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4.ちゅう、くらいなら
しおりを挟む鶴さんの部屋は綺麗で、観葉植物が天井から吊されていておしゃれカフェみたいだ。同じ間取りのコタツで占められた自分の部屋とは天と地ほど違う。
「座ってくださいぃね、今、料理をお持ちしますから!」
「手伝いますよ」
「だだ大丈夫です!!!」
おしゃれなテーブルに猫足の椅子におそるおそる腰掛けた。居酒屋のお通しより早いタイミングで、テーブルに手料理が並べられていく。
ホクホクとした肉じゃが。ジューシーな肉汁が詰まっていそうなハンバーグ。なんなのかわからないおしゃれな野菜が沢山入ったサラダ。お味噌汁は具だくさんで、ご飯も茶碗に綺麗によそられる。
「……料亭?」
「えええええ!?褒めすぎですよっ、さ、さあどうぞ」
「すごい美味しそう。こんなに沢山ありがとうございます。では、いただきます」
じーっと緊張した様子で見つめられる。
むしろ神様に祈るようなポーズだ。
そんな姿も可愛らしくて、つい顔が綻んでしまう。
「美味しいです。とっても」
「よよよ、よかったぁ!ホッとしました。沢山あるので、よかったらおかわりしてくださいね」
心から嬉しそうに笑う鶴さんに、もう鷲づかみされた気分だった。
「ごちそうさまでした」
全て完食して。なんならおかわりまでして。
持ってきたスイーツをデザートに食べた後。
どちらからとなく、沈黙になった。
「あ、あの」
「はい」
「ま、眞知さんは……その、お、男の方と……お付き合いされたご経験はありますか?」
沈黙を破ったのは鶴さんだった。
意を決したように言われて、勇気を出してこの質問をしたんだってわかった。まだ、お互い、自分の恋愛対象がどっちの性別だとか、もっと言えば、ゲイなのかバイなのかノンケなのかも知らない。
お試しだから、踏み込めない、けど知りたい、そんな感じだった。
「……そうですね。今まで付き合ったのは全て同性です」
「そ、そうですか。こっちから告白しておいて、今更訊いてすみませんでした。……よかった、けど複雑です」
「え……」
視線を落とし、少し拗ねたように、
「眞知さんが、僕の他にもお付き合いされた人が居るって知って、正直、嫌だと思ってしまいました」
そう言った。
まるで、その言い方だと嫉妬しているみたいで。
勘違いしそうになる。
この平凡で地味な男に、嫉妬なんてするわけがない。
そう自分に言い聞かせた。
「お付き合い、と言っても、すぐに振られてしまって。俺は、どうも面白みのない奴みたいですから……その──」
「なんて勿体ない!!僕だったら、絶対絶対、手放したりなんてできない。眞知さんが自分の恋人ってだけで来来来世まで徳がつめそうなくらい幸運なのに。僕はお試しでもこんなに浮かれて、幸せで、毎日が奇跡に溢れて神様に感謝してもしきれないくらいなのに!!!」
いつもはどもりがちな鶴さんが、凄い勢いでスラスラと話すだけでも迫力があるのに、その内容にボッと顔が熱くなる。
「今のその顔もめちゃくちゃ可愛いっ、大好きです。食べちゃっていいですか!!!!」
「え……」
「本気ですけど、まだお試しなので、我慢しますけど!」
鶴さんはこんなに情熱的な人だったのか、とか、そうだ今はお試し期間だった、とか、色々よぎったけど。
「ちゅう、くらいなら、いいですけ──」
言い切らない内に唇に温かなものが重なった。
我慢できないとばかりに、何度も角度を変えては重なり、息が乱れていく。
こんな濃厚なやつを許したんだっけ?と目を開くと、潤んだ熱い眼差しに射貫かれてしまった。
「眞知さんっ……はやく、本気のお付き合い……したいっ」
懇願するその熱量に、蕩けてしまいそうになる。
どうして、自分は、お試しなんて逃げたんだっけ。
そうだ──
「僕は、ずっと、ずっと、眞知さんが好きだった。だから、どれだけでも待てるって思ってました。でも、ダメです。こんなに近くに居たら、我慢できない。眞知さんっ、眞知さん──」
自分に自信がなかった。
超絶美形な鶴さんと、本物の恋人になれるようなレベルに値しないと。
昔話はどうだったっけ。
鶴だか鳩だかは、恩返しをした後、愛しい夫に正体がバレて。
空の彼方に飛び立ってしまった。
確か、そんな結末。
鶴さんもいつか居なくなってしまうのだろうか。
もしも、鶴さんの正体が鳥でも鳩でもカエルでも。
自分は──
「鶴さん、落ち着いてください。よく見て、俺は平凡で地味でつまらない、三十路過ぎのおっさんです」
「そ、そんな風に、言わないでください。僕にはどれも、魅力的なんです。その、怖がられるかと思って言っていませんでしたが、あの時助けていただいた前から、眞知さんのこと、知っていました」
「え……?」
鶴さんが、俺を知っていた?
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