瞼を閉じれば煌めく星

小山田 華

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2.家族とレース売りの姉弟

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  マウリツィア母様が私へ憎しみを抱いていることを知り、一週間。今までと特に変わらない日……だったのだけれど。

 「ロジーナ。お前に結婚の申し入れがありました」

  朝の挨拶を済ませると、感情のない表情で、抑揚のない声で告げられた。瞬時にこれが『私を追い出す正当な理由』だと思った。
  結婚……何事もパーシャ姉様を優先させるお義母様が、お姉様が結婚しておらず、婚約者もいないのに妹の私にそのお話を?

 「私が結婚、ですか?」
 「お相手はアドニス・フェイエット様です。商家の娘がフェイエット家からそのような話が舞い込むということがどれだけ名誉なことか、無知なお前でもわかるでしょう」

  マウリツィア母様の言葉に、心臓が凍りついた。商家が名高いフェイエット家と繋がりが持てるということが、どれだけあり得ない事かはわかっている。長年交易を中心に財をなしたフェイエット家は、国内で知らぬものはない有数の名家だ。
  でも。
  アドニス・フェイエットという人物が結婚相手として尊敬に値しない人物であることも知っていた。彼は好色家で有名で、先日も高級娼婦と人妻との三角関係が明るみに出て巷に話題を振っていたのだから。このタイミングで彼に結婚の話が出るということは、フェイエット家が醜聞を消すために正妻を宛がうつもりなのだろう。確か、その時に聞いたアドニス様の年齢は三十二歳だったはず。

 「お義母様、私は」
 「エイジェルス家のためにもなりますからね。ライオネルも良縁と喜んでいるわ」
 「あのフェイエット家に嫁げるなんて、まるでおとぎ話みたいね。ああ、私も早く恋した男性と結婚したいわ」

  パーシャ姉様の無邪気な言葉に、私もと思う。
  私だって恋した男性と、信頼できる相手と結婚したい。

 「おかあ……」
 「ロジーナ。アドニス様との顔合わせを《市》の騒ぎが終わってから、そうね。三日後に執り行います。いいわね」
 「お義母様、わた……」
 「いいですね」

  その押しの強い言い方で、私がフェイエット家に嫁ぐことは既に決定事項なのだと悟った。恐らく私が拒んだところで、顔合わせから結婚するまでの計画は既に綿密に立てられているのだろう。そして『結婚』は私をエイジェルス家から追い出す最高の理由だ。相手は名家。商家エイジェルス家に資金を齎してくれるこの縁談は、他所から見れば良縁に違いない。けれど、結婚してしまうと私はエイジェルス家の人間ではなくなる。そして私は結婚後、フェイエット家で間違いなく軟禁される。二度と、エイジェルス家に足を踏み入ることがないように。
  ―――私は、《消される》
  マウリツィア母様は……そこまでお母様や私を憎んでいるのだ。
  どうしよう。このままでは、私は私でいられなくなる。マウリツィア母様が決めた道を歩むことになってしまう。できるならここから逃げ出したい。
  でも、どうやって? どうしたらマウリツィア母様から逃げられる? どこへ逃げる?
  とにかく、この場からだけでも逃げ出したい。

 「わかり、ました。お義母様、お顔合わせの準備のために、買い物へ、行ってもよろしいですか」

  マウリツィア母様と同じ空間にいたくはなかった私の言葉に、マウリツィア母様は珍しく笑顔で了承の言葉をくれた。

 「そうね。自分で身の丈に合ったものを買いなさい」

そうは言うもののマウリツィア母様は私にお金を渡してくださらない。

 「お前にかけるお金などない」

  以前そう言われたのだ。
  私は形だけでもと手持ちの微々たるお金を手にし、館を出て中央広場へと向かった。そこでは今日と明日、各地域の名産を売る市が開催されているのだ。その市の開催はこの街全体での祭りに近い。今はエレノオラ母様の部屋には行けないのでとりあえず逃げた先だが、他に行き場もないのでふらつく足取りで市の中を歩き続ける。
  気づけば背後から同じ歩調で足音がする。私がおかしな真似をしないように、お義母様は監視を付けていたようだ。

