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第十七話 裁判
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エリスの件はやはり裁判となった。
準備期間は一週間しかなかったが、それでもエリスの罪状を図るには充分だというから、これまでいかにエリスがやらかしてきたかがわかる。
あら、でも――
一週間では両親は呼べないだろうと思っていたが、何と早馬に便乗させるという荒業で二人を王都まで運んできたという。
「これまでカーラを放っていたんだから、これくらいしても当たり前だろう」
ジェラルドはあっさりと言ってのけたが。
大丈夫かしら。
二人共そんな荒事に慣れていないはずだが。
そう言うと、憤慨したように反駁されてしまった。
「あのね。カーラ、君人が良すぎでしょ。これまでどれだけのことをされてきたか思い出してみなよ。というかそのぎゅうぎゅう詰めな日程のお陰で俺とのことはすっかり忘れ去られているんだから」
それを言われると何ともいえない。
「……ごめんなさい」
ジェラルドと子供の頃にすでに会っていたと言われてカーラは記憶を爪繰っているのだが、それらしい男の子は出て来なかった。
いや、正確には一人いるのだが。
その子の姿を思い返し、カーラはその可能性を打ち消した。
さすがにあの子は違うわよね。
脳裏に浮かぶ儚げな子の面影を記憶の底へしまっているとジェラルドに声を掛けられる。
「大丈夫かな? やはりここにはいないほうが――」
カーラは即座に首を振った。
二人がいるのは裁判が行われる部屋の奥、一見すると壁としか見えない、隠された小部屋だった。
もしエリスが暴れ出したらカーラの身が危ない、ということで傍聴するのであればここ以外は認めない、とジェラルドが強硬に主張した結果でもある。
しかも向こうからは布が掛けられているため、中を窺う小窓がとりつけられていることも相手側からは分からない。目の粗い布のため、向こう側を明るくすればあちらの様子だけ見て取れる、というこういった部屋ではよく見る作りである。
室内には裁判に携わる裁判官、書記、衛兵が次々と席や配置に着き、やがて傍聴席には貴族たちも集まり出した。
この裁判は『神託の花嫁』に対する暴行、恐喝、なおかつ『神託の花嫁』を別人と偽って王家を騙そうとした国家反逆罪も含まれているため、エリスが無罪になることなどないだろう。
事前にそう聞かされていたカーラだったが、長年虐げられてきた記憶はそう簡単に消えるものではない。
固唾を飲んで見守っていると、最後に縄で後ろ手にして縛られたエリスが入廷してきた。
あの後尋問を受けたのか憔悴している様子だが、エリスの美貌にそれが加わると何とも言えない魅力が放たれている。
「それではこれより『神託の花嫁』への暴行、恐喝、並びに『神託の花嫁』と偽り、王家への虚偽の申し出をした疑いについて裁判を始めるものとする」
裁判官の言葉に次々と罪状とその証拠が挙げられていく。
「以上のことより、エリス・マルボーロ男爵令嬢には離島への流刑を与えるものとする」
――期間は無期限。
続けられた内容にカーラは少しだけほっとした。
これであの妹と顔を合わせることはない。
だが離島にまだ若い女性を向かわせるのは少々重いのではないだろうか。
そんなことを考えているカーラの傍らで舌打ちがした。
「流刑か。軽いな」
――え、
ジェラルドの言葉に控えていたリードも頷く。
「誠に。ですがこれは内々の裁判ですので、できるだけ穏便に済ませたかったのでないかと」
「甘いな。どうせなら極刑でもおかしくないのに」
やっぱり誰か買収しておけばよかったか。
不穏な会話にカーラが口を開き掛けたとき、エリスの声が響き渡った。
「待って下さい!! 私は何もしていないわ!!」
思わぬ発言に廷内にざわめきが広がった。
静かに、という声が聞こえ、ようやく沈まった廷内に裁判官の声がした。
「発言は許可を得てからするように」
「それでは許可を求めるわ。私は無実よ」
――は?
