好きになったり、嫌いになったり

鈴蘭

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さもしい娘(メサラジーナ・ペンタール視点)

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 あの日、先触れもなくイブがわたくしを訪ねて来ましたのよ。
 いつもの事ですが、なんと無礼で無知なのかと、胸が高鳴りましたわ。
 気持ちよく屋敷に通してさしあげたら、家を飛び出して来たと言っておりましたの。
 
 この世に家を飛び出して来る人間が実在するなんて、おとぎ話の世界だと思っておりましたから、とても信じられませんでしたわ。
 ああ、この娘は、本当にわたくしを満足させる天才だと思いましたのよ。

 とても楽しくお話をさせていただいたので、暫く滞在出来るように、客室へ通してさしあげましたの。
 公爵邸にある普通の客室を見て大はしゃぎしたイブも、食堂で出される料理に驚いているイブも、食べ方がとても汚らしいイブも全てが新鮮ですわ。
 毎日イブを朝から晩まで観察しているのですが、とても面白い生き物だという事を再認識しましてよ。

 初めてわたくしの部屋に招き入れた時は、突然腰から崩れ落ちましたの。
 豪華絢爛過ぎて、腰が抜けたと仰っておりましたわ。
 腰が抜ける…うふふ。
 面白い表現ですこと。
 
 もうご自宅に帰る気はないらしいのですが、ご両親が心配していると問題がありますので、公爵邸で預かっている事を知らせたのですけれど…
 何故か、イブのご両親が揃って公爵邸を訪れて、金銭の要求をしてきましたのよ。

 いやらしいですわ、下品ですわ、下賤ですわ~。
 わたくしは喜んで金貨を握らせたら、それはもう、それはもう…
 思い出すだけで、大きな口を開けて、笑いたくなってしまいますのよ。
 
 それから毎日、たった一枚の金貨を貰う為に、公爵邸に夫婦揃って来る様になりましたの。
 わたくしは、まるで汚らしい野良猫に、餌付けをしている様な高揚感を抱いておりましたのに…
 お父様から、お叱りを受けてしまいましたのよ。

 下賤な平民が大嫌いなお父様は、屋敷の前に来るだけでも許せなかったご様子。
 せっかく見つけた快楽でしたのに、とても残念で仕方がありませんのよ。

 わたくしも、イブの様に家を出る勇気があったなら良かったのですけれど、所詮は籠の中の小鳥に過ぎない身の上。
 自由に大空を飛ぶ事が出来ないのですわ。

 門番に追い払われる様になってしまったイブのご両親は、何度も娘を返せと喚いておりますのよ。
 金貨を与えていた時は、イブの事など気にもしておりませんでしたのに。
 浅ましいですわ、醜いですわ、卑しいですわ~
 わたくしは、口角が自然と上がってしまいますのよ。

 イブは、公爵邸での暮らしが気に入った様で、何度ご両親が迎えに来ても帰ろうとはいたしませんでしたの。
 「イブ。また、ご両親が来ておりますわよ」
 「追い返してって、言っているじゃない。あたしは、もう家には帰らないんだから。ずっと、ここで暮らす事にしたの!」
 まあ、なんと醜い表情をするのでしょう。
 わたくしの心が、高鳴りましてよ。

 「わたくしは構いませんけれど、そろそろお父様の我慢が、限界になりそうですわ」
 「え?公爵様?我慢の限界って、何?凄いお金持ちだと思っていたのに、もしかして、あたしの生活費も出してくれない程ケチなの?」
 イブは、真顔で語っておりましたのよ。

 「お~っほほほほほほほほほ、お~っほほほほほほほほほ」
 「ちょっ、メサラジーナ様?どうしたのよ、急に大声で笑いだして、ビックリするじゃない。あたし、可笑しくなる様な事なんて、言ってないでしょう」

 愉快ですわ、痛快ですわ、先に我慢の限界が来たのはわたくしの方でしたのよ。
 「お父様が、吝嗇化りんしょくかですって?王家に次ぐ、地位と権力を持っている公爵家の当主でもあるお父様を、吝嗇化だなんて。イブは本当に、わたくしを飽きさせない娘ですわね」

 淑女にあるまじき行為に酔いしれているわたくしも、心が昂りましてよ、素敵でしてよ。
 イブと一緒にいるだけで、人生で一番楽しい時間を過ごせている気分になりましたわ、もう充分満足出来ましたのよ。

 「イブ。お父様は、下賤な平民が、大嫌いなだけですわ。毎日公爵邸の前に来て、物請いをする平民が、特に嫌いなだけですわ。決して吝嗇化ではありませんのよ」
 「りんしょくかって、何?」
 「まあ、うふふ。ケチって意味ですわよ」
 ケチ、ケチ、汚らしい言葉でしてよ。
 その様な言葉を、わたくしが口にするなど、魔法の呪文の様な響き… 
 胸が高鳴り過ぎて、貧血を起こしそうですわ。
 
 「そうだよね。あたしが此処にいるから、父さんも母さんも来るんだよね。迷惑かけちゃってごめんね、あたし帰るわ」
 残念ですわ、せっかく面白い玩具を愛でる事が出来ておりましたのに。
 「ええ。いつでも遊びにいらして、イブなら大歓迎ですわよ」
 「うん…また来るよ」

 そう言って、イブは客室に戻ると、荷物を纏めだしたのですわ。
 来た時は、何も持って来ていませんでしたのよ。
 帰る時は、両手に持ちきれない程の荷物を抱えていましたわ。
 全て公爵家の物だというのに、イブが使っていた物は、自分の物になったとでも思っているのかしら?

 本当に去り際まで清々しい程に醜いですわ、卑しいですわ、さもしいですわ~
 この娘は、わたくしを、どこまで喜ばせたら気が済むのでしょうか。
 イブの様な浅ましい友人を持てた事は、わたくしにとって最大の幸福なのかもしれませんわね。

 卑しい両親と共に歩いて行く姿が見えなくなるまで、わたくしは胸をときめかせながら見送っておりましたのよ。
 会話は聞こえませんでしたけれど、イブの持ち物を見て、争っている姿が滑稽で仕方がなかったのですもの。
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