あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

文字の大きさ
66 / 78
五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆

その7 咲人と夕さりへ

しおりを挟む
退けえぇぇっ、邪魔をするなぁぁぁっ」

 山本オーナーの怒声が響き、サバイバルナイフが振り上げられる。
 鈍い光が菜々美の目を射った刹那、左耳のピアスが熱を放った。
 菜々美の体へ、鋭い刃先が食い込もうとした時、空気がゆらりと揺らめき、光の粒子が弾ける。

「――菜々美!!」

 聞きなれた声と共に、大量の光が目の前を集まり、菜々美は思わず目を閉じた。
 一瞬の後、眩い光の粒が人の姿へと変化し、咲人が現れる。彼は人型を取っており、獣耳と尻尾を消していた。

(あ……咲人、さん……!)

 咲人を見た瞬間に、菜々美の胸が奥が安堵と喜びで打ち震えている。公園でろくろ首の男に襲われた時も、危ないところを助けてくれた。

(咲人さんが……助けに来てくれた……!)

「ぐっ、この眩しい光……っ、だ、誰だ……っ! くそおぉぉっ」

 恐怖と苛立ちに顔を醜く歪ませた山本オーナーが、刃先を咲人へ向け突進してきた。
 咲人は華麗に飛び退いてかわし、片手を突き出すと大量の光と共に妖力のつぶてを放つ。

「ご……、ぐふっ……」

 山本オーナーは刃物を落とし両手で顔を覆うと、膝をついて床に前のめりに倒れた。
 菜々美は美月を抱きしめたまま、視界が真っ白になり、眩しさに目を閉じる。
 ふわりと体が浮遊感に包まれ、はっとして目を開けると、真っ白な霧が周囲に立ち込め、菜々美たちの体がふわりと空中に舞い上がっていた。

「咲人さん……私たち宙に浮いて……」
「じっとしていろ。大丈夫だ」

 菜々美は彼の体にしがみつき、目を閉じる。
 世界中のどこより、咲人のそばが落ち着く。オレ様でぶっきらぼうなところがあるけれど、菜々美は彼のことを誰よりも信頼し、頼りにしているのだ。

 やがて菜々美と美月を抱き上げたまま、咲人は妖狐の姿に戻って地面を蹴ると空高く昇り――そのまま甘味堂夕さりへと向かった。


 ****


 店の中へ入ると、咲人は菜々美を下ろし、まだ気を失っている美月を長椅子の上に寝かせた。菜々美は美月の額に濡れタオルを置く。

「美月……」

 目を閉じていても美しい妹の顔を見つめ、大丈夫だろうかと心配している菜々美の背後から、咲人が静かに言った。

「軽い脳震盪のようだから、じきに気づくと思う。それにしても……美月という妹は、菜々美と似ていないな」

 今まで何度も言われたことのある言葉なのに、咲人から言われた途端、胸の奥が抉られるように痛んだ。
 そんな菜々美の表情を見た咲人が、ぐっと眉根を寄せた。

「――すまない。お前を傷つけるつもりはなかった」
「平気です。自分でも、美月とまったく似てないとわかっていますから……あの、助けに来てくれて、ありがとうございました」
「翡翠のピアスが教えてくれた。あの男が美月につきまとっていたという、カフェのオーナーか?」
「そうです。すっかりおかしくなってました。あっ、あの男は逃げてしまったんでしょうか?」

 菜々美の問いに、咲人は小さく首を横に振る。

「動けないように手足を縛ってきた。しかし、あのままではお前の母親と遭遇するかもしれない。菜々美、智子さんへ連絡を」
「あ……連絡……わかりました!」

 なぜ咲人が、菜々美の母の名前を知っているのだろうと、小さな疑問が脳裏をよぎったが、菜々美はまず母の智子へ連絡を取った。
 美月を狙った男が家に押しかけてきたこと、甘味堂夕さりへ避難していること、犯人は動けず、意識を失っていることを説明する。
 怪我はないかと心配する智子の声を聞いて、改めて山本オーナーの変貌した顔を思い出し、身震いした。
 そして警察にも連絡した。すぐに山本オーナーを捕まえに来てくれるそうだ。

 電話が終わると、咲人は人型を取り、獣耳と尻尾を消して、黒髪に戻っていた。そして菜々美がしているものと同じ、翡翠のピアスを取り出した。

「お前たちをあの男から離そうと、無意識のうちに俺の妖力で結界をくぐり、狭間まで飛んだが……念のためピアスを付けておく。ここから出たら自然と消えるように妖気を注いでいるから、お前の妹はここが狭間だということも、俺があやかしだということも、気づかないはずだ」

 咲人のすっと手が動き、一瞬のうちに美月の左耳へ、翡翠のピアスがつけられた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...