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闇路の星
Magic of strings
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瞬きをする間もなく、それは起きた。
〔糸を操る魔法か。応用が効くし、悪くないんじゃない〕
鏡が満足げに言った。つむぎはといえば、わずかな閃光とともに、自分の手から現れた銀色の糸にびっくりしていた。これが魔法なのか。言葉で表現するのは難しいが、強いて言うならストレッチをしているような感覚だ。魔法を警戒して立ち止まった粘土人形たちに、つむぎはとりあえず糸を絡めてみることにした。あやとりのようなイメージで、くるくると指を回してみる。
思った通りに糸たちは働いてくれ、粘土人形たちの手足を絡め取った。しかし、長くは持たないだろうとつむぎは思った。硬い糸を一応イメージはしたが、所詮は糸だ。この隙に逃げるのが一番良いだろう。つむぎは、彼らの脇をすり抜けて走り出した。
そのとき、後ろで粘土人形たちが消えた。と思ったら、目の前にまたまた彼らが現れていた。しかも五体と、さらに増えている。さっきまでのように猶予は与えてくれなかった。こちらに向かってくる五本の剣から、つむぎは退いた。緊張で胸の鼓動が早くなる。
〔そうそう、つむぎ、召喚系の魔法は召喚者を叩かなきゃ終わらないよ。それか、召喚者の間合いから離れないと〕
鏡がのんびりと言う。つむぎは微かにうなずいた。この鏡の言うことは、もう素直に飲み込もう。つむぎは粘土人形たちの隙間から見える、ベラディナの様子をうかがった。長剣は狭い路地で使うのには向いていないようで、がちゃがちゃと粘土人形同士でぶつかってくれたため、少し余裕ができたのだ。
「どうなってんだい、カサブランカ?普通に魔法を使ってるじゃないか」
苛立ったようにベラディナが言っている。ため息をついてカサブランカが答えた。
「知らない。でも、糸でしょう?すぐ勝てるわよ」
的確に自分を狙ってくる剣を小柄な体を生かして避けながら、つむぎは文面通り必死で考えた。そして、ある作戦を思いついた。上手く行かなかったら重傷だが、やってみるしかない。
つむぎは、路地の十字路にある街灯に向かって、充分な強度をイメージして作り出した、透明な糸を飛ばした。ここから見て、少し急な坂を下ったところにある場所だ。隙を見ながら、急いでどちらとも固く結ぶ。そして、剣を反射神経だけでなんとか躱しながら、もう一本、太い糸を呼び出した。もう、心配することは強度だけしかなくなった。
さようなら。つむぎは、心の中でつぶやいた。
太い糸を両手に持って、透明な糸のところまでジャンプする。届いた。教科書で見たロープウェイのような原理で、高速で坂を滑り降りる。手が擦れてとても痛かったが、我慢する。汗で滑ってしまいそうな手で、頑張って糸を握った。
街灯のところまで辿り着いたときには、もうすべきことがわかっていた。来た道を走って戻り、表通りに出る。人混みに紛れれば、もう追いつかれはしないだろう。
〔初めてにしてはよくやったね〕
鏡がしげしげと言った。つむぎは今にも崩れ落ちそうな足を、どうにか動かしながらうなずいた。早足で人の波に入る。これで、襲われることはないだろう。
緊張が収まってくると、今度は空腹、そして喉の渇きを強く思い出した。そうだ、自分はこの世界にやってきてから半日以上は飲み食いをしていないのだ。服や何やらを買ってこの街を早く去りたいところだが、あいにく持ち合わせがない。
これからどうしていこうか。つむぎは足を進めながら、途方に暮れてしまった。この世界では、どうしたらお金を稼げるのだろうか。どうしたら、普通の暮らしを送っていけるのだろうか。何もわからない。
そこまで考えたところで、はっとした。鏡は自分の思考を読める。つまり、つむぎは別世界から来たのだと知られてしまったのだ。
〔心配しなくてもいいよ。別に大丈夫だから〕
驚いた様子もなく、鏡が答えた。そういえばと、つむぎは思い出した。この鏡についてもまだよくわかっていない。良いものなら問題はないが、悪いもの、例えば呪物などだったりしたら大変だ。否定したい考えだが、あるかもしれないのが怖い。とりあえず、何か聞いてみよう。つむぎは口を開いた。
