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犬も食わない馴れ初め
少しだけ素直になってみる ~sideA~
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帰ってきたルークに、自分の分は支払うと言ったが、「だまれ酔っ払い」と言葉を封じられる。今日はもうルークの皮肉に耐えられそうになかったので、それ以上は口をつぐんだ。
そして、思いの外優しい手付きで支えられて店の外に出る。
温かくて、大きな手に、自分の手をそっと重ねた。微かにルークの手が震えた気がした。
「……何だよ」
「大きいな、と思って」
「あぁ?」
「手、大きいな、って」
「わけわかんねぇ」とルークの微かな呟きが聞こえる。
ふふ、と笑う。私もわかんない。
でも、こうして自分の心に素直に動くことなんてもうずっとなかった気がする。触りたいと思ったら触って、笑いたいと思ったら笑って。
ケラケラと笑っていると、私を支えるルークの手がグッと強くなる。
「お前、一体どんだけ飲んだの」
「んー?麦芽酒と、ワインと…んー?」
はぁ、と頭上からルークのため息が聞こえる。
しばらく無言で歩く。見慣れた景色、でも私の家はそっちじゃない。
「ルーク、私の家そっちじゃないよ」
「分かってるよ」
「どこ行くの?」
「……俺んち」
「え、ルークの家もこの辺なの?」
「ああ」
「何でルークの家に行くの?」
キョトンとする私の声に、盛大なため息が聞こえる。耳を引っ張られて、耳元で怒鳴られる。
「このまま一人にできるか!この酔っ払い!」
怖い顔にしょぼんとする。
「…ごめんなさい」
「あー!もー!!何だよ!今日!」
ルークが何に憤っているのか分からない。
「私、へん?…そんな風に怖い顔、しないで?」
「だ、れ、の、せいだと思ってんだ!!」
怖い顔で凄まれた後、ぐいっと抱き上げられて荷物のように運ばれる。不安定な体制が少し怖くて、両手でルークの頭を抱えるようにする。
少しだけ、ルークの足が早くなって「前、見えねぇ」と文句を言われた。
◆
自分の足で歩かなくなって、ほんの少しだけ意識が飛んでいたらしい。ガチャンと鍵の開く音で目が覚める。
「ん、どこ?」
「俺んち」
柔らかく手に当たるふわふわを撫でまわしていたら、声がした。どうやら、私が撫でまわしていたのはルークの頭のようだ。ぼーっとする頭でぼんやり考えていると、居間のソファにそっと下ろされた。そのままこてんと横になる。
「まだ寝るなよ!」
ルークはそう声をかけてどこかに行ってしまったが、それは無理だろう。うとうとと、眠気に身をゆだねていると、ルークが戻ってくる。
どうやら水を取りに行ってくれていたらしい。
「寝る前にこれ、飲んどけ。明日も仕事だろう?」
「ありがとう」
コップを受け取って少しずつ水を飲む。
どかっと、横にルークが座る。それをぼんやりと眺めていると、ルークがそっぽを向いたまま、話しかけてくる。
「…今日の男のこと、そんなに好きだったのかよ」
「えぇ?どうかな?」
「…そんななるまで飲んだことなんてないだろ?」
ルークはそう言うと、伺うようにこちらを見てくる。
私はコップを手で弄びながら、口に薄く笑みを浮かべる。
「何だろう。私の人生、これで良いのかなって。頑固で偏屈で…怖がりで。これまで人ときちんと関係を築いてこなかったから、皆が普通に出来てることが出来ないんじゃないかって、不安に思っちゃったんだよね」
自白剤の効果だろうか。普段ならきっと、話さなかっただろうことを口にした自覚はある。
膝を立て、その上にこてんと頭を乗せてみる。
「ねぇ、ルークはどう思う?」
「知らねぇよ!!!」
食いぎみで言われて、目をぱちくりする。
そして、言いきった後にルークは両手を顔に被せ天を仰ぐ。
「……お前の真面目で、お人好しな所は長所だろ。分からない人間に気を遣って不安に思う必要ない」
こちらを見ないまま疲れたような小声で言われた言葉に、苦笑する。
「どういう風の吹きまわし?私の事、散々頑固だの融通が効かないだの悪口言っていたのは誰?」
「……今日のお前が変だから、慰めてやってるんだろうが」
「ふふふ、ありがとう?……私、ルークには嫌われてるんだと思ってた」
「………嫌いな奴に会いに行くほど暇人じゃない」
拗ねたような声に、ふふふと笑みを深める。いつもは喉の奥で詰まったようになる声が、するすると出てくる。
(私だって…)
いつも人の中心に居て、明るくて、頭もよくて。自分には無い物ばかりを持っているルークが羨ましくて仕方なかった。
「私も、ルークの事、すき」
瞬間、がばっと、ルークがこちらを向く。その勢いに少し目を丸くする。
あれ?と思った瞬間、天井を見上げていた。手から離れたコップがかちゃんと軽い音を立てて転がっていった。眼前に目いっぱいルークが映る。どうやら押し倒されたらしい。口はよく回るのに、ぼんやりとかすんだ頭の中でそう認識した。
「……お前、今の状況分かって煽ってきてんだろうな」
眼光鋭い視線に、ぽやんと首をかしげる。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってねぇ!…くそっ…さっさと寝ろ!」
どさっとルークに押しつぶされた。
「ちょ…重たい」
「黙って寝ろ」
ぎゅうぎゅうとぬいぐるみの用に抱きしめられた。
もぞもぞと楽な姿勢を探すために身じろぎし、ふうと息を吐く。背中に手をまわしながらふふふと笑う。
「ルークに抱きしめられるの久しぶり…ね」
