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第26話 シュガルト国王の番 ④
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「恐らく鎮静剤の摂りすぎですな」
サントワール医師はヤギの獣人のようだった。
王城へ勤めて長いのか、取り乱したアンジェ嬢にも動じず軽く宥めるとベリルの診察に入った。
「……は? 鎮静剤?」
アンジェ嬢が低い声を出した。
「作成されたのは恐らく筆頭魔術師殿と思われますのでお話を伺わないといけませんな」
部屋を飛び出して行く侍従を横目にアンジェ嬢がローズに詰め寄った。
「どういうこと!? 鎮静剤って何っ!? 貴女、運命の番じゃないのっ!? それともそんなにお義兄さまのことが嫌いなのっ!?」
ローズが答えられないでいるとマチルダが侍女に合図をするのが見えた。
「さあ、アンジェ様。トリコロール教師がお待ちですよ」
「ええー」
不承不承といった様子でアンジェ嬢が退出して行った。
最後にローズのことを睨むように見ながら。
アンジェ嬢の言葉も態度も最もなのでローズに掛けられる言葉はなかった。
そんなローズの様子を見て何と思ったのかサントワール医師が声を掛けた。
「陛下の番様ですな。ジャクラン・サントワールと申します」
「ローズ・ファラントと申します。これからお世話になります。よろしくお願い致します」
ベリルはまだ眠っているように寝台に横たわっていた。
呼吸は辛うじてしているのが分かるがこれまでと比べるとあまりにも心もとなく思えた。
(大丈夫なのかしら)
ローズが口を開きかけた時、扉が叩かれ、答える間もなくそれが開いた。
「陛下が御倒れになられたとは本当ですかっ!?」
つい先ほど番休暇を取ると言っていたリヨンだった。
「サンドリウム殿。先ほど番休暇を取るとか言われていたのでは?」
「申し訳ありませんがそれは取り消――」
リヨンの肩が後ろから来た誰かにがし、と掴まれた。
「す、なんて言わないよな」
疑問符の付かない問い掛けをしたのは、がっしりした体躯の恐らく犬と思われる獣人だった。
「アレン。だから今は――」
言い募るリヨンの言葉をぶった切るようしにして犬の獣人がローズを見た。
「王妃様にはお初にお目に掛けます。第3騎士団団長を務めますアレン・クロックと申します」
「ローズ・ファラントです。こちらこそよろしく――」
「悪いがちょいと急ぎなんでこのまま失礼させていだきますよ」
ローズの挨拶を遮るとアレンはリヨンを抱え上げて体の向きを変えた。
「何するんですかっ!! 幾ら何でも番様に失礼――」
「文句は後で聞く。ったく酷い顔色しやがって。何徹してんだよ」
項の辺りで括った長い黒髪を靡かせながらさっそうと歩く姿は堂々としており、目を引くものがあったが、その内容にローズはハッとなった。
何轍とは――もしかして全く寝ていないということ?
この婚姻行列や警護の采配やらで忙しくしているのを知っていただけに、その言葉は衝撃的だった。
「寝てないんですか?」
「あ、いや、これ位のことは何でも――」
「なくないよな。ってことですいません。ちょっとこいつ借りますね」
ふと見るとマチルダもどことなく冷めた目をしていた。
「良く休んで下さいね。サンドリウム殿」
「いや、こいつと一緒だと休むというか、って待て、てっ!!」
問答無用で仕事中毒者が連行されて行くと、室内に何とも言えない空気が流れた。
「少し場所を変えましょうか」
気を取り直すようにサントワール医師が告げた言葉に反対の声は上がらなかった。
「それで鎮静剤の件ですが――」
別室に落ち着いてローズが口を開くとサントワール医師が軽く首を振った。
「申し訳ありませんがそれは製作者の筆魔術師殿を待たないと何とも。しかし、筆頭魔術師殿もそれ程強い物をお渡ししたのかお聞きしないといけませんな」
その時扉を叩く音がした。
「入りなさい」
「失礼します。ギルバート・ブラウン様をお連れ致しました」
「ギルバート・ブラウンにございます。王妃様にはお初にお目に掛けます」
入室して来たのは小柄な兎の獣人のようだった。
白い髪に赤い目をしており、どう見ても十代の少年にしか見えなかった。
(この人が筆頭魔術師?)
