千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

文字の大きさ
36 / 44

古の術

しおりを挟む

 少女は闇の中にいた。
 ただ、いつものように漂っている風ではなく、何かに固定されているかのように身動きがしにくい。
 抱えていた腕の力を緩め、少女は緩慢に顔を上げた。
 そこには、どす黒い何かが蠢いていた。
「…………」
 手足には、そこから伸びる蔦のような触手が巻き付いている。
 だが、それだけだった。
 初めてコレの存在に気づいたとき、少女はコレが恐ろしいモノだと認識した。
 だが今は違う。
 何か、訴えかけてくるかのようにその渦は蠢いている。
「――なに?」
 自ら、その渦に手を伸ばす。
 だが渦はそれを嫌がり、ズズッと後ずさった。
 そして別の方向へと気味の悪い音を立てて動き出す。
 その先には、何か妙なものがあった。
 辛うじて人と分かる形だが、あまりにも歪だ。
 人々が重なり合って無理矢理くっつけたようなその形状に、少女は思わず息を呑む。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
 この世のモノとは思えない奇声を上げる何かの叫びが、突風のように闇の世界を吹き荒れる。
「あなた……」
 その身に多くの呪いを受けたその個は、セルジュ・アーヴァインだろう。
 多くの人々の憎悪や怒りの念を、その叫びを、少女はつい数刻前、彼の瞳の中に見ている。
 一体、何百、何千の者たちの魂をその身に閉じ込めているのだろう。
 大きく膨れ上がったその身体からは、数多の人たちの顔が浮かび上がり、絶叫している。
 さぞや痛く、苦しいだろう。
 だが少女は、彼等に対して何ら感慨はなかった。
「喜んでる……」
 絶叫する者たちの中には、歪んだ歓喜の声を雄叫びのように上げる者たちがいたのだ。
 その声は人語からも外れ、獣の咆哮のようでもあるが、少女の耳には言葉として聞き取れていた。
「――…………」
 少女は一度口を開きかけ、だが何も言わず閉じた。
 黒い渦は、歪なかつて人だった形のものを吸い込んでいく。だが人の形をしたものはそれを嫌がり、大きく膨らんだ腹部部分を上下に割き、逆に渦を取り込もうとしている。
 その様を、少女はどこか遠くから眺めていた。
「――そこまでして、こんな力が欲しいの?」
 セルジュ・アーヴァインは闇の魔力を欲していた。
 そのために多く呪いをその身に宿していた。
 そしてそれは、古の時代には行われていた魔術の一つだ。
 まだこの世界に魔力というものがなかった時代、人々の命を贄として新たなものを作り出す創造術。
 神の御業とされたその術を使えるものは、古の時代には確かに存在した。
 だが長い時の中、そうした術を操れるものは消え、代わりに魔力が生まれた。
 セルジュ・アーヴァインはそんな古の術で魔力を手に入れたのだろう。
 だがこれは世界の禁忌の理だ。
「そんなものにまで手を出すなんて……」
 なんて愚かなのだろう。
 そしてそれに賛同した者たちも、なんて浅はかなのだろう。
 こんな姿になってまで欲するものなのか。
「私は、あなたたちのような存在のために穢されたというの……?」
 どうして、なんで。
 私が何をした。
 少女の中に止めどない怒りが沸き上がってくる。
『ひとつだけ、約束をさせてください……』
 不意に、脳裏に優しい声が鳴り響く。
 記憶の中の、あの青年の声だ。
 だが、こんな記憶は知らない。
 いつだって記憶の中の彼は、少女が覚えている思い出の言葉だけを口にしていた。
 それが、今は違う。
『どうして! なんで! 私が何をしたって言うの!』
 不条理な出来事を前に、かつての少女はそう叫んだ。
 多くの人々の、武装した男たちの前で倒れた青年を抱え、泣き叫んだ。
 血まみれになった青年。
 血色の良かった肌が、徐々に冷たくなって肌のぬくもりが失われていく。
「なに……?」
 脳裏にフラッシュバックしてくるその光景に、少女は戸惑った。
 目を閉じ頭を抱え、少しずつ開いていく記憶の扉から溢れ出る光景に、少女はその場に崩れ落ちる。
 真っ赤に染まった記憶の中で、男たちは口々に言う。
『魔女に誑かされた』
『闇の魔女がすべて狂わせた』
『こいつが生き急いだのはお前のせいだ』
 口々に雄叫びを上げるようにして叫ぶ声を、少女は激しい憤怒の感情の中で聞いたことがある。
 今よりももっと激しい怒りの中、その言葉を聞いたのだ。
 だが、いつ――。
 まるで本の一ページをめくるかのように、少女の中にその時の記憶がなだれ込んできた。



