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第三話 異世界転生を果たして (中)
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それから次の週末、私はまたザクラン侯爵邸へ来ていた。
もちろん、例の『秘薬』とやらを飲むためである。
客間には前回いなかったザクラン侯爵もいて、少し厳しい表情をしていた。
まあ、自分より格下の家から息子の嫁なんて欲しくなかったんでしょうね。
でもおあいにく様。
ウチの方が財力では上なのよね。
心配そうにこちらを見る公爵夫人やギルバートに対し、軽く笑みを作る。
ザクラン侯爵が軽く咳ばらいをした。
「ではこれより例の『秘薬』をモザイクリン伯爵令嬢に飲んでもらうことになるのだが。本当にご両親を立ち会わせなくていいのかね?」
「ええ。構いませんわ」
今の両親は穏やかな気質で(人がいいともいう)、なんの障害にもならないけれど、もともと領地が潤っているので余裕があるというか、まあ要するに騙されやすい。
貴族としてそれはどうなのか、と思うのだけど今のところ悪質な相手に遭遇していないのが幸い、といったところかな。
だからあまり人に会わせない方がいいのよね。
「分かった。では始めよう」
運ばれて来たのは小さな小瓶だった。
瓶の色が茶色なので中身はよく分からない。
「これは五代前の先祖が魔導師に作らせたものだ。これを飲むと三分間、なにを聞かれても正直に話してしまうが、構わないかね?」
「はい」
だがザクラン侯爵は公平な方のようで、ザクラン侯爵家に嫁すことで障害になりそうなこと以外の質問はしない、という契約書を用意してくれていた。
促されて読むと、興味本位の質問をザクラン侯爵家側がした場合はそれなりの違約金を払う、という条項まであった。
あらあら、ずいぶんと良心的じゃない。
私がすらすらと署名すると、戸惑ったような気配がした。
「はい、どうぞ」
控えていた侍従に契約書を渡すと微妙な表情をするザクラン侯爵。
私が渋るとでも思っていたのかしら?
ふふっ、なんと言っても対策はばっちりなのよね。
最初に秘薬のことを聞いたとき、私の脳裏にとある人物が浮かび上がった。
それは同じクラスのミリア・ライトン伯爵令嬢の五つ上の姉で魔道具の店を開いているというエネッサのことだった。
エネッサはどうやらあまりコミュニケーションが得意ではないようで、内気な性格らしい。
魔道具もなかなか性能のいい物を作り出しているのに、あまり売れていないようだ。
でも貴族令嬢なのにお店を持つなんて珍しいわね、と言うとミリアは小声でそっと告げた。
幼い頃から婚約している令息がいたのだが、卒業間際に婚約を解消されてしまったとのことだった。原因はエネッサの性格らしいが、本当は他に好きな相手ができたから、らしい。
卒業間際ともくればほとんどの令息令嬢は縁談がまとまっているもの。
結局エネッサの縁談はまとまらず、魔道具店を持つことを期間限定で許されたらしい。
期間限定、というのはエネッサが年の離れた老貴族への輿入れを嫌がったため、期間内に魔道具店でやっていけることを示せば、老貴族に嫁さなくていい、という話らしい。
ふうん、私には関係ないけどね。
そういうことで私はエネッサの店を訪ねて、秘薬のことを話し、その効果を打ち消す魔道具はないか、と問い掛けた。
最初はいぶかし気にしていたエネッサだったけれど、秘薬のことを聞くと興味を示した。
だけど――
『そういった用途に使われるのなら、無効化する魔道具は作れないわ』
――は? なに言ってるの?
