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第一章 無計画な婚約破棄
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「愛人だなんて嫌です!」
マリアは声を荒げて立ち上がったので、ヨーゼフはビクリとした。ふと、『眠れる森の姫』はこんな風に感情的に声を荒げるだろうか、と思った。
「ヨーゼフ様にお伝えしましたよね?私が妾腹の生まれだと…。母は父との関係でとても苦労したのです…。」
マリアは涙ぐんで顔を伏せた。その様子にヨーゼフははっとする。そうだ。マリアは幼少期につらい思いをしていたのだ。それは声を荒げるのも仕方がない。
「マリア、つらいことを思い出させてすまない。君を愛人なんかにさせない。」
「ヨーゼフ様…。」
マリアは目元をぬぐいながら「はい…!」と頷いた。
「となると、貴族教育だな…。」
マリアを腕の中に抱きしめながらヨーゼフは思案する。今のペースではクラウディアとの約束の卒業の日までにマリアの処遇、貴族夫人となるか、ともに平民となるか、を決定することができない。マリアの希望を叶え、貴族夫人としてやるためには、ひとまずヨーゼフと結婚するに足りる教育を受けていると示す必要がある。
張りぼてでしかないが、多少基礎がおろそかになったとしても公の場で繕えるだけの教養を身に着けさせるのはどうだろう。例えば、ダンスや立ち居振る舞い、簡単な外交の知識など。
しかし、そんな都合の良い内容だけを集中して基礎のできていないマリアに教える、なんてことをやってくれる教師はいるだろうか。
ふと、ヨーゼフの脳裏にはブルネットの髪の婚約者の顔が浮かんだ。
「マリア、クラウディアに必要最低限のことだけ指導を受けるのはどうだろうか?」
ーーーー
クラウディアは怪訝な表情をしながらも、マリアの教育を引き受けてくれた。しかし、その後から会うたびにマリアは暗い顔をしていることが増えた。
「クラウディア様は私のことが気に入らないようなのです。」
「私が貴族教育を終えられていないことを責めるのです。」
「妾腹の生まれであることを蔑まれているように思って…。」
日差しの差し込む明るい部屋の中でも、マリアの表情は暗かった。マリアにクラウディアの話を聞くたびに、クラウディアへの苛立ちが募っていく。
なぜ、マリアの立場を思いやることができないのか、と。
そんな日が続き、二カ月が経過したころにヨーゼフはクラウディアに直接このことについて怒りをぶつけた。
「クラウディア!どうしてマリアに冷たくあたるんだ!」
城で妃教育を終えて帰宅する直前のクラウディアを捕まえて、ヨーゼフは声を荒げる。逆にクラウディアは怪訝な顔だ。
「冷たくあたる、とはどういうことでしょう?マリア様に指導以上のことはしていませんが。」
「嘘をつくな!マリアはクラウディアに蔑まれていると悲しんでいるんだぞ?」
「マリア様を蔑んだことなどありません。私の指導がご不満なら、教育係を変えてください。実際、マリア様には学ぶ意欲がないようです。」
「な…!そのような態度がマリアを傷つけるんだ!」
「それでは、ヨーゼフ殿下がマリア様をご指導なさればいいでしょう。」
「そのような時間は…。」
「時間は私にだってありません。それを週に一度、時間を割いているのです。殿下とマリア様は週に何度、お会いになられているのですか?」
ヨーゼフは最近、マリアに会うために学園に行っていた。週に三度は会っているだろう。
「教えるべきことを記したリストはマリア様にも殿下にもお渡ししていますし、大半のことは殿下もマスターされています。私に代わってマリア様に教えてさしあげては。」
「…わかった。クラウディアはもうマリアに指導しなくてもいい。これからは私がマリアに教える。」
クラウディアはマリアには絶対にできない美しいカーテシーを披露して、その場を去って行った。
ーーーー
ヨーゼフがマリアを直接指導するようになると、マリアはとても喜んだ。
「これでもっとずっと一緒にいられますね。」
逢瀬の一部を勉強にあてるつもりだったが、そう言われるとマリアの下へと通う日も増えてしまう。代わりにおろそかになったのは学園での他の生徒との交流だ。
「最近、殿下はサロンにいらっしゃらないわ。」
「鍛錬にも姿を見せないな。」
「クラウディア様もクラウス様もあいまいにされるだけで何も教えてくださらないし。」
「南校舎の一室を借りてそこで過ごしているらしい。」
「そういえば、あのマリア・タウラー嬢もいつも南校舎に行っている。」