 地下牢の中、男たちは現れた。
 視界を覆っていた青年の手が、ズルリと落ち、足元で何かが崩れ落ちる。
 少女が初めに目にしたのは、手に剣や槍を持ち、その目を血走らせた男たちだった。
 彼等はその刃で、何度も青年の身体を貫き、その度に血しぶきが上がる。
 真っ赤に染まっていく石畳に蹲っていた少女の足元に、生暖かいものが触れた。
 視線を落とすとそこには鮮血でできた池が迫ってきていて、少女はその根源である青年を茫然と見つめる。
『な……』
 綺麗な金髪が赤く染まり、その身に纏った騎士服もどす黒く染まっていく。
『忌々しい闇の魔女め!』
 誰かが少女を罵る。
『どうして! なんで!』
 青年の身体をかき抱き、止めろと全身で訴える。
『魔女に誑かされた』
『闇の魔女がすべて狂わせた』
『こいつが生き急いだのはお前のせいだ』
 男たちはそう言って、少女を貶した。
『私が何をしたって言うの!』
 彼が殺されるようなことを、少女は何もしてない。
 ただ楽しくお喋りをしていただけだ。
 彼が殺される謂れなど何もない。
 そう訴えた。
『そいつが闇の魔女に誑かされたせいで、国が進軍された! そんなに贄が欲しいか!』
 何の話だ、と少女は男たちを睨みつける。
 闇の魔女がすべてを奪おうとしている。
 そしてこの青年は闇の魔女の遣いだ、
 闇の魔女から力を得る前に殺さなければ。
 男たちの言葉は支離滅裂だった。
 何かに怯え、憎悪して血走る複数の眼に、少女は言い知れない恐怖を覚えた。
 男たちは、息絶えた青年の身体を無造作に掴み、少女から引き離そうとする。
『待って! どこへ連れて行くの!?』
 手を伸ばしたが、その手は宙を切って彼には届かなかった。
 バタンッ、と閉められた地下牢の中、フッとランタンの明かりが消える。
 少女は一人取り残され、茫然としていた。
 目の前で、彼が殺された。
 それは自分のせいだという。
 闇の魔女に関わったがために、彼は命を奪われた。
『あ……、ぁ……。あぁぁぁぁあああああ!』
 少女は絶叫した。
 今まで、目の前で人を殺されたことは何度かある。
 罪のない人が、少女の前で首を落とされたのを見たことがある。
 そのときは何も感じなかった。
 それなのに――。
 泣き崩れた少女は、すべてを呪った。
 今までにない激情に駆られ、世界を滅ぼしてやると、怒りを募らせた。
『こんな世界……! こんな……、こんな……!!』
 手に血が滲むほど、強く何度も石畳に拳を叩きつける。
『輪廻を賭けましょう』
 最後に聞いた、彼の言葉に少女は涙を流しながらも冷たく凍えていく心に小さなぬくもりが宿った。
 ありもしない輪廻に、彼がどうして縋ったのかはわからない。
 けれど、彼が望んだその未来を、少女は知ってしまった。
『どうして……』
 身体の中で爆発しかけた魔力が、ぴたりとその動きを止める。
 だが膨れ上がった少女の憎悪が籠ったその念は、黒い闇の空間になり、少女を呑み込んでいく。
『う……、ぅう……』
 すすり泣きながら、少女は最後に世界を隔離した。
 外にこの魔力が漏れないよう、彼が愛した世界を守るため、ひとり閉じこもった。
 自らの憤怒の念で少女を蝕んでいく闇の中、少女は目の前で殺された青年との記憶を思い浮かべ、自我を保った。
 四肢を切り裂かれそうな痛みも、彼との思い出を胸に抱いていれば痛くはなかった。
 幸せだった記憶を思い返すだけで、心が穏やかになった。
 そうして少女は眠りについた。
 永い永い時間の中、少女は青年との思い出だけを胸に闇の中を漂う。
 彼との最期のあの言葉だけは思い出さないようにして、幸せな時だけを思い出すようにした。
 そうして過ごした気の遠くなるような時の中で、フッと、少女の中で何かが軽くなった。
 身を焦がしていた激情がなくなり、少女はなぜ自分がここにいるのか、わからなくなった。
 ただ覚えているのは、愛しい青年と別れを告げた、という思い出と、少ないけれど幸せな記憶だけだった。
 そうして穏やかな時に身を任せ、闇の中に閉じこもり、いつ訪れるかわからない滅びの時をひたすらに待ち続けた。
 そんな時――。
『初めましてレディ。私はエリヴァ皇国、第一騎士団長のデュクス・エレオノール』
 闇の中で眠っていた少女を、デュクスが起こしに来たのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...