10 / 13
本編・裏
中編2
しおりを挟む
朱天楼で手紙を見せると、すんなり中に通され、設置された舞台を上から見渡せる二階の個室席に案内された。
個室に入るとそこには…。
「兄上!」
「声が大きい。」
そこにいたのは、ゆったりした着物に身を包んだ兄にして第一王子・爽一であった。常に気難しい顔をした爽一が、例の、見定めるような顔で飛世を見ていた。
「兄上?なぜここに?私は今日藍に呼ばれて…。」
「私も藍姫にお前と話してやってほしいと頼まれたんだ。さっさと座れ。」
飛世はそわそわと席に着くと、爽一は後ろに控えるイケメン眼鏡の青年に合図を出し、料理を運ばせた。次々と高級そうに盛り付けられた食事が並べられて、給仕が去っていく。
「兄上は藍と知り合いなのですか?」
「…私と藍姫の話がしたくてここに来たのか?」
あ、これダメなやつ。変なこと言えないやつだ。怖い。藍、助けて。何を話せば…。
「あ、兄上。」
「なんだ?」
「わ、私は、東宮になりたくないのですけども…。」
爽一はピクリとも顔を動かさず、飛世を眺めていてさすがだなと思った。
【いきなり愚直に話し出したのには内心度肝を抜かれたな…。顔色を変えないなんて、貴族が最初に身につける技だろうに。目に見えてテンパってたしな。】
「なぜか、皆が私が東宮にふさわしいような噂をやめなくて…。私の振舞いのせいなのは常々藍に言われているところではありますが…。最近は釣書も届くようになしまって…。あの…。」
飛世は唾を飲んだ。
「兄上に早く東宮になっていただきたいのです。」
「私は東宮になるつもりだが、お前は東宮にならず、何になるつもりなんだ?」
青天の霹靂。これまで考えたこともない質問に脳への衝撃は大きく飛世の目から星が飛んだ。【本当にそう見えた。】
生まれて初めて問いかけられた問いに飛世は頭を使わずに正直に答えた。
「え、私になりたいものは特にありません。しいて言うなら、安心できる場所で一日中のんびりしたいです。」
爽一が初めて感情を露わにした顔をした。そう、なんだこれはという珍しいものを見た顔である。
ふと下の階で楽器の演奏が始まった。飛世がふと下を見ると舞台袖から綺麗に着飾った藍が出てきたところだった。
「あれ、藍?」
藍を見て驚いていた飛世は、爽一が飛世を見て今日一番、というか初めて、驚いた顔をしたことに気づかなかった。
薄紅色の異国情緒にあふれた衣装を着こなし、いつも後ろにまとめられている綺麗な黒髪は少し波立って後ろに流されていた。代わりにいつもあるちょっと短めの前髪はどうしたのか、あげられていた。
衣装には鈴がついているのか、藍が舞始めると、シャナリシャナリと鳴りだした。
…なんか、いつもと雰囲気が違うな。藍が言うには別人級の変装なのだそうだが、飛世の感想はその程度だった。
「飛世。」
藍の踊りを見つめていると、爽一に初めて名前を呼ばれた。
「は、はい。」
「お前、私の手足となって働け。そうすれば、私がお前の安心できる場所を用意してやろう。」
「え?」
「嫌なのか?」
「嫌じゃありません!ありがとうございます!働きます!」
兄上が私のために安心できる場所を用意してくれるなんて。これで自分の将来のことは自分で考えなくて良さそうだ。何で兄上は急にそんな風に気を変えてくれたんだろう?
やっぱり藍の兄たちと同じで下の子は可愛いのかもしれない。血も涙もないと思っていた兄上も、やっぱり人の子だったんだ。
【おい、待て。おまえ、あの時そんなこと考えてたのか?】
その後、個室に入ってきた藍は私が話しかけると驚いたような顔をしていた。私が藍のことをわからないとでも思ったのだろうか?
