盤上に咲くイオス

菫城 珪

文字の大きさ
66 / 209

閑話 シガウス・サーレ・スレシンジャーの暗躍

しおりを挟む
シガウス・サーレ・スレシンジャーの暗躍
 
 久々に戻った王都は大混乱の真っ只中だった。
 登城して政務に使われている階層をざっと見て回っただけでも役人達は皆疲弊しているようで、冴えない顔色をして書類を抱えては右往左往している。今日は貴族議会に顔を出すつもりで登城していたが、面白い事になりそうだとシガウスは内心でほくそ笑んだ。
 昨夜、息子であり、宰相の補佐官を勤めているルファスと話したが、どうやらそろそろ政務に限界が来ているらしい。それに伴って先日王太子がレヴォネ領に手紙を送ったという話も聞いたが、その内容がまた抱腹ものだった。遠く北方にいる青年が手紙を受け取ってその美しい顔を顰める様がありありと思い浮かんだものだ。
 短い間ではあったが、レヴォネ領での滞在はなかなか楽しかった。最愛の娘とのんびり過ごせたことはもちろん、温泉も心地良かったし、食事も良かった。何より揶揄い甲斐のある面白い男がいる。それも、二面性を秘めた麗しき毒華が。
 実直過ぎるが故に奸臣共に追いやられたが、強かさを覚えたあの毒華ならば更に楽しませてくれそうだ。シガウスはそれに少しばかり手を貸してやるつもりでいる。
 最初は娘を傷付けた愚かな王太子共に制裁をくれてやるのに都合の良い駒だと思っていたが、今はそれも逆転していた。高位貴族の中でも最高位にいるシガウスが誰かのために動くなど随分と久しい事だ。記憶の彼方にあるあの月に良く似た面影を見た所為かもしれない。
 いずれにせよ、大手を振って国を引っ掻き回すなどそう出来る事ではない。
 気を抜けば鼻歌でも零れ落ちてしまいそうな上機嫌さで無駄に長い廊下を歩いていれば、正面から男が一人歩いて来る。その男はシガウスの姿を見るなり、突然駆け寄ってきた。
「スレシンジャー様! どうかご助力を!!」
 縋るように服を掴まれて不快に思いながらもシガウスは相手が誰かを確認すると僅かに眉を顰めるだけにとどめた。
 この男もまた彼にとって駒となりうるだろうから。
「どうなさったんだ、ドルリーク卿。突然押し掛けてくるなど穏やかではないな」
 暗に無礼だと含めてやれば、直様ドルリーク男爵はシガウスの服から手を離して姿勢を正して深々と頭を下げる。
 ふむ、無礼ではあるが頭の悪い男ではないようだ、とシガウスは思い直す。ただの無礼者ならば駒にはせず切り捨てるつもりだった。
「大変御無礼を致しました。どうしてもスレシンジャー様のご協力を仰ぎたい事がございまして……」
 髪の薄くなった額の汗を拭いつつも何度も必死に頭を下げて訴える男の様子に昨晩の息子の話を思い出す。新たな婚約者候補であるステラが引き起こした騒動が既に波及しているのだろう。
 良くもまあ少しばかり離れているだけで次々に面白い事を引き起こすものだ。領地にいるセイアッドが聞けばさぞかし良い反応をするだろうに、見られないのが残念だった。
「聞こう。話すといい」
「ありがとうございます!」
 ドルリーク男爵は勢い良く頭を下げると、シガウスを庭へと誘った。王城の庭にはいくつかの東屋があり、希望者はそれを使用する事が出来る。普通の茶会から貴族同士の密談にも使用されるそこへと案内されたという事はそれなりに重要な話にするつもりなのだろう。
 快諾して共に歩き出せば、ドルリーク男爵はホッとしたように息を吐き出した。どうやら思ったより話は深刻らしい。
 暫し歩いて辿り着いたのはいくつかある東屋の中でも一際奥まった所にあるものだ。周りに人の気配もないが、シガウスはついていた護衛に視線で周囲の人払いを命じる。
「それで話とは?」
 設られた椅子に座るとシガウスはわざとゆっくり話を切り出す。真っ直ぐに見つめれば、ドルリーク男爵は漸く身分の差を思い出したらしい。
 近くに控える護衛の姿もあって恐縮していたようだが、彼は腹を決めたのか小さく深呼吸をして口火を切る。
「閣下はラソワとの絹取引の件をご存知でしょうか?」
「ああ、概要しか知らないが。それがどうかしたのか?」
 予想通り絹の話をし始めたドルリーク男爵に笑みを浮かべる。
 愚かな事だ。利用されるとも知らずに。内心でそう侮蔑しながらもシガウスは穏やかな笑みで話の続きを促した。
「我が家は縫製業で財を成した一族です。恐れ多い事に嫩葉の会に向けて様々な貴族の方からもご依頼を頂いております。されど、先日の一件からラソワとの取引が止まり、絹が手に入らない状況が続いているのです」
 遠回しのやり取りにシガウスは長い足を組み、東屋に備え付けてあったテーブルに肘をつき、顎を乗せる。同時にうんざりしたように深い溜息をついて見せれば、相手の肩がびくりと揺れた。
「それで? 卿は私にどうして欲しいと言うのだ」
 単刀直入に訊ねれば、ドルリーク男爵は一瞬戸惑い言い淀むが、直ぐに口を開いた。なかなか度胸があるようだ。
「スレシンジャー様は先日までレヴォネ領にいらっしゃったとお聞き致しました。そこで、領主であるレヴォネ様にお取り継ぎをお願いしたいのです」
 敵対派閥にいた筈だが、これ程あっさりレヴォネの名前を出すと言う事は相当焦っているらしい。内心でほくそ笑みながらシガウスは話に耳を傾ける。