とんでもない主張にカーラが絶句している間にエリスが話し出す。
「私、自分から『神託の花嫁』になりたい、なんて言ってないわ。ただ、『神託の花嫁』は皆美人が多いから、私でもなれるんじゃないかなあ、って言ってみただけで」
――私の話を真に受けたのはお父様たちだもの。
だから悪いのはお父様たちよ、と言い放ったエリスに傍聴席にいた男爵夫人が両手で頬を覆ったままエリス、と呟いた。
その様子にはエリスを飾り付けて自慢げにしていた面影はかけらもなかった。
「そうですよね、お父様」
傍聴席を振り返ったエリスが確認するようにマルボーロ男爵に問う。
エリスの言葉に真っ青になっているマルボーロ男爵へ裁判官が声を掛けた。
「マルボーロ男爵。今の内容に違いないか。何かあれば発言を許可するが」
さすがに同情も入ったのか、裁判官の声音には柔らかいものが含まれていた。
だがそこへ血の気を失ったマルボーロ男爵がゆっくりと口を開く。
「私がエリスに『神託の花嫁』としてカーラと入れ替われ、と言いました」
準備期間は一週間しかなかったが、それでもエリスの罪状を図るには充分だというから、これまでいかにエリスがやらかしてきたかがわかる。
あら、でも――
一週間では両親は呼べないだろうと思っていたが、何と早馬に便乗させるという荒業で二人を王都まで運んできたという。
「これまでカーラを放っていたんだから、これくらいしても当たり前だろう」
ジェラルドはあっさりと言ってのけたが。
大丈夫かしら。
二人共そんな荒事に慣れていないはずだが。
そう言うと、憤慨したように反駁されてしまった。
「あのね。カーラ、君人が良すぎでしょ。これまでどれだけのことをされてきたか思い出してみなよ。というかそのぎゅうぎゅう詰めな日程のお陰で俺とのことはすっかり忘れ去られているんだから」
それを言われると何ともいえない。
「……ごめんなさい」
ジェラルドと子供の頃にすでに会っていたと言われてカーラは記憶を爪繰っているのだが、それらしい男の子は出て来なかった。
いや、正確には一人いるのだが。
その子の姿を思い返し、カーラはその可能性を打ち消した。
さすがにあの子は違うわよね。
脳裏に浮かぶ儚げな子の面影を記憶の底へしまっているとジェラルドに声を掛けられる。
「大丈夫かな? やはりここにはいないほうが――」
カーラは即座に首を振った。
二人がいるのは裁判が行われる部屋の奥、一見すると壁としか見えない、隠された小部屋だった。
もしエリスが暴れ出したらカーラの身が危ない、ということで傍聴するのであればここ以外は認めない、とジェラルドが強硬に主張した結果でもある。
しかも向こうからは布が掛けられているため、中を窺う小窓がとりつけられていることも相手側からは分からない。目の粗い布のため、向こう側を明るくすればあちらの様子だけ見て取れる、というこういった部屋ではよく見る作りである。
室内には裁判に携わる裁判官、書記、衛兵が次々と席や配置に着き、やがて傍聴席には貴族たちも集まり出した。
この裁判は『神託の花嫁』に対する暴行、恐喝、なおかつ『神託の花嫁』を別人と偽って王家を騙そうとした国家反逆罪も含まれているため、エリスが無罪になることなどないだろう。
事前にそう聞かされていたカーラだったが、長年虐げられてきた記憶はそう簡単に消えるものではない。
固唾を飲んで見守っていると、最後に縄で後ろ手にして縛られたエリスが入廷してきた。
あの後尋問を受けたのか憔悴している様子だが、エリスの美貌にそれが加わると何とも言えない魅力が放たれている。
「それではこれより『神託の花嫁』への暴行、恐喝、並びに『神託の花嫁』と偽り、王家への虚偽の申し出をした疑いについて裁判を始めるものとする」
裁判官の言葉に次々と罪状とその証拠が挙げられていく。
「以上のことより、エリス・マルボーロ男爵令嬢には離島への流刑を与えるものとする」
――期間は無期限。
続けられた内容にカーラは少しだけほっとした。
これであの妹と顔を合わせることはない。
だが離島にまだ若い女性を向かわせるのは少々重いのではないだろうか。
そんなことを考えているカーラの傍らで舌打ちがした。
「流刑か。軽いな」
――え、
ジェラルドの言葉に控えていたリードも頷く。
「誠に。ですがこれは内々の裁判ですので、できるだけ穏便に済ませたかったのでないかと」
「甘いな。どうせなら極刑でもおかしくないのに」
やっぱり誰か買収しておけばよかったか。
不穏な会話にカーラが口を開き掛けたとき、エリスの声が響き渡った。
「待って下さい!! 私は何もしていないわ!!」
思わぬ発言に廷内にざわめきが広がった。
静かに、という声が聞こえ、ようやく沈まった廷内に裁判官の声がした。
「発言は許可を得てからするように」
「それでは許可を求めるわ。私は無実よ」
――は?
とんでもない主張にカーラが絶句している間にエリスが話し出す。
「私、自分から『神託の花嫁』になりたい、なんて言ってないわ。ただ、『神託の花嫁』は皆美人が多いから、私でもなれるんじゃないかなあ、って言ってみただけで」
――私の話を真に受けたのはお父様たちだもの。
だから悪いのはお父様たちよ、と言い放ったエリスに傍聴席にいた男爵夫人が両手で頬を覆ったままエリス、と呟いた。
その様子にはエリスを飾り付けて自慢げにしていた面影はかけらもなかった。
「そうですよね、お父様」
傍聴席を振り返ったエリスが確認するようにマルボーロ男爵に問う。
エリスの言葉に真っ青になっているマルボーロ男爵へ裁判官が声を掛けた。
「マルボーロ男爵。今の内容に違いないか。何かあれば発言を許可するが」
さすがに同情も入ったのか、裁判官の声音には柔らかいものが含まれていた。
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