星紡ぎのファンタジア

夕凪

文字の大きさ
7 / 20
闇路の星

Story of a child

しおりを挟む
 その子の名前は、ゆうなと言った。友に、神奈川の奈と書いて、友奈だ。

「強いね、魔王」
 友奈がテレビに繋いだコントローラーを脇に投げ出しながら、ため息をついた。つむぎも、賛同の意を示してうなずいた。体力も攻撃力も、これまで倒してきた魔王の家来たちの二倍か三倍くらいある。やられてしまったのは、これで五回目だ。
「でも、三回に一回くらい?は、攻撃の前にちょっと余裕があるね。その間に、攻撃の準備を全部済ませればいけるかな」
 十秒も経たずに復活した自分のアバターの魔法使いと、友奈のアバターの勇者を眺めながら、つむぎは提案した。驚いたように、友奈がこっちを見る。
「すごいね、ちゃんと見てたんだ。私、つい熱くなっちゃって全然観察してなかった」
「いや、友奈がしっかり攻撃してくれてたおかげだよ。ちょっと余裕ができたんだ」
 つむぎは照れくさく思いながら答えた。友奈がにっこりと笑う。
「そうとわかれば、なんか怖くないね。よーし、もう一度挑戦だ」
 ピクセルで構成されたキャラクターがうきうきと動き出した。

 普通だけれど幸せな生活。少なくとも、表面上は凪のように穏やかに流れていっていた生活に、大きく綻びが生まれたのは、いつだっただろうか。父親の浮気が母に発覚したときだっただろうか。でも、それだけではない気がする。たぶん、要因は一つだけではない。全てが紡ぎ合わされて、今があるのだ。

 父は、女性に好かれる男だったという。そして、彼自身もそのことを自覚していた。そのため、結婚前も結婚後も六人ほどの女性と恋人関係にあったらしい。
 母は、少なくともそのときは、強い精神と経済力を兼ね備えた女性だったから、それが発覚したあとすぐに離婚届を出した。父だった男の方には断る理由もなかったため、すんなりと離婚が決まった。ずっと一緒に過ごしてきた時間が嘘だったかのように。つむぎが一年生の頃だった。
 そして、しばらくの間、仮初の平穏が続いた。まだ、彼が起こしたことを理解していなかったから、父の存在が恋しくなったりもした。しかし、そんなことをぽろりと口に出してみたりなどしたら、同じ屋根の下に暮らしている祖母や母との間に微妙な空気が起こる。そのくらいのことは悟っていた。
 家族との間にわずかな齟齬を感じていた頃、学校で出会ったのが友奈だった。彼女は私立の保育園出身だったため、面識はなかったが、そんなことが嘘のように仲良くなった。保育園であまり仲の良い相手がいなかったつむぎにとっては、初めて親友といえる相手だった。心を開ける相手がいるということの嬉しさがわかった。
 
 運命の分岐点といえる日があるかと聞かれたら、迷わずうなずける自信がある。ミンミンと鳴く蝉の声が鬱陶しい、汗ばむ七月のある日のことだった。
 夏休みの宿題が全て終わったという晴れ晴れとした解放感を覚えながら、祖母に刺繍を習っていたときのことだった。前触れもなく、ドアが、がたがたと外から力任せに引っ張られる音がした。
 祖母が、眉をひそめながら玄関に向かった。つむぎに、何が起ころうとも二階のトイレにこもっていなさいと、いつにも増して強い口調で言いながら。どこか嫌な予感を覚えた。
 そのあと起こったことは、よく覚えていない。ただ、一階から強い怒声と、奇妙な音、悲鳴が聞こえたことは記憶している。怖くて、黄色みがかった便器の蓋の上でひたすら顔をうずめていた。
 その後、つむぎは警察に保護された。近所のおばさんがおかしな様子の男を見て、通報したのだという。その男は、元つむぎの父親だった。
 あとでわかったことだが、彼は恋人だった女性たちに六股を見抜かれ、全員に愛想を尽かされてしまったらしい。その恨みや怒りを、元妻だったつむぎの母に発散しにきたようだった。ようだったというのは、六股の女性つながりの怪しい事務所で暴行を受け、精神に異常をきたしてしまっていたため、まともに供述ができなかったからだ。
 かといって、同情する気持ちは微塵もわかなかった。自業自得だし、そのせいで祖母は死んだ。悲しかった。こんな男が、自分の父だなんて思いたくなかった。
 母がつむぎに暴言を吐くようになったのは、祖母の葬式が終わった頃辺りだろう。口を開けば、お前がぼうっとしていたせいで母さんが死んだという言葉ばかりだった。言葉だけで済めばありがたい日もあった。どちらにせよ、ぐさりと心に突き刺さることに変わりはないが。
 
 学校生活にも異変が生じてきた。祖母の事件が数カ月前に過ぎ去ってきた秋辺りから、なんとなく友奈やクラスメイトと距離が生まれてくるように感じた。一緒に登校する約束をしていたのに、いつのまにか他の友達と先に行っていたり、休み時間の間におしゃべりをしたりすることが減ってきたのが始まりだった。
 薄々感じていたことは、中休み、十月の木漏れ日差し込む家庭科室のドアの横で、一人縫い物をしていたときに、嫌な形で証明された。
 ドアの向こうには、昇降口がある。ちょうど中休みが終わる頃だったから、校庭で遊んでいた子供たちが返ってくる時間帯だった。だから、友奈と、彼女と最近仲良くしている華やかなグループが通りかかったのもおかしくはない。ちょうど、外から帰ってきたのだろう。そんなことを思いながら片付けを始めようとしていると、急に自分の名前が耳に飛び込んできた。
「そういえば、友奈、何でつむぎと仲良くしてるの?なんか暗いし、パパが事件起こしたんでしょ?やばそうじゃん」
 先生に対して話すときだけ、語尾がねっとりと伸びる子の声だった。友奈の声が、すぐに返ってきた。
「別に、そんな仲良くないよ、近所だってだけ」
「え?そうなんだ、じゃあさ、事件見た?」
 興味津々といった様子でその子がたずねた。
「もちろん、パトカーとかいっぱい来てて、やばかった。あとで事件のこと、ネットのニュースで見たママも、しばらくはつむぎちゃんとは話さないようにって言ってたな」
「確かにねぇ。遺伝とかあるかもしれないもん。うっかり殺されちゃったらやばいもんね」

 三時間目の授業には、遅刻した。トイレにこもって、声を殺しながら泣いていたからだ。水道で洗っても消えない真っ赤な目が見えなくなるまで、鏡とにらめっこをしていた時間が長かったため、先生に叱られた。そこまでの生涯で、一生分の涙を使い果たしたと思う。
 そのあと、友奈は見事華やかな女子たちの中に仲間入りしたようだった。その後、二軍に行ったようだったけれど。
 つむぎはといえば、それまでゆっくりと続いていたいじめのようなものが悪化した。いじめを受けたら、先生や親に相談しようという道徳で何百回も聞いた言葉は、全く役に立たなかった。先生に相談しても、解決の目処は立たなかったし、親なんかもってのほかだ。道徳の授業なんか結局は、性善説を前提にした綺麗事を吐いているだけなのだと、苦々しい気持ちを覚えた。何度も裏切られてきたはずなのに、何度でも人を信じたくなってしまう自分が嫌だった。

 そんなとき、「彼」が来たのだ。四時間の授業の後、余った時間を街外れの神社で潰しているとき。
 この世界に来たことが、必ずしも良かったとは思わない。世界は変わっても、人間自体は変わらない。
 それでも悪いことばかりではなさそうだと、少しだけ思う。根拠はないけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...