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第二十九話 テレーゼ王妃
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夕食後、カーラは指定された百合の間へ来ていた。
王城へ来てから初めて会うため、どうしても緊張がぬぐえない。
どんな方なのかしら?
王妃は『神託の花嫁』として選ばれて嫁してきた訳ではないため、神託の花嫁である自分に何か含むものでもあるのかもしれなかった。
ジェラルド様の妃にはふさわしくない、とでも言われるのかしら。
だとしてもカーラにはそれを否定する材料がなかった。
その時は王宮を辞した方がいいのだろうか。
「まあ、よく来てくれたわね」
王妃が小さく笑みを作ってカーラを出迎える。
「お会いできまして光栄にございます。マルボーロ男爵が長女、カーラにございます」
教えられたとおりのカーテシーを披露したが、これで大丈夫だろうか。
不安に苛まれるカーラの耳にかろやかな王妃の声が届いた。
「このシステバン王国の王妃、テレーゼよ」
もうよろしくてよ、と許可を得て勧められた長椅子に腰かける。
やはりジェラルドたちの母親のようで、息子たち同様の艶のある銀髪に深い青の瞳をしており、加えて三人の息子がいるとは思えない若々しく見える。
少しの沈黙の後、テレーゼ王妃がふふ、と笑った。
「そんなに緊張しなくてよろしくてよ。こちらへ呼んだのは少しだけお話したかったからなの」
だから気楽にするように、と言われてもつい肩に力が入ってしまう。
「かしこまりました」
「まあ最初ですからね。いいわ。あなたに見せたいものがあったの。ハイネ」
「承知しました」
ハイネと呼ばれた侍女が可動式の卓を移動させてきた。
卓上には茶器が一式揃えられている。
「珍しい茶葉が手に入ったので一緒に、と思ったのよ。夕食の後だけれどお茶くらいなら大丈夫でしょう?」
実際には王妃の呼び出しが気になって夕食が喉を通らなかったため、大丈夫どころの話ではないのだカーラは頷きを返した。
「はい」
その間にもてきぱきとハイネがお茶の準備を進める。
王城に来てから見せられた繊細な細工の茶器はとても高価そうで触るのも怖かったが、授業をこなすうちに何とか表情には現れないようになった、と思う。
それにしてもこれは。
白く透明感のある磁器は薄く、これまで見た中でももっとも扱いに注意が必要だと思われた。
「先日、東方のある国から来た商隊から手に入れたもののひとつよ。彼らはとても面白い茶葉を扱っていたの」
ハイネが茶壷から茶葉らしいものを取りだしたがそれは変わった形をしていた。
丸い?
茶葉を固めたような丸い物がひとつ、ころんとハイネの手の平に乗っていた。
それをそのままポットへ入れたがそこでもカーラは驚くことになる。
ポットに使われているガラスの透明度がとても高かったのだ。
カーラが目を見開いているのを認めたテレーゼ王妃が楽しそうに告げる。
「これも珍しいわよね。その商隊が持って来たのが始めてのようだから。広まるにはもう少しかかりそうね」
テレーゼ王妃の合図でハイネが湯を注ぐ。
「よく見ててね」
一般的な紅茶は茶葉の大きさにもよるが、三分前後で茶葉が開き、飲みごろとなる。
大きめのポットの中で丸く固められた茶葉がゆらゆらと揺れ始めた。
やがて少しずつ膨らみ始め、その隙間から鮮やかな赤みを帯びた朱色が見え始める。
湯を含んで体積を増した茶葉が剥がれていくと、中から細くたくさんの花弁を持った花が見えてきた。
――え? お茶の中に花が?
「工芸茶、というそうよ。花を茶葉で固めて湯を入れると、こんなふうに花が開くんですって」
綺麗でしょう?
そう続けられて、花に目を取られたままこくり、と頷く。
不敬になるかもと思ったがあまりにも綺麗で不思議な現象に目が惹きつけられて離すのが難しかった。
半分ほど花が顔を見せたところでテレーゼ王妃が指示を出した。
「そろそろ飲み頃ね。ハイネ」
「かしこまりました」
ハイネが流れるような所作で茶器に注いでいく。
その間にテレーゼ王妃が説明してくれた。
「花が咲くまで待っていると渋みが出てしまう、と言われたのよ。実際、その通りだったわ」
成程、と思った。
これはいつまでも見ていたいくらい素敵なものに思えた。
茶器が運ばれでもつい二煎目が入っているポットを横目で追ってしまう。
ふいに小さな笑い声が聞こえたところでカーラは我に返った。
「申し訳ありません!!」
「いいのよ。何だか最初にこの工芸茶を淹れたときを思い出してしまったわ。あの時の私と同じだもの。でもよかったわ。あなたは興味があって」
息子たちは誰も見てくれなくて。
残念そうに続けた後、テレーゼ王妃がカーラを見る。
「だからあなたが興味を持ってくれてとても嬉しいのよ」
これからもこうして来てくれると嬉しいわ。
にこにこと笑みを浮かべるテレーゼ王妃には他意はないように見えた。
「はい」
いいのだろうか。自分がここにいて。
緊張は取れてきたが、どうしてもその想いは心の中から消えてくれなかった。
その後のテレーゼ王妃との会話はこの珍しい工芸茶や夫人たちの間で流行っている装飾品などの話で終わった。
少しの疲労感とほっとした脱力感を味わいながら辞去の挨拶をしたカーラにテレーゼ王妃が声を掛ける。
「帰る際に東の回廊を抜けていくといいわ。あそこから見た庭園はとても綺麗よ」
王城へ来てから初めて会うため、どうしても緊張がぬぐえない。
どんな方なのかしら?
