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第一章 夜市に浮かぶ火の玉
5 エリート令息、憤る
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二乃子が満のいる個室にやってきたのは大分遅くだった。二乃子のためにせっかく注文した包子がすっかり冷めてしまい、温め直してもらったものを二乃子がしれっと運んで個室へやってきた。
「大丈夫でした?遅かったので心配してたんです。」
二乃子は何やら手を振るような仕草をしたのを見守った後、満は二乃子に話しかけた。今の仕草はもう何千回と見た、二乃子が防音の結界を張る仕草である。
二乃子は疲れた様子で包子を机に置き、満の隣に腰かけた。
「それ、包子なんで、食べていいですよ。」
二乃子の目がきらりと光り、嬉しそうに料理のふたを開けて綺麗に整った包子を一つ手に取った。
「市長殿、なんというか、金づるですね。」
「と言いますと?」
「今日の食事会はどうやら役所の部下の方たちとの食事会だった様です。最初からみんな市長を持ち上げに持ち上げて、お酒を飲ませに飲ませて、開始一時間ぐらいで市長は泥酔して眠ってしまいました。
そもそもお酒はそんなに強くないようですね。」
二乃子は二つ目の包子を手に取るので、飲み物もとお茶の湯呑を差し出す。食べながら「そこからがひどかった」と二乃子は苦い顔で話し続ける。
「市長が眠ったのを確認すると、部下の人たちは高級なお酒や料理をどんどん注文して、さらに給仕のお姉さんたちにセクハラまがいのボディタッチを…。」
「何ですって!?」
二乃子の話に満は思わず目をむいて立ち上がった。
「まさか!?触らせたんですか!?」
「影が薄くなってる私に触れるわけないじゃないですか。落ち着いてください、満殿。」
くうと満はうなだれた。まさかそんなリスクがあるとは夢にも思わなかった。ここは高級料理店であるから、そのような客は摘まみだされるのかと思っていたが。それを二乃子に尋ねると、彼女は顎に片手をあてて思い起こすように斜め上を見た。
「どうやら、久遠寺本家のご令息が部下の中にいたようです。久遠寺市長がことさらに可愛がっている部下が身なりももっとも良く、自分は本家の生まれで、来年は国の官吏になって、逆らう者は久遠寺家の敵で、みたいなことを騒いでいたので。」
「久遠寺家は大貴族ですからね。本家の生まれがなぜ地方都市の役人をしているのか、疑問が残りますが。」
貴族の男児にとって国の官吏になる方法は二通り、国試という登用試験を受けて合格するか、貴族院に入るか、だ。国試は冬にあるので、今から来年は官吏になると言っているということは、貴族院に入るのだろう。
「年齢はいくつぐらいでしたか?」
「私たちと同じぐらいだと思います。」
「ふむ。久遠寺家の令息で私たちと同年代と言えば、久遠寺万里殿ですね。久遠寺本家の三男です。二乃子殿にセクハラしようとしただなんて許せません。実家には縁を持たないように連絡しておきます。」
「いや、セクハラされていたのは他の給仕のお姉さんです。」
満が「他には?」ときくと二乃子は参加していた部下たちの人相を語りだした。
「参加者は市長殿を含めて7人で、みんな男性でした。年のころは私たちと同じか少し上ぐらいですね。全員が市役所の役人の様で、久遠寺とその分家の令息の様でした。」
「みんな貴族ですか…。火の玉の話はしていましたか?」
「はい。市長殿が最初に得意げに『帝が直々に遣わせてくださった巫女姫様のおかげで火の玉の脅威は去った』と得意げにお話しされていました。部下たちも『これでまた心置きなく晩餐ができる』と喜んでいましたよ。
市長殿も『大切な収入源を失うことにならなくてよかった』と。」
「ふむ。脱税に絡んでいるとも絡んでいないともとれますね。その部下たちの部署を調べてみる必要がありそうです。」
満は再び店のメニューを手に取った。
「給仕の方からはその方たちの悪い話がたくさん聞けそうですね。デザートを注文して誰かよこしてもらいましょう。」
