【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

文字の大きさ
62 / 95

お別れ

しおりを挟む
 「エリー。僕が傍にいるから、落ち着いて驚かないで、聞いて欲しい」
 「はい」
 「マリーが、何者かによって連れ去られた。乗っていた馬車は、王都の外れで見つかったが…恐らく…複数の盗賊に襲われたと思われる」
 「そ…んな…お、お姉様は、無事なのですよね。護衛騎士が、付いていたのですもの。もう直ぐ、戻って来られるのですよね」
 ルーカスは、動揺を隠しきれないエレインの肩を抱き寄せた。
 「今、現場に捜索隊を向かわせたが、王家からの書状には…マリーは見つかっていないと書かれている」
 「馬車を置いて、逃げたのですね。そうですよね」
 「そうだな…今は、それを祈るしか出来ない」
 
 国王は、重罪を犯した公爵家を、表立って裁く事が出来なかった。
 国内の治安維持よりも、帝国との友好を選んだのである。
 しかし、何のお咎めも無い事には出来なかったのだ。
 近い内に公爵夫妻は、領地の視察途中で、盗賊に襲われ死亡したと報道される事になる。
 だが、その現場を見る者は、誰もいない。
 知らぬ者は報道を信じ、公爵家の不幸を嘆いてくれる事だろう、知っている者は静かに処刑されたのだと悟る事になる。
 犯した罪は、決して消える事はないと、敢えて分かり易く処置する方法を選んだのだ。
 ルーカスはこのシナリオを、エレインにきちんと伝える事が出来た。
 これは国家機密なのだから、他言は無用であり、エレインも決して口外しないと誓うのだった。

 では、マルゲリーターは、どうなったのか。
 ルーカスは、エレインに真実を話せずにいた。
 本来であれば被害者である筈なのだが、公爵家の嫡子はあくまでも二人だけ、ルーカスとエレイン以外は認めないと国王はルーカスに言ったのだ。
 つまりマルゲリーターは庶子であり、貴族牢へ入る事も許されず、アマンダと共に地下牢で処刑されると言う事になる。
 国王は、オルターナ公爵夫妻が重罪を犯すきっかけとなったマルゲリーター毎消し去る事で、今回の事件に対し終止符を打とうとしているのだ。
 これにはルーカスだけではなくアルフレッドまでもかなり難色をしめしたのだが、マルゲリーターを救うことは、終ぞ出来なかったのだった。
 せめて地下牢での処刑だけは温情を頂きたいと粘った事で、この様な結果になってしまったのである。
 ルーカスはマルゲリーターが二度と戻って来ない事を知っているだけに、エレインの心情を考えると、胸が張り裂けそうになるのであった。
 せめて愛し傍にいてあげる事が出来なくなってしまった、腹違いの妹であるマルゲリーターの分も、エレインに愛情を注ぎ支えて行こうと誓うのである。
 本来ならば公爵令嬢が攫われた時点で大騒ぎになり、捜索も大々的に行われるのだが今回は自作自演だと言う事もあり、早々に打ち切られマルゲリーターは死亡したと報道されたのだった。
 この訃報は、王宮の牢にいる公爵夫妻の耳にも届けられた。
 公爵はマルゲリーターへの温情が与えられず、地下牢での処刑ではなく王都外で処刑が行われた事に愕然とし、娘の早過ぎる人生の幕引きに立ち会う事も出来なかった愚かな親だったと嘆き悲しんだ。
 アマンダは、マルゲリーターの訃報を知らせると、何かに取り憑かれた様に泣きながら笑っていた。
 その姿は異様で、数々の罪人の首を落として来た処刑人でさえ、薄気味悪さを感じる程だったと言う。
 
 エレインは、ルーカスからマルゲリーターの訃報を知らされたが、信じる事が出来ずにいた。
 公爵邸には無残に切り裂かれた血痕の付いたドレスと、片方だけの靴にエレインとお揃いのリボンで結ばれた、ひと房の茶色い髪の毛が届いただけだった。
 乗っていた馬車は修理が不可能な程に破壊されており、荷物や金品は全て持ち去られた後だった為、残された遺品は何も無かったのだ。
 中を確認した使用人は一斉に顔を顰め、貧血を起こして倒れた者もいる。
 ルーカスはマルゲリーターの遺品を、決してエレインに見せようとはしなかったのだ。
 「お兄様、本当の事を教えてください。お姉様は、何処にいらっしゃるのですか。私にも、知る権利があります。どうして何もお話しになって下さらないのですか。お兄様」
 「すまない。不甲斐ない兄で…マリーを護ってあげる事が出来ない兄で、本当にすまない」
 「お兄様、嘘は嫌ですわ。お姉様が何処にいらっしゃるのか、本当はご存じなのでしょう。どうして、教えてくださらないのです」
 ルーカスは、悲しそうな優しい微笑みを向けているだけだった。
 それに見兼ねた執事が、エレインに声を掛けて来た。
 「エレイン様。私は、公爵家に送られて来た遺品のドレスを、この目で確認致しました。間違いなくマルゲリーター様が、ご出発される時にお召しになっていたドレスにございます。とてもお見せできる状態ではございませんでしたが、こちらは綺麗に洗いましたので、どうか形見の品としてお持ちくださいませ」
 執事は、マルゲリーターが髪に結んでいたリボンを、エレインに差し出したのだ。
 それを受け取ったエレインは、確かにマルゲリーターとお揃いで付けていた物だと理解し、その場に泣き崩れるのであった。
 ルーカスは、エレインの悲しむ姿を見たくはなかった。
 やっと三人兄妹として仲良く暮らせると思っていただけに、落胆も大きかったのである。
 泣きじゃくるエレインを抱きしめ、掛ける言葉も見つからずに、ただその場で立ち尽くしているだけで精一杯だったのだ。

