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五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆
その15 意識が戻った後で
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「あ……」
菜々美の意識が浮上し、そっと目を開けると、咲人の心配そうな顔が一番に目に飛び込んできた。
「気がついたか、菜々美。俺がわかるか?」
「咲人さん……? 私……気を失って……」
起き上がろうとして、肩にズキンと鈍い痛みが走った。思わず「痛……っ」と声が出てしまう。
「まだ起き上がらない方がいい。お前は肩を打撲している」
「打撲……? あっ、け、研也さんは? 蘭丸さんや瑠璃さん、明日香さんは……?」
「落ち着け。ここは『甘味堂夕さり』の二階の奥の部屋だ。待て! 起き上がるなと言ってるだろう。まったくお前は……! まだ横になってろ!」
普段はあまり大きな声を出さない咲人に怒鳴られて、菜々美は目を見開いた。彼が本気で怒っていることが伝わってきて、あわてて布団を引き上げ、頭まで覆う。
「まあまあ、咲人くん、心配なのはわかるけど、そう頭ごなしに怒ったら、菜々美ちゃんがかわいそうよ」
優しく割って入った声は瑠璃だ。そろりと布団から顔を出すと、心配そうな咲人の隣に腰を下ろした瑠璃が、菜々美をじっと見つめている。
「菜々美ちゃん、咲人くんが言ったように、一応手当をしたけど、まだ無理してはダメなのよ」
「瑠璃さん、あの……蘭丸さんは?」
「蘭丸は全身を強打して目を回していたけど、今は大丈夫よ。雪女のあたしの血をひいているから、回復が早いの。明くんや周囲の人が駆けつけてくれて、みんなでお店の片付けを手伝っているのよ」
店舗も皆も無事だとわかり、菜々美はホッと安堵する。
「それで、研也さんと明日香さんは……?」
瑠璃は横になっている菜々美の体をポンと布団の上から優しく叩いた。
「大丈夫よ。研也さんは落雷を受けて倒れたの。気を失っている間に咲人くんが傷の手当をしてあげたのよぅ。少し前に意識を取り戻したけれど、その時には憤怒を鎮めていたわ。あたしや蘭丸にもちゃんと頭を下げて、見越入道の姿で暴れたことをちゃんと反省して、詫びたのよぅ。だからもう心配はいらないと思うの。ねえ、研也さん?」
襖の向こうから、人型に戻った研也がそっと顔を出した。禿頭に包帯が巻かれ、頬にカットバンが貼ってあるが、大きな怪我はないようだ。彼はしゅんと肩を落とし、菜々美の前に来て、頭を畳みにつけるほど深く下げた。
「菜々美さん、申し訳ありませんでした……夕さりの修繕費も出します。本当にご迷惑をおかけしました」
「あ……研也さんが正気を取り戻して、騒動が落ち着いたんですね。よかった……」
安堵する菜々美に、研也は唇を噛みしめている。階段を上がってくる足音が聞こえ、明日香が部屋に入ってきた。
「菜々美さん、よかった、意識が戻って……!」
「明日香さん、お怪我は?」
「あたしは平気ですわ。それにしても研也さん……っ」
明日香が右手を振り上げ、研也の顔を平手打ちした。かなり痛そうな音が響いたが、研也は「本当に、ごめんなさい……」とつぶやき、項垂れたまま動かない。
「話も聞かずに飛び出すわ、見越入道になって暴れるわ、怒りで我を忘れるなんて、研也さんは本当に最低ですわね!」
「ごめん――」
「ごめんで済むなら、警察はいらないでしょう!」
初めて聞く明日香の怒声に、研也がびくっと肩を波打たせた。
「そ、そうですね……本当にすみませ……」
「最低ですわ、研也さんは……! 皆に迷惑をかけて……っ」
バシッ、バシッと明日香の平手が飛び、研也の両頬が真っ赤になる。
(わ、あ……明日香さん、やりすぎでは……)
また研也が見越入道になるのではと、菜々美は心配になったが、彼は明日香の平手攻撃をただ黙って耐えている。
明日香がようやく手を止め、大きく息を吸った。
「研也さんっ」
「は、はい……」
