盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編92 チェックメイト

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王都編92  チェックメイト

 気を取り直してユリシーズの弾劾に耳を傾ける。
 どうやら彼は相当我慢してきた様で生き生きと悪さをしていた宮廷貴族を言葉で斬り捨てている。その姿は非常に楽しそうだ。退位する事も内々に決まって色々吹っ切れたせいなのか無双状態である。
 領地にいる時はミナルチーク派の連中にユリシーズに対して土下座させてやるなんて思っていたが、ユリシーズの方が強かった。なんか俺いなくても良かったのでは…?とちょっとばかり悲しくなる。
 きっかけを作った事に間違いはないだろうが、俺より周りの方がずっと過激だし、報復にも乗り気だ。思ったよりもこの後の混乱が大きくなりそうでそちらにうんざりする。この騒動の後始末は俺の仕事なんだよなぁ…。
 ちょっとばかり遠い目になっていると、ユリシーズによる宮廷貴族の弾劾がひと段落したようだ。最終的に連れ出されたのは五人、名指しで罪を問われた者が数人いるが、彼等ほどではないにせよ、悪さをしていた者達にも各々罰が言い渡される予定だと告げられる。
 断罪された者達は皆一様に表情が紙のように白いし、雰囲気がまるでお通夜だ。しかし、弾劾の本番はここからだ。この程度で参っていてもらっては困る。
 同じ事を思っているのか、ユリシーズがチラリとこちらに朝焼け色の瞳を向けた。どうやら俺の出番が来たようだ。
「此度の騒動が発端で各領地の財政を再調査した事によって様々な不正が明らかとなっている。先立ってバーリリーン伯爵家を誅したが、それ以外の領主も幾人か悪事に手を染めている事が判明した。レヴォネ卿より、それらの家に対する処分を言い渡す」
 ユリシーズの視線を受け、先程と同じ様にルファスに資料を配ってもらう。その間に視線を巡らせれば、こちらを睨み付けるミナルチークと視線がぶつかった。
 この男が、「私」は恐ろしかった。しかし、今相対しているのは赤ら顔をした冴えない男だ。今まで取り巻きを幾人も侍らせて好き勝手に生きてきた男にとって、この現状は屈辱でしかないのだろう。
 やり込めた筈の若造に、何もかもをひっくり返されて全てを失くそうとしている。そんな状況なのに、手も足も出ない、何も出来ない。
 歯がゆいだろう、悔しいだろう。落ちぶれていくのが分かっているのに、抵抗すらままならないのだから。だが、それは彼等自身が長い時間を掛けて作り上げた末路にしか過ぎない。
 そんな彼等をほんの少しだけ憐れに思う。助けようなんてフィーヌースの小さな鉤爪の先ほども思わないけれど。

 そこからはまた阿鼻叫喚だった。
 今度の相手は主に領地持ちの貴族達だ。これまで集めた証拠を叩き付け、不正を働いていた連中を断ずる。言葉にすれば軽いものだが、実情は醜悪の一言に尽きた。
 やれそんな事はやってないだの、なんで今まで先祖もやってきたのに自分だけ罰せられるのはおかしいだの、果ては陰謀論まで飛び出す始末だ。言いたい放題である。
 陰謀論については俺の都合でスルーだ。相手を貶める為に汚い事をしたのはお互い様だろう。有る事無い事捏造するのだってその一端だ。
 ぐだぐだ文句を言う連中には他の証拠を叩き付けて黙らせる。真実であれ捏造であれ、不正の土台があるなら信じる者は少ない。
 既に破滅への筋書きは出来上がっている。泣こうが喚こうが、断じられる前に罪を告白しなかった者達はみな例外なく凋落する運命なのだ。そこに多少の嘘が紛れていたって誰も気に掛けない。気に掛けたって意味がないのだから。
 彼等は立場が弱い者達に対して同じ事をずっとずっとしてきた。時には金銭や土地の為に、美しい妻や娘を奪う為に。私欲で人々を貶めてきた。散々自分達がしてきた事をその身で受ける事になっただけだ。
 それでも粛清を続けていくうちにあまりにも醜悪な状況に内心うんざりしてきた。さっさと終わらせて仕事に戻りたいのが本音なんだが、コイツら皆往生際が悪すぎる。
