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第三十四話 二倍の関税
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「来られない?」
ジェラルドとの約束の時間。
カーラは庭園のガゼボで待っていたのだが。
「誠に申し訳ありません。第二王子殿下は火急の用ができてしまい、しばらく時間が取れない、とのことです」
ジェラルドの侍従に告げられ、カーラは小さく頷いた。
「分かりました」
「本当に申し訳ありません。第二王子殿下は今回の茶会をとても楽しみにしていたのですが」
中年の小柄な侍従はカーラに悪いと思っているのか、言葉を続けた。
「あのバk……こほん。あの皇帝が……。失礼しました。このところ空気が乾燥しているようでおかしな咳が」
「咳、ですか」
そこでカーラの頭の中に疑問が浮かぶ。
今、皇帝と言わなかったか?
周辺国で皇帝がいるのはゼザール帝国のみのはずだ。
だが現皇帝は石橋の上を叩いて逆に壊してしまうほど慎重な統治をすることで有名だったはずである。
カーラがそう言うと、侍従はえへん、おほん、と咳ばらいをした。
「いや、ここは乾燥していて喉によくありませんな。咳が次々と。かの帝国では皇帝が代替わりしたそうですよ。そのせっかちな方のお陰でちと、いやかなり面倒なことになっているので、神託の花嫁様に割く時間が取れなくなりそうだ、とのことですが。おっと、これは言葉にしておりません。ただの咳です」
どうやらこの内容は内密にしておかなければならないことのようだった。
待ちぼうけとなったカーラに同情した従僕が、ぽろっと情報を落としてくれたらしい。
「ありがとう。助かったわ」
すると従僕は首を振った。
「とんでもございません!! ただの『咳』にございますれば。それではこれにて失礼させていただきます」
侍従が去るとカーラは茶器を手に取った。
ゼザール帝国は大国である。
まだお披露目もされていない『神託の花嫁』であるカーラができることなどないに等しいが、それでもこのことは気になる。
そっと見るだけならいいかしら。
すぐにでも様子を窺いに行きたいが、これらの一式を用意してくれたリズたちに申し訳ないのでお茶を口にする。
「この後のご予定は王室規範の授業となっておりますが、フレーシア先生なら報告しておけば少しは融通が付きますわ」
リズの言葉に頷くと他の侍女たちも言葉を添える。
「さようにございます。カーラ様はお気になさらず、様子を見に行かれて下さい」
「こちらのことはお任せを」
侍女たちに快く送り出されてカーラはジェラルドの執務室に向かった。
「関税が二倍だと!? 何をふざけているんだ、あのバ……皇帝は!?」
執務室には何人も人が出入りして慌ただしい。
そんな中、怒鳴り声があがり、それがジェラルドのものだと知ったカーラは扉の影から中を窺った。
「シュシュン国には二十割だというから、ウチはまだいい方……冗談だから殺気を飛ばさないでくれ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ。リード」
「悪い。俺も動転していたみたいだ」
会話の様子から、代替わりした皇帝が早速やらかしたらしい。
通信の魔道具は、王城に備え付けで移動が出来ない、という条件が付くが、各国の統治者たちと同時刻に話し合うことができるものがある。
それにより、各国の情勢を知ったり、簡易的な条約の締結もされたりすることがあるが。
関税が二十割とは。
「何だかとんでもないことになっているようね」
そんなとんでもない数字は聞いたこともなく、また関税は多くの国への影響が著しいことから、事前に何度も協議して、時間をかけて決めていくもののはずだ。
こうしないと現場の貴族や商人たちが何の準備もなしに関税の波にさらわれてしまうため、いきなり関税が変わることは滅多になかった。
素人が聞いても分かる。これはだめだ。
室内ではまだ話が続いていた。
「シュシュン国は武で知られる国だ。関税が二十割とは。あの気が短い奴らが動き出さない内に何とかしないと」
――特にあの黒いやつには。
ジェラルドが続けた言葉にリードが反応した。
「お口が悪いですよ。せめて姫騎士、と言ってあげて下さい」
「あれはそんな上品なものか? というかあれにあの件を任せなくてはならないというだけで業腹ものだというのに。余計なことが」
姫騎士とはどうやらシュシュン国の強者らしいが、ジェラルドとは相性が悪いようだ。
一体どんな方なのかしら? それに『あの件』とは?
「おまけに帝国への通行手形と通行税も上げるだと!? 頭におがくずでも詰まっているのか!?」
まだあるの、というくらい話が止まらない。
リードが乾いた声で続いた。
「帝国へ移住した他国人を帰国させる、とかも言ってましたね」
「そんなことをしたら向こうだってただじゃ済まないじゃないか!!」
何だろう。無茶苦茶すぎて現実の話に聞こえない。
ゼザール帝国はその安定した基盤から移民たちに人気のある国である。他国で迫害された革命家や芸術家、魔道師たちだけで作る街すらあると聞く。
万が一、彼らが素直に母国へ帰国したらどうなるか。
少しでも想像力のある人間なら絶対に言わないことだった。
加えて彼らが作った作品や魔道具には帝国内外で高く評価されているものもある。
帝国の文化度を上げてくれた彼らを帰国させる、ということはその貢献はどうなるのか。
「ダメだ。やることが多い」
「諦めないで下さい。まだゼザール帝国から伝達があったばかりじゃないですか」
リードが慰めようとしているようだが、こんな混沌とした状況ですぐに打開策を出せる者がいるだろうか。
「取りえあえず周辺国と情報交換だ。後できれば時間が欲しいな」
「そうですね」
そこまで聞いたところでカーラは踵を返した。
「カーラ様?」
リズが小声で聞いてくるがカーラは首を振った。
これ以上いたらジェラルドの迷惑になってしまう。
ジェラルドとの約束の時間。
カーラは庭園のガゼボで待っていたのだが。
「誠に申し訳ありません。第二王子殿下は火急の用ができてしまい、しばらく時間が取れない、とのことです」
ジェラルドの侍従に告げられ、カーラは小さく頷いた。
「分かりました」
「本当に申し訳ありません。第二王子殿下は今回の茶会をとても楽しみにしていたのですが」
中年の小柄な侍従はカーラに悪いと思っているのか、言葉を続けた。
「あのバk……こほん。あの皇帝が……。失礼しました。このところ空気が乾燥しているようでおかしな咳が」
「咳、ですか」
そこでカーラの頭の中に疑問が浮かぶ。
今、皇帝と言わなかったか?
周辺国で皇帝がいるのはゼザール帝国のみのはずだ。
だが現皇帝は石橋の上を叩いて逆に壊してしまうほど慎重な統治をすることで有名だったはずである。
カーラがそう言うと、侍従はえへん、おほん、と咳ばらいをした。
「いや、ここは乾燥していて喉によくありませんな。咳が次々と。かの帝国では皇帝が代替わりしたそうですよ。そのせっかちな方のお陰でちと、いやかなり面倒なことになっているので、神託の花嫁様に割く時間が取れなくなりそうだ、とのことですが。おっと、これは言葉にしておりません。ただの咳です」
どうやらこの内容は内密にしておかなければならないことのようだった。
待ちぼうけとなったカーラに同情した従僕が、ぽろっと情報を落としてくれたらしい。
「ありがとう。助かったわ」
すると従僕は首を振った。
「とんでもございません!! ただの『咳』にございますれば。それではこれにて失礼させていただきます」
侍従が去るとカーラは茶器を手に取った。
ゼザール帝国は大国である。
まだお披露目もされていない『神託の花嫁』であるカーラができることなどないに等しいが、それでもこのことは気になる。
そっと見るだけならいいかしら。
すぐにでも様子を窺いに行きたいが、これらの一式を用意してくれたリズたちに申し訳ないのでお茶を口にする。
「この後のご予定は王室規範の授業となっておりますが、フレーシア先生なら報告しておけば少しは融通が付きますわ」
リズの言葉に頷くと他の侍女たちも言葉を添える。
「さようにございます。カーラ様はお気になさらず、様子を見に行かれて下さい」
「こちらのことはお任せを」
侍女たちに快く送り出されてカーラはジェラルドの執務室に向かった。
「関税が二倍だと!? 何をふざけているんだ、あのバ……皇帝は!?」
執務室には何人も人が出入りして慌ただしい。
そんな中、怒鳴り声があがり、それがジェラルドのものだと知ったカーラは扉の影から中を窺った。
「シュシュン国には二十割だというから、ウチはまだいい方……冗談だから殺気を飛ばさないでくれ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ。リード」
「悪い。俺も動転していたみたいだ」
会話の様子から、代替わりした皇帝が早速やらかしたらしい。
通信の魔道具は、王城に備え付けで移動が出来ない、という条件が付くが、各国の統治者たちと同時刻に話し合うことができるものがある。
それにより、各国の情勢を知ったり、簡易的な条約の締結もされたりすることがあるが。
関税が二十割とは。
「何だかとんでもないことになっているようね」
そんなとんでもない数字は聞いたこともなく、また関税は多くの国への影響が著しいことから、事前に何度も協議して、時間をかけて決めていくもののはずだ。
こうしないと現場の貴族や商人たちが何の準備もなしに関税の波にさらわれてしまうため、いきなり関税が変わることは滅多になかった。
素人が聞いても分かる。これはだめだ。
室内ではまだ話が続いていた。
「シュシュン国は武で知られる国だ。関税が二十割とは。あの気が短い奴らが動き出さない内に何とかしないと」
――特にあの黒いやつには。
ジェラルドが続けた言葉にリードが反応した。
「お口が悪いですよ。せめて姫騎士、と言ってあげて下さい」
「あれはそんな上品なものか? というかあれにあの件を任せなくてはならないというだけで業腹ものだというのに。余計なことが」
姫騎士とはどうやらシュシュン国の強者らしいが、ジェラルドとは相性が悪いようだ。
一体どんな方なのかしら? それに『あの件』とは?
「おまけに帝国への通行手形と通行税も上げるだと!? 頭におがくずでも詰まっているのか!?」
まだあるの、というくらい話が止まらない。
リードが乾いた声で続いた。
「帝国へ移住した他国人を帰国させる、とかも言ってましたね」
「そんなことをしたら向こうだってただじゃ済まないじゃないか!!」
何だろう。無茶苦茶すぎて現実の話に聞こえない。
ゼザール帝国はその安定した基盤から移民たちに人気のある国である。他国で迫害された革命家や芸術家、魔道師たちだけで作る街すらあると聞く。
万が一、彼らが素直に母国へ帰国したらどうなるか。
少しでも想像力のある人間なら絶対に言わないことだった。
加えて彼らが作った作品や魔道具には帝国内外で高く評価されているものもある。
帝国の文化度を上げてくれた彼らを帰国させる、ということはその貢献はどうなるのか。
「ダメだ。やることが多い」
「諦めないで下さい。まだゼザール帝国から伝達があったばかりじゃないですか」
リードが慰めようとしているようだが、こんな混沌とした状況ですぐに打開策を出せる者がいるだろうか。
「取りえあえず周辺国と情報交換だ。後できれば時間が欲しいな」
「そうですね」
そこまで聞いたところでカーラは踵を返した。
「カーラ様?」
リズが小声で聞いてくるがカーラは首を振った。
これ以上いたらジェラルドの迷惑になってしまう。
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