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落としてしまったお守り
「無い、無い、無い!何処に落としちゃったの?」
マリーは、足元を見ながら、同じ場所を行ったり来たりしていた。
「エレインが作ってくれた大切なお守りを、落としちゃった。どうしよう、大事にしていたのに。見つからなかったら、どうしよう」
スカートのポケットに入れて、肌身離さずに持ち歩いていたのだが、穴が開いていて何処かへ落としてしまったのだ。
だんだんと日は暮れていき、瞳から涙が零れて地面を濡らしていく。
それでも諦めきれず、歩いたであろう場所を、隈なく探していたのだ。
「神様、お願いよ!私の大切なお守りを、返してください。贅沢はしません、我儘も言いません。どうかお守りを、私から取り上げないでください!」
「あははっ」
誰にも聞かれていないと思っていたマリーは、建物の陰から一人の大柄な男が出て来たのに驚いていた。
マリーが困っているのに、何故この男は笑っているのかと、思わず睨んでしまったのだが…
男は、拳をマリーに向かって突き出してきた。
「探していたのはこれかな?」
そう言って指を開くと、探していたお守りが、握られていたのだ。
「そう!それよ!私のお守り、とても大切にしていたの、見つけてくれてありがとう。凄く嬉しい」
マリーは男からお守りを受け取ると、しっかりと両手で握り絞めて、安堵の涙を流している。
嬉しい、ありがとうを、何度も頭を下げながら交互に繰り返していた。
すると男は、優しい眼差しで、マリーに話しかけてきたのだ。
「俺の名は、リッキー。護衛騎士をしているんだが、今日は非番だったんだ。君は、マリーだろう?元気そうで、良かった。もう時間も遅いし、寮まで送って行くよ。皇宮での暮らしには、慣れたかな?」
「え?」
マリーは、思わずリッキーと名乗る護衛騎士の顔を見上げたが、知り合いではなさそうだと思うのだった。
しかしこの男は、確かに元気そうで良かったと、言ったのである。
まるで、古い知り合いの様に…
誰かと勘違いをしているのか?
それともマリーが忘れてしまっただけで、何処かで会った事があるのかと、古い記憶を辿り寄せてみた。
するとリッキーは、手で口元を隠し、苦笑いをしている。
「ふふっ。思い出さなくてもいいよ」
やはりリッキーは、マリーの事を知っているのだと確信した。
『どうしよう。優しそうな人だけれど、私の秘密を知っていたら困るわ』
マリーは、不安で胸がいっぱいになっていった。
もう毒杯は飲まなくてもよいのだと分かってはいるが、盗賊に襲われた時の記憶を忘れた訳ではなかったのだ。
恐怖におののき、顔が青ざめていくのを見たリッキーは、慌てて自分の素性を明かしたのだった。
口をマリーの耳元に近付け、小声で語り掛ける。
「心配しないで。俺は、キャサリン皇弟妃の実家である、侯爵家に雇われている護衛騎士なんだよ」
「そうなの?」
マリーは、安心した様に、リッキーの瞳を覗き込んだ。
「うん。俺は、孤児院で育ったのだけれど、キャサリン妃殿下のお父上である侯爵様が、引き取って下さったんだ。剣術の才能があるからって、直接ご指導をして貰ったりもしている。侯爵家には、返しきれない程の恩を、受けているんだよ」
「そうだったんだ…」
「キャサリン妃殿下は、お元気にされている?」
「多分…私は下働きだから、顔を合わせる機会は殆どないわ。遠くから、庭園を歩いてらっしゃるのを、見かけるくらい」
「そうか、実はね…ここだけの話、俺の初恋は、キャサリン妃殿下なんだよ」
思わぬリッキーの告白に、マリーは驚きで目を見開いた。
「そうなの?」
「うん。まだ幼過ぎて、全然相手にされなかったんだけれどね。大人になったら、立派な騎士になるから、結婚してくださいってプロポーズもしたんだ。道端に咲いているタンポポを、直接渡した事がある」