 もうとっとと決着をつけてしまおうと軽く手を挙げた。断罪もひと段落したところで私的な発言の許可を得るためだ。
「私見をお許し頂けますか?」
「よろしい」
 そっと訊ねれば、ユリシーズが鷹揚に頷いて見せる。その動きを見て、小さく深呼吸してから口を開く。
「この場で長く話しては皆様お疲れでしょう。今日はあと一件処罰を言い渡して閉会に致しませんか? 続きはまた後日に」
「一理あるな。では、レヴォネ卿に任せよう」
 うんうんとわざとらしく頷いて見せながらユリシーズが一瞬ウィンクするのが見えた。彼なりのエールだろうか。
 この騒動が終わったらユリシーズとゆっくり語り合いたいものだ。そう思いながら俺は立ち上がってミナルチークを見遣った。
 目が合った男はギクリと小さく肩を揺らし、それからこちらを睨み付けてくる。虚勢でしかないその視線を受け止めて、俺は笑ってやった。
 これで父の代から続く長らくの戦いに終止符が打たれるのだから。
「ラドミール・マチェイ・ミナルチーク」
 なるべく冷たく聞こえるように努めながら俺は宿敵の名を呼んだ。俺に呼び捨てにされた事にミナルチークは憤慨したのか、赤ら顔が更に赤くなる。
「貴様っ、先程から黙って聞いていれば……一体何様のつもりだ!!」
「黙れ! その言葉はそっくりそのままお返ししよう、ミナルチーク伯爵」
 強く言い返されると思っていなかったのか、ミナルチークが一瞬怯む。いくら何でも舐められすぎだろう。これから存分に痛い目に遭ってもらうぞ。
「貴様は此度の騒動やそれ以前から数え切れぬ程罪を犯してきた。中でも最も重いのはいち宮廷貴族でありながら国家転覆を目論み、自らが王位に就こうとした事だ」
 俺の言葉に、室内がざわりと騒めく。動揺が走る貴族達は互いに顔を見合わせながらコソコソと囁き合っていた。みんな薄々感じていたものの、こうして公の場で口にされたのは初めてだからだろう。
 この国における王権というものは非常に重い。ローライツ王国を建国した初代国王から脈々と受け継がれる血筋は何物にも変え難く尊いもので、何人たりともそれを侵す事は許されないものだ。その辺にはどうやら精霊やら女神やらが関わっているらしいが、今は置いておこう。
 兎にも角にもこの国の王となるためにはローライツ王家の血が流れている事が必定だ。ミナルチークは家柄こそ古いものの、結局はいち宮廷貴族にしか過ぎない。王家に嫁入りした事もなければ、王家から降嫁した事もない。だからこそ、ミナルチークはステラとライドハルトを利用しようとした。
「貴様は聖女候補の町娘を自らの養女とし、ライドハルト殿下やその側近である令息達に近付けた」
 王宮で大切に育てられた歳若く直情的で世間知らずな一人息子の王子様。貴族令嬢として、またいずれ王妃となる上で完璧な婚約者に対して密かに抱き続けた劣等感をミナルチークは見抜いていた。ライドハルトの劣等感を利用して、その心の穴を埋めるかのようにステラを当てがおうとしたのだ。
 ステラは聖女の素質があるとはいえ、生まれも育ちも王都のごく普通にある一般家庭のものだ。貴族の風習やマナーも知らなければ、一般常識にも疎い。王子である事で人との交流に制限もあるライドハルトにとって、ステラはまるで宇宙人のように理解し難い存在だったのだろう。
「そして、人心を操る薬物を使用して彼等を誘惑するようステラ嬢に命じたな」
 そもそも王太子であるライドハルトにフランクに接する人間の方が稀なのだ。婚約者に対する劣等感に苛まれるところに、自分を真っ直ぐに慕ってくれる愚かで可愛らしい小娘がいれば薬がなくとも心惹かれるのも無理はない。だからといってたかが王子の一存で勝手な行動を起こしたのは頂けなかった。ライドハルトの一番の罪はここだ。せめて、きちんとユリシーズに申し出て、両家の間でしっかりと話し合いが成されていればもう少し話は違ったかもしれない。
「まんまと彼女を殿下達の懐に潜り込ませてからは私やスレシンジャー家を追いやる為に歳若い彼等を言葉巧みに惑わせた。有る事無い事吹き込んでレヴォネ家や私に対する冤罪を仕立て上げようとしたな」
