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79 独占欲の証
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79 独占欲の証
翌日。
俺はリビングに広げられた光景に早くもげんなりしていた。
俺の目の前にあるのはありとあらゆる装身具…所謂アクセサリーと見るからに仕立ての良い衣類だった。問題はその全てが宵闇のような深い藍色か夕焼けのように鮮やかな黄昏色をしている事である。
「……ダーラン、これは?」
「ガーランド様御注文の品だよー」
鼻歌混じりに店を広げている男に声を掛ければ、満面の笑みで返された。ついでに「まだあるから」なんてトドメの一言を置いて彼はリビングを後にする。大方、まだあると言った品物を取りに行ったんだろう。
昨日の今日でこれか。いや、釘を刺すのが遅かったのか。最近アルカマルに度々出掛けていた理由がわかったな。これを用意していたんだろう。なんだったらレインと行動している時から着々と用意していたんだろうか。
目の前に広がる品々に軽い頭痛を覚える俺の横ではサディアスが呆れたような顔をしている。
「フィンの愛が重いのは知ってたけど……」
言いたい事はわかるぞ。本当に頭の先から爪先まで自分の色で飾り立てるつもりだな、この男は。
嬉々としてアクセサリーを手に取っている様子は本当に楽しそうだ。うん、解っちゃいたんだが、まだまだ甘く見ていたようだ。本当に愛が重いなこの男は…!
そもそも女性と違って男性がアクセサリーをつける機会はそうない。夜会でも男性が身につけるものといえば、指輪やカフス、耳飾りや髪が長い者は髪飾りといった程度のものだ。そんな男性相手にこれ程のアクセサリーを贈るという事は「お前を俺の色で染めたい」という独占欲以外の何物でもない。
ちらりと所狭しと並べられた品物を見遣る。国内でも有数の侯爵家に生まれ、自ら商会を運営してきた間に培った知識が告げている。どう見たってどいつもこいつも最上級品だ、と。
例えば、一番近くにあるチョーカー。幅の広い藍色のベルベットは艶やかな光沢を纏い、見るからに滑らか。中央に誂えられた飾りにはこれまた大きなスペサルティンガーネットと思しき鮮やかなオレンジ色の宝石。
ベルベットに使われている織り糸は間違い無くラソワ絹だ。艶やかな光沢は他の絹では出せない。スペサルティンガーネットの相場は分からないが、標準の色が赤い宝石なのだからオレンジは珍しいと思って良いだろう。これだけで幾ら使ったんだ。
総額に戦慄していれば、小さな箱を手にしたオルテガが俺の方に近付いてくる。何が出てきてももう驚かないぞ。
「指輪の次はこれを贈らせてくれ」
ぱかりと開けられた箱の中にはシンプルかつ小振りながら鮮やかな夕焼け色をした宝石のピアスが二つ並んでいる。
「ピアス……?」
イヤリングではない事に若干嫌な予感を覚える。何故かといえば、セイアッドの耳にピアスホールはないからだ。
「まさか開けるところからか?」
「俺に開けさせてくれ」
耳を隠す俺の長い黒髪をオルテガの手が掬い上げて耳に掛ける。露わになった耳に取り出したピアスを合わせているのか、オルテガが満足そうに笑みを浮かべた。
「きっと良く似合う」
「……もう好きにしてくれ」
うぐぅ、こういう顔を見たら何も言えなくなるからダメなんだ…! 隣でサディアスが『マジかよこいつ』って顔で見てくる視線が痛い。
「嫌なら嫌ってちゃんと言った方が良いよ」
「……嫌ではないから良い」
ピアスを開けさせるという事は自分の体に消えない相手の痕を刻む事だ。それくらいさせてやれば、オルテガも安心出来るだろう。
「それでフィンが安心出来るなら良いよ」
「似た者夫婦め……」
