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王都編91 終末を告げる声
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王都編91 終末を告げる声
足を踏み入れた会議室は緊張感に満ちている。
つい先日、反撃の嚆矢を放ったのもこの部屋だ。ほんの少し前に此処でバーリリーン元伯爵を断罪したのがすでに遠い昔のような気分になるくらい濃い毎日だったな。
今日でまた一つ区切りがつくのだろう。でも、それはこれから俺が立ち向かうものへの一歩にしか過ぎない。
そんな感慨を噛み締めながら俺は自分に割り振られた席へと向かう。こちらに向けられる視線は様々だ。好奇心と好意に混じってこちらに幾つも向けられる敵意、恐怖、畏怖。追いやられるまではこういう場で「私」に向けられる視線は嘲りが優っていたというのに。
思えば、この世界で「俺」が目を覚ました時から色んな事が随分と様変わりした。目標も、身の回りの環境も、これからの未来の事も、俺自身の感情も。でも、それは決して悪い変化ばかりではない。
「俺」も「私」もずっと自分を蔑ろにした事で自分達を大切に思ってくれていた者達まで蔑ろにしてしまった。事実、色んな人の手を借りて俺は今この場に居る。これからは俺達が彼等に報いる番だ。
自分の席に着くと、こちらを睨み付けるミナルチークと視線がぶつかる。酒浸りなのか、不自然に赤らんで脂ぎった顔はますますやつれていて不健康そうだ。丸々していた体も随分痩せているらしい。
あれは追い詰められて逃げる場所もない手負いの獣だ。完全に立場が逆転したとはいえ、あの男の事だから何をしでかすのか分からない。警戒するに越した事はないのだろう。いくら鈍い俺でも分かる。
どうやらオルテガやユリシーズも同じ考えらしい。室内に配置されている警護の近衛兵が幾人かいるのだが、ミナルチークの周辺に配備されている者はその中でも選りすぐりだ。何か起こそうとしたら、直ぐに取り押さえられるようにしているのだろう。
ミナルチークはじっと俺を睨んでいる。憎しみや怒りを孕んだ激情の眼は血走っていた。対する俺が彼に向けるのは冷めた視線だ。
以前の「私」ならば、その眼を恐れたかもしれない。だが、今の俺にとって彼の存在は既に路傍の石ころだ。それよりも恐ろしいものや警戒するべきものがある。
ミナルチーク自身も、俺が自分に興味を持っていない事を察したのだろう。怒りを抑え切れないようにぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し、低く獣のような唸り声を漏らす。その光景に、周りにいたミナルチーク派の連中ですら身を引いて距離を取ろうとした。
馬鹿だな。この場で自分の感情に任せて行動するのは悪手でしかない。数少ない味方すら逃げ出すような行動は控えるべきだった。今の彼にはそれに気が付く余裕すらないようだが。
否、初めから彼は見もしなかったのだろう。絶対的な権力を持って王都で我が物顔で過ごして来た彼の一族にとって周りの者はいつだって自分達の付属品でしかなかった。ミナルチークの実妹が離反したのは、そういった一族の気質を嫌ってという一面も大きい様だ。
人は独りで戦えない。生きていけない。俺は今回の事でそれを痛感している。
どんなに独りでもがいたって何らかの形で必ず人の助けを借りているものだ。現にここまでやってこれたのは俺以外の人達の尽力も大いに影響している。
例え噂一つを囀るだけでも、人々の口を渡るうちにその言葉は大きな力を持つ。今の俺の武器の一つだ。
セイアッドの父であるセオドアは言葉で巧みに世論を操った。彼ほど上手くなるにはまだ時間はかかるだろうけれど、多少の手応えも感じている。
