盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編93 ステラの処遇とセイアッドの告白

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王都編93  ステラの処遇とセイアッドの告白

 予想外にあっさり終わったミナルチークの断罪劇だが、本当に大変なのはここからだ。
 貴族の力関係は崩壊し、大混乱を招くのはまず避けられないだろう。これはそのうち落ち着くと思うが、問題は処罰対象達。
 これまでの調査で摘発された者達に対するより詳細な調査が騎士団によって行われるんだが、金銭面や権利関係となると騎士団だけでは分からない事も多い。その為に俺の補佐官から幾人か派遣すること自体は予め決まっていたんだが、予想していたよりも件数が多くなりそうで結局当初の予定よりごっそり抜ける事になった。
 派遣する面子を選定しながら俺はうんざりした。当然、その皺寄せが俺の業務に来る事になるのが確定し、これまで以上に忙殺される気配が濃厚だからだ。いい迷惑である。
 幸い、モーリスがかなり手伝ってくれるから追放劇前よりは多少の余裕があるが、それもいつまで続くか分からない。同時に、迫る祝夏の宴の支度にも追われているからだ。社交シーズンが開幕すれば、今度はやってくる諸外国の要人の対応も入ってくる。
 他国との仲が比較的良好かつ気候が穏やかで治安も良いローライツ王国は他国民がバカンスを過ごす場所としても人気らしい。祝夏の宴に出席する為にやって来たお偉いさんがそのまま暫く居座ったり、各地に旅行に行くのも珍しくない。
 その最たる存在が隣国であり大陸内でも一番の大国ラソワの王太子グラシアールである。彼は以前から親善の為と言って祝夏の宴には必ず参加して暫く滞在してきた。その間、主にアテンドするのは「私」や補佐官達の役目で、以前は地味にストレスとなっていたようだ。
 しかし、すっかり仲良くなってからは割と雑な扱いをしても許されているので今年は放っておく事にした。向こうにもやり過ぎない程度に好きに過ごして貰いたい。そのうち、彼には竜と契約する為にマーティンを連れて行って貰わないといけないしな。滞在中に一度ゆっくり食事くらいはしたいところだ。
 されど、然程親しくもない他国の要人にそういった適当な扱いが許される訳もない。仲良くなったら話は別の人もいるかもしれないが、細心の注意を払って対応するべきだろう。
 基本的に歓待するのは王族の仕事なんだが、大氾濫の危険性がある以上俺も積極的に情報収集に回らなければならない。事情を知っている人間が増えればもう少しやりやすいのかもしれないが、現状があまりにも不確か過ぎる。下手に騒ぐと国際問題にも発展しかねないので慎重にいかなければ。嗚呼、面倒臭い。
 そして、肝心のステラである。
 彼女はヘドヴィカと話した以降、憑き物でも落ちたようにすっかり大人しくなって素直になったらしい。そんな彼女に俺が直接顔を合わせたのはミナルチークを断罪した翌日の午後だった。

 長らく宮廷貴族の長であり、国の中でも強大な権力を持っていたミナルチーク伯爵の失脚。それも、国家簒奪を目論んだという大罪だ。
 そんな大ニュースは盛大に尾鰭や背鰭をつけながらあっという間に人々の間に広まった。凡ゆるトラブルの元凶が失せた安寧もあるが、それ以上に大きな混乱を招く中で、必然的に今回の事件の発端ともいえる少女ステラにも注目が行く。彼女が共謀者であれば、聖女候補が国を奪おうとした事になるからだ。しかも、王太子を惑わせたのだ。当然、その罪は重い。
 人々はステラに対する処罰にも注目している。長らく聖女足り得る者が現れず、形骸化しているとはいえ聖女候補であるのだ。女神に選ばれたその少女が罪を犯したとあれば今以上の騒ぎになるだろう。
 今日はそのステラに対する裁定が下される。…とはいえ、既に俺が定めた通りの道筋に進めるだけの茶番だ。そのために、ステラが国王の御前に呼ばれている。ユリシーズに対して改めて供述して貰い、彼女自身の処遇を正式に決めて言い渡す為なんだが、その場に俺も呼ばれていたのだ。
