あした僕は鬼になる

高谷 ゆうと

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告白

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 遼一と別れた後、僕は思い立って図書館に足を運んだ。そこなら一年前の新聞が置いてあると思ったからだ。
 平日の、閉館間際の館内は閑散としていて、どこか哀愁までをも感じさせた。 
 少しだけ息を切らして入っていった僕は、カウンターにいた司書のおばさんにチラリと見られたが、かまわずにお目当ての場所へと足早に歩いていった。 
 カウンターのほぼ正面にある、新聞のコーナーだ。
 当日分の新聞がぶら下がっているその下にある引き出しを開けると、中には過去の新聞が束になって入っていた。年月日毎に、紐でくくられている。見易いようにと、日付が書いてあるインデックスが新聞と新聞の間から顔を出していたが、一番古いもので、半年前の月の新聞しか無かった。
 僕は、落胆のため息をつきながら、静かに古新聞を元の場所に戻した。 
 ほとんど毎日のように発行されている新聞を、それも数種類の物を半年分も保管している方が凄い。 
 単純に計算して、一社の半年分の新聞が百八十部。それが六社分もあるから、千部と少しの量の新聞が、この棚にあるのだ。 
 そのおよそ倍の量など、この図書館の規模では置くのが難しいのだろうなと、僕は考えた。 
 閉館を促す音楽が小さく流れ始めたので、慌てて外に出る。何の収穫も無かった為か、石段を降りる足取りが少し重たく感じた。

 僕は家に戻ってから、インターネットで事件の事を検索すればいいのだと気付いた。便利な世の中だと、普段考えもしないことを考えて、パソコンを開いた。 
 ベッドに寝転がって、インターネットサイトにアクセスする。家で購読している新聞のサイトだ。 
 ここならきっと、事件の事が書いてあるはずだ。データなら、図書館の新聞のようにかさばることも無いだろう。 
 僕は「ニュース検索」という項目を見つけて、そこに事件のキーワードを打ち込んでいった。 
 検索候補の中に、二ヶ月前に終えた、自分が行った修学旅行の情報が載っているのにどきりとする。やましいというか、嬉しい気持ちになった。
「K市少年殺害」などと、恐ろしい単語が、パソコンの予測辞書に登録された後、画面が変わって、一件のニュースが表示された。 
 僕はドキリとして、唾を飲み込み、それをクリックした。すると、画面に出てきたのは新聞記事を模したような文章だった。



 10日午前2時15分頃、H県K市N町「JR」K駅前通りのスナック「とみ」前で、上半身裸の血まみれの男性が倒れているのを通行人が見つけ110番した。県警K署によると、倒れていたのは同市内にすむ高校生・磯賢治さん(16)で、発見された時にはすでに死亡していた。磯さんの右脇腹と左胸部の数ヶ所に刺し傷があり、顔などにも殴られたような跡があった事から、同署は磯さんがトラブルに巻き込まれて殺害されたと判断し、殺人容疑で犯人の行方を追っている。発表によると、磯さんの遺体の近くには、磯さんの血がついた使い捨てのライターが落ちていたため、同署はこれが犯人の物であるという可能性も視野に入れ、持ち主を捜索している。現場は駅前の大通りから路地裏に入った所にある風俗店の前で、人通りが極端に少なく目撃者もいないことから、同署は目撃証言の提供を呼び掛けている。関係者によると、磯さんは市内の公立高校に通う一年生で、この日磯さんは友人達と深夜まで飲食店に居たらしく、その帰り道に事件に巻き込まれたものと見ている。



「これだ……」
 僕は思わず呟いていた。独り言を言うのは久し振りだ。 
 遠くで救急車のサイレンが響いているのを聞きながら、僕はその記事が書いてあるページをブックマークして保存しておいた。 
 この現場を、遼一は通ったのだ。そして倒れていた少年に助けを乞われたが、怖くなって逃げ出した。 
 そこで少年を助けていれば、もしかすると彼は死なずにすんだかもしれないと、遼一は怯えているのだろう。 
 ――少年は、俺が殺した。 
 もしかすると、遼一はそう思っているかもしれない。だから、独りで抱え込んでいるのがついに堪え切れなくなって、僕に打ち明けたのだ。
 今頃、遼一は落胆しているだろう。 
 せっかく勇気を出して告白したのに、僕が何も言ってやれなかったからだ。
 それでも遼一は、笑ってくれた。ありきたりで陳腐な僕の励ましに、笑ってくれた。
 あの微笑は、良い方に捉えていいのだろうか。 
 僕は、少しでも彼を安堵させる事が出来たのだろうか。 
 分からない。それは、本人に聞いてみないと分からないことだ。
 明日、学校で会ったら、それとなく聞いてみよう。もう大丈夫かといった類いの事を尋ねてみようと、僕は思ったのだった。 


