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渾身の一撃
しおりを挟む俺は地面を蹴って、助走を始める。よろよろの翼で空を掻いて加速する。
負けると分かっていたとしても勝たないといけない。
俺は足を地面から離した。体は空を切っていく。まっすぐに先代竜王の心臓めがけて、光のごとく進む。
「ヒャヒャヒャ。あいつ真正面から向かってきたよ」、「愚かだな。そこまで馬鹿だと怒りすら湧いてくる」
先代竜王は呆れている。
全ての人間はいつだって恐怖と戦っている。失敗するかもしれない。勝てないかもしれない。負けるかもしれない。落ちるかもしれない。死ぬかもしれない。
恐怖とは、生物の生命を守る上で最も大切な感情のうちの一つだ。これがなかったら多くの生物はすぐに死んでしまう。
「いけえええええええ!」
俺はさらに加速する。全身が弾丸のようになる。
恐怖があるから立ち止まれる。痛みあるから逃げることができる。そして、命をかけて恐怖を乗り越える時に勝利は訪れる。
「返り討ちにしてやる!」、「返り討ちにしてやる!」
負けるかもしれない。死ぬかもしれない。そのネガティブな思考をほんの少しだけ変えるだけで、人間は嘘のように前に進めるようになるんだ。
諦めなければ勝てるかもしれない。立ち止まらなけば勝てるかもしれない! もしかしたら俺にも何かができるかもしれない。たった一言で体に勇気が宿ってくる。心がスッと軽くなる。
俺は先代の竜王の手前まで来た。もうすぐ目の前に敵の胸の中心がある。ここを貫けば勝てる“かも”しれない!
「頭蓋骨から脳みそをぶちまけてやる!」、「腹から十二指腸を引きずり出してやる!」
先代の竜王はトゲだらけの右手を伸ばす。俺を空中で掴む気だ。
俺は、
「空想状態発動!」
と、叫んだ。
俺の体は存在が透け始める。虚ろになった現実は虚像となり、現世との関わりと断絶する。
世界と世界の狭間に体を滑り込ませる。もう誰も俺のことを知覚することはできない。
「急に消えたぞ!」、「どこへいった?」
先代の竜王は、キョロキョロと辺りを伺っている。
俺は透けた体でそのまま先代の竜王の体を通り抜けた。体を突き抜け、背中側に回る。もちろん敵にダメージはない。
「こんな力見たことがない」、「息子よ。落ち着け。これはおそらく竜の世界の能力ではない。さっきの小僧が単体で持っている別の能力だ。焦るな。おそらくそのうち出てくる」
俺は先代の竜王の背中側から、再び加速。うなじの部分を狙って流星のように空を切る。
ぐんぐんぐんぐん加速する。周囲の景色は流れ星のように背後に流れる。
そして、
「空想状態解除!」
瞬間、俺の体は存在を取り戻した。虚像は実像になり、現実の世界に身を委ねる。俺の両目はまっすぐにうなじの部分を捉えている。ここを貫通すれば、即死させられる!
「いけえええええええ! 俺は絶対に諦めないっ!」
そして、俺は全身全霊の全ての力を右手に込めて、うなじに体当たりをしようとする。
体が空気を切る。右手に熱がこもる。負ける気などもうしない!
そして――
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