ミナルチークを追いやる為に、彼等に虐げられていた下級貴族達を扇動した。キーナン子爵は実に上手く立ち回ってくれたようだ。彼に話を広める様に伝えてから宮廷貴族派に借金して従わされていると訴えて来た者達が幾人も出て来た。中には虚偽を訴える者もいたが、そういう者は全て切り捨てている。
借金をした者達の多くは民を思う善良な地方領主であった。きっかけはやはり四年前の飢饉が主で、地方に向けた支援を中抜きして不正を働く者がいたせいで十分な支援が届かなかったようだ。
勿論、横領した者には重い罰が下される手筈になっているし、芋蔓式にそこからぞろぞろと捕まる者が出て来るだろう。だが、この事態を招いたのはセイアッド自身の甘さにもあるのだ。
今回の件で、俺もまた猛省しなければならない。自分一人で背負い込んで破綻を招いたのだから。
「ユリシーズ陛下、リンゼヒース王弟殿下のおなりです」
開幕を告げる声がする。出入り口に視線を向ければ、ゆっくりと入場してくる二人の姿が見えた。普段は賑やかしいリンゼヒースも今日ばかりは大人しくしているようだ。珍しく鹿爪らしい顔で黙ってユリシーズの隣に座る。こうしていればちゃんと貴公子なのにな。
穏やかに始まったのは祝夏の宴に向けての最終調整だ。
今週末に迫った大きな宴はこの国の社交シーズンの幕開けを告げるものであり、諸外国からの客も沢山くる。合わせて城下では大規模な祭りが開かれ、王都は一気に華やぐ。しかし、同時に懸念されるのは安全の問題だ。
要人警護はもちろんのこと、城下の治安維持についても課題になる。人の出入りが激しくなれば、それに便乗して良くない者達も出入りしようとするだろう。それに、祭りに浮かれて喧嘩沙汰や犯罪が起きるなんて話も良くある。
これまで王都で主に治安維持を担ってきたのは王都に暮らす宮廷貴族の私兵達だ。重大な事件や国に絡むものは騎士団が動く事も多いが、民衆の間で起きた事や見回りは彼等の仕事だった。しかし、その治安維持部隊も蓋を開けてみれば酷いものだった。中には真面目に取り組んで者もいるようだが、大半は腐り切って賄賂と不正が横行する伏魔殿と化している。善人が貶められ、悪人が嗤うような現状を放置する訳にはいかないよな。
「……これまで王都の警邏や治安維持には王都に住む貴族達の私兵が主となって行ってきた」
事前に打ち合わせしていた通りにユリシーズが王都警護の話を切り出す。室内にいる、誰もが息を呑んだ。
これからユリシーズがする話がこの国の未来を大きく変える、初めの一歩だ。それを理解しているからだろう。小さく息を吐き出して、俺はユリシーズの言葉を待つ。
大丈夫だ。俺達ならやれる。
そんな思いで彼を見遣れば、目が合った。どうやら似た様な心境だったらしい。ふと緩んだ朝焼け色の瞳には微かに笑みが浮かぶ。どうやらユリシーズはこの状況を大いに楽しんでいるようだ。幼馴染達はやる気満々だったし、不安で気を揉んでいるのは俺だけか。何でみんなそう逞しいんだ。
「しかし、以前からその素行について民や騎士団から陳情が挙げられていた。此度調べた事案の中には看過出来ぬ重大な不正も存在している。粛清によって治安維持を担っていた者達も多く失脚し、更にはつい先程、大胆にもこの王城内で乱闘騒ぎを起こす始末だ。そのような者達に、王都の安全を任せてはおけぬ」
淡々と告げられる声に宮廷貴族達は蒼白となっている。巻き込まれた善良な者達は気の毒だが、特にミナルチーク派の者達には滅びを告げるラッパのように聞こえるだろう。
終焉のラッパは黙示録に出て来る話だ。ざっくり言えば、世界が終わりを迎える時に七人の天使が一人ずつラッパを吹く。すると、その音が鳴る度に世界では天変地異が巻き起こり、やがて七つ目のラッパが鳴らされると世界は終焉を迎えるといったものだ。ユリシーズの言葉は彼等にとってこのラッパにも等しいだろう。