「あのマリア・タウラー嬢が?」
「そういえば、彼女も金髪の美少女だな…。」
実際に噂を聞いた強気な令嬢がマリアを問い詰めたこともあった。その度にマリアは思わせぶりに返す。
「南校舎では、”私の王子様”にお会いしているのです。」
マリアは声を荒げて立ち上がったので、ヨーゼフはビクリとした。ふと、『眠れる森の姫』はこんな風に感情的に声を荒げるだろうか、と思った。
「ヨーゼフ様にお伝えしましたよね?私が妾腹の生まれだと…。母は父との関係でとても苦労したのです…。」
マリアは涙ぐんで顔を伏せた。その様子にヨーゼフははっとする。そうだ。マリアは幼少期につらい思いをしていたのだ。それは声を荒げるのも仕方がない。
「マリア、つらいことを思い出させてすまない。君を愛人なんかにさせない。」
「ヨーゼフ様…。」
マリアは目元をぬぐいながら「はい…!」と頷いた。
「となると、貴族教育だな…。」
マリアを腕の中に抱きしめながらヨーゼフは思案する。今のペースではクラウディアとの約束の卒業の日までにマリアの処遇、貴族夫人となるか、ともに平民となるか、を決定することができない。マリアの希望を叶え、貴族夫人としてやるためには、ひとまずヨーゼフと結婚するに足りる教育を受けていると示す必要がある。
張りぼてでしかないが、多少基礎がおろそかになったとしても公の場で繕えるだけの教養を身に着けさせるのはどうだろう。例えば、ダンスや立ち居振る舞い、簡単な外交の知識など。
しかし、そんな都合の良い内容だけを集中して基礎のできていないマリアに教える、なんてことをやってくれる教師はいるだろうか。
ふと、ヨーゼフの脳裏にはブルネットの髪の婚約者の顔が浮かんだ。
「マリア、クラウディアに必要最低限のことだけ指導を受けるのはどうだろうか?」
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クラウディアは怪訝な表情をしながらも、マリアの教育を引き受けてくれた。しかし、その後から会うたびにマリアは暗い顔をしていることが増えた。
「クラウディア様は私のことが気に入らないようなのです。」
「私が貴族教育を終えられていないことを責めるのです。」
「妾腹の生まれであることを蔑まれているように思って…。」
日差しの差し込む明るい部屋の中でも、マリアの表情は暗かった。マリアにクラウディアの話を聞くたびに、クラウディアへの苛立ちが募っていく。
なぜ、マリアの立場を思いやることができないのか、と。
そんな日が続き、二カ月が経過したころにヨーゼフはクラウディアに直接このことについて怒りをぶつけた。
「クラウディア!どうしてマリアに冷たくあたるんだ!」
城で妃教育を終えて帰宅する直前のクラウディアを捕まえて、ヨーゼフは声を荒げる。逆にクラウディアは怪訝な顔だ。
「冷たくあたる、とはどういうことでしょう?マリア様に指導以上のことはしていませんが。」
「嘘をつくな!マリアはクラウディアに蔑まれていると悲しんでいるんだぞ?」
「マリア様を蔑んだことなどありません。私の指導がご不満なら、教育係を変えてください。実際、マリア様には学ぶ意欲がないようです。」
「な…!そのような態度がマリアを傷つけるんだ!」
「それでは、ヨーゼフ殿下がマリア様をご指導なさればいいでしょう。」
「そのような時間は…。」
「時間は私にだってありません。それを週に一度、時間を割いているのです。殿下とマリア様は週に何度、お会いになられているのですか?」
ヨーゼフは最近、マリアに会うために学園に行っていた。週に三度は会っているだろう。
「教えるべきことを記したリストはマリア様にも殿下にもお渡ししていますし、大半のことは殿下もマスターされています。私に代わってマリア様に教えてさしあげては。」
「…わかった。クラウディアはもうマリアに指導しなくてもいい。これからは私がマリアに教える。」
クラウディアはマリアには絶対にできない美しいカーテシーを披露して、その場を去って行った。
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ヨーゼフがマリアを直接指導するようになると、マリアはとても喜んだ。
「これでもっとずっと一緒にいられますね。」
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「そういえば、彼女も金髪の美少女だな…。」
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