盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編89 急襲

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王都編89  急襲

 翌日、たっぷり寝倒した事とガーランド家秘伝の滋養に効くスープを頂いた事で体調もすっかり良くなった俺はいつものように出仕した。
 執務室に辿り着くまで沢山の労りの言葉を頂きつつ、幾人かには過労を叱られたので気を付けようと思う。とはいえ、今はずっと取り掛かってきた大仕事もいよいよ佳境だ。これが終わればほんの少しくらい休んでも良いだろう。
 通常業務をぶん回しつつ、今日はユリシーズとリンゼヒースに時間を貰っている。いよいよトドメを刺しに行くのだ。
 今日、俺は貴族会議の場で告発を行う。
 これによってミナルチーク派には公的に、大々的に捜査の手が及ぶだろう。長らくローライツ王国を腐敗させてきた原因を根絶させる時が来た。これでやっと亡き父の志しを果たせるのだ。
 ギリギリまで散々悩み周りと話し合いを重ねた結果、結局祝夏の宴を待たずに事を進める事にした。その場を借りてユリシーズから軽く経緯を説明してもらうつもりではいるが、わざわざ国の恥を他国の目も沢山ある中で晒すのもなぁ。見苦しく抵抗するであろう奴等の様子を見せたんじゃ、折角の社交シーズン幕開けの夜会が台無しになる。
 まあ、これが物語としてだったら祝夏の宴で大々的に断罪するのがお決まりの展開だろう。しかしだ、今の俺には兎にも角にも時間がない。
 この社交シーズン中に最終的な足場固めと他所の国の動向やら魔物の状況やら探っておかなければならない。他にも仕事も山積みのままだ。ぶっちゃけミナルチークにいつまでもかかずらわっている暇はないのだ。
 勝敗は、既に決した。
 盤面は全て俺の有利な状況に持っていったのだから。ここから状況をひっくり返すとしたらそれこそ俺やユリシーズ・リンゼヒース兄弟の暗殺くらいしかないだろう。しかし、それも度重なる襲撃や暗殺未遂で既に俺や王家の警護はガッチガチだ。やるなら玉砕覚悟で挑まなければ難しいだろう。
 ただ、窮鼠猫を噛むとも言うからな。用心するに越した事はないが、正直に言えば既に俺の眼中にない。…こんな事を言うとまた怒られそうだから誰にも言ってないが。
 ミナルチーク派は既に瓦解した。これまでミナルチークの影でのうのうと暮らしてきた多くの者達はミナルチークを離れて保身に走っている。そういった者達から俺に対するモーションも多いが、全て丁寧にお断り申し上げていた。彼等は藁をも掴む心持ちで必死にあちらこちらに頼み込んでいるようだが、誰も相手にしないだろう。
 盛者必衰、驕れる者も久しからずだ。敗者は歴史の激動の中で消えてもらうとしよう。
 ほんの少し前まで激務で疲れ切ったただの一般人だった「俺」がまさかその激動の中心になるなんて思いもしなかった。人生って何があるか分からないな。

 そして、いよいよ決戦の午後だ。
 いつものように食事を共にして警護ついでに議会室までオルテガと連れ立って歩く。騎士団サイドからの告発もあるから今日は同席するらしい。サディアスも来るようだから幼馴染大集合だな。心強い反面、誰かしらやらかさないか若干不安でもある。
 そんな俺の心情なぞ知りもしないであろうオルテガはフィーヌースを肩に乗せてご機嫌な様子で俺の隣を歩いている。そうだよなー、大手を振って婚約者だって喧伝出来るようになったもんなー。そのせいかいつも以上に距離が近いから腰でも抱かれるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。人前でそういう事されるのはまだちょっと覚悟が足りなくてだな。
