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第一章
11 アースィムの心①
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不埒者の正体はなんと、偽物の曲刀を手にした白の集落の若者らであった。砂避けの布で顔中を隠していたのでラフィアはすぐには気づけなかったのだが、何度か会話を交わしたことのある青年までもが紛れていた。
彼らは皇女の激怒を目にし、心底気まずげな謝罪を残し、そそくさと集落へと戻って行った。
そして今、星空の下、落ち着きを取り戻し眠りに落ちたイバからやや離れた場所で向き合うのは、ラフィアとアースィムだけである。ラフィアが事情を詰問するより前に、アースィムが口を開く。
「なぜ、イバの気持ちがわかったのですか」
先ほどの騒動の件を追求しようとしていたラフィアは出鼻をくじかれて、不機嫌に返す。
「そんなの、あの子の様子を見ていればわかるわ。敵が曲刀を掲げた瞬間に怯えたのだから」
「ですが、命ある者であれば、自身の急所を狙う刃に怯えるのは当然です」
「それは」
「それになぜ、この右腕を奪ったのが馬に乗った敵であり、その武器が曲刀であったと思うのですか?」
「だって皆、曲刀を持って遠征に行くでしょう。三年前の戦いは西方の騎馬民族との戦だから、相手は馬に乗っていると思ったの」
アースィムの意図が読めない。イバの記憶のようなものが水に乗り流れ込んできたなどとは言えぬので、もっともらしい嘘を吐く。だが、アースィムは何やら確信を得たようだ。
「おっしゃる通り、西方蛮族は馬に乗り戦います。ですが通常その武器は、真っ直ぐに伸びた形状の剣、または弓です。もちろん、戦場で拾った曲刀を振り回す者もいますが」
「そ、そうなの。じゃあ私の勝手な想像違いだわ」
「本当にそうでしょうか。あなたはもしかして、見たのでは?」
アースィムは目を細めてラフィアを見つめる。
「カリーマも気にしていました。もしかすると皇女様は、砂竜の心を覗くことが出来るのではないかと……」
「そんなのはどうでも良いわ!」
ラフィアは叫んだ。
「それよりも、さっきの襲撃はいったいどういうことなの。説明をして」
質問を質問で重ねられ、アースィムは軽く眉間に皺を寄せて言葉を探したが、やがて正直に答えた。
「俺が、彼らに頼んだのです。皇女様を襲う振りをしてくれと」
「どうして!」
「あなたには砂漠の恐ろしさを知ってほしかった」
「それを知らしめて、どうするつもりだったの」
アースィムは口を閉ざし、困惑を帯びた眼差しをラフィアに注いだ。まるで、駄々をこねる子供を見つめるかのような瞳だ。ラフィアは強烈な憤りを覚えたが、やがてそれは、水を掛けられた炎のように勢いを失って、残ったのは燃え滓のような虚無感のみである。
ラフィアはアースィムの意図を察し、己にとって残酷な答えを唇に乗せた。
「後宮に帰りたいと言わせたかったのね」
アースィムは沈黙を守り続ける。揺るがないその表情が、肯定の証なのだろう。
身体の奥から、絶望が這い上がる。
「そう、なのね。……新婚旅行だなんて浮かれていた私が馬鹿だったわ。本当はただ、私に怖い思いをさせるためだけに仕組まれたことだったのに」
「皇女様」
「今さら取り繕っても無駄よ! どうせ私はいらない子だもの。そうよ、あなたの言う通り、私には奇怪な力がある。水の眷属と話すことができるの! 砂竜の心も時々読める。理由は訊いても無駄よ。私だってわからないのだもの。ともかくこんな変人だから、後宮から厄介払いをされた上に、白の集落でも邪魔者扱い。アースィムには嫌われて、離縁を望まれている」
「邪魔者だなど、とんでもない。ですが、あなたに砂漠は似合いません」
「そんなの、誰が決めたのよ」
全身を強張らせて堪えていたのだが、我慢が限界を迎え、とうとう涙が溢れてきた。
「あなたは私のことが邪魔だったでしょうね。ええ、ずっと前からわかっていたわ。私のことを押し付けられただけですもの。別に愛してくれなくて良いし、他の妻を迎えても怒りはしない。もしそうなってもお父様から咎めを受けないように、口添えだってしてあげるつもりだった。私はただ……どこかに居場所が欲しかっただけなのに」
これ以上何を口にするのも苦痛である。ラフィアは蹲り、顔を覆ってさめざめ泣いた。我ながら無様なことだ。
普段は陽気なラフィアの号泣を目の当たりにし、アースィムは当惑して立ち竦むばかりである。やがて、埒が明かないと思ったのか、アースィムはラフィアの前に片膝を立てて腰を下ろし、視線の高さを合わせた。