「タンポポ?それって、雑草じゃない」
「そうなんだよ。子供の頃の俺は、雑草だとわからなかったんだ。庭園の花は、摘んではいけないでしょう?店で、花を買うだけのお金も持っていなかったからね」
リッキーは、照れ臭そうに笑っていた。
「キャサリン様は、受け取ってくれたの?」
「勿論。可愛らしいタンポポを、ありがとう。立派な騎士になってねって、言われたんだ。それで俺は、調子に乗って、翌日もタンポポを持って行こうとしたんだけれど…先輩騎士に見つかってしまって、こっぴどく叱られたよ」
「そうでしょうね。雇い主のお嬢様に、雑草を渡す騎士なんて、聞いた事がないわ」
マリーは、楽し気にクスクスと笑っている。
「そうだね。今思えば、とても恥ずかしい事だと分かるけれど、当時の俺は必至だったんだ」
マリーは、アルフレッドを、思い出していた。
大好きな婚約者の笑顔が見たくて、綺麗に咲いている薔薇の花を手折ろうとして、棘が刺さってしまった事があった。
あの時の気持ちを、思い出したのだ。
「好きな人の笑顔を、見たいと思う気持ちは、恥ずかしくなんてないよ」
あの時アルフレッドは、大慌てで医師を呼び、泣くじゃくるマルゲリーターの頭を撫でてくれていたのだ。
幼い日の、一番幸せだったころを思い出し、瞳から大粒の涙が零れてしまう。
突然泣き出してしまった理由がわからなくて、リッキーは慌てだした。
「ごめんね。泣かせるつもりで、話した訳ではないんだよ。恥ずかしくないって、言ってくれて、ありがとう。マリーは、とても優しい女性だね。幼い俺の失恋話なんて、誰が聞いても笑い話にしかならないのに」
リッキーは、ハンカチで、マリーの涙を拭っている。
「そんな、笑えないよ。だって、失恋は、凄く辛いもの」
「そうだね、とても辛いね」
リッキーは、マリーの頭をそっと撫でて、優しく慰めてくれた。
マリーは、その手の温もりに、何処か懐かしさを感じたのである。
マリーは、このリッキーと名乗る護衛騎士と面識がある事を、すっかりと忘れてしまっていた。
リッキーは、キャサリンからの依頼で、ルーカスを護るためにオルターナ公爵邸にいた事があったのだ。
ルーカスに叱られて、部屋を追い出された時に、マリーを担いで自分の部屋につれ戻された事もあった。
マリーが失恋をして悲しんでいた時も、ルーカスが不在の時に、代わりに傍で見守っていたのである。
護衛騎士をしているだけあって、大柄で一見怖そうな感じだが、とても紳士で心の優しい人物なのだ。
騎士の鏡ともいえる、人物である。
静かに、二人で夜道を歩きながら、マリーが住んでいる寮の近くまでやって来た。
「ありがとう。もう一人で帰れるよ」
「そうかい。何か困った事があれば、いつでも訪ねて来てね。俺で力になれる事があったら、何時でも手伝うから」
リッキーは、優しく微笑んで、マリーを見ていた。
「ありがとう、本当にお願いを聞いてくれるの?」
「俺に出来る事ならね」
「それじゃあ、早速だけれど、お守りを拾ってくれたお礼がしたいの」
リッキーは、思いがけない言葉に、目を丸くして考えてしまった。
「礼なんていらないけれど、そうだね。次の休みが一緒の時に、デートをして貰いたいな」
「デート?」
「うん。デート」
「それは、恋人同士がする事でしょう」
「友達デートって、いうのもあるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「わかったわ、友達デートね。何をするの?」
「一緒に食事をしたり、街をぶらぶらと歩いてみたり…そうだ!マリーは、動物は嫌いかな」
「動物って、馬の事?大きいから、ちょっと怖いわ。あまり、近付いた事がないもの」
「いいや、馬ではないよ。うさぎとか、アヒルみたいな、小さい生き物だよ」
「それは、見た事がないわ」