呆れたようなサディアスの言葉を受けながら頬に触れるオルテガの手に擦り寄った。俺の返事にオルテガは満足した様子で夕焼け色の瞳を嬉しそうに細めている。
こんな顔が見られるならピアスの一つや二つ安いものだ。ただ…。
「……あんまり痛くしないでくれ」
「努力する」
情けない呟きに小さく笑みを浮かべると、オルテガが俺を抱き寄せた。
オルテガからの大量の贈り物を家人に整理してもらう間に俺達はお茶をする事にした。
バタバタ走り回る家人達だが、皆一様に表情が柔らかいのが何だか居た堪れない。セイアッドが年頃になっても婚姻の打診はあれど、なかなか相手が決まらなくてヤキモキしていたんだろうし、相手が昔から馴染みのある男だとなれば気持ちは分からなくもない。分からなくもないんだが、本当に居た堪れない。こんな状態で正式に婚約して発表したらどうなるんだ。
「帰ったリアが指輪してるの見たら信者達が阿鼻叫喚だろうね」
「その為の牽制だ」
「あー、まあ君が相手だって分かったら大抵の人は退くよねぇ。表向きは」
お茶を含んだ瞬間にとんでもない話をし始めて思わず紅茶を噴き出しそうになった。なんつー会話をしているんだ。
「んん、そんな事ないだろう。断罪された時には幽霊宰相だのなんだのと酷い言われようだったし」
咽せそうになったのを咳払いで誤魔化しながら言えば、左右から呆れたような溜め息が聞こえてきた。
「これだから無自覚は……」
「頼むからお前はそろそろ自分の価値をちゃんと理解してくれ」
なんか知らんが怒られた。不服に思っていれば、オルテガが手を伸ばしてきて俺の頬に触れる。
「国内でも有数の名家の当主で、現役宰相。それだけでも言い寄る人間が多いんだ。もっと警戒心を持ってくれ」
「今の君を見たら他にも寄ってくるだろうし、リアに警戒心がないからフィンの独占欲丸出し作戦も悪くないかもね」
釈然としないままに言いくるめられた気がする。戻ったら周囲の反応がどうなのか分からないが、セイアッドの父親であるセオドアが婚約を発表した時にはそれはそれは大変な騒ぎだったらしい。彼等はそれと同じ騒ぎが起こると思っているようだ。
大袈裟な、と言い返そうと思ったがまた怒られる気がするので黙っておく。どうせ杞憂で済むだろう。
「……ところで、いつの間にあれだけの物を用意したんだ? 一朝一夕で用意するのは不可能だろう」
「レヴォネに来て直ぐだな」
話題を変える為にオルテガに問い掛ければ当たり前のように答えられた。そんな前から準備されてたんじゃあ今更言った所で遅かったか。
「フィンの方が先に到着してたんだっけ?」
「馬を乗り潰しながら旧道の方で山越えしてきたそうだ。領地に到着したら家人に混じっていたから最初は事態が飲み込めなくてな……」
レヴォネと王都の間には魔物が出る事と打ち捨てられた部分があるせいで碌に手入れされていない旧道があるんだが、オルテガは整備された街道ではなくわざわざそちらを選んできたらしい。確かに、追い越したであろう際に行き合わなかったから不思議には思っていたんだが、まさかそっちの道で馬をぶっ飛ばしていたとは思いもしなかった。
曰く、街道は行き交う人々や馬車のせいで混雑している部分があるから最速で来るには魔物蔓延る山道の多い旧道を使うのが一番だった、らしい。それにしたって滅茶苦茶だ。
「一刻も早くリアの所に行きたかったからな。形振りなんて構っていられなかった」
柔らかな笑みと共に殺し文句を吐く男に思わずぐうと喉の奥で唸る。たまたま通りがかった若いメイド達が黄色い声をあげるのが非常に居た堪れない。
「愛されてますねぇ、旦那様」
父の代から勤めてくれているメイド長にまで微笑ましそうに言われてしまった。オルテガがレヴォネ領で過ごしている間にすっかり外堀が埋められてしまっている気がするんだが、これは俺の気のせいじゃないよな?
