盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編94 これからのこと

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王都編94  これからのこと

 俺は話した。「俺」の世界での出来事とそこでの認識の話を。
 まずは「俺」の事だ。「俺」は似た世界を舞台としたゲームを作り、齧り付いていた職場で都合の良い様に使い潰された上での事故死し、目が覚めた時にはセイアッドとなってあの断罪の場にいた。また、他の三人はそれぞれ状況は違えど、日本では死んだと思われる事も。
 まれびとである「俺」達の世界ではこの国は物語に登場する架空の存在であった。ステラを中心に物語は進み、彼女が聖女として認められるか否かで物語の結末が変わる。恋愛ゲームという事は一旦伏せておいた。今後のことにはあんまり関係なさそうだしな。
「俺」やオルテガの中にいる者はその物語を作る側の人間で、ヘドヴィカとステラは遊ぶ側の人間だった。有している知識はみな中途半端なものが多く、ゲームの知識を完全に補完出来るのはオルテガ、というより涼介一人だ。その涼介の知識もこの世界でどこまで通用するかは不明だ。少なくとも、ゲームのエンディングであり、タイムリミットである来年の春までのものしかない。
 その辺の話をしているうちに「俺」自身の話で早々にサディアスに泣かれてしまった。
「何でもっと早く話してくれなかったの!!」
 ぐずぐずと鼻を啜りながら俺を抱き締めてくれる彼の腕が嬉しい。嬉しいんだが、隣が怖い。視界の端で恨み言を言いた気にこちらをじっと見ている黄昏色の瞳は見なかった事にしよう。
 それに、「俺」自身の事は既に過去のものだ。振り返れば、後悔ばかり。されど過ぎた時はもう戻らない、戻せない。それよりも、今は未来に目を向けたい。
「物語が一番良い結末を迎える為にはステラが聖女として認められる事が絶対条件でした。彼女が認められるなら実に数百年ぶりに誕生する聖女です」
「なるほど……。君はその事についてどう考えているんだ?」
 俺の説明に頷くとユリシーズは意見を求めてきた。信じてくれるかどうかは置いておいて、話を聞いてくれるのはありがたいな。
「ステラの存在はこれから起きる何かに対する抑止力だと思って間違いないかと。これまでの歴史でも聖女や賢者達と禍いは常に共に在りました。まだ下調べの段階ですが、既に異変は起きつつあると考えて良いでしょう。それから……これは俺の考えでしかないのですが、今回は聖女一人だけでは対処しきれない程大規模な異変が発生するのではないかと思っています。それこそ、一地域だけではなく、国規模……もしかするともっと大きいかもしれない」
 俺がまた悪い方向に思い込んでいるだけかもしれない。しかし、グラシアールと話してからずっと嫌な予感が拭えないのだ。こういう予感ほど当たるもので、決して看過してはいけないと脳内では警鐘が鳴る。
 俺が話し終わると、ユリシーズは顎に手をやりながら考え込んでしまう。それもそうだろう。
 まれびとという事象自体はこの大陸内でも幾度となく発生したものである。それはユリシーズがこの場にいる誰よりも良く知っているだろう。だからこそ、同時に複数存在している現状は異様なのだ。
 グラシアールと同じ様に改変される前の神話を知っているならば、女神の使徒とも言えるまれびとの重要性はわかる筈だ。彼等はこれから起こるであろう、或いは起こった災禍に対して女神が遣わした抑止力なのだから。
 グラシアールは引き寄せられるように異変に関わると言っていたが、俺の考えは少し違う。
 彼等は引き寄せられるように関わるのではない。恐らくそうなる様な人物や立場の者が選ばれるのだ。国や世界の危機に関わらざるを得ない。そんな状況になれば、逃げ出す事も難しいに違いないのだから。
