かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ

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第55話 こんなはずでは…… (ジャッキーside)

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 ミスをしたつもりはなかった。

 だが実際ジャッキーは騎士達に捕まり、間者として取り調べを受けるなか、急に『片親が獣人の者』を知らないか、と質問された。

『知らないわ』

 ミスではない、と思いたい。

 迷路のような保管庫で五日目をすごし、うっかり鏡のような形をした魔道具の装飾に手をひっかけ、血を付けてしまったことなど。

 すぐに布で拭ったから見た感じはなんともないがここは鼻の利く獣人の国である。
 
 そして血を吸った魔道具はなぜか淡く光を放ち、それまで室内を写していた鏡面に黒と灰色の流れのような模様が浮き出て来た。

 あれよあれよという間にそれまで見つからなかった扉を開けて突入してきた騎士達に捕縛され、尋問を受け、すぐに片親しか獣人でないと見破られてしまった。

 そして保管庫に保管してあった鏡の形をした魔道具の見張りを命じられてしまう。

「なんなのよ。一体」

 途中まではなんの問題もなかった。

 あるとすれば――

「サリンジャーのばか」

 勝手についてきたくせに彼のへまのせいで騎士達に捕まってしまったのだ。

 サリンジャーが宝物庫ではないか、と目星をつけた部屋は実は魔道具の保管庫で、だが魔道具とはいっても精緻な細工に思わず見とれていると、サリンジャーが、そう言えばと告げた。

『ごめん。ここって魔道具の保管庫だったみたいだな。それにくわえて方向をくるわせる呪いがあちこちにあるみたいだ』

『はあ!?』

 気付いたときには遅く、振り返ってもすぐ近くにあったはずの扉が見当たらない。

 慌てて戻るも似たような背の高い棚がいくつも並び、まるで迷路のような様相を成していた。

『なによこれ!?』

『ここにある魔道具の盗難防止じゃないかな。たぶん魔術師か、決められた手順じゃないと出られないかもしれない』

『なに悠長なこと言ってんのよ!! さっさと入って来た扉を探しなさいよ!!』

 思わず怒鳴るも結局、騎士達に捕縛されてしまった。

 さらにその際に五日も放っておいたのは上司の指示だと聞かれされた時にはどうしてくれようかと思ったものだ。

『死んだらどうするつもりだったのよ』

『なに、その時はその時だ。どちらによせ侵入者に変わりはないからな。死にかけたら救助に迎えとは言われていたが、ずいぶん持ったな』

 服の隠しに非常食を隠しておいたのは良かったのか悪かったのか。

 それにしてもサリンジャーは許せない。
 
 どうやったら宝物庫と保管庫を間違えられるのよ!!

 素人ならともかくサリンジャーもあるていどの経験はあるはずだ。
 
 捕まった際、サリンジャーとは別の部屋で取り調べを受けたため、それ以降の彼の動向は知らないが、恐らく牢にでも収容されているのだろう。

「いい気味だわ」

 稼働した魔道具である鏡は保管庫の隣室に移動させられ、ジャッキーもそこで待機させられることになった。

「どうしてあたしなのよ」

 現在ジャッキーは魔道具の置かれた小部屋に閉じ込められていた。
 
 当然廊下には見張りの騎士がいる。

 反射的に天井を見るがそこにも見張りはいるだろう。

「やってられないわ」

 うっかりなにかお宝でもないかと欲をかいたためにこうなってしまったのだから正に自業自得である。

 食事は持って来てもらえるが、自分と同じ侍女のお仕着せを着た者に給仕されるのはやるせない気分になる。

 というか、着替えくらいさせてほしいんだけど。

 三度目の食事を運んで来た侍女にそう言うと、持って来た着替えはなぜか同じような侍女のお仕着せだった。

 ……なぜ?

 思わずもれた問い掛けには『主の命にございますので』としか返して貰えなかった。

 いやだから何で?

