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恋人編
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その日の夕方、部屋にアルフレッドが訪ねてきた。
「どうしたの?」
「義母上が、あなたを呼ぶようにと」
その言葉に、私はさっと扉の外に出る。
戸を閉めて、声を潜めてアルフレッドに尋ねる。
「その、心配していたの。フローレンス様、どこかお悪いの?」
打てば響くように答えを返すアルフレッドには珍しく、視線を泳がせ口籠った。その様子に私は最悪の想像をする。顔を青ざめさせた私に気づいたのだろう、アルフレッドが手を振る。
「あぁ、その、大丈夫なんですが…きっと本人の口から伝えたいと思うんです。着いてきてもらえますか?」
これ以上問い詰めたところで、答えはもらえそうにない。私は、恐る恐るアルフレッドについて行く。
そこはオーエンス伯爵夫妻の私室なのだろう。中に入ると、とても豪華な設えの部屋だったが、いたるところに部屋の豪華さとは少しそぐわない、可愛い小物が置かれている。窓辺に、アルフレッドと探しに行った小物入れが置かれていた。中身は食べてしまったのだろう。色とりどりの小さいガラス玉が入っていて、光を反射してきれいだ。それを見て、少しだけ目を細める。
部屋を横切り、アルフレッドは一つの扉の前で立ち止まった。
フローレンス様は寝室にいるらしい。そして、そこにはアルフレッドは入れないのだという。
「僕は、ジークから話を聞いていますから」
そう言うアルフレッドに、そっと押され寝室をノックする。侍女が扉を開けてくれたのでお礼を言って中に入った。フローレンス様はベッドに半分横たわったまま、枕に背を預け体を起こしていた。
その姿に痛ましい気持ちになる。
フローレンス様が、そんな私を見て明るく笑う。
「違うのよ、ビアちゃん。ジークったら過保護なの。病気じゃないっていうのに、今日はもうベッドから出るなって…」
あまりにあっけらかんとしたフローレンス様の様子に、あれ?と思う。
「あのフローレンス様……もしかして?」
「うふふ、おめでたですって。まだね、どうなるか分からない時期だから、本当は家族以外にはお伝えしない方が良いんだけど…ビアちゃんには心配をかけてしまったから」
少し恥ずかしそうに、でもとても幸せそうに笑うフローレスンス様に、ほっとすると同時に、喜ばしい気持ちがわいてくる。
「まぁ!おめでとうございます!」
それと同時に、ふと、アルフレッドはどうなるのだろうと考える。
生まれるのが男であれ、女であれ、実子が無事に生まれれば、爵位の継承順位が変わるのではないだろうか。伯爵はまだ若い。子供が充分に大きくなるまで、働けるだろう。伯爵家を継ぐために、アルフレッドはあんなに頑張っているのに…。
しかし、今そんなフローレンス様の喜びに水を差すようなことを言う必要はない、と無理やり心を切り替える。
「ご出産の予定日はいつ頃ですか?」
「順調にいけば、あと半年くらいのようよ」
「そうですか、楽しみですね」
「えぇ、まだ実感は湧かないのだけど…」
そう言って、そうっとお腹を撫でるフローレンス様にはいつもの少女めいた儚さはない。
「お体、大事にしてくださいね。あ、お体に障るといけないので私はもう失礼しますね」
「あ、待って。…あのね、アリスちゃんの事なんだけど」
フローレンス様の顔色はだいぶ良くなったが、つわりというのは休んだからといって軽くなるものではないというし、あまり長居するのは良くないだろう、と話を切り上げる。
すると、慌てたフローレンス様に呼び止められた。
「ビアちゃんの事、知らなかったとはいえ、アリスちゃんを紹介したせいで、ビアちゃんには不快な思いをさせたわよね。彼女自身、色々あるみたいだし…もう、こちらには来ないように彼女には伝えたの。だから安心してね。今日は本当はこのことを伝えようと思ってたのよ」
「…そうですか」
あんなにアルフレッドに執着していた彼女が、果たしてそれで諦めるだろうか…
私は少し不安な気持ちになりながらも、フローレンス様には笑って見せる。フローレンス様に言っても仕方のないことだ。
「私とジークもね、結婚を認めてもらうまで大変だったのよ。…あなたたちの事、応援してる。アル君のことよろしくね」
柔らかなフローレンス様の微笑みに見送られ、そっと部屋を出た。
「…たく、お前謀りやがったな」
「……心外ですね。義母上の求めに応じて漢方を手に入れたり、女性の体の周期について知ったことをアドバイスしただけですよ?」
「あぁ?」
「もちろん、アドバイスは侍医にしました。義母上の体のことをの掘り葉掘り聞いたわけではありません」
「ちっ」
部屋から出ると、アルフレッドが伯爵とお茶をしながら待っていた。私の姿が見えたからだろう、二人は話を切り上げたようだった。伯爵に苦手意識のある私は、若干顔が引きつる。
「こんにちは、伯爵」
「…お前いつの間に、フロウに取り入りやがった」
何だろう、何でこの人毎回こんな風に喧嘩売ってくるんだろう。
「別に取り入ったつもりはございませんが?…奥様のご懐妊おめでとうございます」
「…ちっ!」
何だろう、本当に何なんだろう。……私、切れてもいいかしら。
思わず座った目で睨んでしまう。伯爵と静かに睨み合っていると、ため息を吐いたアルフレッドにそっと手を引かれる。顔を両手で挟まれた。
「僕以外の男と見つめ合わないように」
「はぁ!?」
「けっ!」
何言ってるの!?違うでしょ!?
言葉の出ない私とは裏腹に伯爵は吐き捨てる。
「誰がこんなちんちくりんと見つめ合うか」
それはこっちの台詞よ!