「満殿、給仕のお姉さんたちに大人気で裏で配膳の取り合いをされていましたよ。」
「それは良いことを聞きましたね…。」
ー---
「まあ。お客様のところにも声がきこえていましたか?そうなんです。大変にお酒を召されていまして、声が大きく…申し訳ございません。」
満のところにデザートを運んできたのは艶やかな黒髪をお団子にまとめた給仕の女性だ。年は満よりもいくつか上だろう。
「あれほどお酒を飲まれていると、なにか乱暴なことをされたりもするのではないですか?」
「ええ。そうなんです。暴力をふるわれることはありませんが、ちょっとした粗相を強く責められたことも…。ご心配ありがとうございます。」
満とちょっとでも長く話したい給仕の女性は満の質問に長めに答えてくれる。
「店を摘まみだすことはできないのですか?どこかいい家の方でしょうか?」
「はい。久遠寺家とその縁戚の方たちです。みなさん役所にお勤めです。」
「役所の方ですか。しかし、一地方の役所ということは本家の方ではないのですね。本家の方ならご挨拶をする必要があるかとおもいましたが。」
「本家のご令息もいらっしゃいますよ。でも九条様がご挨拶をされる必要は全くありませんわ!このあたりでも有名なドラ息子でして、家の名前を笠に着て態度が悪いのです。来年から首都で官吏として働くと言っていて、私たちもほっとしているぐらいですわ!」
満は困ったように笑って、「それは私も挨拶したくはないですね」と言うと給仕の女性はさらにべらべらとしゃべりだした。
「実は、あまりの悪名に本家のご当主からお叱りをうけてこの地方の一市役所で働かされているとのことですわ。首都に行く前に性根をたたき直すようにと久遠寺市長に預けられたようですが…。」
「叩き直されてはいないようですね。」
「ええ。むしろ、さらに悪くなっていますわ。私たち給仕の間では何か専ら悪いことをしてお金を稼いでいるのではないかと噂していますの。だって修行として本家を出されたにしては羽振りが良すぎますもの。久遠寺市長は昔から毎週のように来てくださっていましたけれど、それよりも多い頻度で来ていらっしゃいますもの。
新人が市長よりも羽振りがいいなんて、おかしいでしょう?」
そんなに喋ってこの店の教育は大丈夫か、というぐらい給仕の女性はよくしゃべってくれた。
「大丈夫でした?遅かったので心配してたんです。」
二乃子は何やら手を振るような仕草をしたのを見守った後、満は二乃子に話しかけた。今の仕草はもう何千回と見た、二乃子が防音の結界を張る仕草である。
二乃子は疲れた様子で包子を机に置き、満の隣に腰かけた。
「それ、包子なんで、食べていいですよ。」
二乃子の目がきらりと光り、嬉しそうに料理のふたを開けて綺麗に整った包子を一つ手に取った。
「市長殿、なんというか、金づるですね。」
「と言いますと?」
「今日の食事会はどうやら役所の部下の方たちとの食事会だった様です。最初からみんな市長を持ち上げに持ち上げて、お酒を飲ませに飲ませて、開始一時間ぐらいで市長は泥酔して眠ってしまいました。
そもそもお酒はそんなに強くないようですね。」
二乃子は二つ目の包子を手に取るので、飲み物もとお茶の湯呑を差し出す。食べながら「そこからがひどかった」と二乃子は苦い顔で話し続ける。
「市長が眠ったのを確認すると、部下の人たちは高級なお酒や料理をどんどん注文して、さらに給仕のお姉さんたちにセクハラまがいのボディタッチを…。」
「何ですって!?」
二乃子の話に満は思わず目をむいて立ち上がった。
「まさか!?触らせたんですか!?」
「影が薄くなってる私に触れるわけないじゃないですか。落ち着いてください、満殿。」
くうと満はうなだれた。まさかそんなリスクがあるとは夢にも思わなかった。ここは高級料理店であるから、そのような客は摘まみだされるのかと思っていたが。それを二乃子に尋ねると、彼女は顎に片手をあてて思い起こすように斜め上を見た。
「どうやら、久遠寺本家のご令息が部下の中にいたようです。久遠寺市長がことさらに可愛がっている部下が身なりももっとも良く、自分は本家の生まれで、来年は国の官吏になって、逆らう者は久遠寺家の敵で、みたいなことを騒いでいたので。」
