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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その5 初来店した男性
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「ふふふ、それでは……いただきますわね」
瑠璃は黒文字を手に取ると、冷気を振りまきながら、和菓子を勢いよく食べ始めた。一口でそれぞれ咀嚼し、あっという間に盆の中を空にする。
(すごい。たくさんの和菓子を一瞬で食べちゃった)
テーブルの上に肘をつき、瑠璃は満足そうに餡ミルクアイスを飲みながら、厨房にいる咲人にうっとりと語りかけた。
「美味しかったわ。ねえ咲人くん、ちょっとこちらへ来てほしいの。相談に乗ってほしいことが……あつっ!」
咲人は厨房で鍋に水を入れて強い火にかけ、小豆を煮ている。シュンシュンと湯気が上がり、瑠璃が悲鳴を上げる。
「ちょっと咲人くん、湯気が熱いわ」
「ああ、すまない」
火を止め、振り返った咲人へ、瑠璃が甘えるように囁いた。
「咲人くん、あたし再婚したいなぁって思っているの」
菜々美は目を丸くした。
「え、再婚って、瑠璃さん、結婚されていたんですか?」
瑠璃の唇がゆっくりと弧を描き、寂しそうな笑みが浮かんだ。
「そうなの。死別したの。五年前に。ねえ咲人くん、あたしの再婚相手を探してくれない? ひとりだと寂しいの。咲人くんでもいいのよ。案外あたし達、うまくいきそうじゃない?」
「……え? あの、瑠璃さん……」
菜々美はちらりと咲人の方を見たが、彼は黙ったまま、木べらで糸寒天を掻き混ぜている。
「ねえ、咲人くん――」
「瑠璃、そういう冗談を言うなら、もう店に来るな」
「……そうよね、ごめん。冗談よ」
瑠璃は髪を掻き上げるようにして、明るくアハハと声を上げて笑った。
「……」
菜々美は、瑠璃が本気で咲人のことを口説こうとしているのか、冗談なのか、そのところが気になったが、わからない。
咲人は表情を変えず、ただ鍋を掻き混ぜることに集中していた。
ふいにガラッと勢いよく店の扉が開き、疾風が店内を吹き抜けていく。
「あ、いらっしゃいませ!」
菜々美が明るく声を張る。入店してきたのはサラリーマン風の二十代くらいの、褐色の肌をした男だった。
(影が……?)
菜々美はふと、大きな引き戸の硝子から燦燦と降り注ぐ陽射しにできた、床の影に気づいた。
彼の影の形は妙だった。長い胴に短い手足、そして小さな頭。それは人間の形ではなくいたちだ。
人間にしか見えないけれど、やはり彼は妖怪なのだ。
咲人がすっと目を細めた。
「初めてご来店された方ですね」
(愛想よくしてほしいと伝えたはずだけど、咲人さん、なぜ睨むのかな……)
整った顔立ちをしているため、咲人の真剣な表情は本当に怖い。
「ええ、初めて来ました。以前から寄ってみたいと思っていたのですが……その……」
鋭い眼光で睨みつける咲人に、お客の男性がたじろいで視線を泳がせてしまう。
菜々美はあわててショーケースを示した。
「ご来店ありがとうございます。夏越祓の日に食べる『水無月』はこちらになります。他にもいろいろとございます。どうぞゆっくり選んでください。店内で召し上がっても、お持ち帰りもできますので」
男性はショーケースの中を覗き、ほうっとため息を落とした。
「和菓子ってきれいですね……こんなにたくさんで迷います」
男性はショーケースの中をのぞき、おずおずと顔を上げて微笑んだ。優しそうな笑顔だ。
美麗な咲人や甘い顔立ちの蘭丸を見て、あやかしはすべて長身でハンサムなのかと思っていたが、違ったようだ。彼はごく平凡で、どこにでもいる大勢の人間と変わらない外見をしているし、背もそれほど高くない。
「それでは『水無月』と『さざ波』をお願いします。店内で食べますので」
「ありがとうございます」
男性は瑠璃が座っているテーブルの斜め前のテーブルへ腰かけた。
菜々美が朱色の盆を持って行くと、いつの間にか肩に乗っていた小鬼の鬼之丞が、ちょこんと男性の前に降り立った。
「いらったいまて。どうぞごゆっくり」
「やあ、素敵なパンツを穿いた、とても可愛い小鬼くんだね」