その後、兄上は竜の密輸船を特定し、飛世を現場に突入させた。
何度きいてもその特定方法はよくわからなかった。藍は感嘆の声をあげていたが。【おい。】
正直、密輸船の乗組員たちは弱くて、先頭で突入した飛世一人でぼこぼこにしてお縄にかけることができた。後ろから突入してきた藍の呆れた顔は今でもよく覚えている。
兄上は私が首謀者を引きずって船外につれてくると喜んでほめてくれた。【お前はほめられて伸びる子だったな。】
そこからの兄上はすごかった。捕まえた首謀者を使って、半ば脅しながら異国と危険生物の取り扱いに関する条約を結んだ。条文の翻訳まで確認し、一ミリの差異も許さなかった。
ちなみに飛世は簡単な異国語は話せるが、読めないのでここでは全く役に立たなかった。代わりに藍がいろいろと何かやっていた。
それにしても、竜使いって異国語を理解する必要は全くないんじゃなかろうか。助っ人に来てくれた竜使いたちは誰一人異国語を理解していなかった。
ー藍の才能は竜使いにしておくにはもったいない。そこにとどまるべきじゃない。
このころから飛世はそう思うようになった。【それは私も激しく同意したい。】
そして、竜の異国への密輸事件の裏で、蒼ノ宮家で大問題になっていた竜の飼育技術の流出。
犯人は、蒼ノ宮姓の青年だった。彼は竜使いを夢見たが、竜に選ばれず、一定年齢を超えてしまい、竜使いの夢をあきらめることになったのだ。
蒼ノ宮家で高まる青年への同情的な声。同時に藍への批判も沸いた。たかが女が竜使いを選んでくれる竜を一頭奪っていった、と。
藍は蒼ノ宮家にいるべきじゃない。あの家を出るべきだ。もっと幅広く活躍の場があるべきだ。もっと藍が生きやすい環境があればいいのに。
この事件から、飛世は藍が生きやすい環境とは何なのか、よく考えるようになった。
個室に入るとそこには…。
「兄上!」
「声が大きい。」
そこにいたのは、ゆったりした着物に身を包んだ兄にして第一王子・爽一であった。常に気難しい顔をした爽一が、例の、見定めるような顔で飛世を見ていた。
「兄上?なぜここに?私は今日藍に呼ばれて…。」
「私も藍姫にお前と話してやってほしいと頼まれたんだ。さっさと座れ。」
飛世はそわそわと席に着くと、爽一は後ろに控えるイケメン眼鏡の青年に合図を出し、料理を運ばせた。次々と高級そうに盛り付けられた食事が並べられて、給仕が去っていく。
「兄上は藍と知り合いなのですか?」
「…私と藍姫の話がしたくてここに来たのか?」
あ、これダメなやつ。変なこと言えないやつだ。怖い。藍、助けて。何を話せば…。
「あ、兄上。」
「なんだ?」
「わ、私は、東宮になりたくないのですけども…。」
爽一はピクリとも顔を動かさず、飛世を眺めていてさすがだなと思った。
【いきなり愚直に話し出したのには内心度肝を抜かれたな…。顔色を変えないなんて、貴族が最初に身につける技だろうに。目に見えてテンパってたしな。】
「なぜか、皆が私が東宮にふさわしいような噂をやめなくて…。私の振舞いのせいなのは常々藍に言われているところではありますが…。最近は釣書も届くようになしまって…。あの…。」
飛世は唾を飲んだ。
「兄上に早く東宮になっていただきたいのです。」
「私は東宮になるつもりだが、お前は東宮にならず、何になるつもりなんだ?」
青天の霹靂。これまで考えたこともない質問に脳への衝撃は大きく飛世の目から星が飛んだ。【本当にそう見えた。】
生まれて初めて問いかけられた問いに飛世は頭を使わずに正直に答えた。
「え、私になりたいものは特にありません。しいて言うなら、安心できる場所で一日中のんびりしたいです。」