「久遠寺家は大貴族ですからね。本家の生まれがなぜ地方都市の役人をしているのか、疑問が残りますが。」
貴族の男児にとって国の官吏になる方法は二通り、国試という登用試験を受けて合格するか、貴族院に入るか、だ。国試は冬にあるので、今から来年は官吏になると言っているということは、貴族院に入るのだろう。
「年齢はいくつぐらいでしたか?」
「私たちと同じぐらいだと思います。」
「ふむ。久遠寺家の令息で私たちと同年代と言えば、久遠寺万里殿ですね。久遠寺本家の三男です。二乃子殿にセクハラしようとしただなんて許せません。実家には縁を持たないように連絡しておきます。」
「いや、セクハラされていたのは他の給仕のお姉さんです。」
満が「他には?」ときくと二乃子は参加していた部下たちの人相を語りだした。
「参加者は市長殿を含めて7人で、みんな男性でした。年のころは私たちと同じか少し上ぐらいですね。全員が市役所の役人の様で、久遠寺とその分家の令息の様でした。」
「みんな貴族ですか…。火の玉の話はしていましたか?」
「はい。市長殿が最初に得意げに『帝が直々に遣わせてくださった巫女姫様のおかげで火の玉の脅威は去った』と得意げにお話しされていました。部下たちも『これでまた心置きなく晩餐ができる』と喜んでいましたよ。
市長殿も『大切な収入源を失うことにならなくてよかった』と。」
「ふむ。脱税に絡んでいるとも絡んでいないともとれますね。その部下たちの部署を調べてみる必要がありそうです。」
満は再び店のメニューを手に取った。
「給仕の方からはその方たちの悪い話がたくさん聞けそうですね。デザートを注文して誰かよこしてもらいましょう。」
「満殿、給仕のお姉さんたちに大人気で裏で配膳の取り合いをされていましたよ。」
「それは良いことを聞きましたね…。」
ー---
「まあ。お客様のところにも声がきこえていましたか?そうなんです。大変にお酒を召されていまして、声が大きく…申し訳ございません。」
満のところにデザートを運んできたのは艶やかな黒髪をお団子にまとめた給仕の女性だ。年は満よりもいくつか上だろう。
「あれほどお酒を飲まれていると、なにか乱暴なことをされたりもするのではないですか?」
「ええ。そうなんです。暴力をふるわれることはありませんが、ちょっとした粗相を強く責められたことも…。ご心配ありがとうございます。」
満とちょっとでも長く話したい給仕の女性は満の質問に長めに答えてくれる。
「店を摘まみだすことはできないのですか?どこかいい家の方でしょうか?」
「はい。久遠寺家とその縁戚の方たちです。みなさん役所にお勤めです。」
「役所の方ですか。しかし、一地方の役所ということは本家の方ではないのですね。本家の方ならご挨拶をする必要があるかとおもいましたが。」
「本家のご令息もいらっしゃいますよ。でも九条様がご挨拶をされる必要は全くありませんわ!このあたりでも有名なドラ息子でして、家の名前を笠に着て態度が悪いのです。来年から首都で官吏として働くと言っていて、私たちもほっとしているぐらいですわ!」
満は困ったように笑って、「それは私も挨拶したくはないですね」と言うと給仕の女性はさらにべらべらとしゃべりだした。
「実は、あまりの悪名に本家のご当主からお叱りをうけてこの地方の一市役所で働かされているとのことですわ。首都に行く前に性根をたたき直すようにと久遠寺市長に預けられたようですが…。」
「叩き直されてはいないようですね。」
「ええ。むしろ、さらに悪くなっていますわ。私たち給仕の間では何か専ら悪いことをしてお金を稼いでいるのではないかと噂していますの。だって修行として本家を出されたにしては羽振りが良すぎますもの。久遠寺市長は昔から毎週のように来てくださっていましたけれど、それよりも多い頻度で来ていらっしゃいますもの。
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