 いっそ吹っ切れてしまえばいいんだろうが、どうしてもまだまだ羞恥心の方が勝る。不意の接触には弱いし、顔面攻撃されたら間違いなくクリティカルヒット。そんな状況でオルテガと涼介は俺が恥ずかしがってるのを楽しんでいる節があるのが厄介だ。
 なんて意識が逸れている時だった。
 急に横からぐいと抱き込まれて顔面からオルテガの黒い騎士団の隊服に突っ込む。装飾品が顔に当たって痛かったから文句を言ってやろうと思って見上げた先にはオルテガがこれまで見た事がないくらい殺気立った表情で前方を睨み付けていた。
「フィン……?」
「動くな」
 少し体を動かそうとしたら前方を睨み付けたまま、オルテガの厳しい声が落ちて来る。同時に周りにいた他の騎士達がざわつき始めた。流石の俺でも何やらまずい事態が起きつつある事くらい分かるぞ。俺は背を向けるような状況でオルテガに抱え込まれているから何が起きているのか良く分からない。しかし、ざわつきの合間に何やらぶつぶつ呟くような声がする事に気が付く。
「それ以上近寄らないで頂きたい。貴方がたに如何に身分があれど拘束させて頂きます」
 共にいたベック卿の毅然とした声がする。場に漂う緊張感は増すばかりだ。
「五月蝿い! 騎士如きが口を挟むな!!」
 ベック卿の牽制に対して絶叫の様な怒鳴り声がする。間違いなく修羅場になりつつあるんだろうが、状況が分からなくて逆に不安だ。せめて相手を見ようとするんだが、オルテガの拘束が一段と強くなって彼の服に顔を押し付けられる。
「宮廷貴族が数名、私兵を連れて来ている。大方、お前を止めたいんだろう」
 ポツポツと告げられる言葉にやっと状況が飲み込めた。俺が告発するのを察して妨害に来た感じか。もう無駄なのにな。既にユリシーズもリンゼヒースもこの国の主要な大臣達も皆知っていて、各々が今から行う粛清への準備を進めている。これから行われる会議なんていわば茶番だ。やった方が対外的な効果があるだけで断罪劇をやろうがやるまいが彼等を待つ結末が変わる事はない。どころかますます立場が悪くなる事が何故分からないんだろう。その辺が彼等の驕りなのかもしれない。
 結局、彼等はいつまでも目が曇ったままなのだ。古き習慣に固執し、自らの権力を疑わず、弱い者を侮り踏み付ける。今度は自分達が踏み付けられる番になった事が認められないのだろう。
 結構な人数の私兵を連れて来たのか、廊下に響く喧騒は増すばかりだ。門番とかどうやって突破したんだろう。一触即発といった状況に思わず溜め息が零れる。さてはて、どうしたもんか。
「団長、レヴォネ卿を抱えて走って下さい。ここは我々が抑えます」
 一緒にいたマーティンまでなんだか物騒な事を言い出した。俺が思うよりも殺伐とした状況なんだろうか。
 オルテガが頷いた気配がする。不意に何処からか金属の擦れるような澄んだ音が微かにした。続く様に幾つも似た様な音がする。
 それが剣を抜いた音だと理解した時には俺の体は宙に浮いていた。
「へ……? うわあああ!?」
 反射的に間の抜けた声が洩れた。そして、ふわりと体が浮いたかと思えば、前方に向かって一気に加速する。まるでジェットコースターの最初の落下の様な感覚に襲われて思わず悲鳴が喉から零れた。
「舌を噛むぞ。しっかりしがみついて口を閉じてろ」
 宥めるような声に慌てて言う通りにした瞬間だ。ぐん、と体が上方に引っ張られるような感覚に襲われる。一拍置いて今度は短いながら自由落下の浮遊感が押し寄せた。
「無理を、言うな!」
 思わず文句を挙げれば、オルテガの胸が震えてが笑うような気配がする。面白がってんじゃねーよ!こちとら全く状況が分からなくて必死なんだから!
 上下左右と激しく動き回るせいで全く何が起きてるのかわからない。絶え間ない怒号や剣戟の音、何かがぶつかる様な鈍い音がいくつもするから結構な修羅場になっているのは確かなんだろう。なんか最近こんなのばっかな気がする!