「どうしたの?」
「義母上が、あなたを呼ぶようにと」
その言葉に、私はさっと扉の外に出る。
戸を閉めて、声を潜めてアルフレッドに尋ねる。
「その、心配していたの。フローレンス様、どこかお悪いの?」
打てば響くように答えを返すアルフレッドには珍しく、視線を泳がせ口籠った。その様子に私は最悪の想像をする。顔を青ざめさせた私に気づいたのだろう、アルフレッドが手を振る。
「あぁ、その、大丈夫なんですが…きっと本人の口から伝えたいと思うんです。着いてきてもらえますか?」
これ以上問い詰めたところで、答えはもらえそうにない。私は、恐る恐るアルフレッドについて行く。
そこはオーエンス伯爵夫妻の私室なのだろう。中に入ると、とても豪華な設えの部屋だったが、いたるところに部屋の豪華さとは少しそぐわない、可愛い小物が置かれている。窓辺に、アルフレッドと探しに行った小物入れが置かれていた。中身は食べてしまったのだろう。色とりどりの小さいガラス玉が入っていて、光を反射してきれいだ。それを見て、少しだけ目を細める。
部屋を横切り、アルフレッドは一つの扉の前で立ち止まった。
フローレンス様は寝室にいるらしい。そして、そこにはアルフレッドは入れないのだという。
「僕は、ジークから話を聞いていますから」
そう言うアルフレッドに、そっと押され寝室をノックする。侍女が扉を開けてくれたのでお礼を言って中に入った。フローレンス様はベッドに半分横たわったまま、枕に背を預け体を起こしていた。
その姿に痛ましい気持ちになる。
フローレンス様が、そんな私を見て明るく笑う。
「違うのよ、ビアちゃん。ジークったら過保護なの。病気じゃないっていうのに、今日はもうベッドから出るなって…」
あまりにあっけらかんとしたフローレンス様の様子に、あれ?と思う。
「あのフローレンス様……もしかして?」
「うふふ、おめでたですって。まだね、どうなるか分からない時期だから、本当は家族以外にはお伝えしない方が良いんだけど…ビアちゃんには心配をかけてしまったから」
少し恥ずかしそうに、でもとても幸せそうに笑うフローレスンス様に、ほっとすると同時に、喜ばしい気持ちがわいてくる。
「まぁ!おめでとうございます!」
それと同時に、ふと、アルフレッドはどうなるのだろうと考える。
生まれるのが男であれ、女であれ、実子が無事に生まれれば、爵位の継承順位が変わるのではないだろうか。伯爵はまだ若い。子供が充分に大きくなるまで、働けるだろう。伯爵家を継ぐために、アルフレッドはあんなに頑張っているのに…。
しかし、今そんなフローレンス様の喜びに水を差すようなことを言う必要はない、と無理やり心を切り替える。
「ご出産の予定日はいつ頃ですか?」
「順調にいけば、あと半年くらいのようよ」
「そうですか、楽しみですね」
「えぇ、まだ実感は湧かないのだけど…」
そう言って、そうっとお腹を撫でるフローレンス様にはいつもの少女めいた儚さはない。
「お体、大事にしてくださいね。あ、お体に障るといけないので私はもう失礼しますね」
「あ、待って。…あのね、アリスちゃんの事なんだけど」
フローレンス様の顔色はだいぶ良くなったが、つわりというのは休んだからといって軽くなるものではないというし、あまり長居するのは良くないだろう、と話を切り上げる。
すると、慌てたフローレンス様に呼び止められた。
「ビアちゃんの事、知らなかったとはいえ、アリスちゃんを紹介したせいで、ビアちゃんには不快な思いをさせたわよね。彼女自身、色々あるみたいだし…もう、こちらには来ないように彼女には伝えたの。だから安心してね。今日は本当はこのことを伝えようと思ってたのよ」
「…そうですか」
あんなにアルフレッドに執着していた彼女が、果たしてそれで諦めるだろうか…
私は少し不安な気持ちになりながらも、フローレンス様には笑って見せる。フローレンス様に言っても仕方のないことだ。
「私とジークもね、結婚を認めてもらうまで大変だったのよ。…あなたたちの事、応援してる。アル君のことよろしくね」
柔らかなフローレンス様の微笑みに見送られ、そっと部屋を出た。
「…たく、お前謀りやがったな」
「……心外ですね。義母上の求めに応じて漢方を手に入れたり、女性の体の周期について知ったことをアドバイスしただけですよ?」
「あぁ?」
「もちろん、アドバイスは侍医にしました。義母上の体のことをの掘り葉掘り聞いたわけではありません」
「ちっ」
部屋から出ると、アルフレッドが伯爵とお茶をしながら待っていた。私の姿が見えたからだろう、二人は話を切り上げたようだった。伯爵に苦手意識のある私は、若干顔が引きつる。
「こんにちは、伯爵」
「…お前いつの間に、フロウに取り入りやがった」
何だろう、何でこの人毎回こんな風に喧嘩売ってくるんだろう。
「別に取り入ったつもりはございませんが?…奥様のご懐妊おめでとうございます」
「…ちっ!」
何だろう、本当に何なんだろう。……私、切れてもいいかしら。
思わず座った目で睨んでしまう。伯爵と静かに睨み合っていると、ため息を吐いたアルフレッドにそっと手を引かれる。顔を両手で挟まれた。
「僕以外の男と見つめ合わないように」
「はぁ!?」
「けっ!」
何言ってるの!?違うでしょ!?
言葉の出ない私とは裏腹に伯爵は吐き捨てる。
「誰がこんなちんちくりんと見つめ合うか」
それはこっちの台詞よ!
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