盤上に咲くイオス

菫城 珪

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58 まほろばに獣欲

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58  まほろばに獣欲
 
 愛し、愛されるという事が、「俺」には良くわからなかった。日本で生きていた「俺」にとって世界は冷たくて遠いものだったから。
 両親を早くに亡くし、親戚の家を転々としながら過ごした幼少期。転校する事も多くて、いつ別れが来るかわからないから親しい友達も作れず、自分が厄介者だと理解していたから仮の家族の中ではひたすら息を殺して生きて来た。
 そんな人生での楽しみはゲームだった。
 親切な叔父が買ってくれたゲーム機とRPGのソフト一本を何度も何度も繰り返しクリアした。バイトが出来る様になったら金を貯めて自分で中古ゲームを買ってやり込んだりして。
 どうせ働くならゲームに関わる仕事がしたいとやっと就職したのがあのゲーム会社だ。だが、そこで待ち受けていたのはブラック過ぎる環境と何を言っても蔑ろにされる人間関係だった。
 一生懸命考えて産み出したものを否定され、改悪され。そのくせありとあらゆる事を押し付けられて。
 それでも、大好きなゲームに関わる仕事だからと色んなものを削ってあのゲームを作り上げた。それが小さな会社のゲームなのに、予想外に売れたことでまた様々な仕事を押し付けられて……そうして「俺」は燃え尽きてしまった。
 階段から転がり落ちた時、本当は少し安堵していたんだ。これでやっと休めるのだと。
 誰かが叫んだ声も遠くて、ただ全身の痛みと暗闇だけが視界を塗り潰していく。それが「俺」の覚えている最期の記憶。
 ただ、意識が暗闇に落ちる前、誰かが俺の手を握ってくれた。その熱さだけは嬉しかった。
 オルテガの手はその時の熱に良く似ている。
 愛おしそうに触れてくれるその大きな手は「俺」にとっても「私」にとっても大切なものだ。
 