 とにかく必死でオルテガの服を掴んでしがみつくしかない。俺を片腕で抱えながら立ち回るオルテガは剣を使わずに風魔法で相手を吹き飛ばしているらしく、轟々と風の音がする。
 修羅場の中だというのに軽やかに相手をいなしているのか、全く攻撃を受けている様子を感じさせないのはすごい。すごいと思うんだが、見えないなら見えないで怖い。例えるなら室内ジェットコースターを乗ってるような気分だ。真っ暗な中を上下左右振り回されている感覚に近い。
 オルテガは敵を吹っ飛ばしながら会議室の方へと向かっている様だ。それを守る様に俺達についていた護衛の騎士達が戦っているらしい。
「待て! 貴様を生かしておく訳にはいかない! ここで死んでもらうぞ、レヴォネぇ!!」
 命を奪らんとする猛獣のような咆哮は誰の声だろうか。俺が踏み躙った者の怨嗟の声は酷く醜くも俺の心を抉る。
 命を狙われるという状況自体はこの世界で目覚めてから、また「私」の時から幾度かあったものだ。しかし、こうも真っ向から激しい殺意をぶつけられた経験は流石にない。
 先日暗殺者に襲われた時はほとんど自覚する間もなかった。振り返ったら男がいて、そのまま殴られて気絶したような状況だったから。だからほとんど恐怖とかも感じる時間はなかったんだ。しかし、今回は流石に怖い。思わずオルテガにしがみつく手にも力が籠る。
「大丈夫だ」
 低くて甘い声が褥の中のように耳元で優しく囁く。こんな時でもその声ひとつで先日からお預けを食らっている体がぞわりと甘く震えた。いよいよもって俺もヤバいかもしれない。降ろされた時に腰が立たない気がする、色んな意味で!
「有象無象の雑魚ばかりだ。俺の部下達に任せておけ」
 恐る恐る見上げた先のオルテガは非常に楽しそうだ。俺だけ全然楽しくないんだが。
 諦めてオルテガに身を任せながら廊下を突き進む。本当に馬鹿な連中だな。王城内で暴れれば如何なる理由があれど重い罰が下されるというのに。あの中の幾人かは首が飛ぶかもしれない。
 全てを失くすが故にヤケクソになっているんだろうが、迷惑も良いところだ。宮廷貴族とその私兵が暴れた所で王城に詰めている優秀な騎士達に敵う筈がない。もっと言うなら計画的な襲撃であれば俺に一撃入れるくらいは出来たかもしれないが、所詮は寄せ集めで急拵えの犯行だ。碌に攻撃することも出来ず床に転がされているらしい。
 推測でしかないのは俺からは様子が殆ど見えないからだ。騒いでいる内に他の警備の者達も駆け付けたようで、今度は捕縛された連中の悲痛な叫び声が目立ち始めた。
「馬鹿な奴らだ。お前を狙って王城内で暴れればますます立場が悪くなるのが分かっていないようだな」
「分かっていたら初めからこんな無謀な事しないだろう。保身に回る連中の方がまだ賢い」
 攻勢を抜けて少し余裕が出たのか、廊下を走り出したオルテガにしがみつきながら思わず溜め息を零す。陽動かとも思ったが、ユリシーズやリンゼヒースを襲うのはもっと難しい筈だ。
 何故なら彼等はどちらも優秀な土魔法の使い手だからだ。護りに特化した土魔法は王国の守護の象徴である。加えてリンゼヒースは実践経験も豊富で剣の腕も立つ。間違いなく俺より襲撃するのは難しいだろう。
 ステラの方に襲撃が行った可能性もあるが、この様子ではアントンや他の辺境貴族達に一蹴されて終わりだな。一応、ダグラスもついてくれている筈だし、ダーランにもそれとなく屋敷周辺を守るよう頼んでおいた。
 大丈夫だろうと思いながらも心配事は尽きなくて、じわじわと不安が心を蝕む。大丈夫だ、と自分に言い聞かせながら、不安を振り切るようにオルテガの胸から顔を上げて前を向いた。
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