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第41話 仮面舞踏会 ③

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 ~~??? side~~ 


 宴は順調に運んでいるようだった。

 庭園へと続く扉は大きく広げられ、大広間の陽気な笑い声と女性達の纏った香水の匂いを拡散するのに役立っていた。

(よくやるもんだね)

 着飾った人々の間で委縮していたのは遠い昔の自分。
 
 今の自分にはそんな繊細さなど微塵も残ってなかった。

(だけど『仮面』舞踏会だなんて一体どういうことなんだか)

 以前は違っていた。

 ごく普通の舞踏会であり、人々はここまで凝った衣装ではなく、顔もはっきり見えていた。
 
 獣人相手に顔を隠してもあまり意味がない。
 
 それよりも人族の王妃が顔を覚えられなくて苦労しそうだが。

(まあ、あたしみたいなのも入り込みやすくていいだろう)

 黒いローブを頭からすっぽり被り、杖を付いた姿は絵本に出て来る魔女を窺わせた。

 これに仮面を付ければ平民の多い第3の間位なら何とか入ることが出来た。

(それに今回は奥の手があるからね)

 何度も繰り返す時間遡行の中で同じように『前』を覚えていた筆頭魔術師。

 彼も自分と同じように番を無くしていた。

『使えるモノは何でも使いますよ』

 何度か違う平行世界で会った彼は暫く見ない間に大分肝が据わって来ていたようだ。

 それでもぎりぎりの線を狙った今回の策の肝は――。



『おや、これは筆頭魔術師殿。こんなところまでどうしました?』

(この声は――)

 庭園の方を見るとかつての番に捕まっている筆頭魔術師がいた。

『これは失礼しました。会場の熱気に中てられてしまい、少し夜風に当たっておりました。すぐに戻ります。サンダース副団長殿』

 言葉は丁寧だが態度が固いのが丸わかりだった。

(もう少し演技力も身に付けた方が……今更遅いか)

 そんな態度では却って相手の関心を集めてしまうだろう。

 そうしてやはり、というか迫られていた。

(ええと、サンダース副団長は女性だったね)

 何だか随分と男前な副団長さんだと思うのは時代遅れかもしれない。

(案外今はこっちの方が主流なのか)

 半ば遠い目になりながら風の魔術で話を聞いていると(今後の作戦のためにだよ。断じて出歯亀じゃない)、ちょうど具合よくというか、結界に反応があった。

(おやおや)

 筆頭魔術師はそれをネタに転移して逃げたが、あれじゃあ追い掛けてくれと言っているようなもんだ。

 現に副団長殿は周囲の警護をしていた騎士達に声を掛けて駆け出していた。

(あれは追い付かれるのも時間の問題かね)

 思わず心の中で幸運を願ってしまったが、そんなことをしている場合じゃないと思い知らされるのは少し先の話だった。



(あれは何だい?)

 ほろ酔いの者も出始め、そろそろ庭伝いになら第2の間位までは行けるだろうと移動している最中のことだ。

 恐らく諸侯への挨拶も済んだのだろう。

 この国の国王夫妻と見られる二人が第1の間の端まで来たのだ。

 繋がっているとはいえ、その境は何人もの騎士が固めており、仮面舞踏会とはいえ迂闊な行動は出来ないようにされていた。

 その位置なら第2の間からでも覗き見ることが出来た。
 
 白銀の衣装の王妃の隣には漆黒の色を纏った衣装の陛下。

 傍から見れば似合いの番だろう。

 だが、何かが違う。

 そのことに気付いたのは主に獣人達だった。

 戸惑いが広がる彼らと同じく違和感を感じていた。

(あれは誰だ?)

 背丈もがっしりとした体躯もよく似ている。

 だが、かつての『番』を見間違う訳がなかった。

(前にはこんな流れはなかった)

 混乱しかかった時、人族の王妃が口を開いた。

「お集まりの皆様、これよりちょっとした遊戯をしたいと思います」

(遊戯?)

 そこで王妃が漆黒の衣装を身に纏った陛下の方を仰ぎ見た。

「獣人の皆様にはもうお分かりかと思いますが、こちらにいらっしゃる陛下は影武者です」

 ざわり、と場がざわつく。

「今宵は皆様忌憚なく夜を過ごして頂きたいと思いましたが、この状況では楽しめない方もいらっしゃると思い、ちょっとした余興をご用意致しました」

 その後の説明によると人族の女性限定で本物の陛下を探すのがこの余興の主旨であり、参加は自由。

 制限時間は宵8つの鐘が鳴るまで。

 そして見事陛下を探し当てた女性は、後日開かれる王妃主催のお茶会に優先的に参加する権利を得られる。
 
 それを聞いた女性達(主に下級貴族と思われる)達の空気が変わったようだった。

 お茶会は情報収集の場であり、王妃主催となれば少なくとも侯爵以上の者しか参加できない。
 
 ちなみに参戦しない獣人や人族の男性らは制限時間内に陛下を見付けられるかどうかの賭けに参加することが出来る。

 それを聞いて男性陣がわっ、と声を上げた。

(やれやれ。こっちの方が盛り上がりそうだね)

