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闇路の星
Your first bite in another world
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つむぎは、初めて見る異世界の街並みを見ながら、驚きと珍しさのあまり、ため息をもらした。石造りの城壁や煉瓦の家屋、大通りを行き交う馬や人々は、丸ごとファンタジーの世界から飛び出してきたみたいだ。ごった返す人混みの中でカサブランカとはぐれないように、つむぎは頑張って鬱金色に輝く髪を追った。
「こっちよ」
カサブランカはつむぎの服の袖を掴みながら、花を売っている市の前で左に曲がった。途端に人通りが途絶えて静かになる。久しぶりに訪れた静寂に、つむぎは内心ほっと息をついた。前をずんずんと歩いていくカサブランカについていきながら、つむぎは辺りを見回した。洗濯物が路地に渡って干してあったり、煙突からパンの香りのする煙が出たりしている。ただそれだけのことなのに、ここは異世界なのだと強く実感した。
「どこに行くんですか?」
つむぎは行先が気になって、カサブランカにたずねた。
「良いところよ。たぶん、あなたがこの街で暮らしていけるように手配してくれると思う。ただ、そこのおばあさんがかなりの曲者だから、顔合わせをしたあとで私が掛け合ってみるわ。だから、心配しないで」
カサブランカが微笑む。
「ありがとうございます」
つむぎは思わず笑顔になった。ただただカサブランカの善意が嬉しかったのだ。
そしてしばらく歩いた頃、目の前に宿屋のような建物が見えてきた。三階建てくらいだろうか。何にしろ、大きいのは間違いない。つむぎは目を見張った。
「ここって、宿屋ですか?」
「まぁ、そんなところね。さ、行きましょ」
宿屋の一階は、食堂のような場所になっていた。見慣れない服装に身を包んだ人々が、酒を交わしたり、笑い合ったりしている。にぎやかな場所だ。しかし、カサブランカはその奥にある裏口のような扉へと進んでいく。つむぎは早足でカサブランカを追いかけた。
にぎわっていた食堂を出ると、急に周囲から音がなくなった。静かな空間に、長い廊下が現れる。通路の端には、陶器の花瓶に生けられた花たちが楽しそうに咲いていた。次々と現れる初めて見る場所に、つむぎがきょろきょろとしていると、カサブランカが振り返った。
「すごくにぎやかですね」
つむぎはしみじみと言った。
「うるさいでしょう?慣れてね」
カサブランカが苦笑する。つむぎはうなずいた。
「だいたいここにいるんだけれど」
そう言いながら、カサブランカは脇にある扉をノックした。答えが返ってくる前に、扉を開ける。
「ベラディナさん、いる?カサブランカよ」
「何だい?今は忙しいんだ、あとにしてくれ」
そんな言葉も気にせずに、カサブランカは中へと入った。おずおずとつむぎも中へと入った。赤いビロードで作られたように見える家具や、艶のある机などは、この宿屋の裕福さを思わせる。
「おや、新入りかい?」
ベラディナと呼ばれた老女は、キセルを吸いながら顔を上げた。そこからたゆたってくる煙の匂いがきつい。鼻をつまみたいのを我慢しながら、つむぎはうなずいた。
「ツムギって言うの。身寄りがないみたいだから、ここに連れてきたわ」
カサブランカが説明してくれた。ベラディナは品定めするようにつむぎを見た。
「ふーん、お前さんがね」
その様子を見て、カサブランカはため息をついた。
「ごめん。やっぱり長くなりそうだから、隣の部屋で待っててくれる?大丈夫、そんなに時間はかからないと思うから」
つむぎはうなずいて、ベラディナの顔色をうかがいながら、そっと部屋を出た。こんな空間にずっといたら、息がつまってしまう。つむぎは急いで扉を閉め、言われた通りに隣の部屋へと向かおうとした。しかし、ふと話の内容が気になる自分がいることに気がついた。この世界のことを少しは理解できるかもしれない。
つむぎは扉の前で足踏みを何度かしたあと、扉に耳をくっつけた。二人の声が聞こえてくる。
「…いいでしょ?少し変なところはあるけど、目と髪の色は珍しい方だし。それに、素直だから、すぐに客を取れるようになるわよ」
「仕方ないねぇ。銀貨一枚に負けてやるよ」
「本気で言ってるの?そんなんじゃ、滋養に良い野菜が買えないわ。せめて‥」
つむぎは扉から耳を離した。広い廊下に、自分の心臓の音だけが響いているような気がした。
裏切られた。あの子と同じように。あんなに陽気で優しそうだったのに、本当は自分を売り飛ばそうとしていたのだ。そのことが衝撃だった。結局はスケールが違うだけで、異世界も元の世界も変わらないのだ。
いや、悲嘆に暮れている場合じゃない。つむぎはおぼつかない足に鞭を打ちながら立ち上がった。早く逃げなければ。今のうちなら、表から外に出られる。
しかし、そこに花瓶があったことが思わぬ不幸を招いた。よろよろとした足取りのまま歩いていたせいで、靴が花瓶に当たってしまったのだ。まずいと思ったときはもう遅かった。キーンという高い音が廊下中に響いた。
