病魔退散の宝の枝ってそれは私の黒歴史なので死守しようとしたら、初恋の勇者の孫に求婚されたんですが

神崎 ルナ

文字の大きさ
2 / 5

好きということは――

しおりを挟む
 ――それは人にすれば遠い昔、魔族側からすればほんの少し前のことである。


 魔王の誕生と人間界への侵攻。

 世界の命運は決まったはずだった。

 一人の勇者が立ち上がるまでは。

 
(素敵……)

 それはどう見ても人である勇者が不利としか思えなかった。

 だが、彼はその不利な状況を逆に利用し、劣勢を覆した。

 小さな威力しかない攻撃魔法を魔道具と連結させ、その攻撃力を高め。

 魔物の攻撃でできた窪地に咄嗟に指示を飛ばし、水魔法と土魔法を放たせ、沼地を生じさせて足止めさせたり。

 その身体能力の高さもだが、臨機応変というのかその咄嗟の判断力は優秀な軍師を連想させた。

(かっこいい……)

 まだ二百歳にも満たないミスティアからすれば、その姿は全て格好よく思えた。

 だが、相手は敵側である。

 いくらミスティアが少女(※注 魔族基準)とはいえ、敵である勇者を表立って褒めることなど出来るはずもなく。

 もんもんとする想いを抱えたミスティアはある妥協策を取る。

 適当にその辺りにあった枝を手折り、そこへ勇者への思いを籠めたのである。

 それも一つ一つ、宝珠のような形にして。

(――金の髪も深い青の瞳も好きだけれど、魔物と向かい合う時の真剣な眼差しも好き)

(――どんな不利な状況でも必ず立ち上がる姿が格好いい)

(――どんな相手にでも優しいところが好き)

 実はミスティアはこっそり勇者の姿を見に行ったことがある。

 もちろん人間に擬態してだが。

 森に野営している一行をそっと遠くから見ただけだったが、流石勇者というべきなのか、すぐに気付かれてしまった。

 だが、ミスティアに敵意がないのが分かったのか、剣を取ることはなかった。

 それどころか――

(て、手を振ってくれた)

 にっこりと小さな笑みまで貰ったミスティアの全身が熱くなる。

(……無理)

 村娘の恰好をしたミスティアはそのまま棲家まで逃げ帰った。

(尊すぎて、無理~~っ)

 この思い出は丸ごと宝珠にして枝へ取り付けた。

 その後も勇者への想いをいくつも宝珠に籠めて枝へ取り付け、勇者亡き後はその頻度は減ったがそれでも大ぶりな枝が埋まるほど宝珠で埋め尽くされていた。

(……黒歴史だわ)

 あれからずいぶんと時が過ぎ、少女だったミスティアも成人した。

 冷静になって考えてみると充分すぎるほどの黒歴史である。

 後になって適当に折った枝が生命の枝であり、まさかその頃の純粋な想いが昇華されてその力が増幅されていることなど、ミスティアには眼中にないことだった。

 そして幾度となく取り出して思い出に浸っていた枝も、最近ではあまり取り出すことがなくなって来たこの頃、隣国に謎の病が蔓延し始めたと噂に聞いた。

(まあ彼の国には聖女も居ることだし、私には関係のないことだろう)

 そんなミスティアの思いはとんでもない方向で裏切られることになる。



「急なことで申し訳ないのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸しして頂きたく――」

「断る」

 反射的に言葉が出ていた。

 今、この勇者の孫は何と言った?

 髪の色は違えどかつての勇者を彷彿とさせる青年――カイルが疑問をぶつけてきた。

「何故ですか? 勿論丁重に扱わせて頂きますし、必ず返しに来ます。お願いします。この病にはそれを使うしかないと幻水晶が断言したのです」

「使用する、とは?」

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「はい。お告げによるとその枝には聖女の力など比べ物にならないほどの浄化と生命の力が宿っているようで、病人の近くで枝を振って――」

「断る」

(そんなことされたら、宝珠の中身が零れてしまうじゃないのっ!!)

 宝珠にはミスティアの想いがこれでもか、と籠められている。

 今でさえ枝を運ぶには慎重に持ち運びしているのだ。

 それを振られでもしたら――

 大惨事である。想いを籠めたミスティアにとっては。

 国宝である幻水晶のお告げならば確かに病には効くのだろう。
 
 だが、それと引き換えに一人の魔族が確実に悶え死ぬ。

 もちろんミスティアはその一人になるつもりはなかった。

「幻水晶がそう言うのならそうなのだろう。だが、人間共になど貸す謂れはない」

 わざと嫌われるような物言いをしたミスティアに対し、槍使いが槍を構え、弓使いも臨戦態勢に入る。

 杖を振りかぶった魔導師がローブの下から叫ぶ。

「ちょっと、どこが女魔族は友好的、なのよっ!! めっちゃ警戒されてるじゃないっ!!」

 ミスティアが魔力を練り上げたのを悟ったのか魔導師が術を発動させようとした。
 
 勿論ミスティアが黙って見ているはずがなかった。

「甘い」

 ミスティアの言葉と同時に氷の礫が無数に放たれる。

「――ファイアーシールドッ!!」

 氷の礫の殆どは魔導師が放った防御壁に落とされたが、いくつかがすり抜けた。

 すり抜けたそれらは槍と弓矢に粉砕された。
 
 魔導師が軽く口笛を吹く。

「やるじゃない」

「ったく世話が焼ける」

「今のはお前が全部防ぐはずじゃないのか?」

「よけーなこと言わないのっ!!」

 彼らが軽口を叩く間にミスティアは次の術を展開した。

「――ザンダーバースト」

 特大の雷が辺り一帯を埋め尽くした。

「――シールドッ、クエイクッ!!」

 防御から地属性の魔術を放つ魔導師セイレンだが、遅かった。

 雷が消え、大地が焦げた地表を露わにした場所に勇者カイルの姿はなかった。

「え、カイルッ!?」

「「カイルッ!?」」


 女魔族ミスティアと勇者カイルの姿がその場から消え失せたのだった。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です

さくら
恋愛
 聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。  やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。  追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。  人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。 「私はただ、パンを焼き続けたい」  追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。

妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した

無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。  静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……

処理中です...