ルークは一瞬、体を固くしたものの、もう何もしゃべってくれない。つまらない気持ちになって、私はそっと目を閉じた。
眠りに落ちる瞬間、声が聞こえた気がした。
「……あぁ、もう。俺の負けで良い」
そして、思いの外優しい手付きで支えられて店の外に出る。
温かくて、大きな手に、自分の手をそっと重ねた。微かにルークの手が震えた気がした。
「……何だよ」
「大きいな、と思って」
「あぁ?」
「手、大きいな、って」
「わけわかんねぇ」とルークの微かな呟きが聞こえる。
ふふ、と笑う。私もわかんない。
でも、こうして自分の心に素直に動くことなんてもうずっとなかった気がする。触りたいと思ったら触って、笑いたいと思ったら笑って。
ケラケラと笑っていると、私を支えるルークの手がグッと強くなる。
「お前、一体どんだけ飲んだの」
「んー?麦芽酒と、ワインと…んー?」
はぁ、と頭上からルークのため息が聞こえる。
しばらく無言で歩く。見慣れた景色、でも私の家はそっちじゃない。
「ルーク、私の家そっちじゃないよ」
「分かってるよ」
「どこ行くの?」
「……俺んち」
「え、ルークの家もこの辺なの?」
「ああ」
「何でルークの家に行くの?」
キョトンとする私の声に、盛大なため息が聞こえる。耳を引っ張られて、耳元で怒鳴られる。
「このまま一人にできるか!この酔っ払い!」
怖い顔にしょぼんとする。
「…ごめんなさい」
「あー!もー!!何だよ!今日!」
ルークが何に憤っているのか分からない。
「私、へん?…そんな風に怖い顔、しないで?」
「だ、れ、の、せいだと思ってんだ!!」
怖い顔で凄まれた後、ぐいっと抱き上げられて荷物のように運ばれる。不安定な体制が少し怖くて、両手でルークの頭を抱えるようにする。
少しだけ、ルークの足が早くなって「前、見えねぇ」と文句を言われた。
◆
自分の足で歩かなくなって、ほんの少しだけ意識が飛んでいたらしい。ガチャンと鍵の開く音で目が覚める。
「ん、どこ?」
「俺んち」
柔らかく手に当たるふわふわを撫でまわしていたら、声がした。どうやら、私が撫でまわしていたのはルークの頭のようだ。ぼーっとする頭でぼんやり考えていると、居間のソファにそっと下ろされた。そのままこてんと横になる。
「まだ寝るなよ!」
ルークはそう声をかけてどこかに行ってしまったが、それは無理だろう。うとうとと、眠気に身をゆだねていると、ルークが戻ってくる。
どうやら水を取りに行ってくれていたらしい。
「寝る前にこれ、飲んどけ。明日も仕事だろう?」
「ありがとう」
コップを受け取って少しずつ水を飲む。
どかっと、横にルークが座る。それをぼんやりと眺めていると、ルークがそっぽを向いたまま、話しかけてくる。
「…今日の男のこと、そんなに好きだったのかよ」
「えぇ?どうかな?」
「…そんななるまで飲んだことなんてないだろ?」
ルークはそう言うと、伺うようにこちらを見てくる。
私はコップを手で弄びながら、口に薄く笑みを浮かべる。
「何だろう。私の人生、これで良いのかなって。頑固で偏屈で…怖がりで。これまで人ときちんと関係を築いてこなかったから、皆が普通に出来てることが出来ないんじゃないかって、不安に思っちゃったんだよね」
自白剤の効果だろうか。普段ならきっと、話さなかっただろうことを口にした自覚はある。
膝を立て、その上にこてんと頭を乗せてみる。
「ねぇ、ルークはどう思う?」
「知らねぇよ!!!」
食いぎみで言われて、目をぱちくりする。
そして、言いきった後にルークは両手を顔に被せ天を仰ぐ。
「……お前の真面目で、お人好しな所は長所だろ。分からない人間に気を遣って不安に思う必要ない」
こちらを見ないまま疲れたような小声で言われた言葉に、苦笑する。
「どういう風の吹きまわし?私の事、散々頑固だの融通が効かないだの悪口言っていたのは誰?」
「……今日のお前が変だから、慰めてやってるんだろうが」
「ふふふ、ありがとう?……私、ルークには嫌われてるんだと思ってた」
「………嫌いな奴に会いに行くほど暇人じゃない」
拗ねたような声に、ふふふと笑みを深める。いつもは喉の奥で詰まったようになる声が、するすると出てくる。
(私だって…)
いつも人の中心に居て、明るくて、頭もよくて。自分には無い物ばかりを持っているルークが羨ましくて仕方なかった。
「私も、ルークの事、すき」
瞬間、がばっと、ルークがこちらを向く。その勢いに少し目を丸くする。
あれ?と思った瞬間、天井を見上げていた。手から離れたコップがかちゃんと軽い音を立てて転がっていった。眼前に目いっぱいルークが映る。どうやら押し倒されたらしい。口はよく回るのに、ぼんやりとかすんだ頭の中でそう認識した。
「……お前、今の状況分かって煽ってきてんだろうな」
眼光鋭い視線に、ぽやんと首をかしげる。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってねぇ!…くそっ…さっさと寝ろ!」
どさっとルークに押しつぶされた。
「ちょ…重たい」
「黙って寝ろ」
ぎゅうぎゅうとぬいぐるみの用に抱きしめられた。
もぞもぞと楽な姿勢を探すために身じろぎし、ふうと息を吐く。背中に手をまわしながらふふふと笑う。
「ルークに抱きしめられるの久しぶり…ね」
ルークは一瞬、体を固くしたものの、もう何もしゃべってくれない。つまらない気持ちになって、私はそっと目を閉じた。
眠りに落ちる瞬間、声が聞こえた気がした。
「……あぁ、もう。俺の負けで良い」
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