彼の口から一つ話題が零れる度に破滅へ近付いて行くのだから。長らくこの国を脅かしてきた彼等も遂に終わりの時を迎えるのだ。
「し、証拠はあるのですか? その様に仰るからには確たる証拠があるのでしょう!?」
未だに諦め切れないのか、ミナルチーク派の者が声を挙げる。ひっくり返ったその声は情け無いが、彼がそれに気がつく事はない。
「レヴォネ卿」
「はっ」
名を呼ばれて後ろに控えていたルファスに目をやれば、彼はいつかと同じ様に素早く書類を配っていく。そこに山ほど記されているのは私兵に関わる宮廷貴族達の不正や犯罪の証拠だ。
書類を捲る微かな紙の音だけが室内に落ちる。今回の件に関係ない者達はそこに書かれた所業に顔を顰め、書面で名指しされた者は紙の様な顔色になってガタガタ震えていた。
「私を納得させられるような言い分があるなら聞こう」
笑みを浮かべたユリシーズの糾弾に、書類をぐしゃぐしゃに握り潰しながら声を挙げたミナルチーク派の男が崩れ落ちる。騎士団が調査し、提出した証拠には裏取までばっちりされていた。凡ゆる証拠を提示され、言い逃れは出来ないと悟ったのだろう。
言い訳もないと見ると、ユリシーズが呆れた様に溜め息を零した。そのまま男を連行する様に彼の近くにいた近衛に命じている。ユリシーズの言葉を受けた騎士達は床に座り込んだ男を迅速に引き摺り出していった。どうやら今回はこういうシステムで進められるらしい。
この会議の終わりまでに、果たしてどれくらい減るんだろうな?
ちらりと室内に視線を巡らせれば、ミナルチーク派の者達は皆顔色がよろしくない。されど、ここで男らしく悪い事していました!と自首できる者もいないようだ。そういった者には司法取引を検討してもいいとユリシーズとは話をしていたが、どうやら遠慮なくぶった斬れそうだな。
遂に始まった弾劾はこれから多くの者の人生を変える。中には幼い子供や嫁いだ者など無辜の者もいるのだろう。しかし、彼等もまた貴族という家に生まれたからにはその名が背負う責任を果たさなければならない。それが与えられてきた絶対的な権利と権力の対価なのだから。
幼い子供にはある程度の温情は与える予定だが、彼等の未来が明るいものになるかどうかはわからない。生まれは彼等を生涯縛り付けるからだ。出来る限り手を差し伸べたいとは思っているが、それも難しい部分が出て来る筈だ。
ここで名を挙げられた者達は捕えられて尋問される。そして、その自白と事実とを照らし合わせて罪の重さを決めるのだ。
軽いものならば、降爵や罰金で済むだろう。しかし、先祖代々の行いが悪ければ身分剥奪や国外追放も有り得る。毒杯を賜る者や処刑台に上がる者も出て来るかもしれない。少なからず流れるであろう血を思って、そっと息をつく。
綺麗な手のままで改革は成らない。それは理解している筈だったが、いざその場面に直面して俺は少し怖気付いている。人の人生を壊す。言葉にすれば軽いものだが、その場面を実際に目の前にしてその責任の重さがのしかかる。
フィクションの世界ならば、本当に短い言葉やボタン一つで終わる事がここでは目の前で起きているのだ。例え悪人とはいえ、次々に糾弾されて引き摺り出されていく者達の悲痛な叫びや絶望した顔を見る度に確かに胸は痛む。
この棘は、きっと一生俺を苛むのだろう。ふとした瞬間に思い出して落ち込み引き摺るに違いない。強がっていたって、俺の精神は世界でも比較的平和な日本で生まれ育ったただの一般人でしかないのだから。
ひっそり落ち込んでいれば、机の下でシガウスに足を踏まれた。慌てて気が付かず落ちていた視線を上げれば、深い青色の瞳がこちらを咎める様に見ている。…こういうところがダメなんだろう。
内心ちょっと溜め息をつきながら顔を上げて姿勢を正す。膝の上でそっとなぞるのは左手の薬指にある指輪だ。
オルテガから贈られたこの指輪が俺に勇気をくれる気がした。この先の未来の為にも、こんな出だしで躓いている訳にはいかない。ぐっと強く拳を握って気を引き締める。