 愛撫を受け、熱に煽られながらぼんやりと昔の事を思い出す。この世界は「俺」にとって理想郷のような場所なのかもしれない。
「考え事なんて余裕だな」
 不意に低い声が耳元を擽り、続けて濡れた音と生暖かくてぬるぬるしたものが俺の耳を犯す。ぐち、と耳元で響く音はまるで脳を犯されているような気分になった。
 濡れた音と耳を這う舌の感触にゾクゾクと背筋を這い上がる快楽に身を震わせながら視線をオルテガに向ければ、まるで獣のような眼をして獰猛な笑みを浮かべている。
 愛おしい。
 胸の内から湧き上がる衝動のまま、オルテガの頭を抱き締めて額に口付ける。いつか、「俺」が消え失せるとしてもこの記憶がある限り寂しくないだろう。
 これ程誰かを愛おしいと思える気持ちを知れただけで十分なのだから。
「フィン」
 名前を呼んで頬を撫でる。無精髭でざらついた頬の感触は何だか新鮮だ。甘えるように俺の掌に擦り寄ってくれる姿を見ながら、俺も彼の為に何かしたいと思った。
 快楽だって与えられるだけではつまらない。そう思いながら緩慢に視線を動かせば、視界に入るのは窮屈そうに服を押し上げているオルテガの雄だ。
 手を伸ばして服の上から撫でれば、既に臨戦態勢になっている。毎晩体を重ねていたから溜まっているのはお互い様のようだ。
「すごい……もうこんなに」
 うっとりと呟きながら怒張を優しく撫でさすれば、俺に覆い被さっているオルテガが小さく息を呑む。快楽を堪える様な姿に微かな支配欲が芽生えた。
「フィン、口でしたい」
 俺のお願いに、オルテガが驚いた様に目を見開く。オルテガからされる事はあったが、俺からした事はない。
 というか、行為自体が大抵オルテガの成すがままなのでたまには意趣返しがしたいのだ。
「あー……リア、その申し出は嬉しいが、せめて風呂に……」
「嫌だ。今がいい」
 羞恥やら歓喜やらがごちゃごちゃになっているのだろうか。手で口元を隠しているが、何とも言えない微妙な笑みでオルテガが断ってくる。だが、俺も引いてなんてやらない。そもそもどうして欲しいかなんて顔と股間を見れば分かる。
 理性は拒否しても本能は正直なのだから。
「嫌ならもう言わないが……」
 今後もしないからな。暗にそう含めながら告げれば、オルテガが諦めたように深い溜め息を零す。
 こうと決めたら頑固な事は「私」も「俺」も変わらない。譲る気がないと悟ったのだろう。
「……どうしても今じゃないとダメか?」
「今じゃないと嫌だ」
「はぁ……お前のその頑固さが今は恨めしいな」
 もう一度深い溜め息をつくとオルテガがぐしゃりと自分の髪を掻き上げた。無精髭といい、乱れた髪といい非常にワイルドで眼福だ。スチルであったらファンも爆増だろう。そんなにわかなんて許さないけど。
 漸く観念したらしいオルテガは体を起こすとベッドの縁に腰掛けて足を開いた体勢で座った。俺は俺で彼の気が変わらぬうちにといそいそとベッドを降りてオルテガの足の間に膝立ちになる。
 直ぐに目の前には起立したオルテガの雄がある。堪らずにズボンの上から鼻先を擦り寄せてやれば、旅の間清拭も碌に出来なかったのだろう。普段よりもずっと濃い匂いがした。
 うわ、やばいなこれ。匂いだけできゅんと胎の奥が切なくなるのを感じながらいよいよ自分の性癖が歪んできたなと自嘲する。
 以前の「俺」や「私」ならこんな行為絶対に忌避しただろうに。今では欲しくてほしくて堪らないのだから。
 視線だけ上に向けてオルテガの様子を窺えば、先程まで嫌がっていた癖に既に獰猛な笑みを浮かべている。その表情に陶酔しながら俺はゆっくりオルテガのズボンを寛げ、下着を下げた。
 途端に飛び出してきた雄は腹につきそうな程聳り立っている。立派な逸物は赤黒く、竿には太い血管が隆起していた。でっぷりとした亀頭に、大きくはり出したカリ。見ればみるほど怖気付きそうになる。
 そういえば、まじまじと観察するのは初めてかもしれない。いつもこの質量が俺の中に挿入されて暴れているのかと思うと、人体構造の奇跡を感じた。人間って凄いな。
「やめるか?」
 いざ目の前にして少々怖気付いていれば、オルテガに訊ねられる。心配そうなその声と顔に首を横に振って覚悟を決めた。
 やるって言ったらやるんだよ。俺だってオルテガに返したいんだ。
 意を決して竿よりも色が薄い亀頭の先端にキスをする。啄む様に唇で触れながら顔に掛かる長い髪を耳に引っ掛けて顔が見えるようにした。こういうのは見える方が興奮するだろう。
 上目で窺えば、オルテガが生唾を呑み込むのが見えた。上下する喉仏の動きにゾクゾクしながら舌を出して亀頭の尖端を飴でも舐める様に舌を這わせる。
 少ししょっぱく感じるだけで、濃い雄の匂いにも湧き出す先走りにも思ったよりも嫌悪感は感じない。もっとも、オルテガのモノ以外だったら死んでも御免だが。
「ん……っ」
 口を大きく開いてカリまで口の中に含む。既に口腔内が一杯になりそうな質量に眉を顰めながらも咥え込んで唾液を絡め、舌で先端を責めてやれば、微かな吐息が聞こえた。
 少しずつ喉の奥へと咥えていけば、息苦しさに生理的な涙が滲む。それでも耐えて裏筋に舌を這わせて太い血管をなぞり、空いた手でやわやわと双玉を刺激する。