というか、そこまで全部計算してオルテガも振る舞っているんだろう。本当に抜け目のない奴だ。
「旦那様」
全く、と溜め息を零した時だ。いつも冷静沈着な執事であるアルバートが珍しく動揺した様子で声を掛けてきた。
「どうした、お前が慌てるなんて珍しい」
足早に近付いてきたアルバートが俺の耳元で待ち侘びた来客の到来を告げる。ついでに予想よりも随分と早かったなと思った所で続いて告げられたその来客の名前に今度は俺が驚く番になった。
「何でよりにもよってアイツが来るんだ」
慌てて立ち上がった俺の姿にオルテガとサディアスが困惑したように見てくる。
「喜べ、旧友のお出ましだぞ」
俺の台詞に来客が誰か察したらしい二人の表情に喜色が滲む。プライベートな場で四人が揃うなんてもう何年振りなのだろうか。
胸の奥から湧き上がる懐かしさに突き動かされるように、俺は久方振りに訪ねてきた旧友を迎える為に玄関へと向かった。
翌日。
俺はリビングに広げられた光景に早くもげんなりしていた。
俺の目の前にあるのはありとあらゆる装身具…所謂アクセサリーと見るからに仕立ての良い衣類だった。問題はその全てが宵闇のような深い藍色か夕焼けのように鮮やかな黄昏色をしている事である。
「……ダーラン、これは?」
「ガーランド様御注文の品だよー」
鼻歌混じりに店を広げている男に声を掛ければ、満面の笑みで返された。ついでに「まだあるから」なんてトドメの一言を置いて彼はリビングを後にする。大方、まだあると言った品物を取りに行ったんだろう。
昨日の今日でこれか。いや、釘を刺すのが遅かったのか。最近アルカマルに度々出掛けていた理由がわかったな。これを用意していたんだろう。なんだったらレインと行動している時から着々と用意していたんだろうか。
目の前に広がる品々に軽い頭痛を覚える俺の横ではサディアスが呆れたような顔をしている。
「フィンの愛が重いのは知ってたけど……」
言いたい事はわかるぞ。本当に頭の先から爪先まで自分の色で飾り立てるつもりだな、この男は。
嬉々としてアクセサリーを手に取っている様子は本当に楽しそうだ。うん、解っちゃいたんだが、まだまだ甘く見ていたようだ。本当に愛が重いなこの男は…!
そもそも女性と違って男性がアクセサリーをつける機会はそうない。夜会でも男性が身につけるものといえば、指輪やカフス、耳飾りや髪が長い者は髪飾りといった程度のものだ。そんな男性相手にこれ程のアクセサリーを贈るという事は「お前を俺の色で染めたい」という独占欲以外の何物でもない。
ちらりと所狭しと並べられた品物を見遣る。国内でも有数の侯爵家に生まれ、自ら商会を運営してきた間に培った知識が告げている。どう見たってどいつもこいつも最上級品だ、と。
例えば、一番近くにあるチョーカー。幅の広い藍色のベルベットは艶やかな光沢を纏い、見るからに滑らか。中央に誂えられた飾りにはこれまた大きなスペサルティンガーネットと思しき鮮やかなオレンジ色の宝石。
ベルベットに使われている織り糸は間違い無くラソワ絹だ。艶やかな光沢は他の絹では出せない。スペサルティンガーネットの相場は分からないが、標準の色が赤い宝石なのだからオレンジは珍しいと思って良いだろう。これだけで幾ら使ったんだ。
総額に戦慄していれば、小さな箱を手にしたオルテガが俺の方に近付いてくる。何が出てきてももう驚かないぞ。
「指輪の次はこれを贈らせてくれ」
ぱかりと開けられた箱の中にはシンプルかつ小振りながら鮮やかな夕焼け色をした宝石のピアスが二つ並んでいる。
「ピアス……?」
イヤリングではない事に若干嫌な予感を覚える。何故かといえば、セイアッドの耳にピアスホールはないからだ。
「まさか開けるところからか?」
「俺に開けさせてくれ」
耳を隠す俺の長い黒髪をオルテガの手が掬い上げて耳に掛ける。露わになった耳に取り出したピアスを合わせているのか、オルテガが満足そうに笑みを浮かべた。
「きっと良く似合う」
「……もう好きにしてくれ」
うぐぅ、こういう顔を見たら何も言えなくなるからダメなんだ…! 隣でサディアスが『マジかよこいつ』って顔で見てくる視線が痛い。
「嫌なら嫌ってちゃんと言った方が良いよ」
「……嫌ではないから良い」
ピアスを開けさせるという事は自分の体に消えない相手の痕を刻む事だ。それくらいさせてやれば、オルテガも安心出来るだろう。
「それでフィンが安心出来るなら良いよ」
「似た者夫婦め……」
呆れたようなサディアスの言葉を受けながら頬に触れるオルテガの手に擦り寄った。俺の返事にオルテガは満足した様子で夕焼け色の瞳を嬉しそうに細めている。
こんな顔が見られるならピアスの一つや二つ安いものだ。ただ…。
