ヒロインに化けたら溺愛コースッ!? って今貴方が断罪しようとしている公爵令嬢も『私』なんですがっ!?

神崎 ルナ

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第6話 現実の恋愛は、恋愛小説より奇なり? ( 中 )

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(え?)

 咄嗟に扉の方を見るがそこには誰の姿もない。

(どういうこと?)

 ケイトと顔を見合わせていると有り得ない方向から声がした。

「歓談中、不躾な声を掛けてしまって済まない。少し聞きたいことがあるのでそちらへ行ってもいいだろうか?」

 聞いたことのある声だった。
 
 すぐに思い当たりロクサーヌはケイトを見た。

 ケイトが頷いたのでロクサーヌが返事をする。

「よろしくてよ。ヴィズニール伯爵令息」

 すると隣の進路相談室の方で物音がし、扉が開いたような音が聞こえ、程なくしてこちらの扉が開いた。

「邪魔をしてすまない。ああやはり、クライスト公爵令嬢でしたか」

 その言葉に真っ先に反応したのはケイトだった。

「こちらこそ失礼致しましたっ!! それでは私はこれでっ!!」

 そう言って立ち上がろうとしたケイトの制服の上着の端をロクサーヌが掴んだ。

「あらダメよ。まだお話が途中じゃない。ヴィズニール伯爵令息、こちらケイト・サンディ子爵令嬢よ。ケイト。こちらはノワール・ヴィズニール伯爵令息よ」

「こんにちは。サンディ子爵令嬢。先日はありがとう」

「いえ、そんな。大したことではないです」

「お知り合いなの?」

 ロクサーヌの問いに答えのはノワールだった。

「彼女は美化委員だからね。その兼ね合いでちょっと」

「そうでしたの」

「それで少し聞こえてしまったのだけれど。お姫様抱っこがどうしたって?」

「忘れて下さいっ!!」

 ケイトが反駁するがノワールは軽く首を傾げた。

「いやそこまで反応する? ちょうどこっちも聞きたいことがあったし」

「聞きたいこと、ですか?」

「ああ。聞き耳を立てていたようになってしまったのは謝罪させて欲しいんだが。実は――」

 ノワールの話を要約するとこうだった。

 最近までノワールには婚約者が居たのだけれど、その相手が『貴方のような女心の分からない朴念仁よりももっと素敵な相手を見つけたから』と破談になったのだそうだ。

「彼女とは親が決めた政略結婚だったはずなんだが。……俺としてはどうしてそうなったのか未だ訳が分からないんだが」

 勿論相手側の有責で賠償金の支払いの手続きも済んでいるが釈然としないらしい。

「まあ向こうの親は彼女に大分甘いからね。何かは起きるだろうと思っていたけれど」

 この流れは想定外だったらしい。

「一応花は贈っていたし、それなりに顔を会わせてはいたのだが、こちらとしては何が悪かったのかサッパリなんだ」

 そんな時ロクサーヌ達の会話が耳に入ったとのことだった。

「不躾で申し訳ないのだけれど、何が互いの齟齬を生んだのか是非とも教唆して欲しいのだが」

 恐らく本当はこんなことは頼みたくないのだろう。

 実はロクサーヌは生徒会関連でノワールと話したことがあった。

 ダルロがあまりにも仕事の進みが遅いため、こっそりとロクサーヌが手伝ったことが何度もあるのだ。

 これまで見たこともないほど固い口調と表情に一瞬どう答えるのが最適解か、とロクサーヌが悩んでいると、先ほどまでの遠慮はどこへ行ったのかという体でケイトが身を乗り出した。

「そういったことでしたら勿論っ!! お力になりたいですっ!! ですがその前に敢えて言わせて頂きますがその女性はヴィズニール伯爵令息が気に掛けることもない方だと思うのでもうお忘れになった方がいいかもしれませんね」

 ケイトの後半の台詞にはロクサーヌも頷いた。
 
 貴族の結婚の殆どは政略結婚だ。

 なのに『女心が分からないから、婚約解消』というのは有り得なかった。

 家と家の繋がりをあまりにも無視した発言だった。

 更にケイトが続けた。

「貴族間の結婚は殆どが政略結婚でしょう? それなのに『女心が分からないから』なんて曖昧な理由で破談なんてありえませんっ!! 恐らくその方はずっと以前から他に想う相手が居たに違いありませんっ!!」