 最終的にライドハルトが選んだのは一番最悪な道筋だ。ミナルチークの甘言に惑わされて、ただ一人国政を全て把握していた宰相セイアッドを追い遣ろうとした。追放寸前で「俺」の意識が目覚めた事で結果的には未遂で済んだものの、ゲームのシナリオ通りにセイアッドが死んでいたらミナルチークの思う壺だったのだろう。
 政敵を誅殺し、婚約者であるスレシンジャー公爵家の令嬢も追い出す。そうすれば、誰にも邪魔される事なくステラとライドハルトをくっつけることが出来ただろう。やがて、二人の間に子が出来れば、その子がいずれ国王となる。
 王妃の義父として、またスレシンジャー公爵家の代わりに後ろ盾となったミナルチーク家は絶対的な権力を握り、ライドハルトやその子を操って国を乗っ取るのだ。例え異変に気がついたところで義父であり、共犯者である男にライドハルトは一人では太刀打ち出来ないだろう。どうにも出来ないままに国は滅んでいったに違いない。
「政敵であるレヴォネ家を滅ぼし、スレシンジャー家を追い出す事で自らが政権を支配しようと画策した。そして、いずれ生まれた子を、ライドハルト殿下を傀儡とするつもりだったな。その罪は非常に重く、また許されぬものだ」
 これまで幾度も言ってきたが、国家転覆は重罪。画策するだけでも一族郎党処刑となる。それほど重いものだ。
「な、何を根拠に……!!」
「ここにステラ嬢の供述書がある。目を通すが良い」
 近付いて行ってポイとテーブルの上に投げ落としてやれば、ミナルチークは憎悪を込めて俺を睨み付けた。それでも、黙って資料をめくり始めるが、だんだん顔が怒りで赤くなっていく。その隙にルファスが同じものをこの場にいる全員に配ってまわった。目にした貴族達は皆一様に顔を顰めている。
「なんだこれは! 出鱈目だ!!」
「そういうならば、反証を示せ。自分がやっていないという反証を。こちらはライドハルト殿下をはじめとした被害者の高位令息達から同じ供述を得ている。それにアスフール家次子ヤロミールからも話を聞いているぞ。貴様、私を追い遣った後は彼に下げ渡すつもりだったらしいな」
 鼻で笑いながら零せば、少し離れた所からドンと鈍い音が響いた。何事かと思ってびっくりしながら視線を向ければオルテガがテーブルを殴り付けた音のようだ。テーブルの上に拳を置きながら今にも飛び掛かりそうな目でミナルチークを睨み付けている。周りの視線はオルテガに釘付けかつドン引きだ。お前、少しは押さえろよ。
 それはそれとしてこの状況はヤバい。このままだとオルテガがこの場でミナルチークを殺しかねない。
「んんっ! 他にも貴様の罪はあるぞ」
 咳払いをして仕切り直す。頼むから大人しくしてろ、これ以上やらかすならお前も摘み出すぞという意味を込めてオルテガを睨み付ければ、彼は渋々拳を引っ込めた。
「四年前の飢饉の折、国が支給した支援の中抜きを指示しただろう。さらに、支援が行き届かなかった為に困窮した貴族達に対して法外な利子で金を貸し、それを盾に彼等に不正や妨害を働く様に脅した。今回の精査で数え切れない程の陳情が上がっているぞ」
 にこやかに微笑みながら追加でばさりと書類を落とす。これはキーナン子爵が告発してくれたお陰で集まった様々な者達からの供述書だ。大小様々な供述は俺の補佐官達の努力の賜物である。
 ミナルチークは自分の子飼い貴族を利用して間接的に弱い貴族達を食い物にしてきた。領地の近いもの、関係の近いものを近付けて下位貴族や立場の弱い者達を惑わせては色々なものをむしり取っていたようだ。
 ちょっと脅してやったら実行犯達はあっさりミナルチークの関与をゲロった。中にはどう考えてもそいつの独断と思しき所業もあったが、彼等は全てミナルチークに命じられた事だと涙ながらに訴えて来た。要するにミナルチークは見捨てられたのだ。
 彼自身、その事実にやっと気が付いたのだろう。資料を捲る手が震え、赤かった顔色がだんだん悪くなっていく。
 気分はどうだ、裸の王様よ。
「余罪と課せられる罰については後日またお伝えしよう。この場で話していてはキリがないからな。ああ、あわせてお聞きしたい事も山の様にある。貴様の先祖の所業も併せて、この国の腐敗の根源であるミナルチーク家の何もかもを詳らかにして綺麗さっぱり片付けるとしよう」