「あなたは、私の味方なの?」
〔味方じゃなかったら、わざわざ魔法を教えたりしないよ〕
確かにそうだ。しかし、まだ納得はできない。なぜ出会ったばかりの自分に力を貸してくれるのだろうか。
〔君、ちょっと疑い深くなったね〕
呆れたように鏡が言う。つむぎは俯いた。カサブランカのことがあったからだろうか、元の世界のときのように、人や物を素直に信用できなくなっている気がする。
〔ま、そのくらいの方がちょうどいいよ。それで、私の目的が知りたいんだっけ?〕
つむぎはうなずいた。自分に協力してくれる理由が知りたかった。
〔大陸の進歩と調和と平和のためだよ〕
「嘘だ」
〔はいはい、そうですか。それで、他に何か質問は?〕
つむぎはしばらく考えた。質問がもう一つ浮かんできたのでたずねてみる。
「あなたの名前は?」
〔え?名前ねぇ…。じゃ、フェンリルとでも。リルでいいよ〕
つむぎは首を傾げた。よくは知らないが、それは魔物の名前ではなかっただろうか。
「本名?」
鏡にそんなものがあるかはわからないが、本当の名前ではなさそうだ。
〔そうかもしれないし、そうじゃないかもね〕
曖昧な答えにつむぎはため息をついた。全く、掴みどころがない。
〔もうないなら、私から聞いてもいいかい?君の目的は?〕
目的?つむぎは考え込んだ。特にないと思う。
〔じゃ、もう一つ聞こうかな。何で君は、あのおばさんを殺さなかったの?君の糸の魔法を使えば、喉を絞め上げることだってできただろ?その方が合理的だったかもしれないよ〕
「合理的って?」
つむぎはリルに思わずたずねた。
〔例えば、取り残されたおばさんたちは、まんまと逃げおおせた君に怒って刺客を差し向けるかもしれない。そのとき、君は彼女を殺しておいたら良かったって後悔するかもしれないよ〕
考えたこともなかった。つむぎはリルの言葉にびっくりした。そんな考え方もあったのか。でも、気づいてもしなかったと思う。人殺しは何があろうともしたくない。
〔本当に平和ボケしてるね〕
リルが笑いながら言った。
〔でも、君なら大丈夫そうだ。つむぎ、王都に行かないかい?〕
〔糸を操る魔法か。応用が効くし、悪くないんじゃない〕
鏡が満足げに言った。つむぎはといえば、わずかな閃光とともに、自分の手から現れた銀色の糸にびっくりしていた。これが魔法なのか。言葉で表現するのは難しいが、強いて言うならストレッチをしているような感覚だ。魔法を警戒して立ち止まった粘土人形たちに、つむぎはとりあえず糸を絡めてみることにした。あやとりのようなイメージで、くるくると指を回してみる。
思った通りに糸たちは働いてくれ、粘土人形たちの手足を絡め取った。しかし、長くは持たないだろうとつむぎは思った。硬い糸を一応イメージはしたが、所詮は糸だ。この隙に逃げるのが一番良いだろう。つむぎは、彼らの脇をすり抜けて走り出した。
そのとき、後ろで粘土人形たちが消えた。と思ったら、目の前にまたまた彼らが現れていた。しかも五体と、さらに増えている。さっきまでのように猶予は与えてくれなかった。こちらに向かってくる五本の剣から、つむぎは退いた。緊張で胸の鼓動が早くなる。
〔そうそう、つむぎ、召喚系の魔法は召喚者を叩かなきゃ終わらないよ。それか、召喚者の間合いから離れないと〕
鏡がのんびりと言う。つむぎは微かにうなずいた。この鏡の言うことは、もう素直に飲み込もう。つむぎは粘土人形たちの隙間から見える、ベラディナの様子をうかがった。長剣は狭い路地で使うのには向いていないようで、がちゃがちゃと粘土人形同士でぶつかってくれたため、少し余裕ができたのだ。
「どうなってんだい、カサブランカ?普通に魔法を使ってるじゃないか」
苛立ったようにベラディナが言っている。ため息をついてカサブランカが答えた。
「知らない。でも、糸でしょう?すぐ勝てるわよ」
的確に自分を狙ってくる剣を小柄な体を生かして避けながら、つむぎは文面通り必死で考えた。そして、ある作戦を思いついた。上手く行かなかったら重傷だが、やってみるしかない。
