盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編90 宮廷貴族達の憂慮

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王都編90  宮廷貴族達の憂慮

 程なくして、俺達は貴族会議が開かれる部屋付近に辿り着いた。
 どうやらこちらも似た様な状況だったのか、部屋の前は近衛騎士と宮廷貴族とが揉み合っていてなかなかの修羅場のようだ。幸いなことにこちらには私兵はいないみたいだが、あまりの状態に頭痛がしてくる。
「フィン、降ろしてくれ」
「いいのか?」
「抱っこされたままじゃ格好つかないだろう」
 俺の言葉に残念そうに苦笑するとオルテガは立ち止まって素直に俺を降ろす。すると、戦闘中は離れて飛んでいたらしいフィーヌースが俺の肩に降りてきた。肩に座る可愛い子竜の顎を指先で撫でてやってから小さく深呼吸する。
 さあ、正念場だ。少々予想外の展開ではあるが、やるべき事に変わりはない。
 カツ、と靴音を立てながら喧騒に近付く。
「何の騒ぎだ」
 なるべく冷たく見える様に表情を殺してはっきり声を出す。俺は役者、俺は役者だ。国の為にも、大好きな人達の為にも最後まで演じ切ってみせる。
「レヴォネ卿!」
 口々に上がる俺の名前。彼等の目的は何だ。こちらを見る目はどれも必死だが、彼等の手元に武器などは見られないし、私兵もいない。
「ここがどこか承知の上で騒いでいるのか」
 俺の問いに、彼等はグッと息を呑む。背水の陣といった感じか。
 静かに見つめていれば、少し離れた所にいた代表と思しき男が一歩前に踏み出した。宮廷貴族の中でも中立派の動きをとっていた家の家長だ。歳の頃は50代といった様子だろうか。くたびれた様子の彼は俺の前に進み出ると静かに白髪混じりの黒髪の頭を下げる。
「宮廷貴族の一席を預かっております、ムルタラと申します。この場にいる宮廷貴族を代表してレヴォネ卿にお聞きしたい事が御座います。お話する事をお許し頂けないでしょうか」
「……お聞きしよう」
 相手が思ったより丁寧な態度をとってきたことで、俺も警戒を緩める。良く見ればこの場にいるのは殆どが職務を全うしている中立派、或いは宮廷貴族の中でも数少ない改革派寄りの者達だ。話し掛けてきたムルタラはミナルチークと同じく伯爵の位をいただいた中立派で、ここ最近はずっと静観を続けていた。
 俺が了承した事にムルタラ伯爵や宮廷貴族達は安堵した様に表情を緩めて俺を見つめる。そんな空気の中でムルタラ伯爵は小さく深呼吸してからゆっくりと口を開いた。
「お尋ねしたいのは今後の宮廷貴族の扱いについてです。此度の事で我々宮廷貴族は多くの同胞が失せます。彼等が処罰される事について我等が口を挟む権利はありません。彼等は相応の罪を犯し、国から正式に処断されたのですから。しかし、残された我々は不安なのです。粛清の刃が我々にも振り下ろされるのではないか、と」
 成程。彼等の懸念は俺が宮廷貴族そのものを丸ごと排除しようとしていると考えているのではないかという不安だろう。
 確かに、今回の事で結構な数の宮廷貴族が家ごと失せる。そこまでいかずとも財を大きく失う者達も多い。
 されど、そもそもの話、だ。領地持ち貴族だけでは国を回す事が不可能なのだ。
 確かに要職に就く者には領地持ちも多いが、圧倒的に頭数が足りない。それ故に生まれたのが宮廷貴族という位だ。宮廷貴族というのは領地を持たず、国に仕える事で支給される年金を得て生活している者で、貴族籍を持つ者を指す。彼等の殆どは何かしらの国家機関に務めており、政治を支える要職や中間管理職から一般文官まで幅広く国務を担っている。それに、王家に仕える侍従や侍女にも宮廷貴族出身の者も多い。
 いうなれば彼ら宮廷貴族は公務員の一族といったところだろうか。全員いなくなったら国が回らなくなってしまうのもまた紛れもない事実なのだ。
 そんな宮廷貴族達にも色々ある。この国が建国された当初から続く家もあれば、昨年新しく出来た家もある。その歴史も役割も様々だ。
 宮廷貴族も一枚岩ではない。古くからある家と比較的最近興った家には中立派、或いは改革派が多いが、問題はそれ以外の連中である。
 昔のフランスがそうであった様に、かつてこの国でも金に困った事で爵位を金で売っていた時代があった。そのせいで碌な役目も決まらぬままに宮廷貴族になった家がとんでもなく増えてしまったのだ。この愚かな政策が今日まで続いた宮廷貴族がのさばってきた諸悪の根源である。
