盤上に咲くイオス

菫城 珪

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64 夕映えと火の鳥

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64  夕映えと火の鳥
 
 ダーランにヤロミールの事を頼んだ俺はその足で出掛ける事にした。目的地は屋敷から馬車で三十分程離れた所にあるレヴォネで一番大きな街だ。
 馬車の支度を頼んで身支度を済ませると外に出る。薄曇りの空だが、風が心地良くて過ごし易い。
 これからレヴォネは観光シーズンに入る。平民から貴族まで様々な者が訪ねてくるから町長の所にその打ち合わせをしに向かうのだ。
 観光シーズンとは稼ぎ時と同義。
 温泉と景色、それから交易で入ってくる珍しい物や美味しい料理。それらだけでも集客出来るが、いつまでも使える手ではない。試行錯誤して客を集めてせっせと稼いで蓄える。そうして、いざと言う時に備えるのだ。またいつ冷害や魔物の大量発生が起きるかわからないからな。
 とはいえ、今回は俺に余裕がないので殆ど街の方にお任せする形になっていて、最終確認に行く感じだ。
 レイン考案の香水もこのタイミングで街にあるロアール商会の店で先行販売する事になっている。製造時間が足りないからごく少量になるが、それでも多少の話題は作れるだろう。
 本格的な流通は祝夏の宴が終わった頃になるか。それまでにはこのゴタゴタも片付いているといいんだがな。
 そうして馬車に揺られる事約三十分。
 レヴォネの首都、アルカマルに辿り着いた。地方都市ではあるが、王都にも負けない活気のある街だ。交易都市として発展しているから観光シーズン前の今は街に行き交う人々はまだ商人の方が多い。
 馬車が四台並んで走れるくらい広く作られたメイン通りは今日も人で賑わっている。活気に溢れた街は見ているだけで楽しいものだ。
 レヴォネ家の馬車だと気が付いた者が手を振ってくれるのが見えて軽く手を振り返す。初めはこういう対応も気恥ずかしかったんだが、もうすっかり慣れたな。
 レヴォネの領民は皆心が広いと思う。四年前の飢饉でも「私」の決定でラソワや他の困窮している領地のためにレヴォネ領の備蓄をかなり使った。伴って彼等には我慢を強いる事になったが、それでも彼等は許してくれた。
「国の危機に奮う事こそ、レヴォネ領民の誇りです」
 そう言ってくれた人が多かった事が嬉しかった事を「私」の記憶から取り出して噛み締める。だから、「私」はそんな彼等に報いたいと必死だ。
 領地を発展させ、人々の生活を安定させる。言葉で言えば簡単だが、実際に運営するとなるとなかなか一筋縄では行かないことも多い。
 あれこれと試行錯誤し、領主と領民が一緒に考えて進めていく。そうやってこの土地は交易都市として、そして温泉療養を含む観光地として発展してきた。
 ロアール商会が大きくなってからは独自で開発している女性向けの化粧品や美容品といった商品の専門店も開いている。この領地限定品なんかもあるらしくて、中にはその限定品を買いにわざわざ王都から来る者もいるそうだ。
 そんなロアール商会の店を通り過ぎて辿り着くのは町役場。町役場と言ってもその建物は湖畔の屋敷と同じ頃に同じく祖先がデザインして建てられた為に瀟洒で立派な造りになっていて、ここもちょっとした観光地となっている。
 馬車を降りて役場に入れば、何人かの町役人達が会釈をしてくれるので町長に会いに来た事を告げた。元から約束してあったのでスムーズに応接室に通され、渡された資料を見ていると直様町長であるイアサントがやってくる。
 イアサントはアルカマルを任せている者で、中年に足を踏み入れつつあるもののまさに働き盛りといった男だ。頭も切れるし、セイアッドに意見もズバズバ言ってくれる貴重な存在である。
「忙しそうだな」
 廊下をバタバタと走り回る役人達の足音に笑みと共に零せば、イアサントはにこやかに笑みを浮かべる。
「実は領主様を一目見ようと既に観光客がちらほらと来ておりまして。準備が多少前倒しになっているものですから」
 俺は客寄せパンダか。道理で最近湖の方が賑やかだと思った。
 俺が普段過ごしているレヴォネ家の屋敷は観光地でもある蒼鱗湖に隣接している。一般人も限られた範囲であるが、ボートで湖に出る事も出来るし、湖とセットで屋敷を眺める事が出来るように屋敷の対岸の土地を開放している。なので、観光シーズンになるとレヴォネの屋敷見学と湖で遊ぶ為に観光客が来るんだが、今年は観光シーズンにしては早いというのに妙に人が多いと思ったんだ。
 それにしても、断罪された宰相を観にこようとするなんて随分と趣味の良い連中だな。
「この調子で客足が伸びれば売り上げ倍増間違いなしですよ。領主様にはずっとこちらに居て頂きたいところです」
 イアサントの言葉に思わず苦笑する。俺だってこのレヴォネでのんびりしたいが、そうも言っていられない。
「そうしてやりたいのは山々だが、もう半月程したら王都に戻ろうと思っている」
「おや、もうお戻りになるのですか」
 残念そうに言いながらもイアサントの方もわかっていたのだろう。先程渡された資料は俺がいない事を踏まえて話で進められている。
「……こちらの事は頼んだぞ」
「お任せを」
 俺の呟きにイアサントやその場にいた者達が深く頭を下げる。彼等が優秀だからセイアッドは安心して領を留守に出来るのだ。
 数多の人々に支えられているこの勝負、負ける訳にはいかない。ついでに慰謝料でもたんまりふんだくって領地に還元させてもらおう。
 