王妃は『神託の花嫁』として選ばれて嫁してきた訳ではないため、神託の花嫁である自分に何か含むものでもあるのかもしれなかった。
ジェラルド様の妃にはふさわしくない、とでも言われるのかしら。
だとしてもカーラにはそれを否定する材料がなかった。
その時は王宮を辞した方がいいのだろうか。
「まあ、よく来てくれたわね」
王妃が小さく笑みを作ってカーラを出迎える。
「お会いできまして光栄にございます。マルボーロ男爵が長女、カーラにございます」
教えられたとおりのカーテシーを披露したが、これで大丈夫だろうか。
不安に苛まれるカーラの耳にかろやかな王妃の声が届いた。
「このシステバン王国の王妃、テレーゼよ」
もうよろしくてよ、と許可を得て勧められた長椅子に腰かける。
やはりジェラルドたちの母親のようで、息子たち同様の艶のある銀髪に深い青の瞳をしており、加えて三人の息子がいるとは思えない若々しく見える。
少しの沈黙の後、テレーゼ王妃がふふ、と笑った。
「そんなに緊張しなくてよろしくてよ。こちらへ呼んだのは少しだけお話したかったからなの」
だから気楽にするように、と言われてもつい肩に力が入ってしまう。
「かしこまりました」
「まあ最初ですからね。いいわ。あなたに見せたいものがあったの。ハイネ」
「承知しました」
ハイネと呼ばれた侍女が可動式の卓を移動させてきた。
卓上には茶器が一式揃えられている。
「珍しい茶葉が手に入ったので一緒に、と思ったのよ。夕食の後だけれどお茶くらいなら大丈夫でしょう?」
実際には王妃の呼び出しが気になって夕食が喉を通らなかったため、大丈夫どころの話ではないのだカーラは頷きを返した。
「はい」
その間にもてきぱきとハイネがお茶の準備を進める。
王城に来てから見せられた繊細な細工の茶器はとても高価そうで触るのも怖かったが、授業をこなすうちに何とか表情には現れないようになった、と思う。
それにしてもこれは。
白く透明感のある磁器は薄く、これまで見た中でももっとも扱いに注意が必要だと思われた。
「先日、東方のある国から来た商隊から手に入れたもののひとつよ。彼らはとても面白い茶葉を扱っていたの」
ハイネが茶壷から茶葉らしいものを取りだしたがそれは変わった形をしていた。
丸い?
茶葉を固めたような丸い物がひとつ、ころんとハイネの手の平に乗っていた。
それをそのままポットへ入れたがそこでもカーラは驚くことになる。
ポットに使われているガラスの透明度がとても高かったのだ。
カーラが目を見開いているのを認めたテレーゼ王妃が楽しそうに告げる。
「これも珍しいわよね。その商隊が持って来たのが始めてのようだから。広まるにはもう少しかかりそうね」
テレーゼ王妃の合図でハイネが湯を注ぐ。
「よく見ててね」
一般的な紅茶は茶葉の大きさにもよるが、三分前後で茶葉が開き、飲みごろとなる。
大きめのポットの中で丸く固められた茶葉がゆらゆらと揺れ始めた。
やがて少しずつ膨らみ始め、その隙間から鮮やかな赤みを帯びた朱色が見え始める。
湯を含んで体積を増した茶葉が剥がれていくと、中から細くたくさんの花弁を持った花が見えてきた。
――え? お茶の中に花が?
「工芸茶、というそうよ。花を茶葉で固めて湯を入れると、こんなふうに花が開くんですって」
綺麗でしょう?
そう続けられて、花に目を取られたままこくり、と頷く。
不敬になるかもと思ったがあまりにも綺麗で不思議な現象に目が惹きつけられて離すのが難しかった。
半分ほど花が顔を見せたところでテレーゼ王妃が指示を出した。
「そろそろ飲み頃ね。ハイネ」
「かしこまりました」
ハイネが流れるような所作で茶器に注いでいく。
その間にテレーゼ王妃が説明してくれた。
「花が咲くまで待っていると渋みが出てしまう、と言われたのよ。実際、その通りだったわ」
成程、と思った。
これはいつまでも見ていたいくらい素敵なものに思えた。
茶器が運ばれでもつい二煎目が入っているポットを横目で追ってしまう。
ふいに小さな笑い声が聞こえたところでカーラは我に返った。
「申し訳ありません!!」
「いいのよ。何だか最初にこの工芸茶を淹れたときを思い出してしまったわ。あの時の私と同じだもの。でもよかったわ。あなたは興味があって」
息子たちは誰も見てくれなくて。
残念そうに続けた後、テレーゼ王妃がカーラを見る。
「だからあなたが興味を持ってくれてとても嬉しいのよ」
これからもこうして来てくれると嬉しいわ。
にこにこと笑みを浮かべるテレーゼ王妃には他意はないように見えた。
「はい」
いいのだろうか。自分がここにいて。
緊張は取れてきたが、どうしてもその想いは心の中から消えてくれなかった。
その後のテレーゼ王妃との会話はこの珍しい工芸茶や夫人たちの間で流行っている装飾品などの話で終わった。
少しの疲労感とほっとした脱力感を味わいながら辞去の挨拶をしたカーラにテレーゼ王妃が声を掛ける。
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