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復国祭

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「あぁぁぁああああああ!!」
 デュクスの攻撃を受け、セルジュが絶叫する。皮膚は焼けただれ、溶け出している。
 苦悶にのたうち回る男をその場に残し、デュクスは少女の方へと駆け寄った。
 次にデュクスの前に立ちはだかったのは、ローブを被る二人の男だ。
 その内のひとりに、デュクスは見覚えがあった。
 独特の雰囲気のある黒髪の男は、静かに口元を吊り上げる。
 黒髪の男に声をかけようとした刹那、もうひとりの男が忌々し気に一歩前へと出た。
「お久しぶりです、というべきですかね。エリヴァ皇国が騎士殿。観客は少なくなりましたが、我が国の復刻祭にようこそ」
 セルジュをアレ、と称する男の口ぶりから、『闇の魔女』の崇拝者のひとりなのだろう。
 恐らくは戦争で生き残った王族か貴族か。
 平民にしては雰囲気が野暮ったくなく、ある程度、洗練されている。
 それでも堕ち潰れには違いないのだが。
「残党が残っていたとはな」
 デュクスは、静かに息を吐きだし、腰に佩いた剣を抜く。
「殺すなら殺せばいい。今の彼女にはもっと贄が必要だ。アレでは足りない」
 デュクスの背後でのたうっていたセルジュの身体が、徐々に灰になっていく。そしてその灰は風もないのに、ローブの男たちの背後に聳える大樹へと流れていった。太い幹に吸収された瞬間、大樹がドクンッと鼓動を打つ。
「あなた方のお陰で、ここまで大樹が育ちました。我が国の死んでいった民も、喜んでいるでしょう」
 デュクスが初めてここに足を踏み入れたとき、こんな大樹はなかった。
 ここにあったのは美しい一人の少女を象った像だけであり、デュクスによってそれも砕かれている。
「なるほど……。戦を仕掛けてきたのは、こういうことか……」
 闇の魔女の崇拝者たちは、多くの民を戦争という方法を用いて生贄としたのだろう。
 既に国力が下がり、まともな兵などいなかった。
 だが鎧をまとった兵どころか、普段は農具を持っているであろう農民や、戦ったことのないような女や子供までもが、戦争に参加しその命を投げ打った。多少の慈悲をかけようとしても、戦争も終盤に差し掛かった頃にはそのほとんどの者たちが自害したのだ。
 呆気ない戦争だった。
「いつの時代も、贄は必要でしょう。我らが姫とて、その贄として生まれた存在です。姫が復活できないのは、あなたの君主が余計なことをしたからだ」
「お前は、彼女をどうするつもりだ?」
「賽は投げられました。姫がご機嫌を損ねたのは、『魔女』などという不名誉な名のせい。今度はこの世界の『神』として崇め称えれば、もう機嫌を損ねることはないでしょう」
「…………」
 この男は、デュクスが残した手記の内容を理解しているのだろう。
 だがひとつ、この男はまだ気づいていないことがある。
 それに安堵しながらも、デュクスはやはり、手記というものを残したことは間違いだったと後悔していた。
 当時、それくらいしか彼女を救う方法が見つけられなかったのだから、過去のことを嘆いても仕方がないのだが、こんな風に利用されるのは不本意だ。
 あれは、こんなことのために残したわけではない。
 あれはクリストフェルのような存在に見つけてもらうために残したものだ。
 彼女の本質を知らせ、その運命を変えるため、世界の理を覆すため、デュクスはかつて自分にあったすべての権力を行使した。
 今では手記を元に、新たな御伽噺が作り出され、人々の考えもようやく変えられたのだ。
 ――千年。
 その長い時を掛けて修正した。
 クリストフェルがいなければ、もっと時間がかかっていたかもしれない。
 そして、デュクスは黒髪のローブの男へと視線を向けた。
 黒髪のローブの男の、赤い瞳と目が合う。
 ローブに隠れていた手が合わせ目から覗く。
 その手には、歪んだ形の短剣が握られていた。
「なら、あなたも早く贄となりなさい」
 神秘的な、どこか清らかな水面のように透き通った声が、もうひとりのローブの男へと囁きかけられる。
 黒髪の短剣を持つ手が、もうひとりのローブの男の背へと突き付けられ、ドシュッ、と鈍い音を響かせる。
「がっ……!」
 鮮血がローブの男の口から滴り、その身体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていく。
 血に伏した男から鮮血が流れ出て、その場に小さな池を作る。
 それを黒髪の男はしばらく見下ろしていると、その偽りの瞳をデュクスへと向けた。
「またお会い出来ましたね。光の騎士殿」
 血まみれの手が、ローブを外す。
 現れたのは漆黒の長い髪の、人間離れした美貌の青年だった。
 肌は白く陶器のようで、染みひとつない。
 男か女か、一瞬迷う中性的な造りの容貌だが、辛うじて男だとわかる。
 この青年を、デュクスは知っていた。
 否、はるか昔一度だけ会ったことがあるのだ。
「私はそんな呼称で呼ばれたことは千年前でも一度もないぞ」
「おや、それは残念。せっかく私が多くの土地を巡り広めてきたというのに、こちらは定着しませんでしたか」
「金髪がこの世界に何人いると思ってる? 安易にもほどがある」
「そうでしょうか? 黒を闇と呼ぶのであれば、金は光。それ以外の呼称がありますか? 名を残したくないとあなたが言ったのですよ?」
 グッ、と言葉に詰まったデュクスは、髪を乱暴に掻きむしり、顔に当てた手の隙間から青年を流し見る。
「……それに、その目はなんだ」
 デュクスが知るこの青年は、盲目だったはずだ。
 それが赤い義眼を入れている。
 その目は魔道具の一種なのだろうが、違和感しかない。
「盲目では仲間に入れていただけないでしょう。私の身には既に魔力もない。良いように使っていただくには多少秀でたところがないといけませんからね」
 食えないこういうところは、千年前とちっとも変わらない。
「千年前と、見た目が変わらないんだな」
「私は既に人とは呼べませんからね。彼女とは違う理に縛られていますから」
 ちらりと、黒髪の青年が背後を振り返る。
「彼女を助けるのでしょう? なら、早く行きなさい」
「…………そうだな」
 デュクスは高い位置に宙づりにされている少女を仰ぎ見る。
 その肌は青白く、瞬きの後には透けて消えてなくなってしまいそうなほど、儚げだった。
「今、迎えに行く……」

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