 恋愛小説好きと思っていたが、現状を理解できないほどにはのめり込んでいないことを知ってロクサーヌがほっとしていると、ケイトがこちらを見た。

「それでは早速ですがヴィズニール伯爵令息にもこの小説を読んで貰っても構いませんね?」

「ええ。勿論よ」

 ロクサーヌがそう答えると何故かノワールが慌てたようだった。

「え? それ、俺も読むのか?」

「当たり前でしょう!? その『女心うんぬん』の方は放っておくにしても女性の心境を探るにはいいお手本ですから」

「お手本って」

 何やら頭を抱えているようなのでロクサーヌも助け舟を出す。

「ヴィズニール伯爵令息。その本はそれほど難しくはないのですぐに読み終わりますよ」

 いやそういう意味じゃないんだがとか何とか言っているようだったが、ケイトはさっさとその小説をノワールに押し付けてしまった。

「では読み終わりましたら感想のほど、よろしくお願い致します」

 そう告げてにっこり笑ったケイトは場の主導権を間違いなく握っていた。



 翌日――。

「どうでしたかっ!?」

 昨日と同じく進路相談準備室にはロクサーヌを始めとした面子メンバーが揃っていた。

 最後にノワールが入室すると待ちかねたようにケイトが尋ねる。

「いや、どうって。うん。まあ――良かったね」
 
 対するノワールの歯切れは悪い。

 どうやら何かが引っ掛かっているようだった。

 確かに、とロクサーヌは思う。

 この恋愛小説は女性向けに書かれたものだ。

 文章も一人称が多く、主人公に感情移入し易いように書かれている。

 設定も少々甘い、というところがみられるが読み物としては何ら問題はない。

 しかし男性の視点で見ると大分違ってくるのだろう。

 ロクサーヌは敢えて優しい口調を心掛けた。

「これは女性向けに書かれたものですからヴィズニール伯爵令息には少し読み難かったかもしれませんが、是非男性側から見た感想もお聞きしたいですわ」

 ケイトが賛同するようにコクコクと頷いた。

「お願いします。ヴィズニール伯爵令息様」

「だから、『様』は要らないと。分かりました。まず最初にグルニール領地の治水の解決方法ですがあれは少しばかりご都合主義が見て取れたね」

「「――は?」」

 思わぬ言葉にロクサーヌとケイトの台詞が重なった。

「水路を通す土地の水はけが良すぎるのを解消するために使われたのが、前章で出て来た魔物を倒した際に出来た残骸を混ぜると石のように固まって、水路の基礎工事に大いに貢献するだなんて、非常に都合のいい展開だと」

「ええと。ヴィズニール伯爵令息?」

 違う。そうじゃない。

 ロクサーヌもその辺りは都合のいい展開だと思ったが、今聞きたいのはそれではない。
  
 ケイトの必死の眼差しに何かを感じたのかノワールが軽く咳払いをした。

 ちなみにその解決策を講じたのは主人公ヒロインである。

 主人公の前世ではその方法は広く知られていたらしく、何故その方法を取らないのか、とうっかり口に出してしまい、それを耳に入れたジークが実践したのだ。

(確かにご都合主義よね)

 思うところは少しあるが、とにかく今はそれを追求したいわけではない。

「そうだね。まあ侯爵令息の相手が幾ら前世が伯爵令嬢でもこれは厳しいと思ったね」

(やっぱり)

 上位貴族と下位貴族の慣例や礼儀はかなり隔たりがある。

 百歩譲って上位貴族に講師を頼んだとしても引き受けて貰えるかも怪しい。

 ノワールはまずそんなことから話し出した。

「っと。多分聞きたいのはそこじゃないみたいだから例の『お姫様だっこ』の場面に移ろうか」

「お願いします」

「……何というか、俺達の世代でアレはちょっときついと思うよ」

「はい?」

「うーん。もしそんな注目の場でそんなことをしたら婚約確定だし、後々かなり揶揄われると思うから、俺達の年代ではしないと思うけど」

「……何というか夢も希望もない発言、有り難うございます」

 生気の抜けた目でケイトが答えるとノワールは慌てた様に付け加えた。

「いや。ただの一般論だから。小説の世界までこんなことを持ち込んで済まなかった」

 謝罪されたが殆ど意味を成さないように聞こえた。

 だがいつも落ち着いているように見えたノワールが取り乱している様は新鮮にも思えた。

 ケイトと出会って偶然からノワールも巻き込んだ感想会。


(こういうのも、悪くない)

 ロクサーヌはほんの少し気分が軽くなったのを感じていた。 




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