 仕事の関係で少し遅れて入った謁見の間には既に多くの関係者がいる。俺は今回傍聴する側なので先日の婚約宣誓の際のサディアス達と同じように赤い絨毯の傍に控えた。
 室内はまずは国王ユリシーズが玉座に。その横にはリンゼヒースがこれまた鹿爪らしい顔して立っている。玉座の正面にはシンプルな白いワンピース姿のステラ。緊張した面持ちだが、横顔や新緑色の瞳に不安はあまり見えない。
 先日と同じく絨毯の傍にはサディアス、オルテガ。そして、今回はシガウスの代わりにヘドヴィカがいる。
 転生者同士で相談し、ユリシーズや関係者には自分達がまれびとであると早々に打ち明ける事にしたのだ。俺が憂慮するのはこれから先の未来の事。もしも、俺の予想が当たっているなら相当な被害が出る。少しでもその可能性や被害の規模が減らせるなら、やれる事に何でも喰らい付いていかなければ。
 目下のところ、一番の懸念はステラだ。彼女の扱いについては一応ユリシーズや関係者とは既に話はついているんだが、周りの反応は読めない。反発は出るのは致し方ないとして、危害を加えようとする者が出てこなければいいが…。
 俺の不安を他所に、面子が揃ったと見ると直ぐにユリシーズが口を開いた。
「ステラ嬢よ、良くぞ参った。緊張しなくて良いから話を聞かせて欲しい」
 柔らかな口調と表情をしたユリシーズに促されたステラは不安そうに一瞬だけちらりと俺に視線を向けた。大丈夫だという意味合いを込めて頷いて見せれば、ステラが意を決したように跪いて話始める。
「……ユリシーズ陛下、この度は多大なるご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした。本来であれば、私のしでかした事は決して許されないものでしょう。こうして告解する場を与えて下さった陛下の寛大なるお心に深く感謝致します」
 澱みなく、されど真摯に謝罪する姿に本当に改心しているようだと内心安堵する。ステラはこの世界の未来を握る存在だ。今はまだ未熟だが、これから修練を積めば人々が彼女を見る目も変わってくるだろう。
 それからステラは生い立ちから順番に話し始めた。王都で花屋を営む両親の元に生まれ育った事。幼い頃から回復魔法の素養があり、度々教会から呼び出されていた事。そして、18になる今年の初めに正式に聖女候補として教会に認められた。聖女候補になった事でミナルチークが声を掛けて来て、養女となってグロワール学園に通うようになる。そこで王太子や高位貴族令息達と出逢った…。
 ここまでは真実を話しているが、この先の事は彼女に任せている。世の中に流布している話を真実とするか、ユリシーズに偽りのない事実を自分から話すのか。
 嘘偽りを抱え続けるのはしんどいものだ。俺がオルテガに「俺」の事を隠す為に嘘を重ね続けた時のように。
「……私、本当は全部私の意思でやったんです。あの香水を探して使ったのも、国のお金で色んな物を買ったのも……沢山の人を傷付けたのも……」
 それは消え入りそうな声だった。しかし、彼女は自分のしでかした事と向き合っていく事を選んだようだ。時折声を震わせ、つっかえながらも自分がして来た事を一つひとつ告白する。
 その場にいる者達は彼女が話し終わるまで黙って耳を傾けた。
「……本来ならば、私も一緒に裁かれるべき人間です。処刑されても文句は言えません。それだけの事をしでかしたのですから。今更罪を自覚してもやってしまった過去は変えられません。許されるとも思っていません。でも……もしももう一度機会を頂けるのならば、今度こそ聖女候補として役目を全うしたいと心から思っています」
 目元を濡らす涙を拭いながらそこまで言い切って、ステラはじっとユリシーズを見つめる。その横顔はすっきりしているようだ。
 ステラの告解を聞き届けたユリシーズは大きく頷いて見せた。彼には予め世界に迫る危機の可能性とステラの重要性は伝えてある。ステラを生かす事に変わりはないが、ユリシーズにだって言いたい事はあるだろう。
「良く話してくれた。自らの罪を告白するのは辛いものだが、君は全て正直に話してくれた。君が犯した罪はこれから聖女となって弱き者達の為に励む誓約をもって帳消しとしよう。これからはこの国の力となって欲しい」
「っ……! ありがとう、ございます……」