父親とお揃いで、宝物のパンツを褒められた鬼之丞が、うれしそうにもじもじと手を動かしている。
「ボクはおにのじょう。お兄たんは、だあれ?」
瑠璃は黒文字を手に取ると、冷気を振りまきながら、和菓子を勢いよく食べ始めた。一口でそれぞれ咀嚼し、あっという間に盆の中を空にする。
(すごい。たくさんの和菓子を一瞬で食べちゃった)
テーブルの上に肘をつき、瑠璃は満足そうに餡ミルクアイスを飲みながら、厨房にいる咲人にうっとりと語りかけた。
「美味しかったわ。ねえ咲人くん、ちょっとこちらへ来てほしいの。相談に乗ってほしいことが……あつっ!」
咲人は厨房で鍋に水を入れて強い火にかけ、小豆を煮ている。シュンシュンと湯気が上がり、瑠璃が悲鳴を上げる。
「ちょっと咲人くん、湯気が熱いわ」
「ああ、すまない」
火を止め、振り返った咲人へ、瑠璃が甘えるように囁いた。
「咲人くん、あたし再婚したいなぁって思っているの」
菜々美は目を丸くした。
「え、再婚って、瑠璃さん、結婚されていたんですか?」
瑠璃の唇がゆっくりと弧を描き、寂しそうな笑みが浮かんだ。
「そうなの。死別したの。五年前に。ねえ咲人くん、あたしの再婚相手を探してくれない? ひとりだと寂しいの。咲人くんでもいいのよ。案外あたし達、うまくいきそうじゃない?」
「……え? あの、瑠璃さん……」
菜々美はちらりと咲人の方を見たが、彼は黙ったまま、木べらで糸寒天を掻き混ぜている。
「ねえ、咲人くん――」
「瑠璃、そういう冗談を言うなら、もう店に来るな」
「……そうよね、ごめん。冗談よ」
瑠璃は髪を掻き上げるようにして、明るくアハハと声を上げて笑った。
「……」
菜々美は、瑠璃が本気で咲人のことを口説こうとしているのか、冗談なのか、そのところが気になったが、わからない。
咲人は表情を変えず、ただ鍋を掻き混ぜることに集中していた。
ふいにガラッと勢いよく店の扉が開き、疾風が店内を吹き抜けていく。
「あ、いらっしゃいませ!」
菜々美が明るく声を張る。入店してきたのはサラリーマン風の二十代くらいの、褐色の肌をした男だった。
(影が……?)
菜々美はふと、大きな引き戸の硝子から燦燦と降り注ぐ陽射しにできた、床の影に気づいた。
彼の影の形は妙だった。長い胴に短い手足、そして小さな頭。それは人間の形ではなくいたちだ。
人間にしか見えないけれど、やはり彼は妖怪なのだ。
咲人がすっと目を細めた。
「初めてご来店された方ですね」
(愛想よくしてほしいと伝えたはずだけど、咲人さん、なぜ睨むのかな……)
整った顔立ちをしているため、咲人の真剣な表情は本当に怖い。
「ええ、初めて来ました。以前から寄ってみたいと思っていたのですが……その……」
鋭い眼光で睨みつける咲人に、お客の男性がたじろいで視線を泳がせてしまう。
菜々美はあわててショーケースを示した。
「ご来店ありがとうございます。夏越祓の日に食べる『水無月』はこちらになります。他にもいろいろとございます。どうぞゆっくり選んでください。店内で召し上がっても、お持ち帰りもできますので」
男性はショーケースの中を覗き、ほうっとため息を落とした。
「和菓子ってきれいですね……こんなにたくさんで迷います」
男性はショーケースの中をのぞき、おずおずと顔を上げて微笑んだ。優しそうな笑顔だ。
美麗な咲人や甘い顔立ちの蘭丸を見て、あやかしはすべて長身でハンサムなのかと思っていたが、違ったようだ。彼はごく平凡で、どこにでもいる大勢の人間と変わらない外見をしているし、背もそれほど高くない。
「それでは『水無月』と『さざ波』をお願いします。店内で食べますので」
「ありがとうございます」
男性は瑠璃が座っているテーブルの斜め前のテーブルへ腰かけた。
菜々美が朱色の盆を持って行くと、いつの間にか肩に乗っていた小鬼の鬼之丞が、ちょこんと男性の前に降り立った。
「いらったいまて。どうぞごゆっくり」
「やあ、素敵なパンツを穿いた、とても可愛い小鬼くんだね」
父親とお揃いで、宝物のパンツを褒められた鬼之丞が、うれしそうにもじもじと手を動かしている。
「ボクはおにのじょう。お兄たんは、だあれ?」
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