 こう言ってはなんだが自分は不法侵入した身である。
 
 いくら見張りを付けているとはいえ、仕事を任せていいのだろうか。

 なんとか隙を見て逃げ出さないと。
 
 特にこの国はだめだ。

 まだ幸いにも王妃と顔を合わせていないが、万が一ということもある。

 聞かされたところによるとこの魔道具は遠距離の相手と話をすることができるとのことだった。

 確かにそれだけ聞くとすごいと思う。

 手紙を移動させる転移陣はあるが、人を移動させるものは失伝しているらしく、もはやおとぎ話だった。

 だが、稼働したのが片方だけでは意味がなかった。

 幸いにも現在もう片方の魔道具があると思われる場所はおおまかには予想がついているので、早馬を飛ばしているという。
 
 便利かもしれないが、そう聞かされてもいまいピンと来ない。

 なんだかつながるまでが大変そうだ。

「まったく。こんなの変わるわけ――」

 絶対に隙を見て逃げ出してやるんだから。

 幾度目かの決意を込めて絵の具を溶いたような鏡面を睨んでいると、ふいに鏡面の中に変化が現れた。

「なに?」

 その間にも鏡面の中は鮮明度を増し、やがてどこかの室内と幾人かの人物を映し出した。

(げっ)
 
 その中にシュガルト国国王の姿を認めたが、その動揺を大声を上げることでごまかす。

「え、嘘!! 本当に繋がっちゃったの!? サンダース様に伝えないと!!」

 作法を心得ている侍女とは思えない態度だが、会話を最小限に抑えて素早く立ち去るにはそれしか思いつかなかった。

 鏡の向こうで呆気に取られているような空気が流れているのが伝わってきたが、とにかく早く、と彼らの視界から逃れて扉を叩き、取り次ぎを頼む。

「魔道具に反応が現れました!! サンダース様にお伝えください!!」

 そう叫ぶと扉の外にいた騎士らしい人から答えがあり、獣人が駆けて行く足音が響いた。



「……旦那さま」

 ――そう言われればそう呼ばれるのは始めてだったな。

 鏡の前ではシュガルト国王夫妻が国境を越えた会話をしていた。

 あれからたちまちの内に王妃(げっ!)を始めとした人たちが入って来て、あたしは顔を伏せたままそうっと退出しようとしたけれど、出来なかった。

『あら、どちらへ行かれるの?』

 騎士に腕を掴まれて王妃の前へ連れて行かれたあたしに王妃が不思議そうに聞く。

 ぐっ、分かってるくせに!

 以前顔を合わせているのだからあたしが彼女の元婚約者を奪ったんだって絶対気付いてる!
 
 現に王妃様の傍らに控えている侍女がすごい目でこっちを睨んでるんだけど。

 この侍女とは顔を合わせたことはないと思うんだけど、話は聞いていたみたい。

『王妃さま。床払いをしたばかりですのに、このような者を視界に入れるのは体によくありませんわ。即刻連れ出してもらいましょう』

 とっとと追い出せ、という本音が透けてみえる提案に王妃さまは軽く首を振って否定した。

『それはよくないわ。彼女もこの国の民に違いないでしょう。それに彼女も悪かったと思っているわよ。ね?』

 柔らかい口調だがどこか迫力があり、あたしはついうなずいてしまった。

 いやなんなのよこの迫力!? 前にはなかったわよね!?

 後ろ手に腕を取られているので逃げるのは不可能である。

 そんなあたしの前で国王夫妻は鏡の向こうのカントローサの王だと思われる人物(初めて見るけどそうだよね?)に挨拶と断りを入れた後、会話を交わしていたのだが。

 どうやら仮面舞踏会以降顔を合せていなかったらしく、お互いを労わる言葉が交わされていた。

 ――無理をしていないか。

「いいえ。大丈夫です。皆さんよくしてくださいますから」
 
 なんか空気が甘酸っぱいんだけど。

 もう勝手にやってよ、と思ったときその言葉が耳に滑り込んで来た。

「……離縁してください」


 はあああああっ!?

 


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