 明確な役割を持って生まれた訳ではない名目だけの家は時と共に有象無象として長らく国に寄生するダニのような存在となった。莫大な金額で売られた爵位によって一時的に国庫は潤うかもしれない。しかし、長い目で見れば無駄な年金による支出が増えるだけだ。そうして、国庫を逼迫し、権力を貪って増長した者達が、更に自らの都合の良い様に国を動かそうとしていた。それがローライツ王国の現状だった。
 宮廷貴族だから一概に皆悪い訳ではない。俺や国が裁き排除したいのは悪さをしていた連中だけなのだが、どうしてこんな騒ぎになっているのか。
「貴殿らが心配しているのは国が宮廷貴族という地位を失くすのではないか、という事であっているだろうか」
 俺の問いにムルタラ伯爵を始めとして数人が頷く。どうやら適当な事を言って善良な貴族達の危機感を無駄に煽った奴がいるようだな。
 内心で溜め息を零しながら軽い頭痛を覚えていると、相対しているムルタラ伯爵が小さく苦笑する。どうやら彼も巻き込まれたクチらしい。
「……誰が言い出したのかは存じ上げないが、宮廷貴族だからという一点だけで貴殿らを糾弾するつもりは毛頭ない。私が裁くのは国を裏切り、宮廷貴族としての責務も忘れて私利私欲のままに利権を貪った連中のみ。国に忠誠を誓い、自らの役目を果たす方には引き続きお役目をお願いしたい」
 毅然と告げれば、その場にいた者達の多くが安堵した様な表情を浮かべた。しかし、中にはまだ不安そうな表情をしている者もいる。彼等は中立でもミナルチーク寄りの者達だが、目立つ様な悪さはしていなかった。自らに課せられた職務は忠実にこなしていた者達で、今回は彼等を糾弾するつもりはない。勿論、悪さをしている様なら話は別だが。
「ここにいる方は各々が自らの職務に注力し、国を支えてきた方だと思っている。後ろ暗い事がない限り、私も国も貴方がたを害するつもりはない。……私の家名にかけてお約束しよう」
 家の名をかけるという事はこの国では重い誓約だ。違えた時には自らの家を潰す覚悟を示す。
 俺の宣誓に微かに起きるどよめき。同時に微かに安堵が奔る。漸く場が落ち着いた事に内心でホッとしていれば、少し離れていたオルテガが隣に来た。
「落ち着かれたようならば皆様どうぞ室内へお入りを。此処を塞がれては迷惑です」
 オルテガの指摘でやっと自分達がどこにいるのか思い出したのか、宮廷貴族達が慌てたように会議室に入って行く。その姿を見て、俺とムルタラ伯爵とでほぼ同時に溜め息が零れた。
「全く、嘆かわしいものです。少し考えれば陛下やレヴォネ卿のお考えも分かるだろうに、あからさまな流言にまんまと踊らされてこの様に騒ぎ立てるなぞ……。レヴォネ卿にはご迷惑をお掛け致しました。何卒穏便に済ませて頂ければ幸いです」
 心底面倒臭そうに言いながらムルタラ伯爵が頭を下げるので慌てて上げてもらう。どうやら彼はまとめ役として結構苦労している様だ。しかし、既にもっとやらかしている連中がいるから彼等なんて可愛いものである。
「別の騒ぎの方が大事になるだろうから安心して頂きたい。宮廷貴族の皆様に不安を感じさせてしまったのは私の配慮不足だった。ムルタラ卿からも改めて皆様に説明して頂けるとありがたいのですが」
「承知致しました。私からも改めて話しておきましょう」
 話を取りまとめれば、お互いの間にある空気が緩む。ムルタラ伯爵とはあまり話した事がなかったが、どうやら良い人そうで内心安堵する。
 ミナルチークが失脚すれば、次に宮廷貴族の代表として台頭してくるのは多分この人だ。必然的にやり取りも増えるだろうから今のうちに仲良くしておきたいものだ。
 もっとも、それは相手も同じらしい。にこやかに会話を交わしながら歩き出すが、お互いに探り探りといった様子だ。
 そう思うとシガウスもグラシアールもやり易くて良かったな。アイツらはどっちも面倒だから初めから腹を割って話そう派だったから。
 今後はこうやって相手の腹を探りながらのやり取りが増えるのかと思うと非常に気が重い。もっとこう、サクッと仲良くなる方法はないだろうか。
 そう思って脳裏を掠めるのは好感度を上げる各ブーストアイテムだ。なるほど、こういうものを使いたがる気持ちがちょっとわかったな。労せず相手の気持ちが得られるなら楽でいい。
 でも、そんな歪な関係が長続きする訳がない。ステラが良い例だ。結局、人間関係は一時の誘惑では築けない。お互いに相手を思い遣って継続していく事が肝心なんだろう。
 かつての「俺」にとっても苦い学びを痛感しながら俺達はゆっくりと会議室に入るのだった。
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