さあ、長き因縁に終止符を。父達の悲願を遂げ、新しい世代の幕開けを迎えよう。
足を踏み入れた会議室は緊張感に満ちている。
つい先日、反撃の嚆矢を放ったのもこの部屋だ。ほんの少し前に此処でバーリリーン元伯爵を断罪したのがすでに遠い昔のような気分になるくらい濃い毎日だったな。
今日でまた一つ区切りがつくのだろう。でも、それはこれから俺が立ち向かうものへの一歩にしか過ぎない。
そんな感慨を噛み締めながら俺は自分に割り振られた席へと向かう。こちらに向けられる視線は様々だ。好奇心と好意に混じってこちらに幾つも向けられる敵意、恐怖、畏怖。追いやられるまではこういう場で「私」に向けられる視線は嘲りが優っていたというのに。
思えば、この世界で「俺」が目を覚ました時から色んな事が随分と様変わりした。目標も、身の回りの環境も、これからの未来の事も、俺自身の感情も。でも、それは決して悪い変化ばかりではない。
「俺」も「私」もずっと自分を蔑ろにした事で自分達を大切に思ってくれていた者達まで蔑ろにしてしまった。事実、色んな人の手を借りて俺は今この場に居る。これからは俺達が彼等に報いる番だ。
自分の席に着くと、こちらを睨み付けるミナルチークと視線がぶつかる。酒浸りなのか、不自然に赤らんで脂ぎった顔はますますやつれていて不健康そうだ。丸々していた体も随分痩せているらしい。
あれは追い詰められて逃げる場所もない手負いの獣だ。完全に立場が逆転したとはいえ、あの男の事だから何をしでかすのか分からない。警戒するに越した事はないのだろう。いくら鈍い俺でも分かる。
どうやらオルテガやユリシーズも同じ考えらしい。室内に配置されている警護の近衛兵が幾人かいるのだが、ミナルチークの周辺に配備されている者はその中でも選りすぐりだ。何か起こそうとしたら、直ぐに取り押さえられるようにしているのだろう。
ミナルチークはじっと俺を睨んでいる。憎しみや怒りを孕んだ激情の眼は血走っていた。対する俺が彼に向けるのは冷めた視線だ。
以前の「私」ならば、その眼を恐れたかもしれない。だが、今の俺にとって彼の存在は既に路傍の石ころだ。それよりも恐ろしいものや警戒するべきものがある。
ミナルチーク自身も、俺が自分に興味を持っていない事を察したのだろう。怒りを抑え切れないようにぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し、低く獣のような唸り声を漏らす。その光景に、周りにいたミナルチーク派の連中ですら身を引いて距離を取ろうとした。
馬鹿だな。この場で自分の感情に任せて行動するのは悪手でしかない。数少ない味方すら逃げ出すような行動は控えるべきだった。今の彼にはそれに気が付く余裕すらないようだが。
否、初めから彼は見もしなかったのだろう。絶対的な権力を持って王都で我が物顔で過ごして来た彼の一族にとって周りの者はいつだって自分達の付属品でしかなかった。ミナルチークの実妹が離反したのは、そういった一族の気質を嫌ってという一面も大きい様だ。
人は独りで戦えない。生きていけない。俺は今回の事でそれを痛感している。
どんなに独りでもがいたって何らかの形で必ず人の助けを借りているものだ。現にここまでやってこれたのは俺以外の人達の尽力も大いに影響している。
例え噂一つを囀るだけでも、人々の口を渡るうちにその言葉は大きな力を持つ。今の俺の武器の一つだ。
セイアッドの父であるセオドアは言葉で巧みに世論を操った。彼ほど上手くなるにはまだ時間はかかるだろうけれど、多少の手応えも感じている。
ミナルチークを追いやる為に、彼等に虐げられていた下級貴族達を扇動した。キーナン子爵は実に上手く立ち回ってくれたようだ。彼に話を広める様に伝えてから宮廷貴族派に借金して従わされていると訴えて来た者達が幾人も出て来た。中には虚偽を訴える者もいたが、そういう者は全て切り捨てている。
