星紡ぎのファンタジア

夕凪

文字の大きさ
4 / 20
闇路の星

Magic mirror

しおりを挟む
「馬鹿だねぇ」
 そんな言葉が後ろで聞こえた瞬間、つむぎは立ち止まった。立ち止まるしかなかったのだ。目の前に粘土のようなものでできた人形が二体も現れたからだ。頑丈そうな体だけでも厄介なのに、剣も携えている。じりじりとつむぎは後ずさった。どうしよう?つむぎは麻痺した脳を働かせた。やられてしまうのも時間の問題だ。なら、とにかく長引かせよう。
「どうして、裏切ったんですか?」
 つむぎは作戦半分、本心半分でカサブランカにたずねた。無表情のまま、カサブランカは口を開いた。
「あなた、たぶん何も知らないわよね?貧しさも、どんどん姉妹たちが死んでいく辛さも、冬の寒さも。そんな中、家族を守るために金を稼ごうとすることの、何が悪いの?答えられるなら答えてちょうだい」
「お前さん、ずいぶん役者だねぇ。さっきまで友達みたいな面をしてたのに。うちに来ないかい?」
「申し訳ないけど、無理。私、二つくらい掛け持ちで働いてるの。新しく入れる余裕はないのよ」
 そんな会話を聞きながら、つむぎは俯いた。カサブランカの言葉や行動を否定できないのが辛かった。自分も同じ状況に置かれたら、彼女のようなことをしてしまうかもしれない。そんな自分も嫌だった。
「ってことで、おとなしく降参して。見苦しい人、私嫌いなの」
 そっけなくカサブランカが言う。つむぎはゆっくりと首を振った。光と闇の区別はともかく、今は自分の自由を奪われたくなかった。
「ごめんなさい。私‥、あれ、何?」
 つむぎは窓の外を見て、はっとした。いや、そんなふりをした。ベラディナの「役者」という言葉を聞いて思いついた、即興の作戦だ。前を塞いでいる粘土人形たちは引っかからなかったが、ベラディナとカサブランカは同時に窓の外を見た。今だ。つむぎは、前へと全力で走った。
 彼女たちの顔を見ているひまはなかった。つむぎは、正面にある大きな扉に、走ってきた勢いを生かして体当たりをかました。きしみながら扉が開き、そして閉まる。急いでつむぎはその隙間に入った。これで少しは、扉を開ける時間という余裕ができただろう。
 そこは、倉庫のような場所だった。さんさんと横の窓から光が入ってきている。あそこから出られそうだ。つむぎは、手近な箱から手鏡を取り出して窓に叩きつけようとした。硬そうな金属で作られていたからだ。
 したのに、その計画が狂ってしまった。
〔困るな。その程度では傷つかないとはいえ、私の体を叩きつけようとするのはあんまり嬉しくないね〕
「え?」
 振り上げたところで、つむぎは固まってしまった。頭の中に響いてきた声のありかを思わず見てしまう。
〔これは失礼。私は魔法の鏡だよ。よろしくね。君は?〕
「つむぎ‥」
 こんなことをしている場合じゃない、追いつかれるぞ。理性の声が聞こえた。その通りだ。つむぎは驚愕を振り払って、窓に手鏡を振り下ろした。パリンと悲鳴のような音を立てて、窓が壊れる。
〔あーあ〕
 そんな声を頭の外に振り払って、つむぎは窓から外に出た。手鏡を置いていくか迷ったが、持っていくことにした。何かの役に立つかもしれないし、売れるかもしれない。平和そうに見える中庭に、つむぎは走っていった。この建物の造りからして、そろそろ表に出るはずだ。
「やっぱり、あなたは単純ね」
 その声に、つむぎは顔を上げた。数メートル先に、ベラディナとカサブランカが立っていた。なぜ、自分の位置がわかったのだろうか?びっくりしてつむぎは立ち止まった。
〔簡単だよ。逃げるといっても、君が知ってる出口は一つしかないんだ。他に行く可能性は低い。つまり、そこで待ち伏せしてればいいんだよ。そのくらい誰でもわかる〕
 手鏡が呆れたように言う。知ったような口ぶりに少し苛立ってしまったが、確かにその通りだ。
「ベラディナさん、あとはよろしくね。子羊ちゃんをいたぶるのを観戦させてもらうわ」
「生意気な娘っ子だね」
 そんな言葉と共に、どこからか粘土人形が四体も現れた。長い刃渡りのある剣を構えながら、少しずつ、つむぎに詰め寄ってくる。つむぎは相手の様子をうかがった。そうだ、隙間がある。走って抜けられないだろうか。
〔君にできると。剣を持ってる相手に通用すると思うのかい?倒すのが手っ取り早いよ〕
 うるさい。わずらわしい。しかし事実なのが、余計腹が立つ理由の一つだ。そういえば、二人には聞こえていないようだ。しかも、自分の思考を読んでいる。一体この鏡は何なんだ。魔法の鏡と言われたって…。
 ずれかけた思考を戻す。どうやって、粘土人形を倒そうか?このままだと行き止まりだ。手鏡を投げつける?それも良いかもしれない。隙を作ればなんとかなるかも。
〔君の目には、あの長剣が見えないみたいだね。一体の隙を作ったって、他の奴らの長剣で刺されちゃうよ〕
 じゃあ、どうすればいいんだ?私には倒す方法なんてないんだ。つむぎは怒鳴りたくなってしまうのをこらえた。もうすぐで路地の行き止まりに靴が当たってしまう。
〔君、人間でしょ?ちょっとした魔法くらいなら使えるはずなんだけどな‥。機転は効くみたいだし、それでなんとかやってみなよ〕
 魔法?どうすればいいの?もう下がる場所がないんだ、早く教えてくれ。
〔りょうかーい。まず、集中して。手を前にかざして〕
 つむぎは言われた通りに、手を前にかざした。よくわからないが、集中する。
「お前さん、魔法を使えたのかい?」
 少し驚いたように遠くのベラディナが言った。私にもわかりません。答えたいところだったが、集中しなければいけないので難しい。結果的に黙り込む形になってしまった。
「使えないはずよ。この国のことすら知らなかったもの」
 カサブランカが代わりに答えた。ひどくぶっきらぼうなのが、悲しかった。裏切られたとは言え、最初は友達だと思っていたのに。
〔会話に気をとられなーい。集中!〕
 手鏡の声に、つむぎは慌ててうなずいた。手をかざし続ける。するとふいに、足が痺れたときのような、熱くぴりぴりとした感覚が指に流れ込んできた。
〔それ、魔力。粘土人形にバーンってやってみるイメージでぶつけてみて〕
 つむぎは、その言葉に従った。すでに目の前まで進んできている、粘土の兵士たちにそれをぶつける。黒と銀の色をした閃光が微かに走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...