「そうか。今度の休みに、一緒に見に行こう。とても、可愛いよ」
「分かったわ」
マリーは、リッキーとデートの約束をすると、寮へと戻って行った。
マリーは、足元を見ながら、同じ場所を行ったり来たりしていた。
「エレインが作ってくれた大切なお守りを、落としちゃった。どうしよう、大事にしていたのに。見つからなかったら、どうしよう」
スカートのポケットに入れて、肌身離さずに持ち歩いていたのだが、穴が開いていて何処かへ落としてしまったのだ。
だんだんと日は暮れていき、瞳から涙が零れて地面を濡らしていく。
それでも諦めきれず、歩いたであろう場所を、隈なく探していたのだ。
「神様、お願いよ!私の大切なお守りを、返してください。贅沢はしません、我儘も言いません。どうかお守りを、私から取り上げないでください!」
「あははっ」
誰にも聞かれていないと思っていたマリーは、建物の陰から一人の大柄な男が出て来たのに驚いていた。
マリーが困っているのに、何故この男は笑っているのかと、思わず睨んでしまったのだが…
男は、拳をマリーに向かって突き出してきた。
「探していたのはこれかな?」
そう言って指を開くと、探していたお守りが、握られていたのだ。
「そう!それよ!私のお守り、とても大切にしていたの、見つけてくれてありがとう。凄く嬉しい」
マリーは男からお守りを受け取ると、しっかりと両手で握り絞めて、安堵の涙を流している。
嬉しい、ありがとうを、何度も頭を下げながら交互に繰り返していた。
すると男は、優しい眼差しで、マリーに話しかけてきたのだ。
「俺の名は、リッキー。護衛騎士をしているんだが、今日は非番だったんだ。君は、マリーだろう?元気そうで、良かった。もう時間も遅いし、寮まで送って行くよ。皇宮での暮らしには、慣れたかな?」
「え?」
マリーは、思わずリッキーと名乗る護衛騎士の顔を見上げたが、知り合いではなさそうだと思うのだった。
しかしこの男は、確かに元気そうで良かったと、言ったのである。
まるで、古い知り合いの様に…
誰かと勘違いをしているのか?
それともマリーが忘れてしまっただけで、何処かで会った事があるのかと、古い記憶を辿り寄せてみた。
するとリッキーは、手で口元を隠し、苦笑いをしている。
「ふふっ。思い出さなくてもいいよ」
やはりリッキーは、マリーの事を知っているのだと確信した。
『どうしよう。優しそうな人だけれど、私の秘密を知っていたら困るわ』
マリーは、不安で胸がいっぱいになっていった。
もう毒杯は飲まなくてもよいのだと分かってはいるが、盗賊に襲われた時の記憶を忘れた訳ではなかったのだ。
恐怖におののき、顔が青ざめていくのを見たリッキーは、慌てて自分の素性を明かしたのだった。
口をマリーの耳元に近付け、小声で語り掛ける。
「心配しないで。俺は、キャサリン皇弟妃の実家である、侯爵家に雇われている護衛騎士なんだよ」
「そうなの?」
マリーは、安心した様に、リッキーの瞳を覗き込んだ。
「うん。俺は、孤児院で育ったのだけれど、キャサリン妃殿下のお父上である侯爵様が、引き取って下さったんだ。剣術の才能があるからって、直接ご指導をして貰ったりもしている。侯爵家には、返しきれない程の恩を、受けているんだよ」
「そうだったんだ…」
「キャサリン妃殿下は、お元気にされている?」
「多分…私は下働きだから、顔を合わせる機会は殆どないわ。遠くから、庭園を歩いてらっしゃるのを、見かけるくらい」
「そうか、実はね…ここだけの話、俺の初恋は、キャサリン妃殿下なんだよ」
思わぬリッキーの告白に、マリーは驚きで目を見開いた。
「そうなの?」
「うん。まだ幼過ぎて、全然相手にされなかったんだけれどね。大人になったら、立派な騎士になるから、結婚してくださいってプロポーズもしたんだ。道端に咲いているタンポポを、直接渡した事がある」
「タンポポ?それって、雑草じゃない」
