盤上に咲くイオス

菫城 珪

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閑話 ヘドヴィカ・イシェル・クルハーネクの御勤

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閑話 ヘドヴィカ・イシェル・クルハーネクの御勤
 
「……これでよかったか?」
 庭に出て来たリンゼヒースがそっと問い掛けてくる。
 入り口の横の壁に寄り掛かって身を隠していた私は、壁から背を離して彼に向かって優雅にカーテシーをして見せた。
「バッチリです。リンゼヒース王弟殿下、御協力に感謝を」
「やめてくれ。君にそうやっていい子ぶられると鳥肌が立つ」
 自分の腕をさすりながら戯けて見せるリンゼヒース。嗚呼、やっぱり推しはカッコいいな。
 馬鹿な事だ。ステラだって高望みせずに鑑賞するだけで満足していれば良かったのに。むしろ、イケメンの間に自分が入るなんて邪魔でしかないじゃない。
 遠く離れた所で一緒にいるであろう推し達の事を想像して思わずニヤケそうになるのを、頬の内側を噛んで耐える。堪えろ私。
「話を最初に聞いた時には驚いたが……まさか本当にラソワの竜を襲撃と勘違いして襲い掛かろうとするなんて……俺にはあの女の考えてる事がさっぱりわからないよ」
「私も同感です。どこまで頭が空っぽなんでしょうね」
「その割にはしっかり予測して防いで見せたじゃないか」
 探るようなリンゼヒースの言葉に少々ドキリとする。話したところで信じてなんかもらえないだろう。
「それについてはまあ……」
「いつもの『お告げ』かい?」
「そんなところです」
 笑って誤魔化せば、リンゼヒースは苦笑しながらも深掘りしないでくれるようだ。彼のこういう物分かりの速さは有難い。そのお陰で、かなり動けた部分も多い。リンゼヒースが協力してくれなかったらもっと苦戦していた筈だから。
 今だってそうだ。あのままステラとグラシアールが出会っていたら色んな意味で厄介な事になっていた。
 外交的な意味でも、ステラとグラシアール個人の関係でも。その出鼻を挫けたのは大きいわね。
「……毎度の事ながら君の慧眼には恐れ入る。どうせメイの方にもあれこれ頼んでいるんだろう?」
「ふふ」
「全く、ルーイ達もさっさと過ちを認めて謝罪してしまえば良いのに。このままではどんどん立場が悪くなるだけだ」
 呆れてものも言えない、と肩をすくめるリンゼヒースに、私は可愛らしく笑みを作って微笑んで見せた。
「いやですわ、殿下。彼等にその頭があればこのような事態にはなっておりませんもの。山より高いプライドがある限りは無理でしょう」
「はは、違いない」
 本当にさっさと認めてしまえば、話は早く済むというのに、いつまでも変な意地を張ったって状況は悪くなる一方だわ。ステラみたいな地雷女を抱えているなら尚の事。
 それにしても、彼女はどこまで設定を知っているのかしら。これまでの振る舞い的にグラシアールの事を知っているようには見えなかった。かと言って知らないふりをしているだけなのかもしれないという疑念もある。
 直接接したことがほとんどないから、金遣いと自尊心がすごくて頭がお花畑な事以外どんな子なのかよく分からないのよね。演技や器用な立ち回りが出来るようなタイプには見えないけど……。
 でも、やっぱりまだ確信に欠けるわね。もう少し様子を見なくちゃ。
「……さて、俺はグラシアール殿の方に行くとしよう。君はどうするんだ」
 思案していた私にリンゼヒースがそっと声を掛けてくるから思考を打ち切った。いけない、考え事している場合じゃなかったわ。
「ライネ様と少しお話をして参ります」
「ああ、いつもの趣味の話か」
「はい」
「新作、楽しみにしているよ」
 私の副業を知っているリンゼヒースが揶揄うように笑う。完全に面白がっている辺り、親友に対して容赦がないなと思う反面、これもまた彼の策の一つなんだろうと思う。