 「お嬢さん、これどうだい?」

  露店を構える人たちが次々と私に声をかけてくる。身なりからお金を持っているだろうと判断しているのだと思うけれど、大してお金は持っていないし欲しいものがあるわけでもないので、呼び止める声には会釈を返して足は止めずに歩き続ける。
  市にはいろいろな人がいる。楽しそうな親子、寄り添う老夫婦、目当ての物を手に入れて喜ぶ人、金銭の交渉で声を張り上げている人、はしゃぐ幼い弟を連れている背の高いお兄さん。
  市にいる人は皆笑顔で楽しそうで、幸せそうだ。その中で、青ざめてふらつく足取りの私はなんて惨めなのだろう。
  ただ、いつまでもこうして市で歩いてはいられない。現実からは逃げられないのだ。それでもこのまま館に戻れば、マウリツィア母様に私の人生を《消されて》しまうだけ。
  どうしたらいいのだろう。
  これからどうするべきかを混乱する頭で考えながら歩いていると、ふと目に留まった露店。その露店には綺麗なレースの品が並べられていた。

 「これ、は」
 「イージスト名産のレースよ」
 「イー、ジスト」

  売り場のお姉さんが告げたのは、よく知っている地名だった。

 『ロジーナ様。私の故郷イージストは、レースが有名な場所なのですよ』

  別れ際、ヒラリーが言っていた彼女の故郷の名前。
  そうだ。手紙の送り先イージストに行けば、そこにはヒラリーがいるはず。お願いすれば、当座の宿を世話してくれるかも。

 「あのっ! 今日明日にでもイージストに行くにはどうしたらいいのですかっ」
 「……え?」
 「イージストに会いたい人が、いるんです」
 「え、っと。手持ちの馬とか馬車はあるの?」

  エイジェルス家にはあるけれど、そんな物を誰にも見咎められずに持ちだすことなど不可能だ。私は首を横に振った。

 「急ぎなら乗合馬車かしらね。でも乗り継ぎが必要だし、それでも途中からは迎えを呼ぶか、歩かなければならないし」
 「それでもっ」
 「第一、遠方に向かう乗合馬車は若い娘には危険よ。金品を狙われやすく、あなたの器量なら人さらいの危険もあるわ。下手すれば命だって」
 「どうしてもっ! どうしても、すぐに行きたいんです。馬車はどこにいけば、乗り継ぎはどこで……っ」

  詰め寄って矢継ぎ早に質問する私に、露店のお姉さんは困った顔をした。お姉さんが私の事を心配してくれているのはわかっているのだけれど、私も自分の未来を掴まなければならないので必死だ。

 「お願いしますっ」
 「明後日。明後日朝六時にここに来るのなら、連れていってやる」

  背後からの低い声に驚いて、ビクリと身震いした。お姉さんから情報をもらうことに必死になりすぎて、後ろに人がいるなんて気づきもしなかった。

 「あら、レジスおかえり。あの子の親は見つかったの?」
 「何とか見つけたよ」

  お姉さんが私の後ろにいる男性に笑顔で声をかけた。

 「最初は泣きわめいて大変だったけどねぇ。レジスに懐いてよかったわ。これだけ人がいると迷子もいるわよね」
 「……あ」

  振り返って見た男性に、見覚えがあった。いまは少し疲労感を漂わせているけれど、さっき幼い弟さんと手を繋いで歩いていた人だ。でも、お姉さんの言葉からすると、あの男の子は迷子だった?

 「……ご兄弟きょうだいではなかったんですね」
 「コレと私は姉弟きょうだいよ?」
 「え?」
 「え?」

  私とお姉さんがきょとんとして顔を見合わす。

 「この木偶の坊と私のことじゃないの?」

  お姉さんが人差し指で男性を指して、次いで自分を指した。

 「いえ、違います。先ほどこちらの方が男の子と一緒に歩いているお姿を見かけまして、仲がいい兄弟だなって思っていたものですから」

  私が手を左右に振って《キョウダイ》の説明をすると、なるほどとお姉さんがポンと手を打った。

 「あの子、レジスに懐ききっていたからねぇ。兄弟みたいに見えたのねぇ」

  私はお姉さんと男性を交互に見る。姉弟、と言われれば確かに面立ちが似ているかも。少し吊り上がりの眉と切れ長の目。それに二人とも赤毛の癖髪だった。全く似てないのは肩下まである髪と女性らしい丸みとくびれのある容姿のお姉さん、短髪で背が高くて肩幅もあって逞しい弟さん、というところ。
  そこで我に返った。ここでの不審な行動を、監視者が怪しんでいるかもしれない。長々とここで話をするのは得策ではない。