「これでも三十路は行っているんですが」
眉を下げた様子はどう見ても未成年にしか見えなかった。
「ごめんなさい」
「いいですよ。慣れてますから」
微妙な空気になりかけたそこを人生経験の差かサントワール医師が切り替えるように告げた。
「早速で恐縮なのですが筆頭魔術師殿。陛下に渡した鎮静剤の成分を教えて貰えないでしょうかな」
医師も魔術師も人を救うのは同じ。
学校で最初に教えられる理念なのだが、いざ当事者となるとこれが上手く行っている国は珍しい。
サントワール医師の言葉には蟠りも敵意も含まれていないように聞く者には聞こえた。
筆頭魔術師も気負いなく答える。
「ああ。それでしたらベージュ草と香草の131番を基本にした――確か見本がそちらに届いているかと」
その言葉にああ、とサントワール医師が呟いた。
「確かに受け取りましたよ。ですがあれはそれほど副作用はなかったはずですが」
(それではどうして――)
ローズの疑問を余所に筆頭魔術師のギルバートがこちらを見て頷いた。
するとサントワール医師も同じようにしてから呟いた。
「規定量を越えて飲み過ぎたのですな」
サントワール医師はヤギの獣人のようだった。
王城へ勤めて長いのか、取り乱したアンジェ嬢にも動じず軽く宥めるとベリルの診察に入った。
「……は? 鎮静剤?」
アンジェ嬢が低い声を出した。
「作成されたのは恐らく筆頭魔術師殿と思われますのでお話を伺わないといけませんな」
部屋を飛び出して行く侍従を横目にアンジェ嬢がローズに詰め寄った。
「どういうこと!? 鎮静剤って何っ!? 貴女、運命の番じゃないのっ!? それともそんなにお義兄さまのことが嫌いなのっ!?」
ローズが答えられないでいるとマチルダが侍女に合図をするのが見えた。
「さあ、アンジェ様。トリコロール教師がお待ちですよ」
「ええー」
不承不承といった様子でアンジェ嬢が退出して行った。
最後にローズのことを睨むように見ながら。
アンジェ嬢の言葉も態度も最もなのでローズに掛けられる言葉はなかった。
そんなローズの様子を見て何と思ったのかサントワール医師が声を掛けた。
「陛下の番様ですな。ジャクラン・サントワールと申します」
「ローズ・ファラントと申します。これからお世話になります。よろしくお願い致します」
ベリルはまだ眠っているように寝台に横たわっていた。
呼吸は辛うじてしているのが分かるがこれまでと比べるとあまりにも心もとなく思えた。
(大丈夫なのかしら)
ローズが口を開きかけた時、扉が叩かれ、答える間もなくそれが開いた。
「陛下が御倒れになられたとは本当ですかっ!?」
つい先ほど番休暇を取ると言っていたリヨンだった。
「サンドリウム殿。先ほど番休暇を取るとか言われていたのでは?」
「申し訳ありませんがそれは取り消――」
リヨンの肩が後ろから来た誰かにがし、と掴まれた。
「す、なんて言わないよな」
疑問符の付かない問い掛けをしたのは、がっしりした体躯の恐らく犬と思われる獣人だった。
「アレン。だから今は――」
言い募るリヨンの言葉をぶった切るようしにして犬の獣人がローズを見た。
「王妃様にはお初にお目に掛けます。第3騎士団団長を務めますアレン・クロックと申します」
「ローズ・ファラントです。こちらこそよろしく――」
「悪いがちょいと急ぎなんでこのまま失礼させていだきますよ」
ローズの挨拶を遮るとアレンはリヨンを抱え上げて体の向きを変えた。
「何するんですかっ!! 幾ら何でも番様に失礼――」
「文句は後で聞く。ったく酷い顔色しやがって。何徹してんだよ」
項の辺りで括った長い黒髪を靡かせながらさっそうと歩く姿は堂々としており、目を引くものがあったが、その内容にローズはハッとなった。
何轍とは――もしかして全く寝ていないということ?
この婚姻行列や警護の采配やらで忙しくしているのを知っていただけに、その言葉は衝撃的だった。
「寝てないんですか?」
「あ、いや、これ位のことは何でも――」
「なくないよな。ってことですいません。ちょっとこいつ借りますね」
ふと見るとマチルダもどことなく冷めた目をしていた。
「良く休んで下さいね。サンドリウム殿」
「いや、こいつと一緒だと休むというか、って待て、てっ!!」
問答無用で仕事中毒者が連行されて行くと、室内に何とも言えない空気が流れた。
「少し場所を変えましょうか」
気を取り直すようにサントワール医師が告げた言葉に反対の声は上がらなかった。
「それで鎮静剤の件ですが――」
別室に落ち着いてローズが口を開くとサントワール医師が軽く首を振った。
「申し訳ありませんがそれは製作者の筆魔術師殿を待たないと何とも。しかし、筆頭魔術師殿もそれ程強い物をお渡ししたのかお聞きしないといけませんな」
その時扉を叩く音がした。
「入りなさい」
「失礼します。ギルバート・ブラウン様をお連れ致しました」
「ギルバート・ブラウンにございます。王妃様にはお初にお目に掛けます」
入室して来たのは小柄な兎の獣人のようだった。
白い髪に赤い目をしており、どう見ても十代の少年にしか見えなかった。
(この人が筆頭魔術師?)
「これでも三十路は行っているんですが」
眉を下げた様子はどう見ても未成年にしか見えなかった。
「ごめんなさい」
「いいですよ。慣れてますから」
微妙な空気になりかけたそこを人生経験の差かサントワール医師が切り替えるように告げた。
「早速で恐縮なのですが筆頭魔術師殿。陛下に渡した鎮静剤の成分を教えて貰えないでしょうかな」
医師も魔術師も人を救うのは同じ。
学校で最初に教えられる理念なのだが、いざ当事者となるとこれが上手く行っている国は珍しい。
サントワール医師の言葉には蟠りも敵意も含まれていないように聞く者には聞こえた。
筆頭魔術師も気負いなく答える。
「ああ。それでしたらベージュ草と香草の131番を基本にした――確か見本がそちらに届いているかと」
その言葉にああ、とサントワール医師が呟いた。
「確かに受け取りましたよ。ですがあれはそれほど副作用はなかったはずですが」
(それではどうして――)
ローズの疑問を余所に筆頭魔術師のギルバートがこちらを見て頷いた。
するとサントワール医師も同じようにしてから呟いた。
「規定量を越えて飲み過ぎたのですな」
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