星紡ぎのファンタジア

夕凪

文字の大きさ
8 / 20
闇路の星

World beginner

しおりを挟む
 蔦に覆われた洞の入口から、眩しい朝の光が差し込んできて、つむぎは目を覚ました。まぶたが濡れている。眠っている間に泣いていたのだろうか。夢の内容を思い出そうとしたが、もう海馬の奥に埋没してしまっていた。
 ふと、なんとも言えない目線を感じてリルを見た。リルは鏡だけれど、なんとなく人間くさいからすぐにわかる。鏡に目があるのかはわからないけれど。
「どうしたの?」
〔いや、何にも。まず、朝ごはん食べたら〕
 リルの言葉に従って、つむぎは昨日残しておいた木の実と水を口に入れた。昨日あまり食べていなかっただけに、胃の虚無感がすさまじい。つむぎは前の世界にあった給食を恋しく思った。学校は基本的に嫌な場所だったけれど、給食というボリュームのある食事を週に五日食べることができるということだけ見るなら、良い場所だった。特にからあげやご飯はおいしかった。
〔君、肉派なの?〕
「うん。野菜とかと違って、お腹にたまるから」
 よく噛んで食べれば、そこそこ腹に溜まる。だから、朝食や夕食を食べそこねたときでも平気なのだ。
〔君、ホントに大丈夫だった?〕
 つむぎは曖昧にうなずいた。まだ、元の世界のことはそんなに思い出したくない。目の前のことだけに集中したかった。たとえ昨日、リルが言っていたことが嘘だったとしても、別に良い。ただ、生きる目的が欲しかった。
「そろそろ行こう。王都ってどっちなの?」
〔うーん、ここからだと西かなぁ。街道で馬車を拾えればラッキーだね。あとはそうだね、王都の中央ギルドに向かう冒険者パーティの雑用係として雇ってもらえれば、路銀も稼げるしいいかも〕
 聞き慣れない単語がちらほら混じる。なんとなく意味は推測できるけれど、正確な意味はよくわからない。その思いを読んだのか、リルがまた教えてくれた。
〔中央ギルドは、各地のギルド、つまりは魔物退治やダンジョン攻略なんかをする、冒険者たちの情報を管理する場所だよ。魔王がいた時代に急速に発展したんだ。今でも大陸中の冒険者の集団、つまりパーティの情報が集まる、結構すごい場所だよ〕
 そうなのか。つむぎはうなずいた。やはり、まだまだこの世界の常識には慣れない。でも、前の世界よりも死という概念が近いということはなんとなくわかってきた。そんなことを思いながら、つむぎは木々の間から空を見上げた。
「じゃあ、太陽の反対側に向かえばいいんだよね?」
〔そういうこと。あっちに、西に向かう街道があるから案内するよ。ただ、くれぐれも魔物には用心してね。街道でもざらに出てくるから。まぁ、一番怖いのは人間だけどね〕
 つむぎは神妙にうなずいた。まだ魔物には遭遇していないが、リルの言いぶりから考えるに、危険な相手のようだ。おそらく、元の世界でいう野生の熊のようなものだろう。気をつけてどうにかなるものなのかはわからないが、とりあえず身の回りの気配や音には五感を澄ませよう。
 リルの案内に従って、つむぎは来た道、つまりブルームの街の近くへと戻った。確かにブルームの街の壁の横を通り、森を貫いて西へ伸びる街道が伸びている。たくさんの人や馬車が通ったのだろう、歩きやすい。同じ方向に向かう馬車や人々も何組かいることに気がついて、つむぎは少し安堵した。自分ひとりだけではないのだ。
〔さすがはブルームの街だね。朝でもにぎやかだ〕
「うん。何でこんなに活気があるの?深そうな森の中にある街なのに」
 つむぎは不思議に思ってたずねた。現代の日本だったら、過疎化していそうな場所なのに。
〔ブルームは、ここら一帯の森の恵みで生きている人たちが、自衛のために集まってできた街でね、昔はさして裕福な場所ではなかった。でも二百年前、ある魔法使いたちがこの辺りに分布する、特殊な花を使った万能薬の作り方を発見したんだ。それが広まって、金持ちになったってわけ。その分、影も生まれたけどね〕 
 なるほど。つむぎは納得した。それにしてもリルはいろいろなことをよく知っている。そういえば、なぜリルはあの蔵にいたのだろうか。旅人たちにも重宝されそうなのに。
〔ある遊び男に贈り物として、あそこの人に贈られたんだよ。結局、もらった当人は別の男に夢中になって、私を蔵に置きっぱなしのまま、足抜けしちゃったけどね。捨てられて、病気で死んじゃったみたいだけど〕
 なんだか暗い話だ。胸にどす黒いものが込み上げてきたような気がして、つむぎは新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。気持ちを切り替えよう。
「それで、リルはどこから来たの?どこかの魔法使いの持ち物だったとか?」
〔まぁ、そんな感じかな。で、いろんなところを転々としてきたってわけ〕
 だから、いろいろなことを知っているのか。つむぎはうなずいた。
「それで、次の街までどれくらいなの?」
〔うーん、空飛べたら楽なんだけどね。それか騎獣いればいいんだけど〕
 騎獣?また聞き慣れない言葉が出てきた。質問してばかりだけれど、この世界に来たばかりなのだからしょうがない。つむぎはたずねた。
「騎獣って、確か乗るための動物だよね?」
〔そう。でも、君のいた世界とはちょっと違うよ。君んとこじゃ、騎獣といえば馬とかロバだろ?〕
 つむぎはうなずいた。
〔こっちでは、手懐けた魔物を鈴獣って呼ぶんだ。鈴で調教するからね。で、鈴獣の中でも、乗るためにしつけるのを騎獣って呼ぶ。そら、君の頭上を走ってる空色の獣を見てみなよ。あれが騎獣〕
 つむぎは首を上に動かした。本当だ、鮮やかな毛並みの獣が空を駆けている。なんだか美しい。
〔あれは雲海獣かな。たまにしか地上に降りてこないから、手懐けるのが難しいんだ。だからたぶんあの人、金持ちだね。それかやり手のテイマーだ。テイマーっていうのは、魔物を手懐ける職業の人だよ〕
 すらすらと頭の中に流れてくる情報をなんとか処理しながら、つむぎはやっとのことでうなずいた。どうやら、これから覚えないといけないことは山ほどありそうだ。小学一年生に戻ったような気分を覚えてしまう。
〔大丈夫、私がこの大陸の全てを君につめこんであげるよ〕
 リルが軽やかな口調で言った。大陸の全てという短い言葉に詰まった情報量の膨大さについて考えながら、つむぎは頑張ってうなずいた。
「…ありがとう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...