「レヴォネ様は現状国内で唯一ラソワと絹の取引が行える商会をお持ちです。なんとかして絹を卸して頂けるよう交渉をしたいのですが、私どもにはレヴォネ様との接点が無く……」
 額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら話す様子を見ながらシガウスは笑みを浮かべる。少しばかり橋渡しをしてやれば、幾度か話をした銀髪赤眼の胡散臭いあの男が上手く転がすだろう。
 ドルリーク家だけではなく、デビュタントを控える子女を抱えた多くの家に恩を売る事が出来るこの状況はセイアッドにとって追い風になる。もしかすると、ラソワ側もそういった思惑があるのかもしれない。近くやってくるであろうラソワの嵐に訊ねるのが楽しみだとシガウスは思う。
「……事情は分かった。私からレヴォネ卿に手紙を送ろう」
「ありがとうございます!!」
 喜色を滲ませ、立ち上がって勢い良く頭を下げるドルリーク男爵を見ながらシガウスは嗤う。こうしてそれとは知らずに盤面にある駒が踊らされるのは見ていて楽しいものだ。
「私が紹介した所で彼が取り引きに応じるかどうかは別だぞ」
「承知しております。レヴォネ様にしてみれば私は恩知らずの蛇蝎のようなものでしょう」
 一応釘を刺しておこうと告げれば、ドルリーク男爵は苦笑する。
 縫製業はラソワの絹があってこそ更に発展した。交易量の拡充はセイアッドの行動があってこそ叶ったものであり、それだけでもドルリーク家にはあまりある恩恵がある。されど、ドルリーク男爵家はセイアッドにとって政敵に当たる家に追従してきた。
 自分の立場に対して正確に理解しているのは好感が持てた。利益だけの愚か者ならば自らを下げるような事は言わないだろう。
「分かっているならいい」
 まあ、アレもお人好しだからすぐに動いてやるだろうが。そう思いつつも言葉にはしない。恩はセイアッドが自ら売ってやった方が効果が大きいだろう。
「直ぐに書くから今お渡ししよう。早い方が良いだろうからな」
 手を挙げて護衛に手紙の支度をさせる。印璽はないが、シガウスの直筆のサインを封筒の部分に書き加える事でセイアッドも察するだろう。
 その場でさらさらと手紙を書き始めるシガウスにドルリーク男爵は困惑しつつも安堵の息を零す。
 予想外の出来事とはいえ、絹が手に入らない事はドルリーク家にとって死活問題だった。今後の交渉次第ではあるが、取っ掛かりが出来た事は大きい。同時にこれからの付き合いを見直す事にもなる。
 セイアッドはまだ若く、信用するには足りなかった。
 だが、蓋を開けてみれば今回の断罪騒動で露見したのは若年層と諸外国からのセイアッドの評価の高さだ。特に、ドルリーク家の命運を握ると言っても過言ではないラソワとの関係が、この国の中で誰よりも深い。
 一方、これまで従って来た貴族達はパッとした話を聞かない。元は平民であり男爵でしかないドルリーク家は見下されているので全ての話は入ってこないが、それでも当初の予想より旗色が良くない事は何となくわかった。
 完膚なきまでセイアッドを追いやるつもりが、その目論見は失敗し、更には新たな王太子の婚約者候補の女は贅沢三昧で国庫を浪費し、失言を繰り返す。
 初めのうちは悪徳宰相断罪と王太子達の真実の愛を讃えた劇や小説が流行っていたが、市井にも微かに流れ始めた婚約者の振る舞いに人々の感情も反転しつつある。
 公共事業が止まり、それを目当てに王都へときていた労働者が職にあぶれる。そんな彼等が路上に勝手に棲み家を作り、治安は悪くなる。徐々に値上がりする食料品に、ラソワとのいざこざの噂。
 セイアッドがいた頃は安定していた筈の生活が、少しずつ乱れ始めたのだ。
 民だって愚かではない。自分達の生活を誰が守っていたのか少しずつ理解し始めている。
 そんな状況ならば、セイアッドにつく方がいいに決まっている。これを機に恭順を示したいが、受け入れて貰えるだろうか。そう思った時だ。
「レヴォネ卿に取り入りたいならば手土産の一つでも持っていく事だな。そうだな、星の事でも報せてやるといい。耳聡い貴殿なら何か面白い話を知っているだろう」
 シガウスの声にそちらに顔を向ければ、彼は壮麗な相貌に笑みを浮かべていた。同時に差し出される手紙に、体が震えた。
 星と聞いて思い浮かぶものはただ一つだ。しがない男爵家にとって政変など遠い話だとどこか軽く考えていたドルリーク男爵だが、シガウスの言葉に考えを正す。
 セイアッドに恭順を示すならば、相手方を完全に裏切れという事だ。どっち付かずの日和見は許さないというシガウスの態度に僅かに怖気が湧いてくる。
 セイアッドについて本当に良いのか。今後の家の事を考えて、この手を取るべきか悩む。
 だが、その苦衷も一瞬だった。
 ドルリーク男爵は意を決してシガウスの手紙を受け取る。
 いずれにせよ、ラソワの絹がない事にはドルリーク家はお終いだ。やるならば徹底的にセイアッドに味方して必ず勝って貰わなければ。
 ドルリーク男爵の決意したような眼と行動に、シガウスは満足そうに笑みを浮かべる。
 また一つ、盤上の駒が動いた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