借金をした者達の多くは民を思う善良な地方領主であった。きっかけはやはり四年前の飢饉が主で、地方に向けた支援を中抜きして不正を働く者がいたせいで十分な支援が届かなかったようだ。
勿論、横領した者には重い罰が下される手筈になっているし、芋蔓式にそこからぞろぞろと捕まる者が出て来るだろう。だが、この事態を招いたのはセイアッド自身の甘さにもあるのだ。
今回の件で、俺もまた猛省しなければならない。自分一人で背負い込んで破綻を招いたのだから。
「ユリシーズ陛下、リンゼヒース王弟殿下のおなりです」
開幕を告げる声がする。出入り口に視線を向ければ、ゆっくりと入場してくる二人の姿が見えた。普段は賑やかしいリンゼヒースも今日ばかりは大人しくしているようだ。珍しく鹿爪らしい顔で黙ってユリシーズの隣に座る。こうしていればちゃんと貴公子なのにな。
穏やかに始まったのは祝夏の宴に向けての最終調整だ。
今週末に迫った大きな宴はこの国の社交シーズンの幕開けを告げるものであり、諸外国からの客も沢山くる。合わせて城下では大規模な祭りが開かれ、王都は一気に華やぐ。しかし、同時に懸念されるのは安全の問題だ。
要人警護はもちろんのこと、城下の治安維持についても課題になる。人の出入りが激しくなれば、それに便乗して良くない者達も出入りしようとするだろう。それに、祭りに浮かれて喧嘩沙汰や犯罪が起きるなんて話も良くある。
これまで王都で主に治安維持を担ってきたのは王都に暮らす宮廷貴族の私兵達だ。重大な事件や国に絡むものは騎士団が動く事も多いが、民衆の間で起きた事や見回りは彼等の仕事だった。しかし、その治安維持部隊も蓋を開けてみれば酷いものだった。中には真面目に取り組んで者もいるようだが、大半は腐り切って賄賂と不正が横行する伏魔殿と化している。善人が貶められ、悪人が嗤うような現状を放置する訳にはいかないよな。
「……これまで王都の警邏や治安維持には王都に住む貴族達の私兵が主となって行ってきた」
事前に打ち合わせしていた通りにユリシーズが王都警護の話を切り出す。室内にいる、誰もが息を呑んだ。
これからユリシーズがする話がこの国の未来を大きく変える、初めの一歩だ。それを理解しているからだろう。小さく息を吐き出して、俺はユリシーズの言葉を待つ。
大丈夫だ。俺達ならやれる。
そんな思いで彼を見遣れば、目が合った。どうやら似た様な心境だったらしい。ふと緩んだ朝焼け色の瞳には微かに笑みが浮かぶ。どうやらユリシーズはこの状況を大いに楽しんでいるようだ。幼馴染達はやる気満々だったし、不安で気を揉んでいるのは俺だけか。何でみんなそう逞しいんだ。
「しかし、以前からその素行について民や騎士団から陳情が挙げられていた。此度調べた事案の中には看過出来ぬ重大な不正も存在している。粛清によって治安維持を担っていた者達も多く失脚し、更にはつい先程、大胆にもこの王城内で乱闘騒ぎを起こす始末だ。そのような者達に、王都の安全を任せてはおけぬ」
淡々と告げられる声に宮廷貴族達は蒼白となっている。巻き込まれた善良な者達は気の毒だが、特にミナルチーク派の者達には滅びを告げるラッパのように聞こえるだろう。
終焉のラッパは黙示録に出て来る話だ。ざっくり言えば、世界が終わりを迎える時に七人の天使が一人ずつラッパを吹く。すると、その音が鳴る度に世界では天変地異が巻き起こり、やがて七つ目のラッパが鳴らされると世界は終焉を迎えるといったものだ。ユリシーズの言葉は彼等にとってこのラッパにも等しいだろう。
彼の口から一つ話題が零れる度に破滅へ近付いて行くのだから。長らくこの国を脅かしてきた彼等も遂に終わりの時を迎えるのだ。
「し、証拠はあるのですか? その様に仰るからには確たる証拠があるのでしょう!?」
