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第7章 ーノエル編ー

35 学園六年目

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「ノエル!似合うじゃないか!」

大好きだった母も着ていた黒薔薇騎士団の制服を着たノエルをほめたたえるのは黒薔薇騎士団の団長…今は元団長だ。なんでも、夏の大幅な正教会での人事変更に伴って団長の座を後輩に譲ったのだそうだ。
今回の黒薔薇騎士団の警備指揮も執ってくれている。ちなみに来賓には大聖女メアリローズが来ている。

「ローズにそっくりだな。俺は大聖女様の警護につくから援護はできんが、頑張れよ。」

「うん。」

「癪だが、小僧もノエルのことをよろしく頼むぞ。」

「はい。お任せを。」

小僧ことハロルドの肩をたたいて、団長はその場を去っていった。


「ノエルには最重要な役を任せることになっちゃったけど…。」

「大丈夫。任せて。」

ノエルの役目は、実力主義者たちに現実を突きつけ、反撃ののろしをあげることだ。…実は、とても楽しみにしている。鍛えてきた光魔法を余すところなく発揮することができるのだから。

ハロルドはノエルの内心を察しているのか、にっこり笑ってからかがんでノエルの唇に軽くキスをした。最近は長いキスが多かったのでちょっと驚く。

「今日の分ね。作戦終了後に会おう。」

ハロルドは本部から全体俯瞰である。

「うん!ハリーも頑張って。」

そうしてノエルも持ち場についた。



ー---



流れはハロルドが予想した通りのものだった。


立太子の儀の後、お披露目のパレードが行われた。ティナが馬車に乗り、その周りを魔法騎士団が警備する。その中にはショーンの姿もあった。
道中に配備されているのは黒薔薇騎士団と魔法警察だ。黒薔薇騎士団の筋骨隆々さは目立つので気配が薄くなるように工夫をした。…魔法耐性が高いのでとても苦労したが。


パレードがある程度進んだところで、いつかにも見た茶色い爆弾が降り注ぎ、襲撃が始まった。

…すごい。ノエルが思わず震えたのは襲撃がド派手に始まったからではない。タイミング、位置、始まり方、すべてがハロルドが一番起こりえると予想した通りだったのだ。
もちろん、持っている情報全てを総合して推測した結果なのだが、それでもすごい。

爆弾は水魔法で無力化されていくが、ドボボボンという大きな音が無数に響き、何も知らない非魔法族の見物人たちの歓声はぴたりと止まり、悲鳴に変わる。
見物人の中からも火魔法や水魔法が放たれて、見物人からはさらなる叫び声があがり、逃げ出そうと人の流れができ、あちこちで転ぶ人が続出した。


「我々は魔力もない力もない貴族どもがこの国の政治を担うことに異議を唱える者である!」

攻撃が止まない中、突然に男性の声があたりに響き、ノエルはそちらを振り返った。

「実力主義の名のもとにルクレツェンの統治を目指す上で、無能な貴族どもをのさばらせる現在の王族は不要なものである!
次の王太子は力のない王女、到底受け入れられるものではない!この場で我々の力の前に力のない王女は無力であることを証明する!」

ティナの進行を妨げるように、馬車の進行方向にいたのはノエルも見たことがある、黒髪の狼獣人、ザラの従兄弟であるセナ・ウォーだ。

「我々の前では非魔法族の群衆も貴族の集まりも無力である!実力主義に従わなければ、王女と共にこの場でせん滅する!」

阿鼻叫喚だった周囲がその言葉により静まり返った。さあ、ノエルの出番である。


「否!」


ノエルはセナ・ウォーとティナの馬車の間に立って、堂々と宣言した。静まった場にノエルの声が響き渡る。


「非魔法族の群衆も貴族の集まりも、実力主義の前に無力ではない!我々の未来の女王陛下は力はなくとも賢い頭とカリスマ性でルクレツェンを良い国に導く強いお方である!
力にばかりこだわる実力主義こそ、貴族至上主義と同じく、無駄で無力で間違ったものである!」

「なっ!」

ノエルが話し出したのをきっかけにこちらに視線が集まる。特に、非魔法族の見物人には首都で暮らすノエルの知り合いも多い。ちょっとずつざわざわとし始める。


「力が強いものが良く国を導ける、これ、暴論である!実力主義の理論で言えば、魔法を独占するルクレツェンは世界で最も強い国となるはずである!実際、隣国に攻め込んだ王もいた!ではなぜ未だにこのように小さい国のままなのか!
隣国の非魔法族に負けたからである!」