 彼等について話す時、リンゼヒースはいつも楽しそうにしながらも少し寂しげな顔をする。1番近くにいたからこそ、リンゼヒースなりに彼等の背を押したいのだろう。
「ネタ提供をしてくださった殿下には豪華版を贈呈致しますよ。……セイアッド様にバレたら怒りそうですから黙っていてくださいね?」
「その時は間違い無く俺も一緒にお説教だから死んでも言わない。リアを怒らせると怖いんだ」
 からからと笑ってみせるとリンゼヒースが私の頭をポンと撫でてから歩き出す。淑女の頭に気軽に触れるなんて、と思わなくもないけれど、あの人にとって私は妹のようなものなのだろう。
 歩いて行くリンゼヒースの背中を見送りながら緊張していた体をほぐす様に深呼吸を一つ。私には非常に気さくに接してくださるけれど、相手は王弟殿下。やはり緊張する。
 ゲームの時には感じなかったが、やはり高位貴族や王族というものはそれに相応しい雰囲気というか、何処か近寄り難いオーラみたいなものがある。それに対して何の躊躇もなく突撃出来るここのステラの図太さには感心するわ。初対面で呼び捨てなんか絶対出来ないわよ。
 それでも、絵空事みたいな私の話を信じて協力してくれる貴重な戦力だから、手放す訳にはいかない。それに、彼が協力してくれるならきっと……。
「絶対にハッピーエンドにさせてみせるんだから」
 決意も新たにしながら私も歩き出す。これからレヴォネに向かうというライネと話をする為に。
 ヒューゴからのリークはあるけど、ちらちらとしか話が聞けないからどうなっているのか知りたくて仕方ないの! シナリオから外れた行動を取るあの二人の関係が気になるのよ!
 本来なら、セイアッドはこの時期には有罪にされた事で心を病み既に自殺している筈だし、オルテガは王都でステラの邪魔をするなりオルテガルートのフラグを立てているなりしている筈だ。
 それなのに、セイアッドは断罪の場でステラを攻撃する事なく周りを挑発して領地へ向かい、オルテガは遠征先から王都には殆ど立ち寄らずそのまま北方のレヴォネへと向かった。
 初期バージョン、移植バージョン、さらにはファンディスクとゲームをやり尽くした私すら知らないこの展開の結末がどう転がるのか、私には分からない。
 ただ、一つ言えるのは推しカプ結婚エンドが見られる可能性がある事だ。それも決して低くない確率で。
 生前、日本で生まれ育ち、根っからのオタクであった私はこの世界を舞台にしたゲームにドハマりし、オルテガ×セイアッドとセイアッド総受けに頭からつま先までどっぷり浸かった腐女子だった。
 一作目は普通に乙女ゲーとして遊んでいたんだけど、移植版が出来て攻略キャラやアイテムなんかが増えた際に、セイアッドのキャラデザが大幅に変更された。ネット記事で先行公開された変更後のセイアッドのデザインを見た瞬間、それはもう見事にすっ転んだ。
 同じ様に転倒した同志は多かったみたいで、もともと小さいながらもインタビュー記事でセイアッドとオルテガの関係が匂わされていた事も追い風になり、移植版発表と同時にオルテガ×セイアッドの二次創作が一気に増えた。乙女ゲーでは異例のBLオンリーイベントなんか開かれたりしたし、私もそのイベントに文字書きとして参加していた。そして、その時の経験が今ここで役に立っている。
 合法で推しカプ小説書いて公式に出来るなんて俺得が過ぎる。ただ、私が書く前から既に水面下で流行っていたから元々同志は多かったんだろう。
 グロワール学園にある図書室の片隅には同好の士にしか分からない形で昔から誰かが二人をモデルにして書いたと思しき小説が存在している。初めは一冊だけだったというその本は時を重ねるうちに最初の一冊の二次創作、という形で派生し続けて私が卒業する頃には十数冊存在していた。