「俺」も「私」も碌に性行為の経験がないから浅い知識をなぞるだけの手技は、受けるオルテガからすれば拙いものだろう。
 言うなればこれは自己満足だ。それでも、少しでも快くなってもらおうと舌を動かし、じゅるりといやらしい水音をわざと立てる。
 不意にオルテガの手が俺の髪を撫でた。視線だけで上を窺えば、快楽に浮かされた夕焼け色の瞳が俺を見ている。
 嗚呼、俺のする行為で感じてくれている。そう思うだけで仄暗い悦びが湧き上がってきた。
「リア……」
 弄ぶ様に指先が俺の髪を掬い上げる。そのままぐしゃりと握るように髪を乱されて何とも言えない気分になった。もっと乱暴にされたいと思ってしまう辺り、俺は変態かもしれない。
 イラマチオだったか。大学時代にゼミの奴にふざけて見せられたアダルトビデオの事をふと思い出す。喉の奥まで咥え込む様は女優の方は苦しそうではあったが、相手はどうなのだろうか。
「ふっ……ぐ……ぅ」
 苦しいのを我慢して喉の奥まで咥え込む。えずきそうになるのを耐えながら咥えれば、鼻先にオルテガの下生えが当たった。同時に濃く香る雄の匂いに恍惚感に襲われる。
 でも、流石に全部入れ続けるのは苦しくて無理だった。嘔吐反射が出る前に一度口を離す。
 ぷは、と息をつきながらも俺は目の前にある雄に釘付けだった。唾液で濡れた雄はよりいやらしく見える。
 奥に早く来て欲しいと胎が疼くが、まだオルテガをイカせていない。
「無理するなよ」
 心配そうな声が振ってくる中、オルテガの雄に顔を擦り寄せて根本からゆっくりと舌で舐め上げる。どうやら裏筋が弱点のようで焦らす様に舌先でなぞれば、オルテガの腰が震えた。
 付け根や玉を口に含み、竿をゆっくりと掌で扱いているうちにオルテガの呼吸が早くなる。ちらりと見遣れば、精悍な顔を軽く顰めて快楽を耐えているのが見えた。
 そんな顔に支配欲を煽られて再び亀頭部分を口に含み、顔を前後に動かしながら口に入り切らなかった竿の部分を手で扱く。同じ男だし、散々オルテガに責められているから良い所は知っている。
「……はぁ」
 頭上から零れる低い嬌声、甘い吐息。俺の拙い手技でも反応してくれる体。全部ぜんぶ堪らない。
 オルテガの愛撫はいつも長く丁寧だが、こうやって自分が触れる事で相手が乱れるのを目の当たりにすると彼の前戯の長さにも納得してしまう。
「……リア、そろそろいいから」
 ぢゅう、と音を立てながら先端に吸い付けばオルテガが息を詰め、俺の髪を優しく撫でた。どうやら限界が近いらしい。
 見上げた先のオルテガは迫る絶頂を堪えるように苦しげに眉を寄せている。そんな表情にゾクゾクしてしまう。いつも行為の最中は俺に余裕がないからじっくり見れた事がないが、これはやばい。
 離す様に優しく促すオルテガの言葉と手に逆らって、俺は亀頭に強く吸い付きながら鈴口を舌で強く刺激した。
「っ……!? くっ……」
 驚愕した様な反応と同時に口の中に勢い良く熱くてドロドロとした飛沫が吐き出される。残さず搾り取るように手と口で扱いていれば、独特の青臭くて苦い味が口の中に満ちた。
 絞り尽くした所でゆっくり口を離してオルテガの方を見上げながら口を開けて見せる。確かあの動画ではこうしていた筈だ。
 オルテガに見せ付けるように舌に馴染む白濁を弄び、唾液を絡めてから呑み下す。一度に飲み切れずに喉に絡みつくから何度か唾液と一緒に嚥下してやっと飲み込んで俺はホッと息をついた。
 止めるかと思ったが、オルテガは呆けた様に俺を見るばかりだった。
「……あまり美味しいものではないな」
 素直な感想を告げれば、やっと我に返ったらしいオルテガが飽きれたように深い溜め息をつく。
「当たり前だろう。吐き出せば良かったのに」
 腹を下すぞとやんわり叱りながらもオルテガは満更でもなさそうだ。そんな彼の様子が嬉しくて俺はオルテガの膝に座ると猫のように彼に身を擦り寄せる。同時に抱き寄せてくれる腕が嬉しくて俺も素直に胸に顔を埋めて甘えて見せた。
「フィンだっていつもする癖に」
「俺は良いんだ」
 頭を撫でる大きな手、いつもより少し早いけれど規則正しい鼓動、全身を包むオルテガの熱と匂い。嗚呼、帰ってきてくれたのだと噛み締めながらオルテガの腕の中で体勢を変え、彼の膝をまたぐ様にして対面の姿勢を取る。
「私の我儘を聞いてサーデの蜜を取ってきてくれてありがとう。……ご褒美は何が良い?」
 首に腕をまわし誘う様に囁いてみせれば、オルテガが笑みを浮かべて俺の腰を支えながらゆっくりと撫でていく。素肌をなぞるように触れる大きくて硬い掌。それだけの触れ合いなのに、火のついた体はどうしようもなく熱くなる。
 全身が疼いて仕方ないのだ。触れて欲しい、愛でて欲しい、穿って犯して、胎の奥深くに精を注いで欲しい、と。
「何でも良いのか?」
「ああ。私に叶えられる事なら何でも」
「なら、思う様お前を貪らせて貰うとしよう」
 俺の答えに、額と額をくっつけながらオルテガが笑みを浮かべる。野獣のようなその笑みにこの上ない悦楽を覚えながら、俺は熱い腕に身を任せた。
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