「誰だい?」
扉が勢いよく開いた。ベラディナとカサブランカが出てくる。見つかってしまった。もう何も言っていられない。つむぎは入ってきた裏口に向かって、力の限り走った。
「こっちよ」
カサブランカはつむぎの服の袖を掴みながら、花を売っている市の前で左に曲がった。途端に人通りが途絶えて静かになる。久しぶりに訪れた静寂に、つむぎは内心ほっと息をついた。前をずんずんと歩いていくカサブランカについていきながら、つむぎは辺りを見回した。洗濯物が路地に渡って干してあったり、煙突からパンの香りのする煙が出たりしている。ただそれだけのことなのに、ここは異世界なのだと強く実感した。
「どこに行くんですか?」
つむぎは行先が気になって、カサブランカにたずねた。
「良いところよ。たぶん、あなたがこの街で暮らしていけるように手配してくれると思う。ただ、そこのおばあさんがかなりの曲者だから、顔合わせをしたあとで私が掛け合ってみるわ。だから、心配しないで」
カサブランカが微笑む。
「ありがとうございます」
つむぎは思わず笑顔になった。ただただカサブランカの善意が嬉しかったのだ。
そしてしばらく歩いた頃、目の前に宿屋のような建物が見えてきた。三階建てくらいだろうか。何にしろ、大きいのは間違いない。つむぎは目を見張った。
「ここって、宿屋ですか?」
「まぁ、そんなところね。さ、行きましょ」
宿屋の一階は、食堂のような場所になっていた。見慣れない服装に身を包んだ人々が、酒を交わしたり、笑い合ったりしている。にぎやかな場所だ。しかし、カサブランカはその奥にある裏口のような扉へと進んでいく。つむぎは早足でカサブランカを追いかけた。
にぎわっていた食堂を出ると、急に周囲から音がなくなった。静かな空間に、長い廊下が現れる。通路の端には、陶器の花瓶に生けられた花たちが楽しそうに咲いていた。次々と現れる初めて見る場所に、つむぎがきょろきょろとしていると、カサブランカが振り返った。
「すごくにぎやかですね」
つむぎはしみじみと言った。
「うるさいでしょう?慣れてね」
カサブランカが苦笑する。つむぎはうなずいた。
「だいたいここにいるんだけれど」
そう言いながら、カサブランカは脇にある扉をノックした。答えが返ってくる前に、扉を開ける。
「ベラディナさん、いる?カサブランカよ」
「何だい?今は忙しいんだ、あとにしてくれ」
そんな言葉も気にせずに、カサブランカは中へと入った。おずおずとつむぎも中へと入った。赤いビロードで作られたように見える家具や、艶のある机などは、この宿屋の裕福さを思わせる。
「おや、新入りかい?」
ベラディナと呼ばれた老女は、キセルを吸いながら顔を上げた。そこからたゆたってくる煙の匂いがきつい。鼻をつまみたいのを我慢しながら、つむぎはうなずいた。
「ツムギって言うの。身寄りがないみたいだから、ここに連れてきたわ」
カサブランカが説明してくれた。ベラディナは品定めするようにつむぎを見た。
「ふーん、お前さんがね」
その様子を見て、カサブランカはため息をついた。
「ごめん。やっぱり長くなりそうだから、隣の部屋で待っててくれる?大丈夫、そんなに時間はかからないと思うから」
つむぎはうなずいて、ベラディナの顔色をうかがいながら、そっと部屋を出た。こんな空間にずっといたら、息がつまってしまう。つむぎは急いで扉を閉め、言われた通りに隣の部屋へと向かおうとした。しかし、ふと話の内容が気になる自分がいることに気がついた。この世界のことを少しは理解できるかもしれない。
つむぎは扉の前で足踏みを何度かしたあと、扉に耳をくっつけた。二人の声が聞こえてくる。
「…いいでしょ?少し変なところはあるけど、目と髪の色は珍しい方だし。それに、素直だから、すぐに客を取れるようになるわよ」
「仕方ないねぇ。銀貨一枚に負けてやるよ」
「本気で言ってるの?そんなんじゃ、滋養に良い野菜が買えないわ。せめて‥」
つむぎは扉から耳を離した。広い廊下に、自分の心臓の音だけが響いているような気がした。
裏切られた。あの子と同じように。あんなに陽気で優しそうだったのに、本当は自分を売り飛ばそうとしていたのだ。そのことが衝撃だった。結局はスケールが違うだけで、異世界も元の世界も変わらないのだ。
いや、悲嘆に暮れている場合じゃない。つむぎはおぼつかない足に鞭を打ちながら立ち上がった。早く逃げなければ。今のうちなら、表から外に出られる。
しかし、そこに花瓶があったことが思わぬ不幸を招いた。よろよろとした足取りのまま歩いていたせいで、靴が花瓶に当たってしまったのだ。まずいと思ったときはもう遅かった。キーンという高い音が廊下中に響いた。
「誰だい?」
扉が勢いよく開いた。ベラディナとカサブランカが出てくる。見つかってしまった。もう何も言っていられない。つむぎは入ってきた裏口に向かって、力の限り走った。
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