 これまでやってきたまれびと達。正確な数は分からないが、突然他所の世界に飛ばされ、自らの死を突き付けられ、挙句その世界を救う為に戦えと言われたのだろうか。きっと良い事や前向きな考えばかりではなかったに違いない。
 先人である彼等が何か少しでも情報を残してくれているとありがたいんだが…。
「同時多発的にまれびとという現象が起きている以上、今後何か起きるのは確定的でしょう。しかも、その対象が国の重鎮となればこれまで以上の事が起きると思っても過言ではない筈。だからこそ、俺はあらゆる可能性に備えたいのです」
 真っ直ぐに見つめながら告げれば、ユリシーズは深い溜め息を零した。疲れた様なその溜め息が途切れると、彼は困った様に俺を見遣る。
「……君は私を大人しく引退させてくれないつもりなのかい」
「残念ながらもう少しお付き合いをば」
 俺の考えを察したのか、ユリシーズがやれやれと言った様子で肩をすくめた。彼自身は早々にリンゼヒースに王位を譲る気満々だったようだが、俺としては国王としてもう少し付き合って欲しい。
 例え王弟だろうが国王が交代すれば、少なからず国内外に混乱が起きる。ただでさえ今回の大粛清で国内は大混乱で、その混乱をおさめる時間すら惜しいのだ。それに、交代するにしたってある程度の引き継ぎ期間は必要だろう。
「少なくとも来年の春まではユリシーズ陛下にご活躍頂きたく……」
「黒斑病の備えもあるだろうから致し方ないか……。分かった。今暫く君に付き合おう」
 心底残念そうに、不承不承といった様子で了承したユリシーズは落胆を隠しもしない。どうやら引退後ののんびりスローライフを随分楽しみにしていたようだ。その横ではリンゼヒースがあからさまにホッとした顔をしている。おいこら、お前は玉座から逃げるなよ。
「やるからには徹底して備えをせねば。君達には助力を願いたい」
「我々まれびと一同承知致しております」
 一転して凛とした口調でユリシーズが俺達まれびとを見た。彼の言葉にそれぞれが頭を下げて見せれば、ユリシーズの瞳には安堵が滲む。それもそうか。自分の代で大規模な災厄が起きると確定したのだから不安なのだろう。
「目下のところ、一番の懸念はステラのことです。兎にも角にも彼女が聖女として認められなければ話になりません。現状、彼女の評価は地の底を這っている。いくらミナルチークの所為にしたって国民感情的にも今のままでは良くないでしょう」
「確かに……」
 ちらりとユリシーズが残念そうにステラを見遣る。対するすっかり更生した様子のステラは羞恥に真っ赤になっていた。
「改めて言葉にされるとめっちゃ恥ずかしい……!」
 小さく零れた言葉に、若干同情する。彼女には是非ともこの経験をバネにして立派な聖女になって頂きたい。
「そこで、ヘドヴィカ嬢とサディアスに協力して貰い、早急に実力の底上げをします。聖女としての素質は間違いないのですからやれば出来る筈です」
 割と適当な言い分だが、スペックとしては間違いない筈なのだ。わざわざ女神に選ばれてこの世界にやってきたのならば、ステラの魂にも素質はあると信じたい。…ここまで考えてふと思ったが、そもそもステラが選ばれたのが間違いだったとかだったらどうしよう。
「……聖女候補として相応しい気品と実力を備える事と奉仕活動に従事する事で、世間にステラが間違いなく聖女足り得るのだと認識を改めて貰う必要があるかと」
 ふと脳裏を過った嫌な考えからは全力で目を逸らしながら今後のプランを告げる。こうなったらなる様にしかならないんだからステラには死ぬ気で頑張って頂きたい。
 俺の言い分にユリシーズ達はやや懐疑的な視線をステラに向ける。そりゃそうだろう。やりたい放題だった奴がそんな簡単に改心出来るなんて思えない。そこの信頼すら失せている状況なのは非常に宜しくないな。
