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恋人編

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「全く!何言ってるのよ、もう」

 あの後すぐに伯爵はフローレンス様のいる寝室に入っていったので、私たちも早々にお暇してきた。二人で自然と、温室に向けて歩きながら、私は先ほどのアルフレッドの態度について怒っていた。

「いや、すみません。だって、二人とも僕を無視して見つめ合っていたもので」
「睨み合ってるっていうのよ、あれは!……私、伯爵に嫌われるようなこと、何かしたかしら」
「うーん…いや、あれは嫌っているというよりは…」

 アルフレッドは歯切れ悪く言葉を濁す。そうこうしているうちに、温室に着いた。いつもの指定席に並んで座って、私は気になっていたことをアルフレッドに尋ねた。

「フローレンス様のご懐妊、とても喜ばしいことだけど……あなたの立場は大丈夫なの?」

 アルフレッドは苦笑する。
 私の肩を引き寄せ、首筋に甘えるようにすり寄ってきた。

「…嬉しいな、心配してくれてるんですか?」
「もう!茶化さないで。当たり前でしょう?」
「……爵位の継承については一旦白紙になるでしょうね」

 アルフレッドの言葉に息を飲む。

「もしかして男爵家に戻されたり…?」
「それはないです。生家は兄が継ぎますし、子が育つまでは今のまま商会の会頭職は任されるのではないかと思います」
「…そう」
「僕は良かったと思っていますよ。少なくとも、穏便にキャボット嬢を退ける理由はできた」

 私はそんなアルフレッドの言葉に呆れたような顔をする。
 婚約者候補(仮)を退けることと、自分の将来の地位は天秤にかけれるようなことじゃないでしょう?

「アリス嬢に関してはフローレンス様から直接断りを入れてもらえたようよ?」
「リビィは、それで彼女が引くとでも?」
「…思わないけど」

 どうやら、アリス嬢に関しては私と同じ感想をアルフレッドも持っているらしい。
 アフレッドはやれやれと首を振る。

「少し調べましたが、甘やかされて育ったがゆえに、彼女は淑女教育が壊滅的なようですね。辛うじてテーブルマナーと挨拶だけは仕込まれているが、他は全く……伯爵家への行儀見習いを断ったのもボロが出るのを防ぐためのようです」

 私は、あの砂糖菓子のようなアリス嬢の中身に絶句する。
 まぁ、確かに物言いが失礼な子だとは思っていたけど。
 市販のお菓子を手作りと言って持ってきちゃうような子だったけども。

「格下の家の跡取りの僕に執着しているのも、逃せば後がないからでしょう。それに嫁いだ後、化けの皮がはがれたところで、格下の家ならば抑えるのも容易だと考えたのでしょう……舐められたものですね」

 アルフレッドが物騒な顔で笑う。
 何と…まともかと思った公爵家のご両親も大概だったわ…。

「なんか、それは…残念ね」
「まぁ、キャボット公爵家はいいんです」

 急にたっぷりと甘さを含んだ顔をしてアルフレッドが言う。

「次期伯爵候補でなくなれば、リビィと一緒になっても文句を言う親族がぐっと減る」

 あまりに甘い声に、眩暈を起こしそうになる。
 不意に先程断片的に聞こえてきたアルフレッドと伯爵との会話を思い出した。

「あなた…もしかして、フローレンス様の懐妊に何か関わっているの?」

 アルフレッドはいたずらっぽく笑って距離を詰めてくる。後はもう、アルフレッドの唇に翻弄されて何もわからなくなってしまうばかり。
 …あぁ、また誤魔化された。
 アルフレッドに縋り付きながら、ぼんやりと考える。

(まぁいいか。アルフレッドが望むようになっているのなら)

 彼がこれまで頑張ってきたことが無駄になってしまうのでなければ、それで良い。人生、全てが望むようになることなんて無いけれど、後悔は一つでも少ない方がいいもの。
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