 話し合いを終えて町役場を後にしようと玄関に出た所で空を見上げれば、既に夕刻が近付いていた。オルテガの瞳のように燃える空は美しい茜色に染まっている。
 そろそろ帰らないと怒られるな。そう思った時だ。
 夕映えに燃える空の中、何か揺らめくものを見つけた。初めは雲かと思ったが、良く見れば違う。
 揺らめくそれは焔。正確に言うと焔の翼を羽撃かせながらこちらに向かってくる大きな火の鳥だ。
「なっ!? なんでアイツが……!」
『リアー!!』
 驚いて声をあげるのとほぼ同時に火の鳥がセイアッドの名を呼ぶ。太陽のような金の瞳を輝かせながら滑空して突っ込んでくる火の鳥は俺の目の前で大きく翼を広げてブレーキを掛けると一際激しい焔にその身が包まれた。
 その焔が消えた所に立っているのは一人の青年だ。淡い空色の髪、輝く太陽のような金色の瞳。俺と同じくらいの身長体格をしているが、その身を包むのは魔術師団が身に付けているローブだ。
「会いたかったよー!」
「うっ……!」
 なんでコイツがと改めて思った瞬間に襲ってくるのは衝撃。一瞬遅れて勢い良く抱き付かれたのだと理解する。毎度の事ながら勢いが凄い! と「私」が呆れているようだ。
「げほっ……サディアス、なんでお前がここに居るんだ?」
「そんなの休暇をぶん取ってきたに決まってるじゃん! フィンばっかり休み取るのは狡いでしょ? 僕だってリアとリアの領地の温泉でのんびりしたい! っていうか、何で断罪なんてされてるの? それからなんで僕達の事真名で呼んでくれなくなったの? ああもう、会うのが久しぶり過ぎて言いたい事が沢山だよ!」
 抱き締められたまま耳元でマシンガンのように捲し立てられて思わず苦笑する。懐かしいと胸の底から湧き上がる思いのまま、応えるように相手の体を抱き締めた。
「……悪かった。私も話したい事が沢山あるんだ。会いたかったよ、メイ」
「うん、うん。僕も会いたかった。忙しさにかまけて君の窮地に気が付けなくてごめん」
 切な声で呟きながら俺を抱き締めるこの男はサディアス・メイ・ノーシェルト。彼は攻略対象者であり、オルテガやリンゼヒースと同じくセイアッドの幼馴染であり、この国の魔術師達のトップだ。
 ダグラスとは親類関係で叔父甥の関係だから髪や瞳の色は良く似ているが、顔立ちと性格は全く似ていない。ダグラスが真面目老け顔キャラなら、サディアスはオカン属性持ちの世話焼き童顔キャラだ。
 元々はこんな性格ではなかったんだが、黒歴史の学生時代にオルテガとリンゼヒースに散々振り回された事で世話焼き気質が開花したらしい。
「それにしても、ちょっと安心した。聞いてたよりずっと顔色も毛艶もいいんだもの」
「毛艶って……犬猫でもあるまいに」
 サディアスの言葉に苦笑する。心配を掛けた事は申し訳ないが、なんでここに彼が来たんだろうか。
 ゲーム本編では今頃はオルテガと同様に王都でステラと攻略対象者の妨害をするなり、サディアスルートのフラグを立てるなりしている筈なんだが。それに、格好が妙に煤けているようにも見えるのが気になる。
「それにしても、そんな汚れた格好でどうしたんだ?」
「ああ、これ? 遠征終わって直ぐに休暇申請してそのままここまで魔物の巣をいくつか退治しながら飛んできたから」
 サディアスの言葉に俺は再び驚く。
 ステラが聖女認定を受ける為には魔物退治が必要になる。そのイベントが起きるのは秋頃で今の時期には巣の話はない筈だが…。
「正確にはなり掛けだったけどね。巣になる前なら退治自体は楽勝だから、ついでに全部潰してきちゃった」
 サディアスはなんて事ないように笑って言うが、大変だったに違いない。ステラのイベントフラグが折られた事は喜ばしいが、友人に無理をして欲しい訳ではない。
 それに、何故彼はこの段階では報告にすら上がっていないであろう巣の存在を知っているのだろうか。
「聞きたい事が沢山だ」
「僕もだよ。フィンとの関係も聞かせてもらうからね?」
 にっこり笑いながら圧を掛けてくるサディアスにうっと言葉に詰まる。いずれ報告はするつもりだったが、相手から聞かれるとなると小っ恥ずかしいんだが。
「……とりあえず屋敷に行こう。ここだと目立つ」
 通行人が集まってざわつき始めたのを見て、俺は湖畔の屋敷に帰る為にサディアス共々馬車に乗り込む。こんな往来で客寄せパンダは御免被りたいからな。
 それにしても、この世界はどういうストーリー展開をしているんだろうか。
 シナリオとは違う動きをする主要キャラクターは知る限りでは俺を含めれば三人目だ。もしかすると、王都にいるリンゼヒースも違う動きをしているのだろうか。サディアスもオルテガ同様に「何か」の影響を受けているのか、はたまた違う何かの影響なのか。
 考える事も考えたい事もいっぱいあるんだが、向かいに座ったサディアスの好奇心に満ちた金色の瞳はその時間を与えてくれそうにはなかった。
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