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第64話 華麗なる幕引き ⑩ (それは私、とひよっ子が言いました)
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『嘘。あの、貴方様は第2王子様では』
『ええ。その第2王子で合ってますよ』
微笑みを絶やさずにバレルエージが答えた。
――魔女にとっては胡散臭い意外の何者でもないのだが。
『どうしても貴女でないと出来ない案件が生じまして、是非とも王宮へ来て頂きたいのですが』
嘘だ、と魔女は思った。
今更こんな問題まみれのマリア嬢を王宮へ呼び立てることなど自殺行為にしかならない。
それを分かっているだろうに満面の笑みのバレルエージが魔女には薄気味悪く写った。
『王宮へ、ですか?』
言葉通りに受け取ったマリア嬢が浮かれた調子で答えていた。
――およし、罠だよ。
魔女の声なき声は届くはずもなく、マリア嬢はうきうきと王宮へ向かうことを承諾してしまった。
王宮に着いたマリア嬢を待っていたのは離宮での過不足ない生活だった。
欲しい物は言えば手に入るし、修道院にいたように労働する必要もない。
そして――。
『ここでの生活はどうかな?』
いやお前誰なんだ、という位爽やかな笑みでバレルエージが時おり訪れているのだ。
『ええ。とてもいいわ。それで私はいつ王太子妃になれるの?』
『せっかちだね。まあ、それはもう少し待とうか』
誰だお前、と魔女が突っ込みを入れたくなるほど甘い笑みでバレルエージが言う。
そんな会話に魔女は疑問を抱いた。
自分は一体何を見せられているのだろうか。
これまでのことからマリア嬢が王太子妃どころか社交界に復帰することすら難しい状況にあるというのに。
それに――。
この薬は絶望に身を窶した女性にしか効かないはずである。
――まさか。
魔女の懸念は当たることになる。
すっかり有頂天になったマリア嬢にある日バレルエージが告げた。
君と婚約するつもりなどない、と。
『いや、参った。ここまで君の体力を戻すのに時間が掛かるとは思わなかったよ』
その眼はマリア嬢を通して別のものを見ているかのようだった。
『どういうこと?』
バレルエージは気の毒そうにマリア嬢を見る。
『悪いけれど俺は君には何の興味もないんだ。ただ欲しかったのはその健全な体くらいだね』
『どうして? 貴方は私が好きだって』
『そうだね。ちょうどいい実験材料だったからね』
そこから懇切丁寧にその実験について話すバレルエージ。
大分表現が過激だが、俯瞰している魔女からするとそれは偽物だと分かるが、マリア嬢はそうは行かないようだった。
どんどん顔色が悪くなっていくマリア嬢を眺めながら、バレルエージが楽しそうに告げる。
『――ということで実験は2日後に行われるよ。ん? ここから出せ、出す訳ないだろう。ここまで話したんだ。最後まで付き合って貰うよ』
バレルエージが出て行くとマリア嬢は慌てて脱出路を探すが、当然そんなものはなく。
『何で、どうしてよ……』
叫び疲れて寝台に倒れ込むマリア嬢に魔女は少しだけ気の毒に思ったが、
――これまでのことを考えると微妙なんだけどねぇ。
途中、何度かやり直す場面はあったはずである。
そもそも入れられた修道院できちんと反省していれば、バレルエージの申し出を受けることなどなく平穏な生活を送れたはずである。
着替えや食事の支度のために訪れた侍女達の気の毒そうな態度からマリア嬢は漸く自分の立場を悟った。
『……こんな、こんなことって』
マリア嬢は気付かなかった。
毎回食後に出されていた栄養剤だという瓶。
それが今日だけは中身が違う物にすり替えられていたことに。
そして――。
『申し訳ございません』
間を計っていたのだろう。
侍女が落とした瓶をマリア嬢が拾い上げる。
『いいのよ。これ、私のでしょう』
何の疑いもせず、マリア嬢はそれを口へ運んだ。
(大体の条件は整っているけどね)
マリア嬢の記憶を見終わった魔女はため息をついた。
――絶望に身を窶した女性。
――自分からその薬を口にすること。
加えて(これは魔女自身の勘とも言えるものなのだが)その女性に想い合う相手が存在すること。
そこまで見極めて魔女は薬を渡していたのだが、今回のこれは別件ではないのか。
これまで魔女が薬を渡した女性は、大概自己犠牲が強いほどの優しさと包容力に溢れ、黙っていても相手が寄ってくる程性格の良い女性ばかり。
とてもではないがマリア嬢がその条件に当てはまるとは思えなかった。
(……まさか薬の効能を変えた?)
有り得ない、と、魔女は軽く首を振った。
魔女の薬は他人がそうそう真似できる類のものではない。
余程魔術と薬学に精通していない限り有り得なかった。
だが、そこにバレルエージという要素を加えると話は変わる。
(あのひよっ子なら伝手を使ってでもやりかねない)
動機は分からないが、可能性だけで言うなら否定はできなかった。
そしてまるでマリア嬢に好意を抱いているようなあの態度。
そのことも魔女を面白くなくさせていた。
(まあ、最後にはひっくり返ったけれどね)
あの態度がマリア嬢を絶望の淵に落とす前振りだったのだとしたら、納得はできるが、どうにも解せない。
「一体何がしたいんだい? あのひよっ子は」
誰もいない室内で零れた問いに答えがあったのは程なくしてからだった。
「貴女のせいですよ」
魔女が勢いよく振り返ると聖女の体を横抱きにしたバレルエージがいた。
『ええ。その第2王子で合ってますよ』
微笑みを絶やさずにバレルエージが答えた。
――魔女にとっては胡散臭い意外の何者でもないのだが。
『どうしても貴女でないと出来ない案件が生じまして、是非とも王宮へ来て頂きたいのですが』
嘘だ、と魔女は思った。
今更こんな問題まみれのマリア嬢を王宮へ呼び立てることなど自殺行為にしかならない。
それを分かっているだろうに満面の笑みのバレルエージが魔女には薄気味悪く写った。
『王宮へ、ですか?』
言葉通りに受け取ったマリア嬢が浮かれた調子で答えていた。
――およし、罠だよ。
魔女の声なき声は届くはずもなく、マリア嬢はうきうきと王宮へ向かうことを承諾してしまった。
王宮に着いたマリア嬢を待っていたのは離宮での過不足ない生活だった。
欲しい物は言えば手に入るし、修道院にいたように労働する必要もない。
そして――。
『ここでの生活はどうかな?』
いやお前誰なんだ、という位爽やかな笑みでバレルエージが時おり訪れているのだ。
『ええ。とてもいいわ。それで私はいつ王太子妃になれるの?』
『せっかちだね。まあ、それはもう少し待とうか』
誰だお前、と魔女が突っ込みを入れたくなるほど甘い笑みでバレルエージが言う。
そんな会話に魔女は疑問を抱いた。
自分は一体何を見せられているのだろうか。
これまでのことからマリア嬢が王太子妃どころか社交界に復帰することすら難しい状況にあるというのに。
それに――。
この薬は絶望に身を窶した女性にしか効かないはずである。
――まさか。
魔女の懸念は当たることになる。
すっかり有頂天になったマリア嬢にある日バレルエージが告げた。
君と婚約するつもりなどない、と。
『いや、参った。ここまで君の体力を戻すのに時間が掛かるとは思わなかったよ』
その眼はマリア嬢を通して別のものを見ているかのようだった。
『どういうこと?』
バレルエージは気の毒そうにマリア嬢を見る。
『悪いけれど俺は君には何の興味もないんだ。ただ欲しかったのはその健全な体くらいだね』
『どうして? 貴方は私が好きだって』
『そうだね。ちょうどいい実験材料だったからね』
そこから懇切丁寧にその実験について話すバレルエージ。
大分表現が過激だが、俯瞰している魔女からするとそれは偽物だと分かるが、マリア嬢はそうは行かないようだった。
どんどん顔色が悪くなっていくマリア嬢を眺めながら、バレルエージが楽しそうに告げる。
『――ということで実験は2日後に行われるよ。ん? ここから出せ、出す訳ないだろう。ここまで話したんだ。最後まで付き合って貰うよ』
バレルエージが出て行くとマリア嬢は慌てて脱出路を探すが、当然そんなものはなく。
『何で、どうしてよ……』
叫び疲れて寝台に倒れ込むマリア嬢に魔女は少しだけ気の毒に思ったが、
――これまでのことを考えると微妙なんだけどねぇ。
途中、何度かやり直す場面はあったはずである。
そもそも入れられた修道院できちんと反省していれば、バレルエージの申し出を受けることなどなく平穏な生活を送れたはずである。
着替えや食事の支度のために訪れた侍女達の気の毒そうな態度からマリア嬢は漸く自分の立場を悟った。
『……こんな、こんなことって』
マリア嬢は気付かなかった。
毎回食後に出されていた栄養剤だという瓶。
それが今日だけは中身が違う物にすり替えられていたことに。
そして――。
『申し訳ございません』
間を計っていたのだろう。
侍女が落とした瓶をマリア嬢が拾い上げる。
『いいのよ。これ、私のでしょう』
何の疑いもせず、マリア嬢はそれを口へ運んだ。
(大体の条件は整っているけどね)
マリア嬢の記憶を見終わった魔女はため息をついた。
――絶望に身を窶した女性。
――自分からその薬を口にすること。
加えて(これは魔女自身の勘とも言えるものなのだが)その女性に想い合う相手が存在すること。
そこまで見極めて魔女は薬を渡していたのだが、今回のこれは別件ではないのか。
これまで魔女が薬を渡した女性は、大概自己犠牲が強いほどの優しさと包容力に溢れ、黙っていても相手が寄ってくる程性格の良い女性ばかり。
とてもではないがマリア嬢がその条件に当てはまるとは思えなかった。
(……まさか薬の効能を変えた?)
有り得ない、と、魔女は軽く首を振った。
魔女の薬は他人がそうそう真似できる類のものではない。
余程魔術と薬学に精通していない限り有り得なかった。
だが、そこにバレルエージという要素を加えると話は変わる。
(あのひよっ子なら伝手を使ってでもやりかねない)
動機は分からないが、可能性だけで言うなら否定はできなかった。
そしてまるでマリア嬢に好意を抱いているようなあの態度。
そのことも魔女を面白くなくさせていた。
(まあ、最後にはひっくり返ったけれどね)
あの態度がマリア嬢を絶望の淵に落とす前振りだったのだとしたら、納得はできるが、どうにも解せない。
「一体何がしたいんだい? あのひよっ子は」
誰もいない室内で零れた問いに答えがあったのは程なくしてからだった。
「貴女のせいですよ」
魔女が勢いよく振り返ると聖女の体を横抱きにしたバレルエージがいた。
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