つむぎは、路地の十字路にある街灯に向かって、充分な強度をイメージして作り出した、透明な糸を飛ばした。ここから見て、少し急な坂を下ったところにある場所だ。隙を見ながら、急いでどちらとも固く結ぶ。そして、剣を反射神経だけでなんとか躱しながら、もう一本、太い糸を呼び出した。もう、心配することは強度だけしかなくなった。
さようなら。つむぎは、心の中でつぶやいた。
太い糸を両手に持って、透明な糸のところまでジャンプする。届いた。教科書で見たロープウェイのような原理で、高速で坂を滑り降りる。手が擦れてとても痛かったが、我慢する。汗で滑ってしまいそうな手で、頑張って糸を握った。
街灯のところまで辿り着いたときには、もうすべきことがわかっていた。来た道を走って戻り、表通りに出る。人混みに紛れれば、もう追いつかれはしないだろう。
〔初めてにしてはよくやったね〕
鏡がしげしげと言った。つむぎは今にも崩れ落ちそうな足を、どうにか動かしながらうなずいた。早足で人の波に入る。これで、襲われることはないだろう。
緊張が収まってくると、今度は空腹、そして喉の渇きを強く思い出した。そうだ、自分はこの世界にやってきてから半日以上は飲み食いをしていないのだ。服や何やらを買ってこの街を早く去りたいところだが、あいにく持ち合わせがない。
これからどうしていこうか。つむぎは足を進めながら、途方に暮れてしまった。この世界では、どうしたらお金を稼げるのだろうか。どうしたら、普通の暮らしを送っていけるのだろうか。何もわからない。
そこまで考えたところで、はっとした。鏡は自分の思考を読める。つまり、つむぎは別世界から来たのだと知られてしまったのだ。
〔心配しなくてもいいよ。別に大丈夫だから〕
驚いた様子もなく、鏡が答えた。そういえばと、つむぎは思い出した。この鏡についてもまだよくわかっていない。良いものなら問題はないが、悪いもの、例えば呪物などだったりしたら大変だ。否定したい考えだが、あるかもしれないのが怖い。とりあえず、何か聞いてみよう。つむぎは口を開いた。
「あなたは、私の味方なの?」
〔味方じゃなかったら、わざわざ魔法を教えたりしないよ〕
確かにそうだ。しかし、まだ納得はできない。なぜ出会ったばかりの自分に力を貸してくれるのだろうか。
〔君、ちょっと疑い深くなったね〕
呆れたように鏡が言う。つむぎは俯いた。カサブランカのことがあったからだろうか、元の世界のときのように、人や物を素直に信用できなくなっている気がする。
〔ま、そのくらいの方がちょうどいいよ。それで、私の目的が知りたいんだっけ?〕
つむぎはうなずいた。自分に協力してくれる理由が知りたかった。
〔大陸の進歩と調和と平和のためだよ〕
「嘘だ」
〔はいはい、そうですか。それで、他に何か質問は?〕
つむぎはしばらく考えた。質問がもう一つ浮かんできたのでたずねてみる。
「あなたの名前は?」
〔え?名前ねぇ…。じゃ、フェンリルとでも。リルでいいよ〕
つむぎは首を傾げた。よくは知らないが、それは魔物の名前ではなかっただろうか。
「本名?」
鏡にそんなものがあるかはわからないが、本当の名前ではなさそうだ。
〔そうかもしれないし、そうじゃないかもね〕
曖昧な答えにつむぎはため息をついた。全く、掴みどころがない。
〔もうないなら、私から聞いてもいいかい?君の目的は?〕
目的?つむぎは考え込んだ。特にないと思う。
〔じゃ、もう一つ聞こうかな。何で君は、あのおばさんを殺さなかったの?君の糸の魔法を使えば、喉を絞め上げることだってできただろ?その方が合理的だったかもしれないよ〕
「合理的って?」
つむぎはリルに思わずたずねた。
〔例えば、取り残されたおばさんたちは、まんまと逃げおおせた君に怒って刺客を差し向けるかもしれない。そのとき、君は彼女を殺しておいたら良かったって後悔するかもしれないよ〕
考えたこともなかった。つむぎはリルの言葉にびっくりした。そんな考え方もあったのか。でも、気づいてもしなかったと思う。人殺しは何があろうともしたくない。
〔本当に平和ボケしてるね〕
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〔でも、君なら大丈夫そうだ。つむぎ、王都に行かないかい?〕
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