 家の電話が鳴ったのは、僕がテレビを見ながらポテトチップスをつまんでいる時だった。 
「康介、出てちょうだい」と、キッチンから母さんの声が飛んできたものだから、僕はノロノロと立ち上がってリビングの隅に置いてある電話台に向かった。
「もしもし……」
「あ、康介君?」
 受話器の向こうから、聞いたことのある声が聞こえてきたが、それが誰なのかすぐには分からなかった。
「こんばんは、遼一の母です」
「あ、こんばんは」
 そう言われて思い出した。遼一の家を訪ねた時に何度か会った事がある。彼女特製のパウンドケーキは、僕のお気に入りの食べ物のうちのひとつだ。
 その人が、ウチに何の用なんだろう。 
 そう思いながら、僕はおばさんの次の言葉を待った。
「遼一、康介君のお宅にお邪魔してないかな」
 唐突に本題に入ったおばさんの声は、ひどくしんみりとしていた。こんなことを聞くのは何だかとても申し訳ないと思っているかのようだった。
「いえ。今日は、学校の帰り道で別れたきり、会ってません」
 実際に申し訳なく思ったのは、僕の方だった。きっとおばさんは、遼一と一番仲の良い僕なら、まだ帰ってこない彼の行方を知っていると思ったのだろう。 
 その考えは、間違ってなどいない。だけど、運が悪いと言うべきか、遼一は僕のそばにいないから、僕はおばさんが期待しているような答えは言えない。 
 それが、いたたまれなく感じたのだ。
「ごめんなさいね、夜晩遅くに。もしかしたら康介君と一緒にいるんじゃないかって思ったんだけど……」
「いえ、こちらこそ役に立てなくてすみません。僕も、ちょっと探してみます」
「康介君、わざわざいいのよ!」
 おばさんは慌てたように言ったが、僕は引き下がらなかった。 
「探します」の一点張りで、ようやく「じゃあ、お願いね」とおばさんが折れたのを確認してから、電話を切った。 
 僕はどちらかと言えば、消極的な性格だけど、今は親友が行方不明なのだ。そんな大変な事態に陥っているのに、いいのよと言われて、はいそうですかと引き下がるなんてことは、とても出来なかった。
 受話器を置いた後、僕は大急ぎで部屋にジャンパーと携帯電話を取りに行った。
 その後、一階に戻った僕は何事かとキッチンから出てきた母さんにぶつかりそうになった。 
「うわわ!」
「どうしたの?」
 後ろに転びかけた僕の腕を引っ張りながら、母さんが問うてきた。 
「遼一がまだ帰っていないらしくて、探しに行ってくる。ポテトチップス食べないでよ!」
 僕は早口でそう言った後、母さんの返事を待たずに、短距離走世界新記録が出そうな勢いで外に飛び出したのだった。

 自転車にまたがり、住宅街を走り抜けながら、どうしたものかと僕は考えていた。遼一が一人でもふらふらと行きそうな所を想像してみる。 
 ゲームセンター、コンビニ、古本屋。 
 普通の書店には近寄らないくせに、あいつは古本屋には行くのだ。 
 頭の中で挙げてみた場所の共通点は、比較的長い時間暇潰しが出来る所。可能性は低いが、バッティングセンターも候補に入れておこう。 
 市内に点在しているそれらの店だが、あまり遠い所には行かないだろう。 
 以前僕達が、ゲームソフトを買おうとした時、どこにも売っていなくて、行く店の候補が町のはずれにある古本屋だけとなった時、遼一は「だりい」の一言で諦めてしまったことがある。
 それほどに、彼は徒歩や自転車のみでの遠出を嫌っているというのが、遼一は近くにいるかもしれないと思った理由だ。
 僕は思い当たる全ての店を、一時間近くかけて回ってみたけれど、遼一はどこにもいなかった。
 探し始めた当初は、どこかにいるだろうと期待していたけれど訪ねる店が減っていくにつれ、その気持ちもしぼんでいった。 
 最後の店から出た後、僕に恥をかかせた遼一をちょっと恨んだ。店員に遼一の特徴を伝え、「来てないですか」と聞き回ったのに、返ってくる答えといえば「そのようなお客様は、見ておりません」の一本調子だ。
 まるで台本か何かがあって、みんなそれを読んでいるかのような、わざとらしい口調だった。
 仕事帰りの人々や、遊び盛りの若者達で溢れかえる街中で、途方に暮れていた僕は、しばらくの間、鳴り響いている自分の携帯電話の音に気付かなかった。 
 なんかかすかに聞いたことのある音がするなと思っていたら、自分のポケットの中から聞こえていたのだ。 
 慌てて携帯電話を取り出してみると、母からの電話だった。 
 こんな時に何なんだよと思いながらも、僕は通話ボタンを押した。
「もしも……」
「康介!すぐに戻ってきなさい。……いえ、あんた自転車で出掛けたんなら、急いで市民病院に向かいなさい!」
 暢気な声の僕とは違って、母さんの声はまるで慌てふためいているような様子だった。
 母さんが何でそんなに慌てているのかを聞こうとしたら、電話が切れてしまった。僕の方からかけ直そうかと思ったけれど、やめにした。 
 心の中で、「母さん、慌てすぎだよ」と言ってみるその反面、どうしてそんな状況に陥ったのか、何となく予想が出来たからだ。 
 僕は、遼一の行方を探すために外に出てきた。 
 それは、母さんだって知っている。
 そんな中で、母さんが僕に電話をかけてきたとなると、理由はひとつしかない。 
 遼一の身に、何かがあったのだ。病院に駆けつけなければいけないような、何かが起こったのだ。 
 喘息の発作が酷くなったとか、突然血を吐いて倒れたとかいう事情ではないはずだ。遼一は至って健康だった。 
 彼が病院に運ばれた原因は、事故にあったか、事件に巻き込まれたか、だろう。
 僕は、焦る気持ちを抑えながら自転車を精一杯のスピードで走らせた。 
 信号など、気にもせずに走った。 
 どうか、遼一の怪我が軽いものでありますように。命に別状がありませんように。 
 信じてもいない神様に向かって、僕はそう願った。願うことしか、僕には出来なかった。