見物人から、「ノエルちゃんだわ」「ノエルじゃない?」という声がささやかれる。


「そ、それは、獣人たちが力を発揮していなかったから…!」

「違う!隣国の非魔法族に敵わなかったからである!そして今日も!あなたたちが私たち王女殿下一派に勝つことはない!
魔王の使う闇魔法には大きな欠点が3つある。まず、魔力が自分より高い者には通用しない。二つ、光魔法によって解除される。最後に、魔力のない者には。」

非魔法族を中心にざわざわが広がり始める。内容はよくわからないが、魔王の攻撃が自分たちに通じないと聞いておどろいているのだろう。
目の前のセナ自身も動揺しているようで、非魔法族に闇魔法が効かないことを知らなかったのだろう。


「つまり、いくら実力主義を主張しても、非魔法族がそれを否定し続ける限り、この国でそれが根付くことはないの。非魔法族は魔力がないから弱いからという理由で虐げられる存在ではないし、もちろん獣人も人と違うからと差別される存在ではないわ。
お互いに違う存在であることを認め合い、私たちは、共に協力し合って、新しい国を作っていくことがきっとできる。」

気づけば襲撃者からの攻撃も止まっている。


「このめでたい立太子祝いのパレードを襲った実力主義者たちの全面降伏を求める!降伏しなければ、ここで、非魔法族が魔法族よりも強いことを証明する!」

見物人から再び同様の声があがる。場を全てノエルに持っていかれてしまったセナは慌てたように声を震わせる。

「な、そんなわけあるか!なぜみんな攻撃の手を止めているんだ!かかっ…!」


セナが反抗の意思を示したことで、ノエルはにやりとほくそ笑むと、足に光魔法をかけて強化し、セナとの間合いを一瞬で詰めた。
拳を握り低い姿勢から、光魔法で普段の何百倍にも強化した拳をセナの腹に叩き込んだ。

ノエルよりも立派な体格の青年が、ノエルの拳により後方5mに殴り飛ばされた。


「聞いたか、お前ら!」

ノエルは盛り上がる心を必死に押し隠しながら、飛んで行ったセナの背を黒いブーツを履いた足で踏みつける。軽く呼吸を整えて、警部の黒薔薇騎士団を振り返る。


「血祭だ!!」

野太い男たちの雄たけびと共に、襲撃者たちはぼこぼこにされた。


ー---


計画通りに襲撃者が捕獲されていくのを確認して、ノエルは馬車を振り返った。そこには豪華な王冠とマントをまとったティナがいるのが見えた。

しかし、ノエルにはわかる。あれはティナに見えるけど、ティナじゃない。


大きな咆哮と共に黒い大きな狼が現れたのは、ノエルが馬車に歩み寄っている時だった。


唸り声をあげるその狼は体長3mはあろうかという巨体でノエルと馬車の前に着地し、強い闇魔法を展開した。周囲で闇魔法により意識を奪われ、ばたばたと倒れるものが続出した。非魔法族の一般市民の避難は終わっていたので、恐らく魔法騎士か魔法警察の者だろう。
全ての者がノエルの作った魔石を持っているわけではないので、持っていない者たちが倒れたのだろう。

強力な闇魔法を行使する黒い狼、これはウォー家当主、クロー・ウォー以外に考えられない。


意識のある者たちが、土壁や火魔法で狼の進行を止めようとするが、狼は止まる気配がない。気にも留めずに妨害を突破し、ノエルと馬車の方にとびかかってきた。

「やっぱり来たね、クロー・ウォー。」

馬車の上の人物がつぶやくと同時に馬車の後ろから銀色の毛の美しい狼がかけてきた。馬車を飛び越えて大きく咆哮し、黒い狼に飛びついていった。
銀色の狼は黒い狼よりも一回り小さかったが、黒い狼を威圧しているようだ。


銀色の狼には既視感があった。ノエルは慌てて馬車の上の女性を振り返る。女性は頷いて立ち上がり馬車から降りながらかぶっていた王冠やマントを脱ぎ棄てる。現れたのはもちろんハロルドだ。

「あれはザラ・ウォーだよ。助けに来てくれたみたいだね。」

…もしかして、ハロルドが話せないと言っていたクロー・ウォー対策はザラのことだったのだろうか。


やがて黒い狼がぱたりと倒れ、重なるように銀色の狼も気を失って倒れた。ノエルが息をのんで思わずハロルドの腕にすがりつく。

「大丈夫。魔力切れだと思う。」

ハロルドが耳に右手をあて、右手首に向けて指示を出す。そこには通信用の魔法道具が装着されているのだ。

「予定通りに。捕獲してください。」


こうして襲撃は幕を閉じた。


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