 「あの、それで明後日こちらに来ればイージストには、本当に?」
 「明後日朝六時。時間までにここに来れば連れて行ってやる」
 「え、ちょっと、レジス?」

  慌てるお姉さんではなく『連れて行ってやる』と言ってくれた弟さんを正面に見て、私は頷いた。

 「では、明後日六時に。それから、誰かに私と何を話したのかを聞かれても、今のお話はしないでください」

  お願いしますと深くお辞儀をして、その場を離れた。
  成功するかわからないけれど、明後日の朝六時までにしなければいけないことができた。まずは―――
 私は市で必要な品を買い、市近くの店に立ち寄った。そして館を抜け出る方法を頭の中でシミュレーションしながら館に戻った。
  そして翌朝。

 「お義母様、明後日のお顔合わせの件ですが、お断りしたいと思います」

  マウリツィア母様が不機嫌になるのを承知で口にしてみれば、

 「決まりごとを反故するなど、なんて無作法で常識知らずな子なのっ」
 「一晩考えましたが、私は自身で好きになった相手と結婚したいと思うのです。お父様やお母様のように」
 「黙りなさいっ!」

  案の定、眦を吊り上げてマウリツィア母様が怒りだした。

 「お前に愛や結婚の何がわかるのです! もう貴女には何も期待しません。顔合わせまで部屋で過ごしていなさいっ」

  そして謹慎を言い渡された。
  わざと怒らせて謹慎をするためとはいえ、館を出る前にマウリツィア母様に少しだけれど自分の思いを告げられた。自分的にはかなりの進歩だと思う。このまま自分を取り戻すために何をしてでも出て行こう。そう思った。
  謹慎するのは出立の準備をするため。誰にも邪魔をされることはない環境を作るためだ。今まで謹慎を受けている間は素直に室内で編み物や刺繍、読書などをしてきたので、謹慎中マウリツィア母様は私の監視を緩めている。私が大人しく謹慎する、ということは唯一マウリツィア母様が私を信用している点だった。
  部屋に戻り、音を立てずに荷造りを始める。予想していた通り短時間で終わった。元々お姉様に大事なものや宝物になりうるものは全て奪い取られている。必要なのはお母様から譲られたネックレスとブレスレットと指輪。お父様やお母様には申し訳ないけれど、アクセサリーは売って当面の資金にするつもりだ。それから準備した衣服とお金。衣服は目立たない古着を調達した。お金に至っては昨日荷を詰める袋と古着を買ってしまったから、銅貨数枚しかない。
  荷造りを終えて一息つき、次は置手紙をとテーブルに便箋を置いて文面を考える。結局、

 「私はエイジェルス家を出て行きます。今までお世話になりました」

  それだけを書いた。
  今までの思いをつらつらと書いたところで、マウリツィア母様はその手紙を捨ててお終いにしてしまうから。『ロジーナはエイジェルス家と決別した』と周知される文章の方がいい。短い文面を記した便箋を封筒に入れて一旦机の端に置く。
  続けてお父様への手紙。
  そこには、お父様の贈り物は全て嬉しかったこと。会えなくてもお父様の愛は感じていたこと。お義母様やお義姉様から心ない仕打ちを長年受け、部屋にこもることが多かったこと。お話ししたくても、信用してもらえないのではと怖くてお話しできなかったこと。エイジェルス家を出て行くことを決めたこと。私の思いをこんな手紙でお知らせして申し訳ないこと。フェイエット家との縁談を前にエイジェルス家の名に泥を塗り、心から申し訳ないと思っていること。恥知らずの私のことなど忘れて、幸せに過ごしてほしいこと。
  それを記した。置手紙はテーブルの真ん中に、お父様への手紙はお母様との思い出の手紙の中に混ぜ合わせた。そこならば置手紙は一目瞭然だし、お父様への手紙はマウリツィア母様の目に留まらずお父様がいつか見つけてくれる。それは私が出ていった翌日なのか、一ヶ月後なのか、一年後なのか、十年後なのかはわからないけれど。