「皇女様、あなたは後宮から捨てられた訳ではありません。元はと言えば、皇女を妻として迎えられるのであれば、ラフィア皇女が良いと言ったのは、俺ですから」
彼らは皇女の激怒を目にし、心底気まずげな謝罪を残し、そそくさと集落へと戻って行った。
そして今、星空の下、落ち着きを取り戻し眠りに落ちたイバからやや離れた場所で向き合うのは、ラフィアとアースィムだけである。ラフィアが事情を詰問するより前に、アースィムが口を開く。
「なぜ、イバの気持ちがわかったのですか」
先ほどの騒動の件を追求しようとしていたラフィアは出鼻をくじかれて、不機嫌に返す。
「そんなの、あの子の様子を見ていればわかるわ。敵が曲刀を掲げた瞬間に怯えたのだから」
「ですが、命ある者であれば、自身の急所を狙う刃に怯えるのは当然です」
「それは」
「それになぜ、この右腕を奪ったのが馬に乗った敵であり、その武器が曲刀であったと思うのですか?」
「だって皆、曲刀を持って遠征に行くでしょう。三年前の戦いは西方の騎馬民族との戦だから、相手は馬に乗っていると思ったの」
アースィムの意図が読めない。イバの記憶のようなものが水に乗り流れ込んできたなどとは言えぬので、もっともらしい嘘を吐く。だが、アースィムは何やら確信を得たようだ。
「おっしゃる通り、西方蛮族は馬に乗り戦います。ですが通常その武器は、真っ直ぐに伸びた形状の剣、または弓です。もちろん、戦場で拾った曲刀を振り回す者もいますが」
「そ、そうなの。じゃあ私の勝手な想像違いだわ」
「本当にそうでしょうか。あなたはもしかして、見たのでは?」
アースィムは目を細めてラフィアを見つめる。
「カリーマも気にしていました。もしかすると皇女様は、砂竜の心を覗くことが出来るのではないかと……」
「そんなのはどうでも良いわ!」
ラフィアは叫んだ。
「それよりも、さっきの襲撃はいったいどういうことなの。説明をして」
質問を質問で重ねられ、アースィムは軽く眉間に皺を寄せて言葉を探したが、やがて正直に答えた。
「俺が、彼らに頼んだのです。皇女様を襲う振りをしてくれと」
「どうして!」
「あなたには砂漠の恐ろしさを知ってほしかった」
「それを知らしめて、どうするつもりだったの」
アースィムは口を閉ざし、困惑を帯びた眼差しをラフィアに注いだ。まるで、駄々をこねる子供を見つめるかのような瞳だ。ラフィアは強烈な憤りを覚えたが、やがてそれは、水を掛けられた炎のように勢いを失って、残ったのは燃え滓のような虚無感のみである。
ラフィアはアースィムの意図を察し、己にとって残酷な答えを唇に乗せた。
「後宮に帰りたいと言わせたかったのね」
アースィムは沈黙を守り続ける。揺るがないその表情が、肯定の証なのだろう。
身体の奥から、絶望が這い上がる。
「そう、なのね。……新婚旅行だなんて浮かれていた私が馬鹿だったわ。本当はただ、私に怖い思いをさせるためだけに仕組まれたことだったのに」
「皇女様」
「今さら取り繕っても無駄よ! どうせ私はいらない子だもの。そうよ、あなたの言う通り、私には奇怪な力がある。水の眷属と話すことができるの! 砂竜の心も時々読める。理由は訊いても無駄よ。私だってわからないのだもの。ともかくこんな変人だから、後宮から厄介払いをされた上に、白の集落でも邪魔者扱い。アースィムには嫌われて、離縁を望まれている」
「邪魔者だなど、とんでもない。ですが、あなたに砂漠は似合いません」
「そんなの、誰が決めたのよ」
全身を強張らせて堪えていたのだが、我慢が限界を迎え、とうとう涙が溢れてきた。
「あなたは私のことが邪魔だったでしょうね。ええ、ずっと前からわかっていたわ。私のことを押し付けられただけですもの。別に愛してくれなくて良いし、他の妻を迎えても怒りはしない。もしそうなってもお父様から咎めを受けないように、口添えだってしてあげるつもりだった。私はただ……どこかに居場所が欲しかっただけなのに」
これ以上何を口にするのも苦痛である。ラフィアは蹲り、顔を覆ってさめざめ泣いた。我ながら無様なことだ。
普段は陽気なラフィアの号泣を目の当たりにし、アースィムは当惑して立ち竦むばかりである。やがて、埒が明かないと思ったのか、アースィムはラフィアの前に片膝を立てて腰を下ろし、視線の高さを合わせた。
「皇女様、あなたは後宮から捨てられた訳ではありません。元はと言えば、皇女を妻として迎えられるのであれば、ラフィア皇女が良いと言ったのは、俺ですから」
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