劣等生の俺を、未来から来た学院一の優等生が「婚約者だ」と宣言し溺愛してくる

水凪しおん
BL
魔力制御ができず、常に暴発させては「劣等生」と蔑まれるアキト。彼の唯一の取り柄は、自分でも気づいていない規格外の魔力量だけだった。孤独と無力感に苛まれる日々のなか、彼の前に一人の男が現れる。学院一の秀才にして、全生徒の憧れの的であるカイだ。カイは衆目の前でアキトを「婚約者」だと宣言し、強引な同居生活を始める。 「君のすべては、俺が管理する」 戸惑いながらも、カイによる徹底的な管理生活の中で、アキトは自身の力が正しく使われる喜びと、誰かに必要とされる温かさを知っていく。しかし、なぜカイは自分にそこまで尽くすのか。彼の過保護な愛情の裏には、未来の世界の崩壊と、アキトを救えなかったという、痛切な後悔が隠されていた。 これは、絶望の運命に抗うため、未来から来た青年と、彼に愛されることで真の力に目覚める少年の、時を超えた愛と再生の物語。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

運命の番ですが、俺が決めます

ふき
BL
商家の息子ヴィルヘルムは、 “氷の侯爵”と呼ばれるルーファスと「運命の番」になってしまう。 運命であることは疑いようもなく、身体は正直に反応する。 だが、運命の番として向き合うルーファスに、 ヴィルヘルムはどうしても憤りを抑えられなかった。 「それは俺が望むからでなくて、運命とやらが望むからだ…」 運命も、本能も否定できない。 それでもヴィルヘルムは、そのまま流されることに踏み切れずにいる。 二人の関係の行き着く先は? ※独自オメガバース要素あり ※性描写は後日談

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

処理中です...