 「鍵……」 

  ヒラリーにもらった鍵をどうしようと思いながら手の中で数回転がし、チェーンを通して首から下げ、お守りにすることに決めた。お父様が愛したお母様の部屋。そこには両親の、互いへの想いを感じることができた。お母様から譲り受けたブレスレットやネックレス、指輪よりも支えてもらった鍵だから、お守りに相応しいと思う。
  イージストに着いたら、案内してくれたお礼にブレスレットをあの二人に渡そう。本当はお金がいいのだろうけれど、手持ちがないので仕方がない。
  昨日監視していた人は私の行動をどこまで見て、どう報告したのだろう。今朝の感じでは、マウリツィア母様は私に不信を抱いてはいないようなので、異常を知らせる報告はしていないようだ。
  明朝、私は誰にも見つからずにこの館から出られるだろうか。イージストまで行けるだろうか。
  そういえば、露店に展示されていたレースの綺麗さと繊細さからかけ離れていた、大きな体に大きな手、節くれだつ指のあの弟さん。あのレースはあの人が作ったのかしら。それともただ仕入れて売っているだけなのかしら。
  大きな弟さんがあの細かなレースを作る姿を想像して、思わずクスリと笑ってしまった。無事に街を離れることができるかどうかの不安は、レース売り場の弟さんに対する勝手な想像で和らいでいた。
  日が変わり。

 「そろそろ、ね」

  待ち合わせは六時、遅れるわけにはいかない。ここから中央広場まで三十分はかかる。その前にしなくてはいけないこともある。
  今は四時を過ぎたばかりで外は暗く、使用人の早番が動き出す前だ。敷地内で人に会わずに出るなら今しかない。私は準備していた服に着替えた。そして服を詰めた小さな袋を持って部屋の窓からそっと外へ出る。長年の《謹慎》で、今日の警備担当は早番が動き出す前に煙草を吸うため裏口から目を離すことを知っていたから、隙をついて裏口から外に出ることができた。私の監視が緩いということは、市での私の不審な行動はマウリツィア母様には伝わっていなかったということだ。レース売りのお二人も、お願いした通りに会話の内容を黙っていてくれたのだと思う。
  見つからずに外に出られたことで安堵の息を吐き、薄暗い中私は駆け足で中央広場の方角へ駆けた。




  中央広場は市の姿は見る影もなく、賑やかさも全くなくただの広場になっていた。人が行き交ってはいるものの、市の時とは比べ物にならないくらいの少なさだった。その広場で、茶色の馬が牽引する幌馬車が見えた。その傍らにはあのレース売りの姉弟さんの姿があった。

 「あのっ! お待たせしました」
 「なんでそんな恰好してるんだ」
 「あら、本当に来たのねぇ」

  私を見るなり、呆れを越えた表情の弟さんと感心顔のお姉さん。弟さんが驚いているのは私が少年の服を着ているから、だと思う。動きやすさを求めたのと、《ロジーナ・エイジェルス》がどこで誰と接触したかがわからないように変装することにしたのだ。一昨日、市でサイズの合う少年の服を調達して今日初めて着たのだけれど、ズボンはスカートよりも動きやすく走りやすくて感動してしまった。
  服を変えただけではなく、髪も切って短くした。それなのに、一目で私だとすぐに判断した二人から察すると、これはあまり変装になっていなかったのかも。

 「その、普段の私の恰好ではすぐに足取りを掴まれるかと思いまして。そうしますとお二人にもご迷惑をかけますし」

  万一私が捜索された場合、誘拐されたと勘違いされてはこの方々に迷惑をかけてしまう。この姿ならロジーナ・エイジェルスとは誰も思わないだろうと思ったのだけれど、無駄な努力だった?

 「あんなに綺麗な髪だったのにこんな風に切っちゃって。ここまでしてイージストに行きたいの?」
 「髪はすぐに伸びます。でも、この街を出るには今しかなくて」

  お姉さんがクシャリと私の髪の先端を握り、眉根を寄せた。腰下まであった私の髪は今は肩につかない長さだ。時間がなかったので、ハサミでざっと切ってしまった私の髪はさんばら状態。

 「乙女の髪を犠牲にしてまで……」
 「あ、あの、それでこれをっ」

  差し出したのはお金だ。館を出る時には銅貨数枚だったけれど、今はその枚数が増えていて銀貨も混じっている。

 「これは?」
 「同行のお礼の、先払い分です」

  一昨日市の帰りにお願いして、今朝早くに店の戸を開けて貰った買い取り屋。切った私の髪は艶やかでボリュームがあって濃茶色で、購入者が一番好む色合いだと店主が喜んでいた。交渉していた金額に上乗せしてくれたので、予定よりも高額貰うことができた。

 「イージストにつきましたら、お二人にはこちらのブレスレットをお礼に差し上げますので」

  宜しくお願いします、と頭を下げると。

 「俺はレジス」

  ぼそり、と弟さんが名乗った。

 「え?」
 「これから何日も一緒に旅するのに、姉さんと合わせて『お二人』とか言われたくない」
 「私だってレジスと一緒くたにされるのは嫌よ。で、私はラーラね。ラーラ・クリスタルディ」
 「あ、はい。私は……」