『冗談じゃないわ。向こうが何を聞いて来るのか分からないんだもの。無効化した方がいいに決まっているじゃない!!』
あら、いけない。つい地が出てしまったわ。
結局かなり渋られたけれど、なんとかごり押ししてやったわ。
用意されたのはペンダント型の魔道具だった。
『これをつけていれば秘薬は効かなくなるわ。だけど気をつけて。この魔道具はすべての薬の効果を無効化するから』
『分かったわ』
だからどうだというのかしら。
私はきちんと魔道具の代金を払い、このことをしっかりと口止めして魔道具店を後にした。
そして現在私は魔道具をきちんと服の下に身に付けて、ザクラン侯爵家の客間にいる。
ザクラン侯爵が小瓶に視線を向けた。
「それでは、この秘薬をアイラ嬢に飲んで貰う」
「はい」
それを合図に私は小瓶へ手を伸ばした。
蓋のコルクを外すとミントのような香りが鼻腔をくすぐる。
私はそれを一気に飲み干した。
最初に感じたのはお腹のなかが熱を持ったような感覚。
だけどそれはペンダントから出た熱を浴びると霧散した。
ふうん、今のが魔道具の効果なのね。
「気分はどうかね?」
「とてもいいですわ」
私に身体の不調がないことを確認すると、ザクラン侯爵が質問してきた。
「このザクラン侯爵家についてどう思うかね?」
「とても仲の良い方々だと思いますわ。皆さまとても仲が良くて。そこへ私も交えて貰えること、光栄に思いますわ」
当たり障りのない質問から始まり、次第に核心へ迫って行くようだった。
そして――
「このザクラン侯爵家へは財産目当てで輿入れする気なのかな?」
「いいえ。違いますわ」
よし、言えたわ!!
「こちらへ輿入れするのはお互いの家のこともありますが、私がギルバートを愛していることもあります」
これで完璧ね。ギルバートと夫人が手を取り合って喜んでいるが見えるわね。
秘薬を使った問答は成功した、と思った。
これでザクラン侯爵家は安泰だ、と感慨にふけるかのようなザクラン侯爵の言葉で場はお開きになり、皆の緊張の糸が途切れたときだった。
「あんたさえ、あんたさえ、いなければ」
壁ぎわからまるで呪詛のような声が聞こえてきた。
ほとんど同時に体当たりをされて、わき腹に激痛が走る。
「あんたさえいなければ坊ちゃまは――」
ああ、刺されたんだと思ったときには私は床へ倒れていた。
「大変だ!! 早くポーションをっ!!」
え、待って待って!! 私、あの魔道具を身に付けてるから、ポーション効かないのよっ!!
「すぐに持ってこさせるから、気をしっかり持って」
でもそれを言うと『秘薬』の件のごまかしがっ!!
ああ、どうしたらいいの神様っ!!
もちろん、例の『秘薬』とやらを飲むためである。
客間には前回いなかったザクラン侯爵もいて、少し厳しい表情をしていた。
まあ、自分より格下の家から息子の嫁なんて欲しくなかったんでしょうね。
でもおあいにく様。
ウチの方が財力では上なのよね。
心配そうにこちらを見る公爵夫人やギルバートに対し、軽く笑みを作る。
ザクラン侯爵が軽く咳ばらいをした。
「ではこれより例の『秘薬』をモザイクリン伯爵令嬢に飲んでもらうことになるのだが。本当にご両親を立ち会わせなくていいのかね?」
「ええ。構いませんわ」
今の両親は穏やかな気質で(人がいいともいう)、なんの障害にもならないけれど、もともと領地が潤っているので余裕があるというか、まあ要するに騙されやすい。
貴族としてそれはどうなのか、と思うのだけど今のところ悪質な相手に遭遇していないのが幸い、といったところかな。
だからあまり人に会わせない方がいいのよね。
「分かった。では始めよう」
運ばれて来たのは小さな小瓶だった。
瓶の色が茶色なので中身はよく分からない。
「これは五代前の先祖が魔導師に作らせたものだ。これを飲むと三分間、なにを聞かれても正直に話してしまうが、構わないかね?」
「はい」
だがザクラン侯爵は公平な方のようで、ザクラン侯爵家に嫁すことで障害になりそうなこと以外の質問はしない、という契約書を用意してくれていた。
促されて読むと、興味本位の質問をザクラン侯爵家側がした場合はそれなりの違約金を払う、という条項まであった。
あらあら、ずいぶんと良心的じゃない。
私がすらすらと署名すると、戸惑ったような気配がした。
「はい、どうぞ」
控えていた侍従に契約書を渡すと微妙な表情をするザクラン侯爵。
私が渋るとでも思っていたのかしら?