未だに諦め切れないのか、ミナルチーク派の者が声を挙げる。ひっくり返ったその声は情け無いが、彼がそれに気がつく事はない。
「レヴォネ卿」
「はっ」
名を呼ばれて後ろに控えていたルファスに目をやれば、彼はいつかと同じ様に素早く書類を配っていく。そこに山ほど記されているのは私兵に関わる宮廷貴族達の不正や犯罪の証拠だ。
書類を捲る微かな紙の音だけが室内に落ちる。今回の件に関係ない者達はそこに書かれた所業に顔を顰め、書面で名指しされた者は紙の様な顔色になってガタガタ震えていた。
「私を納得させられるような言い分があるなら聞こう」
笑みを浮かべたユリシーズの糾弾に、書類をぐしゃぐしゃに握り潰しながら声を挙げたミナルチーク派の男が崩れ落ちる。騎士団が調査し、提出した証拠には裏取までばっちりされていた。凡ゆる証拠を提示され、言い逃れは出来ないと悟ったのだろう。
言い訳もないと見ると、ユリシーズが呆れた様に溜め息を零した。そのまま男を連行する様に彼の近くにいた近衛に命じている。ユリシーズの言葉を受けた騎士達は床に座り込んだ男を迅速に引き摺り出していった。どうやら今回はこういうシステムで進められるらしい。
この会議の終わりまでに、果たしてどれくらい減るんだろうな?
ちらりと室内に視線を巡らせれば、ミナルチーク派の者達は皆顔色がよろしくない。されど、ここで男らしく悪い事していました!と自首できる者もいないようだ。そういった者には司法取引を検討してもいいとユリシーズとは話をしていたが、どうやら遠慮なくぶった斬れそうだな。
遂に始まった弾劾はこれから多くの者の人生を変える。中には幼い子供や嫁いだ者など無辜の者もいるのだろう。しかし、彼等もまた貴族という家に生まれたからにはその名が背負う責任を果たさなければならない。それが与えられてきた絶対的な権利と権力の対価なのだから。
幼い子供にはある程度の温情は与える予定だが、彼等の未来が明るいものになるかどうかはわからない。生まれは彼等を生涯縛り付けるからだ。出来る限り手を差し伸べたいとは思っているが、それも難しい部分が出て来る筈だ。
ここで名を挙げられた者達は捕えられて尋問される。そして、その自白と事実とを照らし合わせて罪の重さを決めるのだ。
軽いものならば、降爵や罰金で済むだろう。しかし、先祖代々の行いが悪ければ身分剥奪や国外追放も有り得る。毒杯を賜る者や処刑台に上がる者も出て来るかもしれない。少なからず流れるであろう血を思って、そっと息をつく。
綺麗な手のままで改革は成らない。それは理解している筈だったが、いざその場面に直面して俺は少し怖気付いている。人の人生を壊す。言葉にすれば軽いものだが、その場面を実際に目の前にしてその責任の重さがのしかかる。
フィクションの世界ならば、本当に短い言葉やボタン一つで終わる事がここでは目の前で起きているのだ。例え悪人とはいえ、次々に糾弾されて引き摺り出されていく者達の悲痛な叫びや絶望した顔を見る度に確かに胸は痛む。
この棘は、きっと一生俺を苛むのだろう。ふとした瞬間に思い出して落ち込み引き摺るに違いない。強がっていたって、俺の精神は世界でも比較的平和な日本で生まれ育ったただの一般人でしかないのだから。
ひっそり落ち込んでいれば、机の下でシガウスに足を踏まれた。慌てて気が付かず落ちていた視線を上げれば、深い青色の瞳がこちらを咎める様に見ている。…こういうところがダメなんだろう。
内心ちょっと溜め息をつきながら顔を上げて姿勢を正す。膝の上でそっとなぞるのは左手の薬指にある指輪だ。
オルテガから贈られたこの指輪が俺に勇気をくれる気がした。この先の未来の為にも、こんな出だしで躓いている訳にはいかない。ぐっと強く拳を握って気を引き締める。
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