「……あんまり痛くしないでくれ」
「努力する」
情けない呟きに小さく笑みを浮かべると、オルテガが俺を抱き寄せた。
オルテガからの大量の贈り物を家人に整理してもらう間に俺達はお茶をする事にした。
バタバタ走り回る家人達だが、皆一様に表情が柔らかいのが何だか居た堪れない。セイアッドが年頃になっても婚姻の打診はあれど、なかなか相手が決まらなくてヤキモキしていたんだろうし、相手が昔から馴染みのある男だとなれば気持ちは分からなくもない。分からなくもないんだが、本当に居た堪れない。こんな状態で正式に婚約して発表したらどうなるんだ。
「帰ったリアが指輪してるの見たら信者達が阿鼻叫喚だろうね」
「その為の牽制だ」
「あー、まあ君が相手だって分かったら大抵の人は退くよねぇ。表向きは」
お茶を含んだ瞬間にとんでもない話をし始めて思わず紅茶を噴き出しそうになった。なんつー会話をしているんだ。
「んん、そんな事ないだろう。断罪された時には幽霊宰相だのなんだのと酷い言われようだったし」
咽せそうになったのを咳払いで誤魔化しながら言えば、左右から呆れたような溜め息が聞こえてきた。
「これだから無自覚は……」
「頼むからお前はそろそろ自分の価値をちゃんと理解してくれ」
なんか知らんが怒られた。不服に思っていれば、オルテガが手を伸ばしてきて俺の頬に触れる。
「国内でも有数の名家の当主で、現役宰相。それだけでも言い寄る人間が多いんだ。もっと警戒心を持ってくれ」
「今の君を見たら他にも寄ってくるだろうし、リアに警戒心がないからフィンの独占欲丸出し作戦も悪くないかもね」
釈然としないままに言いくるめられた気がする。戻ったら周囲の反応がどうなのか分からないが、セイアッドの父親であるセオドアが婚約を発表した時にはそれはそれは大変な騒ぎだったらしい。彼等はそれと同じ騒ぎが起こると思っているようだ。
大袈裟な、と言い返そうと思ったがまた怒られる気がするので黙っておく。どうせ杞憂で済むだろう。
「……ところで、いつの間にあれだけの物を用意したんだ? 一朝一夕で用意するのは不可能だろう」
「レヴォネに来て直ぐだな」
話題を変える為にオルテガに問い掛ければ当たり前のように答えられた。そんな前から準備されてたんじゃあ今更言った所で遅かったか。
「フィンの方が先に到着してたんだっけ?」
「馬を乗り潰しながら旧道の方で山越えしてきたそうだ。領地に到着したら家人に混じっていたから最初は事態が飲み込めなくてな……」
レヴォネと王都の間には魔物が出る事と打ち捨てられた部分があるせいで碌に手入れされていない旧道があるんだが、オルテガは整備された街道ではなくわざわざそちらを選んできたらしい。確かに、追い越したであろう際に行き合わなかったから不思議には思っていたんだが、まさかそっちの道で馬をぶっ飛ばしていたとは思いもしなかった。
曰く、街道は行き交う人々や馬車のせいで混雑している部分があるから最速で来るには魔物蔓延る山道の多い旧道を使うのが一番だった、らしい。それにしたって滅茶苦茶だ。
「一刻も早くリアの所に行きたかったからな。形振りなんて構っていられなかった」
柔らかな笑みと共に殺し文句を吐く男に思わずぐうと喉の奥で唸る。たまたま通りがかった若いメイド達が黄色い声をあげるのが非常に居た堪れない。
「愛されてますねぇ、旦那様」
父の代から勤めてくれているメイド長にまで微笑ましそうに言われてしまった。オルテガがレヴォネ領で過ごしている間にすっかり外堀が埋められてしまっている気がするんだが、これは俺の気のせいじゃないよな?
というか、そこまで全部計算してオルテガも振る舞っているんだろう。本当に抜け目のない奴だ。
「旦那様」
全く、と溜め息を零した時だ。いつも冷静沈着な執事であるアルバートが珍しく動揺した様子で声を掛けてきた。
「どうした、お前が慌てるなんて珍しい」
足早に近付いてきたアルバートが俺の耳元で待ち侘びた来客の到来を告げる。ついでに予想よりも随分と早かったなと思った所で続いて告げられたその来客の名前に今度は俺が驚く番になった。
「何でよりにもよってアイツが来るんだ」
慌てて立ち上がった俺の姿にオルテガとサディアスが困惑したように見てくる。
「喜べ、旧友のお出ましだぞ」
俺の台詞に来客が誰か察したらしい二人の表情に喜色が滲む。プライベートな場で四人が揃うなんてもう何年振りなのだろうか。
胸の奥から湧き上がる懐かしさに突き動かされるように、俺は久方振りに訪ねてきた旧友を迎える為に玄関へと向かった。
応援ありがとうございます!
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