「そうなんだよ。子供の頃の俺は、雑草だとわからなかったんだ。庭園の花は、摘んではいけないでしょう?店で、花を買うだけのお金も持っていなかったからね」
リッキーは、照れ臭そうに笑っていた。
「キャサリン様は、受け取ってくれたの?」
「勿論。可愛らしいタンポポを、ありがとう。立派な騎士になってねって、言われたんだ。それで俺は、調子に乗って、翌日もタンポポを持って行こうとしたんだけれど…先輩騎士に見つかってしまって、こっぴどく叱られたよ」
「そうでしょうね。雇い主のお嬢様に、雑草を渡す騎士なんて、聞いた事がないわ」
マリーは、楽し気にクスクスと笑っている。
「そうだね。今思えば、とても恥ずかしい事だと分かるけれど、当時の俺は必至だったんだ」
マリーは、アルフレッドを、思い出していた。
大好きな婚約者の笑顔が見たくて、綺麗に咲いている薔薇の花を手折ろうとして、棘が刺さってしまった事があった。
あの時の気持ちを、思い出したのだ。
「好きな人の笑顔を、見たいと思う気持ちは、恥ずかしくなんてないよ」
あの時アルフレッドは、大慌てで医師を呼び、泣くじゃくるマルゲリーターの頭を撫でてくれていたのだ。
幼い日の、一番幸せだったころを思い出し、瞳から大粒の涙が零れてしまう。
突然泣き出してしまった理由がわからなくて、リッキーは慌てだした。
「ごめんね。泣かせるつもりで、話した訳ではないんだよ。恥ずかしくないって、言ってくれて、ありがとう。マリーは、とても優しい女性だね。幼い俺の失恋話なんて、誰が聞いても笑い話にしかならないのに」
リッキーは、ハンカチで、マリーの涙を拭っている。
「そんな、笑えないよ。だって、失恋は、凄く辛いもの」
「そうだね、とても辛いね」
リッキーは、マリーの頭をそっと撫でて、優しく慰めてくれた。
マリーは、その手の温もりに、何処か懐かしさを感じたのである。
マリーは、このリッキーと名乗る護衛騎士と面識がある事を、すっかりと忘れてしまっていた。
リッキーは、キャサリンからの依頼で、ルーカスを護るためにオルターナ公爵邸にいた事があったのだ。
ルーカスに叱られて、部屋を追い出された時に、マリーを担いで自分の部屋につれ戻された事もあった。
マリーが失恋をして悲しんでいた時も、ルーカスが不在の時に、代わりに傍で見守っていたのである。
護衛騎士をしているだけあって、大柄で一見怖そうな感じだが、とても紳士で心の優しい人物なのだ。
騎士の鏡ともいえる、人物である。
静かに、二人で夜道を歩きながら、マリーが住んでいる寮の近くまでやって来た。
「ありがとう。もう一人で帰れるよ」
「そうかい。何か困った事があれば、いつでも訪ねて来てね。俺で力になれる事があったら、何時でも手伝うから」
リッキーは、優しく微笑んで、マリーを見ていた。
「ありがとう、本当にお願いを聞いてくれるの?」
「俺に出来る事ならね」
「それじゃあ、早速だけれど、お守りを拾ってくれたお礼がしたいの」
リッキーは、思いがけない言葉に、目を丸くして考えてしまった。
「礼なんていらないけれど、そうだね。次の休みが一緒の時に、デートをして貰いたいな」
「デート?」
「うん。デート」
「それは、恋人同士がする事でしょう」
「友達デートって、いうのもあるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「わかったわ、友達デートね。何をするの?」
「一緒に食事をしたり、街をぶらぶらと歩いてみたり…そうだ!マリーは、動物は嫌いかな」
「動物って、馬の事?大きいから、ちょっと怖いわ。あまり、近付いた事がないもの」
「いいや、馬ではないよ。うさぎとか、アヒルみたいな、小さい生き物だよ」
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