 ステラもその視線に気が付いたのだろう。申し訳なさそうに俯いてしまう。
「陛下、発言をお許しください」
 なんと切り抜けようかと悩んでいるところで声を上げたのはヘドヴィカだった。ユリシーズは鷹揚に頷いて見せると、ヘドヴィカは美しいカーテシーをしてから話し始める。
「私はこの世界にヘドヴィカ・イシェル・クルハーネクとして生まれました。別の世界での記憶は確かに存在していますが、それは私にとって本の様なもので必要な時に取り出して覗くといったものです。その記憶には、彼女を聖女にするために必要な知識もあります。この世界で生まれ育ち、一貴族として幼少期から叩き込まれてきた教養も彼女に教える事が出来ます。私も全力で支えますから、今一度彼女に機会をお与え頂けないでしょうか」
 ヘドヴィカの懸命な訴えに、その場の空気が確かに変わった。誰よりも早く動いたのは俺の隣にいたサディアスだった。ふっと笑みを浮かべると、彼はステラの方に近付いていく。
「陛下、僕からもお願い致します。人間、誰しも過ちを犯すものです。若いならば、そしてまれびととして愛した物語に似たこの世界にやってきたのならば高揚したのは当然でしょう。すっかり反省しているようですし、僕もノーシェルト公爵家も彼女の教育に全力を尽くす事をお約束致します」
 俯いてしまったステラの肩を優しく叩きながら、サディアスが言い切る。この国でも有力な貴族の一人で、更には魔術師団を預かるサディアスの言葉は大きかったようだ。
 躊躇していた様子のユリシーズはサディアスの言葉に腹を括ったらしい。小さく息を吐き出すと、ステラを見つめる。
「……信じて良いのだな?」
「はい! どんなに辛くても必ずやり遂げてみせます!」
 力強く頷くステラからは少し前の捨て鉢な雰囲気は感じない。周囲の目や評価はこれから少しずつ変えていくしかないだろう。彼女自身の咎は彼女が背負わなければならない。そして、彼女自身もそれが易い道だとは思っていないだろう。
 なんとか協力体制が取れそうな事に俺は安堵していた。内心不安だったユリシーズの協力も無事に得られそうだし、俺はそっと息を吐く。これから先の事は未知数で、何が起こるか分からない。だからこそ、後悔しない様にしたい。
「それで、俺達は何をすれば良いんだ?」
 手がいるんだろう、と屈託なく笑うリンゼヒースはどこか楽しそうに見える。こういう時に、こうやって前向きに笑えるのは彼の長所だ。
「まずはステラを鍛えつつ、同時進行で情報を集めたい。それから、過去のまれびとが残した資料があれば拝見したいのですが」
「心当たりがあるから後程案内しよう。それにしても、鍛えるとは一体どうするつもりなんだい?」
 あまりピンときていない様子のユリシーズが軽く首を傾げた。ゲームの世界であれば、レベルという単位で説明出来るが、その辺の感覚はどうなっているんだろうか。
 この体で「俺」の意識が目覚めてから息をする様に自然に魔法を使えたが、自分で新たに覚えたり戦闘的な事はやっていないからよく分からない。経験値というくらいだし、戦う事で感覚を覚えていくんだろうか。
「手っ取り早く成長を促すなら場数を積むしかないかと。本来なら安全な場所できっちり座学を修めてから実戦に移すものですが、時間もあまりありません。幸い、基礎は出来るようなので多少の無茶なら大丈夫でしょう」
 さらっとサディアスが意見を出すが、なんか若干怪しい気がするのは俺の気のせいだろうか。なんだよ、多少の無茶って。
「修練の場所なら私に心当たりがありますのでお任せを」
 サディアスの意見を更に補足するようにヘドヴィカが口を挟んできた。うーん、やっぱりなんか嫌な予感がする。スパルタのサディアスとやり込み厨のヘドヴィカが揃ったらヤバいのでは…?