 病院には、十五分ほどで到着した。駐輪場に自転車を停めて、前につんのめりそうになりながら病院の中に入っていく。
 どこに行けばいいのだろう。 
 そう思った僕は、エレベーターの近くの壁に貼ってある案内板を見つけ、そこに駆け寄った。 
 案内板を見上げると、外来受付は二階となっている。 
 多分、遼一はそこにいる。
 所詮は僕の勘でしかなかったが、それ以外は何も考えずに、階段を駆け上がって二階に向かった。 
 階段の踊り場にある非常口も兼ねた重い扉をそっと開けると、左右に廊下が通っていた。 薄暗く、数部屋おきに並んでいる黒いソファーが、少し不気味に見える。 
 そのソファーのひとつに、見覚えのある人が座っていた。 
 遼一のお母さんだ。 
 僕は息を切らしながら、その人の近くまで歩いていった。 
「おばさん、こんばんは」
 こんな状況に似つかわしくない、のんきな挨拶だと思ったが、それ以外に言葉は見つからなかった。
「康介君」
 おばさんは顔を上げると、弱々しく微笑んでそう言った。無理に笑っているのがバレバレだ。 
 ずきんと、僕の胸が痛んだ。 
「おばさん、遼一は……」
 そう言って僕はおばさんの真向かいにある部屋を見つめた。 
「ええ。その中にいるわ」
 僕の視線に気付いたおばさんは、そう言った。 
「てっきり康介君と一緒にいると思ってたんだけどね。康介君に電話した後、警察から電話があったの。遼一がトラックに轢かれたって」
「轢かれた!?」
 僕は驚いて聞き返した。心の片隅にあった嫌な想像が現実となって僕を襲う。
「ええ」
 うなずくおばさんの瞳に、涙が滲んだ。 
「遼一が何したっていうのよ。どうして遼一が、痛い思いをしなきゃいけないのよ……」
 おばさんの口から、嗚咽がもれる。僕は何も言えなかった。
 遼一が、轢かれた。 
 その事実を、受け入れられない自分がいる。 
 目の前の、決して立ち入る事の出来ない部屋に遼一がいて、治療を受けているというのに、その光景を身近な出来事なのだとは容易く思えなかった。
「ごめんなさい、康介君。まだ、話の途中だったわね」
 おばさんが涙を吹きながら僕の顔を見てきた。 
「……遼一は、どういう状況で、轢かれたんですか?」
 おばさんにとって、酷な質問をしているのは分かっていた。だが、僕はどうしても知りたかったのだ。
「警察の方から聞いた話では、遼一は康介君と遼一が通っている学校の近くの公園に面した小さな交差点で倒れていたの。公園の茂みにまでで、たくさんの血痕が見つかったらしくて、どうやら遼一は一旦停止をしないまま道路に飛び出して、そこをたまたま通りがかったトラックにはね飛ばされたらしいの。……トラックの運転手さんは必死で遼一を介抱してくれたらしいんだけど、今も、意識はまだ戻っていないわ。」
 おばさんはそこで一旦言葉を詰まらせた後、押し絞るように続けた。
「だけどね、運転手さんの話によれば、遼一は後ろ向きに飛び出してきたらしいの。普通、道に飛び出すときって飛び出すほうに体は向いているはずよね。そう、まるで誰かに突き飛ばされたように見えたって言ってたらしいわ。……運転手さんの言い訳かもしれないけど、いくら嘘でもそんなわけのわからない嘘はつかないわよね」
 人に聞いておいて、またしても僕は何も言えなかった。おばさんもきっと、僕に言葉は期待していないのだろう。 
 それ以上は何も言わなかった。ただ、「康介君、せっかく来てもらって悪いんだけど、今日は私達だけにしてほしいの。ほんとにごめんなさい」と、しばらくしてから言われて、僕はその場を立ち去るしかなかった。 

 家に戻るまで、僕はきっと何も考えていなかったんだと思う。 
 何も覚えていない。
 気がついたら、真っ暗な自分の部屋の天井を見ていた。 


 遼一が死んだのは、それから二日後の事だった。
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