  ロジーナと名乗っていいものかどうか、どうしようと悩む。でも、私はエイジェルス家を出たのだ。

 「私は、ジーナ、です」

  ロジーナという名前はエイジェルス家での名前だ。だから、これから私は《ジーナ》。 

 「ジーナちゃんね。それでね、あなたと別れたあとね……」
 「じゃあジーナ。馬車に乗れ。乗り心地は保証しないぞ」

  何かを私に伝えようとするラーラさんを遮って、ぶっきらぼうにレジスさんが後ろの幌馬車を指した。幌馬車、といっても荷馬車に簡易な幌を付けただけのものだった。

 「全く、私が話している途中だというのに、空気を読まない弟ね。ちなみに可愛げない弟が偉そうに言ってるけど、この馬車は借り物なのよ。イージストは田舎町だからね。今回の市には町代表でクリスタルディ美形姉弟が売りに来たの。それで、町の方で馬車を提供してもらったのよ」

  レース作りの我が家じゃ、馬車なんて持っても維持費なんかないものと私を馬車に乗せながらラーラさんが笑う。

 「なんか、町の人皆さん仲が良いみたいですね」
 「田舎町だからな。町人全員身内みたいなもんだ」

  いいな、と思う。同じ家の中にいても家族だというのに私だけ他人同然だったエイジェルス家。家は異なり血の繋がりもないのに身内のような親しさのあるイージスト。

 「イージストに行くことが、楽しみになりました……なにか?」

  馬車に揺られながらイージストへの期待が高まり落ち着かなくそわそわしている私を、隣でラーラさんがじっと見ていたのだ。

 「いえね、ジーナちゃんが危なっかしいわ可愛いわでどうしようかなって」
 「あぶ……かわっ?」

  どちらも言われたことのない言葉だったので、真っ赤になってどもってしまう。そして確認したくなる。

 「わ、私が、可愛い、ですか?」
 「そうよ。自分の可愛さに自覚ないの? も少し太った方がいいけど、その大きな目で上目遣いでお願いしてごらんなさい。大抵落とせるわよ。それから今回みたいに簡単に初対面の人について行ったら危険だからね。私達が人さらいだったらどうするの。すぐ人の言葉を鵜呑みにしちゃうみたいだし、素直でそんなに可愛いと騙されてあっという間に誰かに食べられちゃうわよ」
 「あの、私、鶏でも豚でもないので、誰も食べないと思うんです、けど」

  そういうところも危ないわね、とにやにやと笑うラーラさん。レジスさんは黙ったままなので、ラーラさんときちんと会話ができているのかわからず困ってしまう。ただ、二人のことは何となく、だけれど信用できると思うのだ。

 「あの、その、私、市でレジスさんが迷子の男の子と歩いていた姿、見ました。あの子がレジスさんを見て笑ってて、手をしっかり繋いでいて頼りにしていたのを感じました。それにあの子のご両親もきちんと見つけてくださったようですし、信頼できると思いました。ラーラさんも、私のことを心配して乗合馬車に乗せないようにと懸命にしてくださっていたでしょう? 今日だって私のことを待っててくださいましたし、ですから、信用できる人だと、この出会いは運命だと、きゃあっ!」

  ラーラさんに抱きつかれて思わず悲鳴をあげてしまった。こんなスキンシップは初めてで、はじめて尽くしで本当に困ってしまう。

 「ああ、もう可愛いわっ! 可愛くない弟レジスをこの場で捨ててジーナちゃんを妹にして家に連れて帰りたいっ」
 「姉さん」
 「そうだ、レジスと結婚しちゃえば私の妹よね! あ……でもこんな気の利かない男の嫁じゃあ可哀想かぁ」
 「姉さんっ」

  ふっ、と遠い目をして息を吐いたラーラさんに対して、呆れ顔のレジスさん。年上が年下を貶し喧嘩をしている風だけれど、二人が醸し出す空気の根底には仲の良さがうかがえる。パーシャ姉様に貶されて嘲笑われるだけの私達とは大違い。

 「……キョウダイって」
 「ん?」

  様々ですねと言いかけて、ラーラさんの笑顔を見てやめた。ラーラさんには私達のようなキョウダイは想像もできないだろう。

 「キョウダイって、いいですね」
 「時々煩わしけどね」

  そう言いながらも楽しそうに笑うラーラさんは、弟さん、レジスさんを大事にしているんだとわかる。
  羨ましいキョウダイだと思った。

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