百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々

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美晴は自己評価が低い②

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(……綺麗な人だったなぁ……)

 ドアを閉め、床の上にへたり込んだ僕の目に焼き付いて離れないさっきの光景が、また頭をよぎる。

 相良さん、と呼ぶ声が聞こえて、響さんの知り合いかなって振り返ったら、すっごく…、本当にすっごく綺麗な女の人が走り寄ってきていて。
 サラサラの長い黒髪に、真っ白な肌。目鼻立ちのくっきりとした美しい小さな顔に、均整のとれたスタイル。
 僕でさえ思わず見とれてしまうほどの綺麗なその人は、嬉しそうに響さんに駆けよると、響さんの腕を甘えるような可愛い仕草で掴んで……。

 その瞬間、僕は息が止まった。

 二人があまりにもお似合いだったからだ。

 まるで映画のワンシーンのようだった。微笑みながら響さんを見つめる美女に、その人を淡々とクールな瞳で見つめ返す響さん。二人とも素敵だから、本当に映画の主人公みたいで。思わず釘付けになってしまった。

「ねぇ、見て。すごい」
「わぁ……!本当!すごい美形カップルじゃん」
「いいなぁ、映画みたーい」
「芸能人みたい!あの人カッコいい~」

 後ろを通り過ぎる女の子たちのそんな声が僕の耳に届いて、あぁ、やっぱり周りの人から見てもこの二人はお似合いの恋人同士に見えるんだなぁって思ったら……。

(……僕って、……本当に似合ってないよね、響さんに……)

 なんだかその場にいる僕が、ものすごく場違いで滑稽な気がして。その時、その綺麗な女の人が言っていた言葉もショックだった。


『まぁ言ってないから、私たちのこと、ヒナちゃんたちには。うふふふっ』


 ……私たちのこと……。

 何だろう、私たちのこと、って。……経験不足な僕でも、なんとなく察した。この人はただのお友達じゃなくて、きっと響さんにとって特別な関係の人だったんだろうって。

 そう気付いた瞬間、僕はなんだかものすごく悲しくて、この人みたいに魅力的じゃない自分が嫌になってしまって、いたたまれなくて、……慌てて逃げ出した。
 お似合いの素敵な二人から、離れたかった。それ以上見ていられなかった。



(……僕はもしかしたら、もうすぐ響さんに飽きられてしまうかもしれないな……)

 先に駐車場まで戻ってきてひそかに響さんが来るのを待ちながら、僕はどんどんマイナスなことばかり考えていた。

 僕が知らないだけで、きっと響さんの周りには今まであんな女性がたくさんいたんだろう。モテモテなのはよく分かってる。うちの社内でもいまだに響さんは噂の的だ。29歳で、独身で、すっごいイケメンで、高給取りで。相良さんと結婚できる人ってどんな人なんだろうね、とか、女性社員の人たちが話したりしてる。その上、あんな綺麗な人たちが響さんの恋人になりたくて、近くで次々にアピールしてるんだろう。
 そんな中で、……なんで響さんは、わざわざ地味な僕なんかを……?

「………………。」

 一緒に暮らして、愛してるって言ってもらって、いつも毎日、僕は能天気にも幸せの絶頂だったけど。

 よく考えたら、……この幸せって、いつまでも続く保証はないんだよね。響さんが他の人を選んでしまったら……。
 ……例えば、今の人とか…………
 だって僕は、あんな人とは全然違う。
 どこにでもいる、ごくごく普通の平凡な、しかも男で。


 そのうち響さんが車のところまで戻ってきて、いつものように僕を気遣って車に乗せてくれた後、何でもないから気にするなって意味のことをいろいろ言ってくれてた気がするんだけど、正直ほとんど耳に入ってこなかった。

 マンションに戻ってからもずっと気分は沈んだままで、僕は荷物を置かせてもらっている部屋に引きこもって気持ちを落ち着けようとした。
 ドアを閉めて、床のラグの上にペタリと座り込んで深呼吸をする。

(……こんなことじゃダメだよね。せめて、…………せめて、明るくしていなくちゃ。……僕は響さんの恋人なんだから。……こんな、平凡な上にマイナス思考の暗い男なんて…………、き、……きっと、……すぐに、フラれる……)

「………………ふっ、…………うぅっ、……」

 さっきの光景がまた頭をよぎって、ついに涙が溢れてきた。僕がフラれた後の響さんの次の恋人は、……あ、…あの人なのかも……しれない…………

「…………はる、…………」

 どうしよう。こんなに好きになってしまって、一緒に暮らして、いつもそばにいられて……

「…………ぁ、…………なぁ、……」

 美晴、悪いけどもう別れよう、俺他に女できたからさ、なんて、ある日突然何の前触れもなくフラれたら、……そんなことになったら、……も、……もう、…………生きていく自信がない…………っ。

「うぅっ…………ふっ、……く……」
「なぁ、美晴ってば」
「……。」

 ぬっ。

「っ?!!」

 びしょびしょの顔をふと上げると、目の前に響さんのどアップがぬっと出てきて体と心臓が大きく跳びはねた。

「~~~~っ!!ひっ、……ひびっ…」

 い、いつの間にドアを開けて入って来たんだろう。全く気付かなかった。胸がドクンドクンドクンと大きく鳴り続けている。

「いくらノックしても全然返事ねぇから……、……なぁ、美晴、本当にごめん。そんなに泣くなよ。……嫌な思いさせて悪かった。……頼むから、許してくれよ。……なぁ」

(……。……え??)

 いつの間にか僕の手首を掴んでいる響さんの指先がやけに冷たい。よく見たら、目も赤いし、……顔色が悪い。

(……どうしたんだろう、響さん……)

 なんで響さんの方がこんなに辛そうなの…?
 
 僕が大丈夫ですか?と声をかけるより先に響さんが畳みかけるように僕に言う。

「これで二度目だもんな。嫌になったのか?なぁ。……俺が悪かったよ。俺がもっと、お前みたいに品行方正な人生を歩んできてたらお前にこんな思いをさせずに済んだのにな。……頼むから、嫌いにならないでくれよ。もう変わったから、俺。俺の人生にはお前しかいないんだよ、美晴。お前しかいらない。美晴、……お前だけがいてくれたら、俺はそれで充分なんだよ。お前にフラれたら、……俺はもう、…………い、生きていけない…………」
「……………………。……?」

 ん??なんで僕が響さんをフる話になってるんだろう……??
 僕がキョトンとしていると、ふいに僕の腕を掴む力がぐっと強くなった。そしてもう片方の手で僕の頬をぐいっと自分の方に向けると、ギラついた強い視線で僕を射ぬいた。

「…………ダメだ。……離さねぇぞ、美晴」

(………………え??)

「今さら……、お前がいなくなったら、俺は、もう…………」
「……?…………ひび、」

 その時。

「っ?!」

 僕の体は突然グラリと大きく揺れ、気が付くと僕の体は床のラグの上に寝かされていた。そして僕の上には、追い詰められたような苦しげな顔をした響さんがいる。
 まるで今にも泣きそうな顔で、眉間に皺を寄せた響さんが掠れた声で言った。

「頼むよ、美晴……!俺を捨てないでくれ……」


 ………………ん??




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