ふふっ、なんと言っても対策はばっちりなのよね。
最初に秘薬のことを聞いたとき、私の脳裏にとある人物が浮かび上がった。
それは同じクラスのミリア・ライトン伯爵令嬢の五つ上の姉で魔道具の店を開いているというエネッサのことだった。
エネッサはどうやらあまりコミュニケーションが得意ではないようで、内気な性格らしい。
魔道具もなかなか性能のいい物を作り出しているのに、あまり売れていないようだ。
でも貴族令嬢なのにお店を持つなんて珍しいわね、と言うとミリアは小声でそっと告げた。
幼い頃から婚約している令息がいたのだが、卒業間際に婚約を解消されてしまったとのことだった。原因はエネッサの性格らしいが、本当は他に好きな相手ができたから、らしい。
卒業間際ともくればほとんどの令息令嬢は縁談がまとまっているもの。
結局エネッサの縁談はまとまらず、魔道具店を持つことを期間限定で許されたらしい。
期間限定、というのはエネッサが年の離れた老貴族への輿入れを嫌がったため、期間内に魔道具店でやっていけることを示せば、老貴族に嫁さなくていい、という話らしい。
ふうん、私には関係ないけどね。
そういうことで私はエネッサの店を訪ねて、秘薬のことを話し、その効果を打ち消す魔道具はないか、と問い掛けた。
最初はいぶかし気にしていたエネッサだったけれど、秘薬のことを聞くと興味を示した。
だけど――
『そういった用途に使われるのなら、無効化する魔道具は作れないわ』
――は? なに言ってるの?
『冗談じゃないわ。向こうが何を聞いて来るのか分からないんだもの。無効化した方がいいに決まっているじゃない!!』
あら、いけない。つい地が出てしまったわ。
結局かなり渋られたけれど、なんとかごり押ししてやったわ。
用意されたのはペンダント型の魔道具だった。
『これをつけていれば秘薬は効かなくなるわ。だけど気をつけて。この魔道具はすべての薬の効果を無効化するから』
『分かったわ』
だからどうだというのかしら。
私はきちんと魔道具の代金を払い、このことをしっかりと口止めして魔道具店を後にした。
そして現在私は魔道具をきちんと服の下に身に付けて、ザクラン侯爵家の客間にいる。
ザクラン侯爵が小瓶に視線を向けた。
「それでは、この秘薬をアイラ嬢に飲んで貰う」
「はい」
それを合図に私は小瓶へ手を伸ばした。
蓋のコルクを外すとミントのような香りが鼻腔をくすぐる。
私はそれを一気に飲み干した。
最初に感じたのはお腹のなかが熱を持ったような感覚。
だけどそれはペンダントから出た熱を浴びると霧散した。
ふうん、今のが魔道具の効果なのね。
「気分はどうかね?」
「とてもいいですわ」
私に身体の不調がないことを確認すると、ザクラン侯爵が質問してきた。
「このザクラン侯爵家についてどう思うかね?」
「とても仲の良い方々だと思いますわ。皆さまとても仲が良くて。そこへ私も交えて貰えること、光栄に思いますわ」
当たり障りのない質問から始まり、次第に核心へ迫って行くようだった。
そして――
「このザクラン侯爵家へは財産目当てで輿入れする気なのかな?」
「いいえ。違いますわ」
よし、言えたわ!!
「こちらへ輿入れするのはお互いの家のこともありますが、私がギルバートを愛していることもあります」
これで完璧ね。ギルバートと夫人が手を取り合って喜んでいるが見えるわね。
秘薬を使った問答は成功した、と思った。
これでザクラン侯爵家は安泰だ、と感慨にふけるかのようなザクラン侯爵の言葉で場はお開きになり、皆の緊張の糸が途切れたときだった。
「あんたさえ、あんたさえ、いなければ」
壁ぎわからまるで呪詛のような声が聞こえてきた。
ほとんど同時に体当たりをされて、わき腹に激痛が走る。
「あんたさえいなければ坊ちゃまは――」
ああ、刺されたんだと思ったときには私は床へ倒れていた。
「大変だ!! 早くポーションをっ!!」
え、待って待って!! 私、あの魔道具を身に付けてるから、ポーション効かないのよっ!!
「すぐに持ってこさせるから、気をしっかり持って」
でもそれを言うと『秘薬』の件のごまかしがっ!!
ああ、どうしたらいいの神様っ!!
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