「あたしの言い方も悪かったと思っていますわ。研也さんの外見が好みではないと、失礼なことを言ってしまいましたから。あたしも反省しました。だから……もう一度だけ、デートしましょうか?」
「は? デート?」
顔を上げた研也は、両頬が赤く腫れている。明日香がすっと手を伸ばし、その頬をむぎゅっとつねった。
「い、痛い……っ、明日香さん……?」
涙目になった研也の頬を、明日香はさらに強くつねりながら、淡々と話す。
「外見だけでなく、ちゃんと性格や相性を見てください。あたしは本当は、こういう気の強い女ですのよ。それでも付き合う気があるなら、デートしてあげますわ」
「……デート、してくれるんですか?」
「ただし、短気で乱暴な男性は嫌いですわ。二度と暴れないと約束してください」
「わ、わかりました…… !」
頬の痛みと嬉しさの両方で、研也の目が潤んでいる。
彼は改めて、咲人の方を向き、大事になってすまなかったと反省した。
研也と明日香は、後日、改めて謝罪に来たいと話し、人界へ戻って行った。
(よかった……)
研也と明日香は元々悪い人ではないのだ。ちょっとした言葉の解釈から今回の騒動が起きてしまった。
外見だけじゃなく、相手全体に興味を持つこと。そうして好きになったら、きっと二人は幸せになれるはずだと思う。
部屋には、菜々美と咲人、そして瑠璃の三人になった。菜々美は両手を見つめる。
「私――あんなこと、初めてで……びっくりしました」
何が起こったか、よく覚えていないが、稲妻のような光を手から出したような気がする。
咲人が切れ長の目を細め、菜々美を見つめた。
「本当に無茶をする。初めてのくせに、大量に妖力を放出するなど……」
「あたしも驚いたわ。菜々美ちゃんが強い妖力を持っていたなんて」
「あの……妖力?」
(先ほどから二人が話している妖力というのは、あやかしが持つ力のことだよね。なぜ私が……?)
わけがわからず、菜々美が自分の手をぼんやりと見つめていると、瑠璃がため息をつき、咲人の方を見た。
「菜々美ちゃんは、さすが彼の娘さんね……。ねえ、咲人くん?」
「ああ、そうだな」
「ちゃんと話してあげなきゃ。困っているわよ」
「――わかっている」
咲人は眉根を寄せ、小さく息をついた。
菜々美の意識が浮上し、そっと目を開けると、咲人の心配そうな顔が一番に目に飛び込んできた。
「気がついたか、菜々美。俺がわかるか?」
「咲人さん……? 私……気を失って……」
起き上がろうとして、肩にズキンと鈍い痛みが走った。思わず「痛……っ」と声が出てしまう。
「まだ起き上がらない方がいい。お前は肩を打撲している」
「打撲……? あっ、け、研也さんは? 蘭丸さんや瑠璃さん、明日香さんは……?」
「落ち着け。ここは『甘味堂夕さり』の二階の奥の部屋だ。待て! 起き上がるなと言ってるだろう。まったくお前は……! まだ横になってろ!」
普段はあまり大きな声を出さない咲人に怒鳴られて、菜々美は目を見開いた。彼が本気で怒っていることが伝わってきて、あわてて布団を引き上げ、頭まで覆う。
「まあまあ、咲人くん、心配なのはわかるけど、そう頭ごなしに怒ったら、菜々美ちゃんがかわいそうよ」
優しく割って入った声は瑠璃だ。そろりと布団から顔を出すと、心配そうな咲人の隣に腰を下ろした瑠璃が、菜々美をじっと見つめている。
「菜々美ちゃん、咲人くんが言ったように、一応手当をしたけど、まだ無理してはダメなのよ」
「瑠璃さん、あの……蘭丸さんは?」
「蘭丸は全身を強打して目を回していたけど、今は大丈夫よ。雪女のあたしの血をひいているから、回復が早いの。明くんや周囲の人が駆けつけてくれて、みんなでお店の片付けを手伝っているのよ」
店舗も皆も無事だとわかり、菜々美はホッと安堵する。
「それで、研也さんと明日香さんは……?」
瑠璃は横になっている菜々美の体をポンと布団の上から優しく叩いた。
「大丈夫よ。研也さんは落雷を受けて倒れたの。気を失っている間に咲人くんが傷の手当をしてあげたのよぅ。少し前に意識を取り戻したけれど、その時には憤怒を鎮めていたわ。あたしや蘭丸にもちゃんと頭を下げて、見越入道の姿で暴れたことをちゃんと反省して、詫びたのよぅ。だからもう心配はいらないと思うの。ねえ、研也さん?」