 マルゲリーターの訃報を聞いたアルフレッドが、心配のあまり公爵邸に先触れもなくやって来たが、それを不快に思う者は誰もいない。
 「ルーカス、エレイン嬢。すまない、私が不甲斐なかった」
 「王族の癖に、臣下に謝罪等するな。お前は何も責任を感じる必要は無いだろう」
 「だが………お前は、私の友ではないか…それに…」
 アルフレッドは、そっとエレインの肩に手を乗せた。
 「私は其方を、悲しませたくはなかったのだよ」
 悔しいと言う表情を隠そうともせずに、アルフレッドは心の内を語るのだった。
 「殿下…お姉様は…」
 エレインは、ルーカスの胸に顔を埋めて泣いていたのだが、何かを言いたげにアルフレッドを見上げていた。
 今更マルゲリーターの、アルフレッドへの思いを伝えたところで、いったい何になると言うのだろうか。
 そう思うと、余計に涙が溢れて止まらなくなったのだ。
 『今日の話しは、絶対に二人だけの秘密だよ』
 これが、マルゲリーターと交わした、最初で最後の約束になってしまった。
 
 
 エレインの心の傷が癒える間も無く、シルベスの処刑の日取りが決まったと、ルーカスから聞かされたのはそれから間もなくの事だ。
 「無理はしなくても良いのだぞ」
 「いいえ。最後ですから、きちんと言いたい事を伝えようと思います」
 エレインは傷心のあまり学園を休んでおり、この日は久し振りの外出となった。
 ルーカスと共に訪れた貴族牢は、思っていたよりも広く清潔な場所で、整備された庭では季節の花が咲き誇っている。
 出入り口に警備騎士が立っており、鉄格子を潜ると各個室が並んであった。
 案内された部屋に入るとシルベスに枷は付けられてなく、窓越しに庭園が眺められ、出入りも自由に出来る様だ。
 その窓から見える庭が、檻で囲まれていなければ、何処かの屋敷の一室にいる様な錯覚に襲われる。
 エレインは、真っ直ぐにシルベスを見つめていた。
 「お父様。私は、貴方を恨んではおりません。ただお姉様だけではなく、お父様まで失ってしまう事に、深い悲しみを感じております。もしも願いが叶うのであれば…私は、お兄様とお姉様と一緒に、お父様とも親睦を深めたかった。家族として、暮らしたかったと、思っております。この様な結果になってしまった事が、とても残念です」
 「エレイン、ありがとう。会いに来てくれた事、心から嬉しく思う。父親らしい事を何もしてあげられず、すまなかった。どうか、ルーカスと共に、幸せになって欲しい。不甲斐ない父親だが、お前たちの幸福を、心から願っている」
 最後にエレインは、父親と最初で最後の抱擁を交わし、貴族牢を後にした。
 翌朝シルベスは抵抗をする事もなく毒杯を呷った事で、公爵夫妻が事故死したと公表されたのだった。
 オルターナ公爵家は、マルゲリーターに続き公爵夫妻の葬儀も、ルーカスとエレインだけで執り行った。
 しかし遺体はなく、空の棺だけが埋葬された。
 罪人は、先祖代々の墓に入る事さえ許されないのだ。
 アマンダはシルベスが処刑された後は放置され、一日一度の食事どころか水を持って来る者もいなくなった。
 喉の渇きと飢えに苦しみながら、王宮の地下牢でこの世を去る事になるのだが、その最後を誰にも知られる事はなかったのである。
しおりを挟む
感想 365

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】私は本気の恋だった

キムラましゅろう
恋愛
ミルチアは語って聞かせる。 かつて身をやつした最初で最後の恋の話を。 はじめて愛した人は、嘘偽りで塗り固められた人。 騙されていたと知ったとき、ミルチアは全てを捧げ、そして全てを捨てて逃げ出した。 だけど嘘から出た誠とはよくいったもの。ミルチアは偽りの関係からかけがえのないものを得る。 そうしてミルチアは流れ着いた港町にて一人で子を生み育てていた。 このまま親子二人で穏やかに暮らせていけたらと、そんなささやかな望みを抱くことも許されないのだろうか。 なぜ探したのか、どうして会いにきたのか。 もう二度とその双眸を見ることはないと思っていたのに……。 ミルチアが綴る恋の物語に、あなたも耳を傾けてみませんか。 小説家になろうで開催された、氷雨そら先生主催のシークレットベビー企画参加作品です。 (すでに期間は終了しております) 誤字脱字……( *ˊꇴˋ)ゴメンネ! すでに完結している作品ですが、感想欄の管理のために数話ずつ投稿します。 だいたい1回の投稿につき5話ずつくらいです。 よろしくお願いいたします🙏✨ 今回もプロローグと最終話に感想欄を解放します(。uωu))ペコリ💕

婚約が白紙になりました。あとは自由に生きていきます~攻略対象たちの様子が何やらおかしいですが、悪役令嬢には無関係です~

Na20
恋愛
乙女ゲーム"この花束を君に"、通称『ハナキミ』の世界に転生してしまった。 しかも悪役令嬢に。 シナリオどおりヒロインをいじめて、断罪からのラスボス化なんてお断り! 私は自由に生きていきます。 ※この作品は以前投稿した『空気にされた青の令嬢は、自由を志す』を加筆・修正したものになります。以前の作品は投稿始め次第、取り下げ予定です。 ※改稿でき次第投稿するので、不定期更新になります。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...