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千年前の真相
しおりを挟む千年前、とある国の騎士だった青年はひとりの少女に恋をした。
決して叶うことのない恋だ。
人の理の中に生きていないその少女に恋すること自体、間違ったことだった。
その少女はある国の地下牢の中で、ただひたすら時が流れるのをひとりで待っていた。
間者として忍び込んでいた彼は、少女のことを調べるように主に命じられ、彼女を見つけ出した。
魔力封じの牢屋など、魔力のない者にしてみればただの牢でしかない。鍵があれば開くし、魔力を持たないからこそそれに影響も受けない。
自国では珍しく魔力を持たずに生まれた青年の、それが唯一の取り柄でもあった。
何も持たないからこそ、人知を超えた闇の魔女の存在のことも、あまり信じていなかった。
そして現に、やはり流れ伝わる物語など当てにならなかった。
地下牢の中、端切れのような布を申し訳程度に身体に巻き付けたその少女は、見目だけではなく心も美しい無垢な少女だったのだ。
『こんにちは』
ふわりと微笑む少女は、既に数百年もの歳月を生きているとは思えない程、擦れたところのない無垢な娘だった。
ランタンの光りに照らされた長い黒髪はまるで夜空に輝く星々のように輝き、その黒曜石のような瞳は純粋な色をしている。
ひと目で、恋に堕ちた。
敵国のことを調べながらも、時間を見つけては彼女の元へと通うくらい、青年の心をつかんで離さなかった。
闇の魔女の怪しい術かもしれない、と疑った時もある。
しかし彼女の顔を見れば、それは思い違いだとすぐにわかった。
『ねぇねぇ、今日はどんなお話を聞かせてくれるの?』
青年が地下牢へやってくると、彼女はまるで幼い子供のように何か話せとせがんでくる。
そして闇の魔女と恐れられている少女は、一度として魔力を使おうとはしなかった。
青年の胸に光るブローチは、魔力を感知することができる。魔力を持たない青年が身を護るための魔道具だ。
だが少女はそんなことも知らず、『そのブローチ、とても綺麗ね』と微笑んだ。
この石は魔力を感知するだけではなく、光に当てると七色に輝く魔石でできていた。それは光に当たると輝く特性があったため、発掘量も多く珍しい代物ではなかった。
だが外の景色を知らない少女にとっては新鮮だったのだろう。そのことを教えてやると、目を輝かせ彼女は『素敵ね』と呟く。
何も知らない無垢な少女にそれを見せてやりたいと、その思いをつい口にしていた。
『そうね、いつか、見てみたいわね……』
少女は寂し気に笑っていた。
それがこれから先の未来も、叶わないことだと知っているからだろう。
少女は少しだけ自分のことも話してくれたことがある。
『いつでも出られるのよ? 私にはこんな魔力封じなんて意味ないもの。でも、しないの――』
それが自分の役割だから、と彼女はどこか遠くを見つめていた。闇の魔女として生まれた自分ができる、唯一のことなのだと言って、ランタンに照らされた白い頬を仄紅く染めて、微笑むのだ。
その笑顔を見る度、遣る瀬無くなり、無理矢理な笑みを作った。
今、目の前で寂しそうにしている彼女に、自分は何ができるだろう。
『あなたと話しているの、とても楽しいの。あなたと一緒にいると、時間が長く感じる。こんなこと、初めてよ』
あぁ、そうか。
青年は少女に、外の世界の話をすることにした。
自分が見聞きした話を、それがどんな些細なことであろうと、少女は楽しそうに耳を傾けてくれる。
自分にとっては当たり前の退屈な日常も、大して珍しくもない宝石や花も、彼女の耳と目を愉しませることができる。
そのことが嬉しかった。
その一方、自分の無力さが腹立たしくもあった。
彼女が望むのであれば、ここから出してやりたいと、いつも思っていた。
けれど少女にその気はない。
彼女が自分に対して、恋心を抱いてくれている自信はあった。
ある日から、時折見せてくれる熱っぽい潤んだ瞳が、それを物語っていたからだ。
そんな最中、戦争は起こった。
青年はもう、ここへは来ることができなくなる。
だから、別れを告げた。
彼女が還らないかもしれない自分のことを待ち続けないために。それがせめてもの誠意だと信じて。
少女は想像通り、何も聞かずに今までありがとうと、そう言って笑っていた。
『――ひとつだけ……』
青年はずっと心の中に留めていた言葉を吐き出した。
『約束を、させてください……』
その場に膝を折り、騎士として最高の礼を取る。
少女はその意味がわからなかったのだろう、きょとん、と目を丸くして、青年を見つめていた。
『約束、ってなあに?』
少女は『約束』の意味を知らなかった。
それをいいことに、青年は続ける。
『あなたが時の流れをどんなに追おうとも、私は追いかけます。あなたの辿る未来に私という個がたどり着けないのであれば、輪廻を賭けましょう』
『何を言ってるか、わからないわ』
少女は悲し気に笑う。
そんなことできるわけがないと、そう言われているようで、青年は少女の長い髪を手のひらで掬い取り、口づけを贈った。
『これが、約束です』
『約束……』
『叶わぬ未来であっても、私はあなたに約束を贈りましょう』
『おかしな人……』
二度と、それこそ今世では叶わぬ身であろう青年の誓いの言葉に、少女は静かに頭を左右に振った。
『この世界に、輪廻などないわ。私がそれを知っている。私がそれを知っている限り、輪廻に何を賭けるというの』
闇の魔女は世界の理を知っている。
叶えられる願いなのか、そうではないのか。
それは古の時代から『闇の魔女』として生きてきた彼女の知識に深く刻みつけられている。
『あなたから、あなたの知る理を消すことができれば、それも叶うでしょう』
『…………魔力を持たぬ人の子が、何を言っているのか……』
『だからこそ、できることもあります』
青年は少女を見上げた。
漆黒を持つ少女の双眸を見つめ、そして己の腰に佩いた剣を抜く。
『――しています……』
『え? 何? 聞こえなか……』
『目を閉じて』
青年がそう口にした途端、地下牢の外が騒がしくなった。
殺せ、生かして返すな、という男たちの声が聞こえてくる。
少女の双眸を覆うように、青年は大きな手の平を翳した。
『居たぞ!』
『殺せ!!』
『――国の間者だ!』
『――――を殺せ!』
地下牢の扉が開き、青年を見つけた数多の兵たちの鋭い刃が彼の身体を貫いていく。
怒りと憎悪に満ちたその刃を一身に受けながらも、青年は訳もわからず視界を奪われている少女の姿を目に焼き付けた。
(愛しているよ……。リリィベル……私だけの――)
青年の意識は、そこで途絶えた。
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