった内容を御涙頂戴のそれはそれは見事な文章で纏めてくれている。…なんか文章のクセに見覚えがあるような気がしてならないのは俺の気のせいか。気のせいだよな?まさかとは思うが、フェガロフォトから出したあの本に噛んでないよな?
 個人的に新たな疑惑は生まれたものの、これを出して上手い事誘導すれば、ステラの身は救えるだろう。多少の罰は与えられるかもしれないが、ユリシーズもその辺は手加減してくれると思う。
 ヘドヴィカの手紙にはステラはすっかり消沈しているらしい。転生ハイみたいな状態だったんだろうか。「俺」自身、意識が覚醒した直後に高笑い退場をやらかしているので気持ちはちょっと分かる気もする。う、あの時の事を思い出したらなんか恥ずかしくなってきた。
 羞恥に悶えていると、コツコツとドアがノックされる。しかし、返事をする前にドアは開けられてしまった。ノックの意味なんかない。多分、意識を向けさせる為にやっただけだな。
 入ってきたのはオルテガだ。
「リア、食事の用意が出来たぞ」
 するりと俺の肩を抱き、流れるようにこめかみにキスを落とす男に隙はない。あまりにも自然な動作だからツッコむいとまもなかった。何なんだ、この男は。
 ちなみに俺が体調不良で早退したと聞いてオルテガもさっさと早退してきたらしい。だから、目が覚めた時にこの屋敷にいたんだな。明日副官のベック卿にこってり絞られればいい。
「正直、あんまり腹が減ってないんだが……」
 三時過ぎにガーランド侯爵家の絶品ボカディージョをたっぷり食べてそのまま爆睡だ。空腹感は殆どない。
「そう言うと思って軽い物を用意させている。少し腹に入れておけ」
 甘い声音でそう言いながら頭にキスを落としてくる。うーん、相変わらずそつがない。夫としてこれ以上良い夫はいないだろう。可愛げはないが。
 折角用意してもらったし、と立ち上がればすかさず腰に腕がまわる。本当に手放す気がないらしい。最近では慣れと諦めが優ってきたが、ガーランドの屋敷内だと他の人の視線が優しくて居た堪れなくなる時が度々あるのだ。
 セイアッドとオルテガの関係が進展したのはレヴォネ、ガーランド両家にとって非常に喜ばしい事、らしい。それ故に微笑ましそうに見られるんだが、なんかこう非常に居た堪れない。そんな俺の心情を知ってか知らずか、御機嫌な男は俺をエスコートするように悠々と廊下を行くのであった。
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