襖の向こうから、人型に戻った研也がそっと顔を出した。禿頭に包帯が巻かれ、頬にカットバンが貼ってあるが、大きな怪我はないようだ。彼はしゅんと肩を落とし、菜々美の前に来て、頭を畳みにつけるほど深く下げた。
「菜々美さん、申し訳ありませんでした……夕さりの修繕費も出します。本当にご迷惑をおかけしました」
「あ……研也さんが正気を取り戻して、騒動が落ち着いたんですね。よかった……」
安堵する菜々美に、研也は唇を噛みしめている。階段を上がってくる足音が聞こえ、明日香が部屋に入ってきた。
「菜々美さん、よかった、意識が戻って……!」
「明日香さん、お怪我は?」
「あたしは平気ですわ。それにしても研也さん……っ」
明日香が右手を振り上げ、研也の顔を平手打ちした。かなり痛そうな音が響いたが、研也は「本当に、ごめんなさい……」とつぶやき、項垂れたまま動かない。
「話も聞かずに飛び出すわ、見越入道になって暴れるわ、怒りで我を忘れるなんて、研也さんは本当に最低ですわね!」
「ごめん――」
「ごめんで済むなら、警察はいらないでしょう!」
初めて聞く明日香の怒声に、研也がびくっと肩を波打たせた。
「そ、そうですね……本当にすみませ……」
「最低ですわ、研也さんは……! 皆に迷惑をかけて……っ」
バシッ、バシッと明日香の平手が飛び、研也の両頬が真っ赤になる。
(わ、あ……明日香さん、やりすぎでは……)
また研也が見越入道になるのではと、菜々美は心配になったが、彼は明日香の平手攻撃をただ黙って耐えている。
明日香がようやく手を止め、大きく息を吸った。
「研也さんっ」
「は、はい……」
「あたしの言い方も悪かったと思っていますわ。研也さんの外見が好みではないと、失礼なことを言ってしまいましたから。あたしも反省しました。だから……もう一度だけ、デートしましょうか?」
「は? デート?」
顔を上げた研也は、両頬が赤く腫れている。明日香がすっと手を伸ばし、その頬をむぎゅっとつねった。
「い、痛い……っ、明日香さん……?」
涙目になった研也の頬を、明日香はさらに強くつねりながら、淡々と話す。
「外見だけでなく、ちゃんと性格や相性を見てください。あたしは本当は、こういう気の強い女ですのよ。それでも付き合う気があるなら、デートしてあげますわ」
「……デート、してくれるんですか?」
「ただし、短気で乱暴な男性は嫌いですわ。二度と暴れないと約束してください」
「わ、わかりました…… !」
頬の痛みと嬉しさの両方で、研也の目が潤んでいる。
彼は改めて、咲人の方を向き、大事になってすまなかったと反省した。
研也と明日香は、後日、改めて謝罪に来たいと話し、人界へ戻って行った。
(よかった……)
研也と明日香は元々悪い人ではないのだ。ちょっとした言葉の解釈から今回の騒動が起きてしまった。
外見だけじゃなく、相手全体に興味を持つこと。そうして好きになったら、きっと二人は幸せになれるはずだと思う。
部屋には、菜々美と咲人、そして瑠璃の三人になった。菜々美は両手を見つめる。
「私――あんなこと、初めてで……びっくりしました」
何が起こったか、よく覚えていないが、稲妻のような光を手から出したような気がする。
咲人が切れ長の目を細め、菜々美を見つめた。
「本当に無茶をする。初めてのくせに、大量に妖力を放出するなど……」
「あたしも驚いたわ。菜々美ちゃんが強い妖力を持っていたなんて」
「あの……妖力?」
(先ほどから二人が話している妖力というのは、あやかしが持つ力のことだよね。なぜ私が……?)
わけがわからず、菜々美が自分の手をぼんやりと見つめていると、瑠璃がため息をつき、咲人の方を見た。
「菜々美ちゃんは、さすが彼の娘さんね……。ねえ、咲人くん?」
「ああ、そうだな」
「ちゃんと話してあげなきゃ。困っているわよ」
「――わかっている」
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