 しかし、こんなことをしていていいのだろうか。

 時期的にベリルが命を落とすのはこの舞踏会が一番可能性が高い。

「それでは参加ご希望のご婦人はこちらの手帳をお受け取り下さい」

 それを聞いて、おやま、と思った。

 ――舞踏会の手帳。

 小さなそれは主に女性が手首に括り付けており、舞踊ダンスの相手をして欲しい男性が自分の名を書かせて貰う。

 現在は殆ど廃れた慣習であり、知っているのだろう世代からは、おや、とか、あら、と言った声が漏れていた。

「陛下らしい男性を見付けましたらこう仰って下さい。『もし貴方様が私の思っている方であればどうぞここにお名を下さい』と」

 そう告げて男性がこの国の国王の名を書いたら本人だということになる。

 参加を希望する女性は意外と多かったようで、途中何度か手帳が追加されていた。

「ではこれより始めます」

 王妃の宣言と共に余興が始まった。

 楽し気に三々五々に散って行く女性達を横目に、

(全く肝が据わってるというか)

 今の王妃はあの銀の髪飾りの記憶を見たはずだ。

 それなのに表面上は少しも動揺しているようには見えなかった。

 恐らく何か策があるんだろうが。

(さて、お手並み拝見と行こうじゃないか)

 どことなく俯瞰した姿勢になってしまった感は否めない。

 もう自分の番はこの世にいないのだから。

 ある意味自分は傍観者だと思っていた彼女の前に転がるように一人の獣人が現れた。

「すみません。ちょっといいですか」

 侍女の恰好をしているがその声と骨格からして男性だと分かる。

 仮面舞踏会なので仮面を被っているがその獣耳から犬の獣人かと予測を立てていると、

「あの、ちょっと落とし物をしてしまって」

 手伝ってくれないか、と言われ断ろうとしたのだがその涙目を見て諦めた。

「分かったよ。手伝うから泣き止みな」
 
 懐からハンカチを取り出し、渡してやった。

「有難うございます」

 こっちです、と庭の奥へと進んで行く『侍女』に付いて行くがどんどん灯りのない場所へ連れて行かれているようだった。

(これは何か釣れたかい?)

 表面上は何でもないふりをしながら付いて行くと、東屋ガゼボらしい小屋が見えてきた。

 そこには一つだけ灯りがあり、よく見ると誰かいるようだった。

 足が止まった。

(あれは――)

「どうしました?」

 犬の獣人――やや背が高いが侍女服を着こなせる体躯とこの口調は。

 番の傍らにいつもいる側近リヨンではないか。

「……急用を思い出した。悪いけれど失礼するよ」

 身を翻そうとするとその腕を取られる。

「ここまで来てそれはないでしょう。主もお待ちですよ」

「ご託はいいから手を放すんだね」

 言い合っているとかつて見知った気配がした。

「ようやく見つけたぞ」

 東屋から走って来たのだろう。

 漆黒のマントの端が揺れていた。

 ああ、と思う。

 その声はもう随分前に聞いたものと少しも変わらず。

 懐古と思慕とどうにもならない後悔とが混ざり合った気持ちで口を開く。

「何のことでしょう」

 一歩、一歩でいい。
 
 ここで下がることが出来れば先ほどの筆頭魔術師のように転移の術を展開することが出来る。

(人のことなど言えないね)

 自嘲していると逆に一歩迫って来られた。

「往生際が悪いな。俺が分からないとでも思ったのか」

 これでは術を展開できない。

 何とか逃げる算段を、と脳内を回転させているうちに何故か身体が抱き上げられた。

「……相手をお間違えです。陛下」

「間違えてなどいない。お前もそうだろう」
 
 これでは転移どころか宙に浮くのも不可能だった。

 歯噛みしたくなるのを必死に堪えていると、

「一人だけで何もかも抱えようとするな」

 その口調に違和感を感じて思わず見上げてしまい、その顔を見て分かってしまった。

 だが、まだ信じられない。

「まさか――」

「ああ。そちらの『事情』は知っているから心配するな。さて、今回の目的は果たしたな。行くぞ」

「了解です。俺もさっさとこの衣装脱ぎたいですし」

「その辺はアレンと相談しろ」

「はい? 何ですかそれ」

「番休暇の最中に済まなかったな。もう行っていいぞ」

「いや、よくないですよっ!! もうここまで来たら俺も付き合いますってか、陛下の大事にのうのうと休暇なんて取ってられませんって!!」

 その間にもどんどん歩が進み、ついには王城の奥まった一室まで連れて来られてしまった。


「さて。ここまで来たら話せるな?」

 亡くしたものが目の前にある。

 あの時自分が愚かだったために亡くしたものが。

 ここまで来たら頷くしかなかった。


 

 
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