 噂は聞いていたし、見つけた時にはびっくりしたけど、便乗させてもらって卒業までにこっそり3冊増やしておいたわ。それ以外にも増えていたから私の他にも書いている方がいたようだ。たまに自分の本を開いてみると誰かが読んだ形跡があったし、稀に感想を書いた手紙が挟まっていたりしたのが楽しかったな。
 元々セイアッドが推しだった私は死ぬ気で努力して女であるだけで不利なこの世界で何とかセイアッド付きの文官になる事が出来た。でも、私が仕え出した頃には既にセイアッドはやつれ始め、何とか断罪を回避しようと出来るだけ手を打ったのに、ついにあの日を避ける事は出来なかった。
 私の婚約者であるダグラスとも幼い頃から良好な関係を築いていたと思う。しかし、ステラが現れて少ししてから彼も様子がおかしくなったし、何か強制力みたいなものが働いていたのかもしれない。
 でも、あの日あの夜シナリオは覆った。他でもないセイアッドによって。
 シナリオと違う動きをするセイアッドがどういった存在なのか、私にはまだ分からない。
 そういえば、このゲームはいわくつきになっていた。
 過労から発生した事故でパワハラやモラハラが発覚して裁判沙汰になり、それに派生して更に事件が起きて一人は死亡、一人は植物状態になっていた筈だ。この二人のうちどちらか、あるいは両方が転生者として私のようにセイアッドとオルテガに影響を与えている、なんて可能性もあるんだろうか。
 聞いた限りでは移植版ゲームのビジュアルのように美しい姿になっていて、領地でバリバリ働いているとか……。
「レインとライネ様が羨ましいなー」
 私だって生で生きて動く推しを拝みたい。なんならレヴォネに行けばオルテガとセットなんて俺得過ぎる。
 レインからたまに送られてくる手紙には二人のイチャイチャしている様子が余す所なく綴られているから羨ましくて仕方ない。いやでも生で直視したら尊さのあまりに目が潰れるかもしれない……!
 私にはここでまだやらなきゃいけない事がある。セイアッドの部下であり、シナリオを知る私にしか出来ない事がまだまだたくさんあるんだ。
 今みたいに地道にステラのフラグを折る作業も、政務を回すのにも人手が足りない。それに、同じくセイアッド親衛隊を名乗るルファスに黙って行ったら「抜け駆けは許さん!」と怒られるのが目に見えている。
 ダグラスも今のところ洗脳は解けているようだし、リンゼヒースが何らかの影響を受けている様子はないけれど、ステラが他のアイテムを使ってくる可能性だってある。幸いな事に『恋風の雫』は流通が止まっているようだから、手当たり次第に好感度を上げる事は出来ないだろう……と思うけど、やっぱり離れるのは心配だ。
 いずれにせよ、もうちょっと色々な情報が欲しいところね。ヒューゴがセイアッドについていってしまったのが痛いなぁ。食えない人だけど、有能な人だから。
 ヒューゴはセイアッドが関わるシナリオで少しだけ出てきたモブキャラだけど、モブにしておくのが勿体無いキャラしてるのよね。お金が絡むと人が変わるけど……。
「イシェル!」
 考え事をしながらモタモタしながら歩いていると、前からライネが駆け寄ってきた。
 いつ見ても格好良い女性だけど、今日は乗馬服みたいなパンツスタイルなのでより素敵だ。宝塚の男役で出たら人気が出ると思う。
「ライネ様、そのお姿は……」
「このままシュアンの竜を借りてラソワに発つ事になったの。ゆっくりお話出来なくてごめんなさい。レヴォネ領についたら手紙を送るわ。セイアッド殿のやりとりのついでに送るからルファス殿から受け取ってね」
「それはもう是非! 余す事なく報告してください!!」
「勿論!」
 ガシッと熱い握手を交わしながらオタク同士結託する。やっぱり人脈がものを言う世界ね!
 これでレヴォネでの二人の様子がつぶさに知れると思ったら思わず涎が……!
 二人の幸せな結末の為にも、私は王都でステラのフラグを折り続けるわ!そして、推しカプの結婚式をこの目で拝むのよ!!
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