 にこりと笑って断じても、目の前の男は何も言い返さなかった。小さくなって何やらぶつぶつ呟いているだけで碌な反応もない。
 何だ、つまらないな。噛みつき返してきたらそのまま始末してやろうと思ったのに。
 国王の誕生日でお前がセイアッドがそう振る舞うよう誘導した様に、俺もまたお前に仕掛けたつもりだったんだけどな。思ったよりも折れるのが早かった。もっとも、この程度で済むとは思わないで欲しいが。
 長らく国を蝕んできた毒蟲の王。その最期に相応しい舞台をちゃんと用意している。楽には死なせてやらないさ。首は飛んだらそれきりだろう?それではつまらない。簡単に死んで逃げられては虐げられて来た者達の溜飲も下がらないだろう。より惨めな最期を迎えられる、とっておきの場所を用意する事が出来そうだし、是非とも楽しみにしていて欲しい。
 ユリシーズの命令で屈強な近衛騎士達がミナルチークを拘束し、部屋から引き摺り出していく。抵抗するかと思ったが、特に何もなかった。
 終焉はあまりにもあっさりしたものだ。何だか拍子抜けだな。みっともなく泣き叫ぶのを見ながら悪役らしく高笑いしてやろうと思っていたのに。
 長らく栄華を誇った家も、最期は惨めなもの。欲のままに振る舞ったが故の破滅はいつか来る破綻だった。
「……ガーランド卿、分かっているとは思うが、決して死なせぬ様に。あの者は国の法によって裁き、罪を償ってもらう。尋問や収監、あの家に関わる者には如何なる私刑も禁じ、人道に則った扱いをするよう厳命して頂きたい」
 オルテガの方を見ながら釘を刺せば、苦笑混じりに「承知した」と返事が返ってくる。ちゃんと言っておかないと尋問の際にうっかり殺されそうだからな。私怨も山の様に買ってそうだし。
「……此度の騒動に乗じ、それぞれの家門の貴族の在り方というものを再確認している最中だ。国に対して民に対して背信行為を行なってきた家にはミナルチーク同様退くか相応の罰を受けてもらう。真っ当に義務を果たしてきた者には関係ない話だが、私腹を肥やした者、弱き者を虐げてきた者、不正を働いた者達は覚悟するが良い。これまでの行いの報いを受けてもらう。例えそれが先祖からの所業だとしても、その家に生まれたからには祖先の罪を償う義務がある。自身が当主となった時に是正する機会はあった筈なのに、惰性で続けてきたのは貴様ら自身の判断だ」
 ぐるりと視線を巡らせれば、顔色を悪くして俯く者達が幾人かいる。やっぱり後始末と勢力図の書き換えで大きく混乱しそうだな。先の苦労を考えて一気に気が重くなる。
「しかし、ユリシーズ陛下は寛容にも御慈悲を下さるそうだ。自ら罪を申し出た者は処罰を多少軽くしよう。申し出る者は全ての罪を余す事なく自ら認めて持ってくるが良い。ああ、その際に誤魔化せるとは思わぬように。既に大方の調べはついている。誤魔化せばすぐに分かるぞ」
 にっこり笑ってそこまで言い切ると、俺はユリシーズを見た。彼は満足そうに、どこか安堵したように俺を見ている。
「私からは以上で御座います、陛下」
 ユリシーズは大きく頷いて見せながら立ち上がった。その姿は以前とは比べ物にならない程勇壮な雰囲気を纏っている。そんなユリシーズに気押されたのか、それまで微かに囁き合っていた者達も一様に口を閉ざした。
「今レヴォネ卿が言った通り、国に長らく巣食ってきた膿を全て出す時が来た。暫くは大きく混乱する事もあるだろう。だが、これを機に改めて皆が自らの責務に対して真摯に向き合って欲しいと願う。我々が不自由なく生きられるのは支えてくれる者達がいるからだ。我々は彼等に報いなければならない」
 厳かな一言に室内にいる貴族達が皆深々と首を垂れる。ユリシーズの言う通り、これを機に自分達の存在意義を今一度振り返って欲しいものだ。
「今日はこれまで。皆、ご苦労だった」
 ユリシーズの柔らかな声が会議の終了を告げる。同時に胸に満ちるのは深い安堵。
 こうして、俺の初めての大いくさは予想よりずっとあっさり無事に終わったのだった。
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