 ゲームでもレベルの概念があったし、聖女として認められるための試練を乗り越えるにはまあまあのレベリングが必要だった。ただ、普通にゲームをプレイしていると小遣い稼ぎや必須の善行ポイントの為にそれなりに戦闘しなければならなくて、嫌でもレベルが上がったものだ。ステラの現状がどの程度か分からないが、少なくともあまり戦闘はやっていなかったようだ。そんな状況から必要最低限以上のレベリングをしようと思ったら結構…いやかなり大変だろう。
 しかし、ここにはやり込んだ奴とゲームを作った本人がいるのだ。どこでどう戦えばレベルが上げ易いかなんて直ぐにわかる。
 さっきからにこやかに黙ってるオルテガも怖い。
「最高効率で最速レベルアップさせて見せます!」
 目をキラキラさせながらガッツポーズをするヘドヴィカを見て懸念は確信に変わった。間違いなくコイツらだけに任せるとヤバい。
「なんかすごく不穏な単語が聞こえた気がする……!」
「最速聖女RTAスタートよ!」
 やる気満々といった様子のヘドヴィカに若干引いているステラの様子を申し訳なく思いながら見守る。がんばれ、ステラ。この世界の平和はお前のRTAに掛かっている。
「……これは俺も行った方が良さそうだな」
 珍しく殊勝な顔でリンゼヒースが呟く。ブレーキ役がいないと拙いと思っていた矢先なので実にありがたい申し出だ。ちゃんとブレーキとして機能してくれるといいが。少なくとも防御面ではリンゼヒースが適任だろうし、彼がいてくれればそうそう死ぬ様な事はない…と思いたい。
「そうしてくれると有り難い。ヘドヴィカが連れて行こうとしている場所の目星は何となくつくが、今のステラで行ったら瞬殺だ」
「分かった。俺も久々に暴れてくるとするか」
「可能な限りマークとダグラスも連れて行け」
 それまで黙っていたオルテガは甥っ子とその幼馴染を差し出すつもりのようだ。まあ、戦闘要員はいくらいたって構わないからな。巻き込んですまない、マーク達。これを機に、オルテガを凌ぐほど強く逞しい騎士になって欲しい。そうすればオルテガも騎士団長を譲り易くなるからな。
「ステラを鍛えている間に我々は我々で早急に足場固めをしなければなりません。今回の政変で膿の大半は駆逐出来たでしょうが、不満に思って燻っている連中は必ずいる筈です。同時に諸外国の情報も得なければ」
 自分で言ってて思ったんだが、やっぱりやる事が多すぎる。どれだけあっても手が足りなさそうだ。ユリシーズも同じ事を思ったのか、肩をすくめている。
「細かい話は場所を移してゆっくり詰めよう。どうやら話も長くなりそうだし、立ったまま話しては疲れるだろう」
「その方がありがたいです」
 お互いに苦笑いだ。いつになったらのんびり出来るんだろうか。早期引退してゆったり楽隠居なんて儚い夢だったな。
「ステラ嬢、ノーシェルト団長、クルハーネク嬢は早速鍛練にかかって欲しい。リアとガーランド団長、ルアクは私と話し合いの続きを」
「承知致しました」
 ユリシーズの言葉にその場にいる全員が頭を下げる。
 さあ、本当の勝負はこれからだ。ステラがどこまでやれるのか分からない。分からないが、可能な限り強くなって貰わなければ。同時に、俺達は攻略対象者達にもそれは言える。俺も暇を見つけて鍛えた方が良いだろう。武器を持って、或いは魔法で戦えなくとも後方支援なら出来る。未来の事を、彼等だけに背負わせたくない。
「リア」
 場が解散となり、移動しようとしているとユリシーズに呼び止められた。何か言われるのかと思って少し警戒すると、彼は幼馴染に似た相貌に柔らかな笑みを浮かべる。
「君の話には少し驚いた。しかし、同時に合点もいったんだ。以前の君ならここまで大胆に事を進めなかっただろう」
 確かにユリシーズの言う通りだ。良くも悪くも優しい「私」は周りを慮るばかりで上手く采配が振るえなかったに違いない。価値観が違う上に途中までは他人事だったからこそ、俺も容赦なくやれた。今となっては若干やり過ぎたかとも思うが。
「ユリシーズ陛下……」
「アシェルと呼んで欲しい。まれびとであろうと「君」が私にとって戦友である事に変わりはないのだから」
「……ありがとう、ございます」
 彼の言葉が嬉しかった。今回の事で一番迷惑をかけたのは間違いなくユリシーズだ。大きな政変に巻き込んでしまった上に引退を望む彼を引き止める事になった。大粛正でも彼には随分力になってもらった。そんな相手から戦友だと言ってもらえて本当に嬉しかった。
「これからも力になって欲しい。約束した食事もしよう」
「ええ。……アシェルとの食事が楽しみです」
 俺の返事に、ユリシーズは嬉しそうに破顔する。リンゼヒースとは違う笑い方だが、目元をくしゃくしゃにした笑い方が可愛らしかった。
「早速君にお願いがあるんだが」
 そんな彼の表情に絆されている中で切り出されたお願いは、俺にとって予想外かつ非常に厄介なものだった。
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