爽一が初めて感情を露わにした顔をした。そう、なんだこれはという珍しいものを見た顔である。
ふと下の階で楽器の演奏が始まった。飛世がふと下を見ると舞台袖から綺麗に着飾った藍が出てきたところだった。
「あれ、藍?」
藍を見て驚いていた飛世は、爽一が飛世を見て今日一番、というか初めて、驚いた顔をしたことに気づかなかった。
薄紅色の異国情緒にあふれた衣装を着こなし、いつも後ろにまとめられている綺麗な黒髪は少し波立って後ろに流されていた。代わりにいつもあるちょっと短めの前髪はどうしたのか、あげられていた。
衣装には鈴がついているのか、藍が舞始めると、シャナリシャナリと鳴りだした。
…なんか、いつもと雰囲気が違うな。藍が言うには別人級の変装なのだそうだが、飛世の感想はその程度だった。
「飛世。」
藍の踊りを見つめていると、爽一に初めて名前を呼ばれた。
「は、はい。」
「お前、私の手足となって働け。そうすれば、私がお前の安心できる場所を用意してやろう。」
「え?」
「嫌なのか?」
「嫌じゃありません!ありがとうございます!働きます!」
兄上が私のために安心できる場所を用意してくれるなんて。これで自分の将来のことは自分で考えなくて良さそうだ。何で兄上は急にそんな風に気を変えてくれたんだろう?
やっぱり藍の兄たちと同じで下の子は可愛いのかもしれない。血も涙もないと思っていた兄上も、やっぱり人の子だったんだ。
【おい、待て。おまえ、あの時そんなこと考えてたのか?】
その後、個室に入ってきた藍は私が話しかけると驚いたような顔をしていた。私が藍のことをわからないとでも思ったのだろうか?
その後、兄上は竜の密輸船を特定し、飛世を現場に突入させた。
何度きいてもその特定方法はよくわからなかった。藍は感嘆の声をあげていたが。【おい。】
正直、密輸船の乗組員たちは弱くて、先頭で突入した飛世一人でぼこぼこにしてお縄にかけることができた。後ろから突入してきた藍の呆れた顔は今でもよく覚えている。
兄上は私が首謀者を引きずって船外につれてくると喜んでほめてくれた。【お前はほめられて伸びる子だったな。】
そこからの兄上はすごかった。捕まえた首謀者を使って、半ば脅しながら異国と危険生物の取り扱いに関する条約を結んだ。条文の翻訳まで確認し、一ミリの差異も許さなかった。
ちなみに飛世は簡単な異国語は話せるが、読めないのでここでは全く役に立たなかった。代わりに藍がいろいろと何かやっていた。
それにしても、竜使いって異国語を理解する必要は全くないんじゃなかろうか。助っ人に来てくれた竜使いたちは誰一人異国語を理解していなかった。
ー藍の才能は竜使いにしておくにはもったいない。そこにとどまるべきじゃない。
このころから飛世はそう思うようになった。【それは私も激しく同意したい。】
そして、竜の異国への密輸事件の裏で、蒼ノ宮家で大問題になっていた竜の飼育技術の流出。
犯人は、蒼ノ宮姓の青年だった。彼は竜使いを夢見たが、竜に選ばれず、一定年齢を超えてしまい、竜使いの夢をあきらめることになったのだ。
蒼ノ宮家で高まる青年への同情的な声。同時に藍への批判も沸いた。たかが女が竜使いを選んでくれる竜を一頭奪っていった、と。
藍は蒼ノ宮家にいるべきじゃない。あの家を出るべきだ。もっと幅広く活躍の場があるべきだ。もっと藍が生きやすい環境があればいいのに。
この事件から、飛世は藍が生きやすい環境とは何なのか、よく考えるようになった。
2
あなたにおすすめの小説
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる