好きになったり、嫌いになったり

鈴蘭

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テオドール様の気遣い

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 この日も学園から帰宅すると、テオドール様が待っておりました。
 私は、公爵邸で行われた茶会での事を聞かれるのかと身構えていたのですが、意外な事に違ったのです。
 客間に姿を現した私を見て、珍しくテオドール様が立ち上がり近付いて来ました。

 「リーゼ。怪我は、なかったか?体調はどうだ、悪くはないのか?学園へ来ていたが、誰かに何かされてはいないか」
 私に触れる事もなく、心配そうに見てくるテオドール様は、何処かいつもと様子がおかしく感じます。

 「ご心配していただき、ありがとうございます。幸いミヤが護ってくれたお蔭で、私に怪我などはありませんでした。体調も、いつもと変わらず健康です」
 「そうか、良かった。ミヤ嬢は、首に怪我をしたと聞いている。懇意にしている医者がいるから、彼を伯爵家へ連れて来た。刃物による傷跡は、そう簡単には消えないだろう。女性の首筋など、目立つ場所に怪我をさせるとは、騎士の風上にも置けない奴等だな」
 テオドール様は、本気で怒っている様です。

 「ミヤの事を心配して下さり、ありがとうございます。とても嬉しいです」
 「身を挺して主を護るとは、侍女の鏡だよな。俺からも、何か礼をしたいのだが、喜びそうな物を知っているか」
 「お言葉ですが、ミヤは何も受け取らないと思いますので、お気持ちだけ伝えておきますわ」

 テオドール様の事を、軽蔑しているものね…そんな人からの贈り物なんて、いただいても迷惑だと思い、お断りしました。
 私だって、今日の事で少しは見直したけれど、まだ気持ちの整理が付いた訳ではないのですもの。

 「そうか。ならばこれを渡そう、二人で行くといい」
 「観劇のチケットですか?凄いです、テオドール様。今、この舞台は大人気で、立見席も取れないと聞いておりますわ。ミヤと二人で行っても宜しいのですか?テオドール様は、ご覧になりたいとは、思わないのですか」

 私は、観たいと思っていた観劇のチケットを手に、嬉しい気持ちで胸が高鳴りました。
 これならミヤも、間違いなく喜ぶと思いますが、テオドール様は私と一緒に行くおつもりはないのでしょうか。

 「俺は、先週ペンタール公爵令嬢と観て来たからもういい」
 「さようですか…」
 少しだけ上がったテオドール様のお株が、急降下致しました。
 一瞬でも期待した私が、悪かったのです。
 それどころか大人気の観劇を、他の女性と二人で先に観に行った事へ、沸々と怒りが込み上げてきました。

 「誤解をするな。チケットを取ったのは、ペンタール公爵令嬢だ。俺が取ったチケットよりも、期日が先にあっただけで、リーゼを後回しにした訳ではない。流行を抑えておくのは、商人としてとても大事な事だからな。本当は、お前と一緒に行くつもりでいたんだ」
 ………やはりこの方は、人の心の内を、覗く事が出来るのではないでしょうか。

 図星を付かれた私は、訝し気にテオドール様を見上げたのですが、何か勘違いをされた様です。
 「嫉妬か?可愛いなリーゼ。心配するな、俺の心はリーゼの物だ。どんなに浮気をしても、本気になる事は絶対にない。だから、安心していいぞ」
 「さようですか…」

 やっぱり、心の内を覗けるのではなさそうですね、盛大な勘違いをされております。
 テオドール様は、勝手にソファへ座り、お茶を飲み始めました。

 「テオドール様。冷めたお茶は、美味しくはないでしょう。淹れ直しますわ」
 「構わない。冷めた茶は、冷めたなりに旨いと思う。捨ててしまっては、茶葉が出来上がるまでに携わってきた者たちへの冒涜になると、親父が言っていた」
 「さようでございますか。茶葉を作っている者たちの事にまで、考えが及びませんでしたわ。お恥ずかしいです」
 「貴族は、気にしない奴の方が多いだろう、恥ずかしがる必要はない。だがリーゼは俺の妻になるのだから、少しずつでも平民の努力を認めてくれたら、俺は嬉しいぞ」
 そう言ってテオドール様がお茶を飲んでいる姿を、私は尊敬の眼差しで見つめていたのです。

 「リーゼ。今回のドレスは、どうだった?着ている姿を見ていなかったが、きっと似合っていたのだろうな。その瞳と髪色に、とても良く映えるように仕立てたのだから」
 お顔を上げたテオドール様と視線が合って、思わず見惚れていた事に気付いてしまい、慌てて居住まいを正しました。

 「お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。お茶会の為にドレスを仕立ててくださり、ありがとうございます。とても素敵なドレスで、もう一度着たいと思っているのです。それと…どうして。どうして学園で、公爵邸でのお茶会で一緒にいたと嘘まで吐いて、私を庇ってくださったのですか」
 慌てたせいか、お礼のついでに気になっていた本音が、ポロリと口から飛び出してしまいます。

 「気に入ってくれたのなら、仕立てた甲斐があったな。あのドレスは、パニエが通常の倍になっていたんだ。シルク糸の織り方を変えて、従来の生地より軽くて薄くなっている。その分綺麗にスカートが広がる様にした、我が商会の新商品なんだ。それと、茶会へ参加したというのは、まるっきりの嘘ではないぞ。実は俺も招待を受けていてな、リーゼを驚かせてやろうと、ペンタール公爵令嬢から口止めされていた。だが、どうしても外せない商談があって、俺は茶会への参加を断ったんだ」
 「そうだったのですね…」

 ペンタール公爵令嬢が、テオドール様にまで招待状を出していたのは、知りませんでした。
 一緒に参加して下さっていたのなら、怖い思いをせずに済んだのかもしれないと思うのですが、お仕事があったのならば仕方がありません。

 「ただ…茶会の開始時間が、リーゼから聞いていた時間よりも遅くてな。胸騒ぎがしたから、商談を抜け出して公爵邸に向かったんだが、遅かった。門を潜った時に、俺の横を、物凄い勢いで伯爵家の馬車が駆け抜けて行ったのを見届けただけだった。その後は、俺も引き返してしまったから、公女とは会っていないがな」

 愉快そうに、テオドール様は笑っておりますが、私は目を見開き驚いておりました。
 あの時門が開いていたのは、テオドール様がいらしたからだったのですね、すれ違っていた事にも全く気が付きませんでした。
 そしてもうひとつ疑問に思った事を、聞いてみようと思ったのです。

 「あの…テオドール様は、学園で広がっていた噂が嘘であると、初めから気付いていたのでしょうか」
 あのお茶会での出来事をラノアたちにはお話しましたが、テオドール様には何もお話をしていないので、何があったのかは知らないと思います。

 「当たり前だろう。ペンタール公爵令嬢と違って、リーゼは淑女なんだ。見知らぬ男と遊ぶ訳があるはずない。万が一弄ばれたとしたら、堂々と学園になど来ないで、修道院にでも入ったのではないか?」
 真顔で真っ直ぐと見つめて、そう答えて下さったテオドール様の気持ちが、とても嬉しく感じました。
 「信じて下さったのですね…」
 テオドール様は、いつもの高圧的な態度ではなく、少し狼狽えている様でした。

 「こういう時は、ハンカチを差し出せば良いのだったか?抱きしめては、駄目なんだよな…悪いが俺は、我慢強くないからな、帰る。見送りは要らない。ついでに言っておくが、俺はリーゼが純潔じゃなくなっても、お前を妻にする。だから、修道院に行けるとは思うなよ」
 テオドール様は、泣き出してしまった私に、ハンカチを差し出してから帰ってしまわれました。
 一番信用出来ないと思っていた方に、疑われてもいなかったという思いと、嘘まで吐いてあの場を収めてくださった事が嬉しかったのです。

 ただ少しくらいは傍にいて、涙を拭いてくれても良いのではないかと、不満にも思うのでした。
 『俺はリーゼが純潔じゃなくなっても、お前を妻にする。だから、修道院に行けるとは思うなよ』
 最後の言葉…貴族令息ならば、絶対に言わなそうですわね。
 私の心の中で、テオドール様への気持ちが上がったり下がったりと、世話しなく動く忙しい一日になったのでした。
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