 ユリシーズの言葉に、ステラは俯いてボロボロと涙を零す。そんな彼女の姿に、ユリシーズは立ち上がって玉座から降りると彼女の肩を優しく叩いた。
「むしろ、君にはとても重いものを背負わせてしまうかもしれない。……それでも良いのかい?」
「覚悟の上です。私は、昔の私が叶えられなかった夢を実現させたい」
 それは力強い声と瞳だった。吹っ切れた様子のステラはすっかり腹を括ったようだ。ならば、俺もそれに応えなければならない。
「陛下、発言を宜しいでしょうか」
 そっと声を掛ければ、ユリシーズが頷く。
 いつだって自分の正体を話す時は恐ろしい。しかし、今はそんな俺の心情を察した様にオルテガが寄り添ってくれる。肩を抱いてくれる手の熱は、いつだって俺の背中を押してくれるのだ。
「我々は陛下に一つ隠し事をしております」
「その隠し事とは?」
 穏やかに問うユリシーズの声音は優しい。もしかすると、とっくに気が付いていたのかもしれないな。
「……私には、ここではない世界の記憶があります。今現在の私はこの世界ではまれびとと呼ばれる存在であり、セイアッド・リア・レヴォネとしての意識の主導はそちらの記憶を持つ者が握っています」
「そうか……」
 何とも言えない表情でユリシーズは噛み締める様に呟いた。折角セイアッドと仲良くなれたと思ったら中身が別人だったのだから落胆させてしまったのだろう。申し訳なく思うが、今は許して欲しい。後でいくらでも誹りを受けよう。
「リンゼヒース殿下やグラシアール殿下からお聞きしました。この世界には幾度も私と同じ様な現象があり、そしてそのような存在が現れる時には必ず世界に異変が起きる、と」
 最も重要なのはこれだ。俺達転生者という異物が複数存在している現状は、これまでの歴史から鑑みても決して楽観視出来るものではないだろう。
「そうだ。この世界が女神から人の手に託されてから幾度となく起きて来た事象だ。……グラシアール殿から話を聞いているなら君は全てを把握しているな?」
 確かめる様な言葉は煌魔族に関する事と意図的に改変されている神話についてだろう。
「恐らくは。後程で構いませんので確認をさせて下さい」
「承知した。して、この場で告白したと言う事は他にも何かあるんだろう?」
 苦笑混じりのユリシーズはそう言いながら俺とステラ、それからヘドヴィカを見た。ヘドヴィカはこの場において完全なるイレギュラーだ。元々何かしらの意図を感じていたのだろう。
「ええ。今現在、この国にはそれぞれ状況は違えど他に少なくとも三人のまれびとが存在しています。一人はステラ嬢、もう一人はこちらにいるヘドヴィカ・イシェル・クルハーネク侯爵令嬢。そして、もう一人が……」
「私、オルテガ・フィン・ガーランドです」
 俺の声を遮る様にオルテガが一歩前に出る。その姿にユリシーズより先にサディアスとリンゼヒースが驚愕した様に目を見開いた。
「はぁ!? 何だそれ! お前の事は聞いてないぞ!?」
 思わずと言った様子でそれまで黙っていたリンゼヒースが大声を挙げるのを聞きながら、そういえば幼馴染二人にオルテガと涼介の事を何も言っていなかった気がすると初めて思い至った。
 真咲という存在がセイアッドの中にいる事とオルテガがその存在を受け入れて無事に婚約する事が出来たという所までは彼らも知っている筈だが…。あれ、もしかしてそもそもオルテガが「俺」を受け入れてくれた話すらしてなかったりするか…?よくよく思い出してみたらその辺のことを何も話していない気もする。
 襲撃やら仕事やらミナルチークにトドメをさす為のあらゆる裏工作やらで忙殺されていてすっかり頭からすっぽ抜けていた。
「……もしかして、何も言ってなかったか?」
「フィンの事は何も聞いてないよ! 初耳!!」
 どういう事なの!?ちゃんと説明して!と耳元で喚くサディアスに揺さぶられながらどこから説明したもんかと悩む。そうかー、前提が色々伝わってなかったか。
「……一から全部説明してもらっても良いだろうか?」
 ギャーギャー騒ぐ幼馴染達の様子に困った様な笑みを浮かべたユリシーズのお願いに、俺は頷くしかなかった。
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